いらっしゃいませ!
名前変更所
身体が、軽く感じる。
あぁ、俺は死んだのか・・・と目を開ければ、そこにはまったく見知らぬ光景が広がっていた。
めまぐるしく変わる環境に、目眩がする。
そして目の前に広がる光景を理解した俺は、更なる目眩を覚えた。
「界王神界・・・・?」
「あれ、なんでピッコロがいるんだ!?」
「なに!?」
神の記憶が告げた、この世界の名前。
それと同時に後ろから聞こえた声に、思わずびくっと肩を震わせる。
何故だ。
どうなっているんだ?
なんで、ここに悟空とベジータが。
俺は生きているのか・・・?
「死んだ、のか?俺は・・・」
「いや、生きてると思うけどなぁ・・・オラからは輪っかもみえねぇし」
「おいピッコロ。お前どうやってここまできたんだ!!」
「分からん。気づいたらここに・・・・」
そこまで言いかけて、左手がじわりと熱を持っていることに気づいた。
ゆっくり手を持ち上げれば、左手にしていたリストバンドが溶け落ちる。
「・・・・ピッコロ、それはゆえから貰ったのか?」
「あ・・・あぁ」
「だろうな。アイツの魔力を感じた。どうせアイツのことだ、お前を助けるための術でもかけてたんだろうよ」
ベジータの言葉に再度手元を見た。
溶け落ちてなくなったリストバンド。
ほのかに感じる、アイツの魔力。
死してなお、お前は俺を。
「おい、ピッコロ。ゆえは・・・」
そう言い掛けたベジータが、俺の表情を見て言葉を止めた。
「・・・・・・・」
「・・・・っ!!」
ベジータが無言で俺の胸ぐらを掴む。
こんな表情のベジータを、見たことがあるだろうか。
ゆえ、お前は本当に。
「なんでアイツが死んでるんだ!!!アイツは一度死んだら・・・二度と、生き返れないんだろう!!!!」
俺だけじゃなく。
俺達にとって、大きな存在だったんだな。
「貴様の命に変えてでも守るべきだろうが!!!なのになんで貴様がっ・・・!!!」
「ベジータ!!」
悟空がベジータを止め、俺から引き剥がした。
いや、だが。
正論だった。
「一番つれぇのはピッコロだって分かんだろ!」
「・・・チッ」
「いや、いい。・・・ベジータの、言うとおりだ」
俺はそれだけ呟いて。
二人から少し距離を置いた。
視界の隅ではデンデ達の姿も見えたが、今では声をかける気力も出ない。
初めて見る界王神界は、確かに下界とはかけ離れていた。
空気も、環境も、全てが違う。
昔ゆえが話していた世界に近い。
彼女も、元はこちら側の世界の人間。
「おい」
「・・・・・」
「・・・・さっきは、言い過ぎた」
「・・・・っ」
しばらくして、何故か俺の傍に降り立ったベジータが、ぶっきらぼうに謝罪の言葉を口にした。
不気味に感じながら顔を上げれば、ベジータがまっすぐ遠くを見つめているのが目に入る。
その視線の先を追うと、もはや俺にはついていけないであろう戦いが繰り広げられていた。
「キキキ・・・・!!」
「来いよ」
――――――魔人ブゥと、悟空の戦いだ。
いつの間にここに魔人ブゥが来たのか。
それすらも気づいていなかった俺は、深くため息を吐いた。
こんな時だってのに、何も、浮かばない。
何も、動けない。
「貴様がそこまでなるんだ。・・・・相当でかかったんだな、ゆえの存在は」
「・・・・・」
「フン。まぁ貴様はここで見ていろ。アイツがやられたら俺が交代して魔人ブゥをぶっ飛ばしてやる」
相変わらずなベジータの態度に少しだけ笑みが零れた。
「貴様らサイヤ人には・・・ついていけんな」
「ハッ。当たり前だ」
ただ、見守る。
自分が無力だということを、見せつけられながら。
魔人ブゥと悟空の戦いは追うのがやっとのレベルだった。
遠く離れているにも関わらず分かる、二人の激しい気のぶつかり合い。
界王神界は普通の惑星よりも頑丈な造りになっている。
そう簡単に壊れるはずはないのに、二人の攻撃によって削れていく地形が戦いの激しさを現していた。
「・・・・・カカロット・・・」
隣ではベジータが悔しそうに唇を噛んでいる。
やはり落ち着いてきたとはいえ、サイヤ人の血は強いのだろう。
誇り高き、しかも王子の血だ。
前にゆえが言っていた言葉を思い出した。
ベジータと俺が、似ているという言葉だ。
