いらっしゃいませ!
名前変更所
目が覚めたのはいつもとは違う場所だった。
頭が覚醒し始めると、何故自分がここにいるかを思い出して頭を抱える。
「しまった・・・・」
ここは仮眠室だ。
昨日あまりにも眠たくて仮眠室で横になったまでは覚えてる・・・そこからの記憶が無いところを思うと、そのまま爆睡してしまったのだろう。
仮眠室の時計を見れば、明らかに日付を超えているであろう午前7時を刺す針。
恐る恐る日付付きの腕時計を見ると6月18日の文字。
「うえええ・・・・」
やってしまった。
完全に、やってしまった。
6月17日。
それはアイツの、桐生の・・・誕生日だ。
17日の夜は早く帰って桐生のために料理を酒を用意しておくつもりだったんだ。
だから前の日に少し無茶して徹夜して、その眠さが祟って仮眠して。
「やべぇ・・・・」
携帯を見るだけで分かるやばさ。
何がやばって。
17日は早く帰れよって、私から言ってたんだよ。
言ったくせしてこれだ。
当の本人は一切連絡せずに爆睡ときた。
「・・・・・・」
絶対にやばい。
自然と冷や汗が流れる。
とりあえずこの部屋から出なければ。
私は乱れた服を整え、音を立てないように仮眠室から出た。
「おはよーございまーす・・・・」
そっと事務室を覗く。
そこにはいつもの仕事メンバーがいるが、桐生はまだ居なかった。
おかしいな、この時間ならもう出勤のはずなのに。
いや、今は居ないほうがありがたいんだが。
色々考えこんでいると、後ろから中嶋さんが声を掛けてきた。
「おんや?なんばしよっちょね」
「え?何って・・・仕事に」
「鈴木さんが、今日は二人共休むっゆうちょったよ。はよ帰らんね」
「っ・・・・・」
出てきた桐生の偽名に心臓が跳ねる。
え、てか、なんだそれ。
聞いてないぞ?今日休みなんて。
・・・・ってことは、確実に今日の休みは桐生が勝手に申し出たことだ。
ああ、やばい。
嫌な予感しかしない。
「・・・じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて・・・・」
私が桐生を怖がっているのは、誕生日をすっぽかしたからじゃない。
それよりも怖いのは完全に連絡が出来なかったことだ。
何度か仕事で忙しくて連絡を遅らせたことがあったが、その時の桐生の怒りは嫌でも思い出すほど身に染み付いている。
心配なのか。
それとも、嫉妬なのか。
どちらにせよ桐生の根っこは極道の男だ。
怒らせたら泣いても許されない―――――ああ、それも、教えこまれているよ。
「・・・・ど、どうする」
会社を出たはいいが、これからどうするか決めてなかった私は足を止めた。
とりあえず桐生に電話するのが一番だろう。
でもこういう時ほど、勇気というのは出ないものだ。
なんとか言い訳を探そうとゆっくりアパートを目指して歩く。
もちろんそんな簡単に言い訳が見つかるはずもなく、考えている内にアパートの階段下までついてしまった。
「・・・・・・・・・ど、どうする」
それしか口にしてないような気がする。
桐生が昨日アパートに帰って無ければ、アパートに帰ってたって言い訳が出来る。
だがそれは無いだろう。
私自身が、早く帰れって言ったんだからな。
じゃあ、他に言い訳は?
何が、ある?
「おい」
「・・・・っ」
考えこむ私にかけられた、聞き覚えのある低い声。
いつもは心地よいと思うその声も、殺気を感じて背中が震える。
「おい」
「お、おは、よう」
「入らないのか?」
「え?あ、あ、うん」
普通に部屋に促された。
慌てて鍵を取り出し、扉を開く。
部屋に入ると、生ぬるい空気が私を出迎えた。
梅雨特有のねっとりとした空気。
嫌になってクーラーをつけようとした瞬間、桐生が動く気配を感じて咄嗟に身体をしゃがませた。
「っ」
「・・・・チッ」
し、舌打ち。
振り返れば確実に私を捉えようとしていた桐生の手が伸びていて。
「まぁ、いい」
「すすすすすとっぷ!!」
「何がだ?俺は別に何もしようとしてないぞ?」
「う、嘘つけ!今確実に・・・っ!」
二度目は無かった。
桐生の動きに私がついていけるはずもなく、真正面で見ていたというのに呆気無く右手を掴まれる。
そして少し乱暴に、硬いベッドに押し倒された。
目の前の桐生の顔が無表情なようで――――怒りを、感じる。
「き、桐生」
「何度目だ?俺との約束を破るのは」
「わ・・・・ざとじゃないんだよ。今回は、その・・・」
誕生日祝いたくて、余裕を作るために無理したなんて言えば逆効果かもしれない。
そう思って思わず言葉に詰まった私を、桐生の鋭い瞳が貫く。
シーツに痛いほど押さえ付けられた手。
逃げようともがいてみても、ビクともしない。
「あけ」
「っ・・・・」
「何してたんだ?ん?昨日は俺に連絡もよこさず・・・ほら、答えろ」
「ぁ・・・っ!?」
やたら優しく甘い声で促される。
でももちろん、桐生がそれだけで終わらすはずがなかった。
黙っている私の首筋をなぞる指。
くすぐったくて身を捩れば、体重をかけられて押さえ込まれる。
逃げられない。
逃げられない中で、妖しく動き始めた手が羞恥を生み出す。
「っ、き、桐生っ!!」
「なんだ?」
「い・・・いうから・・・たんま・・・」
「ならさっさとしろ」
力が弱まる気配はない。
私は観念して、仮眠室で爆睡してしまったことを正直に話した。
・・・もちろん、どうしてそうなったかもちゃんと言っておく。
黙ってたらどうなるか分かったもんじゃないからさ。
後からバレて酷いお仕置きを受けるよりは、マシだ。
「・・・・お前なぁ・・・」
全てを話すと、呆れたようなため息をつかれた。
「言っただろう。祝ってくれるのは嬉しいが、無理をするんじゃねぇ」
「・・・・だって」
「傍に居てくれるだけで良いって言っただろう?信用ならねぇのか?俺は」
「ち、違う。乙女心だ!」
らしくないことを言えば、目を丸くさせた桐生が妖しく笑う。
手を押さえ込んでいる桐生の力は、さっきよりも強い。
「き、桐生?」
「乙女心か。そんなに祝いたいと思われてるなんて嬉しい事だな、俺は。幸せものだ」
「・・・桐生・・・・」
「ありがとな、あけ。・・・・少し、ピリピリしちまったな」
言葉と行動が。
一致してないような、気がするんだけど桐生?
