いらっしゃいませ!
名前変更所
騒がしい会場。
ブルマの誕生日パーティ呼ばれたいつものメンバーは、その豪華な料理に浮かれていた。
食事の取り合いをするサイヤ人の二人。
それを苦笑しながら見つめているクリリンと悟飯が、段々と皿の山に埋もれていく。
騒がしいパーティの中、静かに佇んでいるのはピッコロとゆえだけだった。
二人共、食べる必要が無いからだろう。
ゆえの場合は無理やり連れて来られて機嫌の悪いピッコロのため、といった感じだが。
「ピッコロ、苺食べる?」
「・・・俺は水以外、口にせん」
「知ってるけど、どうかなって思って。じゃあ、水以外の味って知らないの?」
ピッコロはワイングラスで水を飲みながら頷く。
「そっか・・・なんか寂しいね」
ゆえは苺を見つめ、それを幸せそうに口に含んだ。
緩んでいた表情が更に緩むのを見て、ピッコロは意地悪く鼻で笑う。
「フッ・・・お前のその表情は、悟飯とそっくりだな」
「え?遠回しにガキっていわれてる???」
ムカつくなーと言いつつ、再び苺を食べるその表情は明るい。
ゆえもピッコロと同じ、食事を必要としない種族だ。
代わりにピッコロから気を貰って食べてるが、この場合は栄養摂取というより”娯楽”の一種。
「おいしー!」
また一つ、口の中に消える。
ピッコロは呆れたようにその様子を見つめ、もう一度水を口に含んだ。
「そうだ、成分が水なら、味がついてても大丈夫なんだよね?」
「?あぁ・・・まぁ、塩や砂糖があまり強くなければな」
「そっか!じゃああとで、魔法で味だけつけてあげるよ!」
「別にいらん」
「えー、そんなこと言わずに!ね?ものは試しだよ?」
「ゆえ、ピッコロ!」
「こんなところに居たのかー!」
「あ、皆・・・」
しばらくその場で会話を楽しんでいると、二人がいないことに気づいた皆がゆえの周りを囲んでいた。
完全にほろ酔い表情の男性陣がゆえに近づく。
その時、ピッコロが少し不機嫌そうになるのを、ブルマは見逃さなかった。
にんまりと笑い、わざとピッコロに見せつけるようにヤムチャをゆえに近づける。
「ほらヤムチャ、聞きたいことあんでしょ?」
「え?お、おう。なぁ、ゆえ」
「んん?」
ゆえはヤムチャに話しかけられても、苺を手放さずモゴモゴと口を動かした。
「苺好きなのか?」
「うん」
「そういえば・・・ゆえって、何歳なんだ?」
照れながら話しかけるヤムチャを押しのけ、クリリンが口を挟む。
レディに歳聞くなんて!と後ろで怒るブルマを無視して、気にしない様子のゆえが考え込んだ。
「えーっと・・・何歳だっけな。30ぐらいかな」
「えぇ!?」
「私達は魂だけの存在だから、この身体はただの入れ物みたいなもんなんだよね。私が悪魔になってから、30年ぐらいは経ってると思うけど・・・」
そういうゆえの姿は、どう見ても20歳前後の少女にしか見えない。
翼や尻尾のせいもあるだろうが、どう見ても30歳の女には見えなかった。
皆の視線を感じたゆえは、気持ち悪そうに身を捩る。
「なんだよー!信じられないっての?そんなのピッコロだって同じじゃん」
「まぁ・・・確かに」
ピッコロも見た目は大人だが、中身はまだゆえよりも若いナメック星人だ。
ゆえの言葉に納得したクリリンに続き、次は俺だ!とヤムチャが身を乗り出す。
「なぁなぁ、好みのタイプってどんなの?」
ぴくり。
無意識だろうか。ピッコロの耳が動いた。
それにただ一人気づいているブルマは、笑いを堪えながら答えを待つ。
ゆえはしばらく考えこみ、思いついたように手を叩いた。
「一緒にいて楽しい人、かな」
ゆえの表情が嬉しそうに緩む。
「この中だと誰が好きだ!?」
「こ、この中?」
ヤムチャは食い下がらないと質問を重ねた。
この中、と言われても。
呑んだくれたクリリン、何故か目をギラつかせるヤムチャ、奥でまだ食べ続けているベジータと悟空、純粋な目でこちらを見ている悟飯。
後ろで後ろを向いている、ピッコロ。
「うーん」
そういうのを考えたことがなかったから、あまり答えたくないんだけど。
だからといって、今のこの空気から逃げられる気はしない。
ゆえは再び考えこんだ後、照れながら後ろをちらりと見た。
「ピッコロかな」