今思えば確かに似ているのかもしれない。
こんな風になった過程も、プライドも、すべて。
「っち。見てられん」
「・・・・!」
やがて悟空がやられかけているのを見て、ベジータが飛び出していった。
始まる戦いは、絶望に近い。
戦い始めたベジータと魔人ブゥを見て、俺は思わず立ち上がる。
なんて、戦いだ。
あのベジータですら、一撃もまともな攻撃を魔人ブゥに与えられていない。
―――――そして。
「っが・・・・!!!」
「ベジータ!」
悟空が何やら気を貯め始めたのと同時に、悟空を守るように戦っていたベジータが吹き飛ばされた。
どうすることも出来ないと分かっていつつも、ベジータを庇うように立つ。
だが、ブゥの視線は、何故か俺達の方へは向かなかった。
デンデと共に助けられていたサタンが、遠くから魔人ブゥに挑発を仕掛けたのだ。
「あの、馬鹿ヤロウが・・・っ」
倒れているベジータを起こしながら様子を見守る。
助ける?
いや、どうしようもない。
最悪、サタンはドラゴンボールで・・・。
「っ・・・!?」
「サタンを、いじめるな!!」
最悪の状況になるのを見守ろうとしていた瞬間だった。
突然ブゥが苦しみ出したかと思うと、一番最初のデブの方のブゥと分裂したのだ。
デブブゥの方は凶悪ブゥの方を殴り飛ばすと、サタンを守るように立った。
「何が、どうなってやがる・・・・」
「ベジータ、一度引くぞ」
「ッチ・・・・」
どちらにせよ、デブブゥのほうが戦ってくれることに変わりは無さそうだ。
俺は一回ベジータを抱えてその場を離れ、状況が見える安全な場所に寝かせた。
「大丈夫か?」
「うるさい」
想象通りの反応。
俺は何もいうこと無くベジータから少し離れ、戦いを見守った。
サタンを守ろうとするデブブゥと、戦う凶悪な意志しか持ってない凶悪ブゥ。
「ブゥーーー!!」
「ギギィ!!」
「もー怒ったぞーーー!!!」
どういう仕組になっているのかは知らないが、魔人同士の戦いはきちんとダメージが入っているように見える。
さっきまで攻撃を受けてもケロッとしていた凶悪ブゥの気が少しずつだが減っていく。
だが、それも序盤だけの話。
デブブゥの方にはあまり力が残っていないらしく、凶悪ブゥと当たっていくにつれデブブゥの消耗の方が大きくなっていった。
「チッ・・・おい、カカロット!!まだ気はたまらないのか!?あのデブブゥじゃほとんどもたないぞ!」
「ま、待ってくれ・・・・っ」
「何やってやがるんだアイツは・・・・!!!」
「お、おい、動いて大丈夫なのか!?」
俺の気遣いを振りきってベジータが悟空の方に歩いて行く。
目の前の戦い。
何か作戦を練ろうとしているベジータと悟空。
ああ、本当に。
「俺は、なんの力にもなれんな・・・・」
諦めているわけじゃない。
だが俺に何が出来るのか。
しばらくすると、ベジータが何やら界王神様やデンデ達と話を始めた。
どうやらドラゴンボールを使い、地球を元に戻し、そこから元気を貰って元気玉を作るという作戦らしい。
「おい!!地球人ども!!今、俺達は魔人ブゥと戦っている。・・・そしてこいつを倒すにはお前たちの力が必要だ」
そうか。
地球の全ての生命から、ギリギリまで力をもらうことができれば、相当な元気玉になる。
ベジータも考えたものだ。
考えてはいるが・・・地球に向けて協力を仰ぐための通信内容は、ベジータらしさ全開で正直協力してもらえるとは思えなかった。
《魔人ブゥ?》
《俺達をお菓子にしてくったやつか?でも俺たち生きてるしな》
《怪しいよな、嘘なんじゃねぇのか?》
《やめときなよ、なんかこわーい》
それを証拠に、悟空が生成しようとしている元気玉には、ドラゴンボールによって生き返った悟飯や悟天、トランクス達の気しか感じない。
それ以外の生命の気は、ほとんど無かった。
「頼む、手を上げてくれ・・・!!」
「俺からも、頼む。地球を守るためなんだ」
ベジータの悲痛な声に、俺も声を上げる。
これが俺のできる事だろう。
むしろこれぐらいしか、俺には。
「ッ・・・・!ピッコロ!!」
「!?」
もう一度地球の奴らに声を掛けようと息を吸っていた俺は、突然の呼びかけに嫌な予感を感じたて振り返った。
「ニィ・・・・キキッ」
「ッ―――――――がはっ!!!!」