私を押さえこむ手は離れる気配が無い。
その上、私の首筋を撫でていた手は次第に服をずらし始めている。
慌てて蹴り飛ばそうとしても、体重をかけられている以上、蹴飛ばすことも出来ず。
「桐生ッ!!言葉と行動が一致してない!離れろ!!」
「?なんで離れる必要があるんだ?祝ってくれるんだろ?」
「い、いや、祝うけど・・・!?」
「ならこのままでいいじゃねぇか。俺が欲しいのはお前だ。今日1日休みもらったんだ・・・たっぷりと味あわせてもらおうか?」
全力で逃げ出そうとする私のシャツを乱暴にずらして。
下着の中に入ってきた手が私の胸を撫でる。
久しぶりに味わう熱に、ぴくりと身体が跳ねた。
それを見た桐生が、笑うのを感じる。
恥ずかしくなって顔を逸らせば、耳元に感じた熱い熱。
「っあ!」
「あけ」
「・・・・っ!やめ、やめろっ・・・・」
耳たぶを甘咬みされ、そのままねっとりと舐め上げられる。
ゾクゾクと走った熱は紛れも無く、彼に教えこまれたものだ。
「や、ぁ・・・っ」
「フッ・・・嫌か?なら、やめるか?」
「っ・・・・」
思わず出た言葉と共に、桐生が私から手を離した。
・・・ずるい。
分かってる、くせに。
うずく身体が桐生の熱を求める。
恥ずかしいけど、狂いそうになるけど、欲しい。
こういう時だけ完全に女になる自分が何よりも恥ずかしい。
「飯でも食いに行くか?」
「・・・・や、だ」
「ん?」
「お祝い、なんだろ?・・・桐生の、好きにすればいい」
「・・・・俺の好きにすれば、さっきの続きを今日1日やることになるぜ?」
こういう時だけ見せる笑みは卑怯だと思う。
桐生の極道時代を思い出させる、男らしくケモノのような瞳。
再び押し倒された私は、何も言わず目を閉じた。
軽く口付けられた後、確かめるように指が私の腰を撫でる。
「っは・・・!」
「あけ」
「ッ・・・誕生日、おめでとう。遅れて、ごめんな」
「悪いと思ってるなら黙って抱かれてろ。・・・手加減はしないからな」
「手加減はしろ・・・明日は仕事なんだぞ・・・!」
「しったことか」
話してる間にも全て脱がされているんだから怖い。
愛おしそうに胸を啄まれ、何も言えなくなる。
あぁ、くそ。
普通にお祝い出来てればこんなことには。
「なぁ、あけ」
「んっ・・・な、なに」
「お前、俺にこうされたくて俺を怒らせてるんじゃねぇのか?」
「っ!!違ッ・・・!!!」
「くくっ・・・そうか?そのわりには・・・嬉しそうだけどな?」
熱くなる身体を撫で回される。
「遅れた分、たっぷり祝ってくれるんだろ?」
囁かれた声に何も言えなくなった。
違う。
決してこんな、こんなの、望んでたわけじゃない。
そう心の中で必死に否定しながらも、桐生の吐息を感じて身体が反応した。
ああ、もう。
これはお祝いだ。
私がしたくてしてるんじゃない。
言い訳に言い訳を重ねた私は、自分を納得させて桐生の手を掴んだ。
「遅れた分、10倍返しにしてやるよ。・・・だから」
好きにして。
「・・・・・っ」
「桐生?」
「俺を煽るなんていい度胸だな・・・?我慢、しないぜ」
「する気なんて、ねぇくせに」
誕生日だからって、特別な甘い空気は必要ない。
私達に必要なのはただ――――愛しあう、時間だけ。
この殺伐とした、未来の見えない、生活の中で。
私達はただ全てを忘れて溺れていった。
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