「「ええーーー!!!」」
クリリンとヤムチャが納得行かないとばかりに悲鳴を上げる。
その煩さに限界を感じたのか、それともまた別の何かか。黙って聞いていたはずのピッコロが思いっきりゆえの頭を叩いた。
「いだっ!?」
「くだらんことを抜かすな」
「うわっ。質問に答えただけじゃん」
「フン。大魔王の俺をこの中で選ぶお前は頭がおかしいぞ」
「へへえ?でも、私も悪魔ですから?」
「ほう?」
すぐに始まる言い合い。
普段なら介入しないところだが、酒の力を借りたヤムチャ達には関係なかった。
「はいはいストップー!まだ俺聞きたいことあるんだからさぁ!」
「えー、まだあるの?」
「だってゆえはピッコロの記憶通して俺達のこと知ってるだろうけど、俺達はなんもゆえのこと知らないもんなー?」
「なー?」
ダメだ、これは止められない。
ピッコロは無駄に絡まれるのを恐れ、ゆえを助けること無く後ろに下がった。
完全に酒に飲まれてるクリリンとヤムチャは、楽しそうに笑う。
「ほら、ピッコロも譲ってくれたことだし」
「むぐ・・・何この合コンなみの質問・・・」
「じゃあ次は俺な!そうだなー・・・あ、ゆえ、誕生日教えてくれよ!」
「クリリン、ナイス質問!」
わぁわぁ騒ぐ二人の質問の意味を理解できず、ゆえは首をかしげた。
「誕生日?」
「あぁ、お祝いしてやるよ!」
「そうそう!俺達がな!」
誰かに誕生日をお祝いされたことなんて、あっただろうか。
嬉しいような、悲しいような。少し複雑な気持ちがゆえを襲う。
その気持ちは魔族であるピッコロも同じだった。
ゆえは少し困ったように笑い、持っていた皿を置く。
「・・・あー、えっと・・・・誕生日は・・・・」
「おいおい、なんで嫌そうな顔してんだよ?まさか年齢詐称がばれるとか!?」
「違うっての。咄嗟に思い出せないの!色々女には事情があんだよ!」
「お、おう・・・?」
「ていうかそもそも、悪魔ってどんな種族なんだ?」
「え?あ、いや、それは・・・」
段々と探るようなものになっていく質問。
言葉が濁り始めたゆえを見て、ピッコロは深い溜息を吐いた。
「おい」
「ぐえっ!?」
質問攻めにされているゆえの首元を掴み、上空に舞い上がる。
「あ、おいピッコロー!」
「こいつには明日も修行があるんだ。今日はこれで帰らせてもらう」
「ピッコロさん、ゆえさん、また明日ー!」
すんなり納得したのは悟飯だけで。
足元から鬼だの何だの酒に任せた罵倒が聞こえるのを感じつつ、ピッコロはゆえを持ったまま舞空術のスピードを上げた。
いつも修行する荒野。
そこを越えた場所にある、小さな川。
小鳥たちがさえずる、綺麗な川にポイッと投げ捨てられる。
投げ捨てられたゆえは慌てて翼を広げ、自分の手で空を飛んだ。
文句を言おうにも、投げた本人は空高くそびえ立つ木の上に座っている。
ムカついたゆえはその木によじ登り、ピッコロの傍に寄った。
「乱暴なんだからー。でも、ありがと」
「・・・・・」
ピッコロが不機嫌なのは気のせいだろうか。
パーティ苦手だからってのもあるけど、それとはまた違う苛立ちようなものを感じる。
それを気にしつつも、ゆえは思い出したかのように魔法で水を取り出した。
「ピッコロ!」
自分の真上にいるピッコロに、水をひょいっと投げる。
ピッコロはそれを目を開けること無く受け取り、片目で確認して眉をひそめた。
「なんだこれは」
「苺味の水」
「・・・」
「あぁ捨てないでよ!ジュースとは違って、成分は水だけだよ!本当に味だけつけたの」
月明かりに揺れる、ピンク色の水。
期待に満ちたゆえの目がこちらを捉えているのを見て、仕方なくその水に口をつけた。
流れこむ、甘酸っぱい風味。
味わうことがないと思っていた、水以外の味。
ピッコロは舌先でその味を確かめるように飲み、空になったペットボトルをゆえに投げ返した。
ニマニマと笑うゆえの表情が目に入り、思わず呆れてしまう。
「・・・何がそんなに楽しそうなんだ」
「おいしかったでしょ?」
「・・・まぁ、な」
「いやー、ピッコロに水以外の味を教えたのは私が初めてかなって。特別感あるじゃん!うれしいなー」
だから、なぜ。
元とはいえ、大魔王相手に喜ぶことがあるのか。
