いらっしゃいませ!
名前変更所
私は元々天使だった。
天使に戦いは必要ない。あるのは天国を守る力だけ。
力でねじ伏せて哀れな魂を地獄に落とす。
たったそれだけのために、強大な力が与えられていた。
特に私はその中でも、トップクラスの力を与えられた天使だった。
だからこそ立場は上。毎日毎日堅苦しいだけの世界。
自由もない。特定の誰かと仲良くすることも出来なくて。
だから私は悪魔になった。
悪魔になって、いつ暴走するか分からない悪<爆弾>を背負う代わりに、自由になることを選んだ。
「・・・・・」
その爆弾を押さえこむには、どんな魔力を放出しても耐えられる精神と身体が必要になる。
耐えられなければ最後、魔力を放出し続けて弱った身体から悪の力が暴走し、私の身体を乗っ取ってバケモノとなるだけ。
普通の人間の魂なら、その悪の力に耐え切れず燃え尽きるんだけど。
私の魂は元々天使。人間よりも強力な魂は悪に乗っ取られても燃え尽きないらしい。
私はそれに気づいていた。
だから怖くて、力を押さえて戦い続けていた。
「でももう、そんなときじゃない」
17号や18号と戦った時、そう思った。
恐れてるだけじゃ、何も出来ないと。
白い世界で一人、魔力を限界まで放出した状態で立ち尽くす。
鼓動が激しく脈打つけれど、私は魔力の解放を止めなかった。
「私は、出来る」
力をぎりぎりまで解放させた状態を維持して、少しずつ魔力の限界を高める修行。
悟空たちがやっていた、常に超サイヤ人の状態でいることで、いざ戦うときの身体の消耗を少なくさせる・・・というのに観点をおいた修行だ。
私は今まで、恐怖で力を抑えこんできた。
そんな力をすぐさま戦いで解放すれば、自分の方が崩壊するのは目に見えている。
徐々に徐々に、身体を慣らしていく。
最後には今まで以上の力を戦いで使いこなせるようになるために。
「はぁっ・・・はっ・・・・」
ドクリ。
高まっていく魔力と鼓動。
ある意味、魔力を放出している状態は、超サイヤ人と同じなのかもしれない。
悪が刺激されて興奮状態に陥るのか、腕が疼いてしょうがなくなる。
ああ、今すぐ誰かと戦いたい。
血を、悲鳴を、聞きたい。
「ッ・・・・」
ダメダメ!!
何を考えてるんだと、自分の頬を軽く殴った。
「強くなりたい・・・」
ピッコロを守るために。
いや、それだけじゃない。
きっとピッコロのことだもん、何だかんだいって心配してくれるからさ。
たとえ守れなくても、心配かけないようにしなきゃいけないし。
それに私は皆が大好き。
悟飯もベジータも、クリリン達も・・・皆が、大事。
「・・・・」
皆のことを考えると、心が落ち着いてくる。
魔力を放出しててもいつも通りの私と変わらない。
「ピッコロ」
いつの間にこんなに好きになっちゃったんだろう。
最初は喧嘩ばっかりで、いや、今も変わらないかも?