「ちっ、カカロット、貴様は元気玉を続けてろ!!」
振り返った先にいた凶悪ブゥの一撃が俺の腹部にめり込む。
あまりの痛みに、俺はその場から動くことすら出来ず、うずくまった。
一体、いつの間に。
ぼやける視界で遠くを見れば、デブブゥとサタンがボロボロの状態で岩場近くに転がっていた。
死んでいるわけではなさそうだが、相当消耗が酷い。
「けほっ・・・・!」
「キキィ・・・・!!!」
「ぐっ!!くそ・・・っ!!なんて、ヤロウだ・・・!!」
「ギギ・・・ギィーー!!!」
「がっ!!!」
「ベジータ!!!」
もう一撃。
凶悪ブゥが俺に対して拳を振り上げた瞬間、ベジータがブゥを吹き飛ばして俺を庇った。
だが、その一撃は一切凶悪ブゥにダメージを与えておらず。
すぐに切り返され、ベジータも地面にめり込んだ。
「ベジータ・・・!」
「くそったれ・・・が・・・っ」
まともに動けない俺とベジータを見て、笑う凶悪ブゥが手を挙げる。
急激に集まっていく気が、俺達の命の終わりを知らせている気がした。
動けない。
ベジータを抱えて飛ぶことも、守りのバリアを貼ることすら。
「ニヒィ・・・」
「ぐっ・・・!!」
ガコンッ
「あ・・・・?」
「ギィ?」
目の前に迫る凶悪ブゥの気を見て諦めた俺の目の前に、凄い音を立てて何かが飛び込んできた。
ベジータも俺も、そしてブゥさえも、飛び込んできた謎の物体に目を向ける。
「・・・・なんだ、この汚いゴミみたいなのは」
ベジータの強烈な一言。
飛び込んできたのはまさにゴミだった。
・・・ゴミ?
いや、よく見るとゴミ箱だ。
――――――ゴミ箱?
「”俺の力になる最強の者を与えよ”」
「・・・・たやすいことだ」
一字一句、間違わずに言った。
―――――間違ってなど、いなかったはずだ。
「願いは叶えた、さらばだ!」
皆が呆然とする中、俺はその神龍が呼び出したものを見つめる。
何度も言う。俺は間違えてなどいないはずだ。
あの男が言った通りのことを、願った。
なのに、なんだこれは?
「え、何この汚いの?」
「・・・・ゴミ箱、だな」
このゴミ箱、見覚えが。
「ふぁー。おはよ!アンタが契約者?」
「け、契約者・・・?」
「うん。あれ、悪魔知らないの?何かを代償に、色んな力を与えちゃうやつのこと」
「ふぁー。やっぱりこの転送装置はだめだわ。もうちょっと居心地いいのにしなきゃ」
「っ!?」
「なっ・・・・!?」
その見覚えのあるゴミ箱から、まったく見覚えのない女が飛び出してきた。
いや、見覚えがないといったら嘘になる。
その女の姿を見た俺に、神の記憶がその正体を告げていた。
「お、ピッコロだ。間に合ったみたいだね」
腰まで伸びる長い青い髪。
少し大人びた表情。
雪のように白い肌。
そして何よりも大きな白い翼。
天使の、翼。
「・・・・・」
無言でもう一度女を見る。
もし神の告げる記憶が本当なら。
俺は逸る気持ちを押さえながら、記憶が告げる名前を口にした。
「・・・・守護天使、ルシフェル」
その名前を聞いたベジータが、目を見開く。
ベジータ達も知っているはずだ。
ゆえの、昔の名前を。
ゆえが昔、ルシフェルという名前の天使だったことを。
そして俺達の目の前にいるのは。
・・・そう、天使。
「どういうことだ、ピッコロ」
「・・・・見たままだ」
「こいつがルシフェルだと?つまり、それは・・・」
「ゆえ、だ」
「・・・・信じられん」
きっぱりと言い放ったベジータの後ろに、見覚えのある姿がもう一人。
「あら、ゆえが生きてたらダメなんです?」
「なっ!!??き、貴様!!いきなり現れるなっ!!!!」
気配を完全に消して現れたもう一人――――サリエル様は、白い翼を揺らしながら笑った。
それからルシフェルの方を指差し、邪魔しようとしていた魔人ブゥを簡単に吹き飛ばしてから口を開く。
色々と壮絶な光景に、ふらりと目眩を感じた。
「ブ、ブゥが・・・一発で地面にめり込みやがった・・・・」
「お話の邪魔でしょう?そうそう、彼女の名前は知っての通りルシフェル。またの名を・・・・ゆえ。あなた達の知ってるゆえですよ。姿は天使の頃のですが」
クスクスとからかうような物言い。
俺が今目の前に見ている光景は、夢じゃないのか?