「お前は本当に馬鹿だな」
思ったことを口にすれば、ゆえの拗ねた表情とぶつかる。
「バカっていうなバカっていったほうがバカなんだバカハゲ緑」
ピッと風を切る音が響き、ゆえが乗っていた枝の根元が少し焼けた。
ロボットが振り返るような動きでゆえが振り返る。
「あ、あの・・・」
「あと一撃で折れそうだな」
「飛べるけど心臓に悪いからやめて!?」
折れそうな根元を庇うように立つゆえを、ピッコロの意地悪い笑みが見下ろした。
川の流れと鳥のさえずりだけが響くこの場所。
言い合いが終われば、その音だけが二人の間を支配した。
目を瞑ると心地よい風が頬を撫でる。
寝ちゃいそうだな。寝たら落ちるかな?なんて考えながら欠伸を浮かべた時、風とともにピッコロの声が耳をくすぐった。
「聞いてもいいか?」
それはいつものように怒ってるわけでも、意地悪いわけでもなく。
心地良いと思える、声だった。
「うん、いいよ」
お互い木の枝に腰掛け、顔は見えない。
振り返ったら素直に答えられない気がして、ゆえはただ夜空を見つめた。
ピッコロから質問なんてある意味珍しいものだから。
「・・・答えなくなかったらいい、だが」
「んう?」
「悪魔とは、一体どんな存在なのだ?」
悪魔、とは。
「お前と出会うまでは、本で見たままが悪魔だと思っていた」
それは魂を喰らうためにならどんな悪行でもこなす、まさに”悪魔”
魔族と・・・いやそれ以上に凶悪な存在だと、本には書かれていた。
「だがお前は・・・違う」
呪うためならなんでもする。
欲望に忠実な人間の味方。
凶悪な存在。
違う、ゆえはそうじゃない。
ピッコロの質問に、見えなくてもゆえが少し笑ったのを感じた。
「パーティの後なのに・・・少し暗い話になっちゃうけど、いいの?」
「あぁ、構わん。それにあいつらの言ったことは本当だ。お前だけが俺を知っていて・・・俺が知らないのは不公平だろう?」
本当にそれが理由で知りたいのかは分からない。
ただ聞きたいと、ピッコロの心が訴えたのだ。
「悪魔ってね」
小さな悪魔の翼が、パサッと音を立てて広がる。
「・・・・元は普通の死んだ人なんだ」
その言葉に、ピッコロの思考が止まった。
元は普通の死んだ人間。
つまりは、悪魔は”種族”と呼べる存在ではない。
「天界・・・っていうかあの世では、地獄に落ちる人たちの悪をある一定削ぎ落とすんだけど、その悪のエネルギーって消滅させれないのね」
「天界・・・?」
突然あの世の話をされ、ピッコロは戸惑う。
だがゆえは気にせず話を続けた。
「消滅出来ないエネルギーって、どうなると思う?」
「いずれパンクするだろうな」
「そうそう。だから天国の魂を一人連れてきて、そいつに悪を押し付けるの」
「・・・・何!?」
「転生させるかわりに、悪を抑えこんでもらうの。そうして生まれるのが悪魔。元は人間の・・・悪を押し付けられた存在が、悪魔なの」
溢れかけた悪を処理するため、一つの魂を犠牲にする。
それは確かに天界にとって、一番効率よく安全な方法なのかもしれない。
・・・でも実際、それはとてつもなく残酷なものだ。
ピッコロは思わず顔をしかめた。
想像するだけでぞっとする。
溜まりにたまった悪を、たった一人が背負う光景なんて。
「悪魔が死んだ時は、悪も一緒に消滅する。その人は天国にも地獄にも行けず・・・消滅するだけ。悪と共に」
「・・・・」
「だから悪魔は強力な魔法の力を得るの。せめてもの情けでね。そして他の人間を弄ぶことができるようになる。願いを聞くもよし、聞くフリして魂をむさぼるもよし・・・・」
ゆえの声が、いつもより冷たく聞こえた。
ピッコロは思わずゆえに手を伸ばそうとして、やめる。
「・・・お前も、そうなのか」
「そうだよ。・・・たぶん」
「たぶん?」
「私、他の悪魔とは違うんだ」
ピッコロに背を向けていたゆえが、勢い良く立ち上がってピッコロの目の前に浮かんだ。
羽ばたく翼が、ホタルのような輝きを放つ。
「私はね、普通の魂が受け取ったらその場で消滅してしまうほどの悪を持ってる・・・わるーい悪魔なんだよ」
規格外の、悪。
たくさんの悪人がまき散らした悪を、こんな小さな身体が背負っているのか?
想像して、ごくりと喉を鳴らす。
それでも冷静を装い、ピッコロは目を瞑った。
今、ゆえの表情を見たら、駄目な気がしたからだ。
「・・・つまりお前は、悪を引き受ける前から普通じゃなかったと?」
「そうだよ」
「ならお前は何だったんだ?」
「目、開けてみて」
ゆえに促されるまま目を開けたピッコロは、今度こそ本当に思考を放棄した。
黒く広げられていた翼。
・・・それがほたるのような光に包まれた、白く大きな翼に変わって。
おしりに生えていた可愛い尻尾は、その光に飲み込まれて消滅する。
風に揺られ、ピッコロの手の中に収まるふわふわの翼。
月明かりよりも輝いて見えるそれは、まさしく。
「天使・・・・」
幻だったのかと思うほど、その姿はすぐに消えた。
瞬きをした次の瞬間には悪魔姿のゆえがピッコロの隣に座っている。
「いまのは・・・・」
「私の本当の姿。魔法でちょっとだけ見せてあげたんだから、感謝してね?」
「・・・事情があるというのは、そういうことか。天使として生まれたお前と、悪魔として生まれたお前の・・・・」
「そうそう!ピッコロったら飲み込み早いなー。咄嗟に聞かれてもさ、中々思い出せないんだよね。天使としても、悪魔としても。いつ、なんて」
元は天使だった少女が、悪のために堕ち、真逆の存在になった。
自分には関係のないことなのに。同情すら関係ないものなのに。
ピッコロは胸に苦しさを感じ、そっとゆえの頭を撫でた。
月明かりに混ざり、ゆえの頬が赤く染まる。
「・・・こ、子供扱いしないでよ」
「なら振り払えばよかろう?」
「・・・・意地悪」
別にゆえのことを知ったから、どうというわけでもない。
ただ気に食わなかっただけだ。自分だけが知られているということが。
・・・それだけ、だったというのに。
隣にいる生意気な悪魔が、とてつもなく儚く見えて。
ピッコロはただ静かに頭を撫で続けた。
「お前の誕生日はいつなんだ?」
「祝ってくれるの?」
「・・・・考えてやらんこともないな」
ニヤリと意地悪い笑みを見て、ゆえが顔を引き攣らせる。
「あ、やめとく。変なのもらいそう」
「・・・・ほう・・・?」
「いだだだだ!!!頭!!頭が潰れるッ!!」
突如頭に加わった力。
悲鳴を上げて逃げ出すも、ピッコロは満足気に笑ったままだった。
「このやろ・・・・」
「それで、いつなんだ?」
「どっちが知りたいの?」
「決まってるだろう」
”お前自身が生まれたのは、天使としての誕生日だけだろう”
「・・・・うん」
ピッコロって、冷たくて、酷くて、色々暴力的なのに。
――――変なところで暖かい。
本人がこれを優しさかどうか理解しているかは別だが。
ピッコロの嘘のないその言葉は、ゆえの心をじんわりと熱くさせた。
「ありがと、お祝い待ってるね!」
「あぁ、たっぷりとくれてやる。特別メニューをな」
「・・・・・・・・・え、それって・・・修行じゃ・・・・」
「あぁ、そうだが?」
「・・・・・・・・・・・」
それでも、誕生日が楽しみになったのは言うまでもないことだ。
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