思わず疑ってしまうような光景。
でも同時に、信じたい光景でもあった。
「っさいな、余計なこと言うなサリエル」
「あら、照れてるんです?せっかく旦那様と再会したのにその態度ではいけませんよ?」
「・・・・それは、分かってる、けど」
天使。
それは神にも並ぶ神聖なる存在。
だがその神聖さをあまり感じさせない会話の雰囲気。
姿は違えど、ゆえと同じ口調と声。
俺はベジータやサリエル様が見ているにも関わらず、ルシフェル―――――いや、ゆえに近づいて抱きしめた。
「わっ!?」
「あら・・・・」
からかわれようが、笑われようが、構わない。
温かい。
生きていたんだな、お前は。
また俺をちゃんと呼んでくれるんだな。
その声で。
その瞳で、俺を見てくれるんだな。
「ゆえっ・・・・!!」
「ピッコロ・・・」
「もうお前には二度と会えないと、そう思っていた・・・。それがどれだけ怖かったか、苦痛だったか・・・・そして、お前を守れなかった俺を・・・許してくれ・・・・」
「ピ、ピッコロ・・・私、守られなかったなんて思ってないよ。ピッコロは、私のために私を残しててくれたんだもん。・・・でも、ピッコロも、無事で良かったよぉ・・・」
最初は堪えていたゆえも、俺の腕の中で泣き始めた。
青い髪を指に通す。
まるで海の色のように深い青色は、人間離れした美しさを持っていた。
これが天使。
ゆえの、本当の姿。
それを見れたことに高揚感を覚える。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいくまい。
「・・・それで、どうするつもりだ?このタイミングで来たということは、何かあるんだろう?」
「いや待て!!まずどうやって生きてたんだ貴様!なぜ天使になってやがる!?貴様は悪魔だと言ってただろうが!!」
俺とベジータの質問攻めにゆえが笑う。
「あー・・・えっと、そこらへんはサリエルに任せるわ!私ブゥと遊んでるから!!」
「な!?おい!?」
「あ、ちなみに天使だと下界の存在殺せないから、あくまでも時間稼ぎだからね。ちゃんとトドメをさす準備はしといてねー!!」
悟空にも聞こえるように叫びながらブゥに走っていったゆえは、まるで俺達の質問から逃げているようにも見えた。
サリエル様の重たい一撃で沈んでいたブゥが起き上がったところに、ゆえが容赦なく一蹴り入れる。
それは軽い攻撃に見えたのに実際は重たく、食らったブゥが界王神界の地面の中に埋まっていった。
「な、なんてやつだ・・・」
「まぁ、あの子は天使の中でも一番強いですから」
「・・・・チッ。おい、アンタがアイツの代わりにタネ明かししてくれるんだろうな?」
「ベジータ・・・お前な・・・」
神にも近い天使に向かっても、横暴な口を聞くベジータ。
注意しようかと口を開いた俺を、サリエル様が止めた。
「いいですよ、ピッコロさん。それよりもタネ明かし、しましょうか」
緊張感のない笑み。
俺達はただ黙って、その言葉に頷いた。
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