考えるだけで心の中が暖かくなる。
きっと天国じゃ味わえなかった、下界特有の感情。
悪魔になってよかった、なんて。
そんなこと口にしたら怒られちゃいそうだけど。
「ゆえ?」
「あ・・・・」
後ろから、ふわりと抱きしめられる。
見上げれば今まで考えていたピッコロ本人が、私を心配そうに見下ろしていた。
「そんなに魔力を出して大丈夫なのか?向こうまで届いていたぞ・・・!?」
ピッコロが振り返ったのは、いつもベッドやらお風呂やらが置いてある入り口の部屋。
そこからはだいぶ遠く離れてるため、私の魔力が届いたことに心配してしまったのだろう。
心配かけないよう、いつも通り笑顔でピッコロに抱きつく。
やっぱりピッコロは私の力だ。こうやって触れてるだけで、幸せ。
「んー、ピッコロは暖かいなー」
「お前が冷たいんだ馬鹿者!!今は夜だぞ!!マイナス何度になってるか分かってるのか!?」
心配かけないようにしたつもりだったのに、逆効果だったようだ。
ピッコロは怒鳴り声を上げながら、私を荷物のように抱きかかえた。
「帰るぞ」
「えーー!?あと少し!!」
「うるさい。部屋で瞑想でもしていろ」
「ピッコロってば心配性なんだからもー。嬉しいなぁ」
にやけながらそう言えば、私を抱きかかえている腕が急に腹部を締め付け始める。
思わず「うぐふ!?」とワケの分からない声を出しもがくが、その腕はまったく緩まなかった。
むしろ暴れれば暴れるほど力は強くなっていて。
痛みすら覚え始めた腹部に悲鳴を上げても、ピッコロの意地悪い声が降ってくるだけだった。
「暴れる荷物は縛っておくのが当たり前だろう?」
「くるし、くるしいです・・・!てか荷物じゃない・・・!」
「”何も言わずに”勝手なことをする奴は荷物だと思うのだが」
言葉の一部にトゲを感じて言葉に詰まる。
なるほど、勝手に夜に起きて、勝手に修行してた私への・・・怒りだ。
勝手なことするなって怒られたのは覚えてるけど。
ピッコロの前で、こういう若干無茶な修行をすると怒られるからしょうがない。
それに。
「・・・・ふふっ」
心配してくれてるんだなって思うと、心配掛けたくないくせに嬉しくなってしまう。
思わず笑ってしまった私のお尻を、容赦なく掴むピッコロの手。
「何笑ってやがる」
「あだっ!!??ちょ、そこおしり!!触んな!!セクハラ!!!」
「知らんなぁ?」
「も、もげる・・・っ」
「そんな簡単にもげるわけないだろうが阿呆」
「阿呆!?」
こんな関係になっても、お互い口は悪いまま。
阿呆と言われた私は担がれた状態でピッコロのおしりの部分を掴んだ。
そして飛び出す暴言の嵐。
お互いにお尻をつかみ合ってやってるんだから、傍から見ればバカップルなのかもしれない。
だが、私達はわりと真面目である。
「あ、結構いいお尻してる」
「おい!!貴様どこ触って・・・!」
「女性のお尻触っておきながら、自分は触るなっておかしいんじゃないの?触るなら触り返す!!!」
「ええい!!触らないからやめろ!!気色悪い!!」
「ふっふっふ!引き締まったお尻でがはぁっ!?」
投げ飛ばされた。
顔面を強く打ち、そのままベッドに沈む。
文句を言おうと起き上がろうとするが、私の身体が持ち上がることはなかった。
・・・・お、重い。
「ぐへっ!つ、潰れる!!潰れるーー!!!」
「これも良い修行になるだろう?この状態から腕立てでもしてみせろ」
「に、二メートル近くあるやつ乗っけて腕立てできるかぁ!!!」
「出来んのか?ならこのままだな」
「あ、ほんとに潰れ・・・る・・・・・」
力尽きて抵抗するのを止めると、わりとあっさり重さが消えた。
代わりにわしゃわしゃと頭を撫でられる感覚。
心地よくて思わず目を瞑ってしまう。
撫でながら隣に寝転がるピッコロに、ネコのように擦り寄った。
「ピッコロー」
「・・・どうした?」
「・・・心配、したの?」
「当たり前だ。この時間は一番冷え込む。あんなところでは凍え死ぬ可能性だってある」
「うん・・・・」
「強くなりたい気持ちは分かる。だが、焦るな・・・」
厳しい時と、優しい時と。
ピッコロの使い分けは本当に卑怯だ。
「・・・ごめん、なさい」
素直に謝る私の頬に、ピッコロが口付ける。
「普段からそのぐらい大人しいと良いんだが」
そう言われて、カァッと頬が熱くなった。
まるで普段は大人しくないみたいじゃない?
いや、確かに大人しいかって言われると微妙だけど。
でもこんなに心配されたら、調子狂うというか何というか。
恥ずかしくて顔を背けようとした私を、もちろんこのサディスト野郎は許さない。
「誰がサディスト野郎だ。表が大人しいと思えば心の中はいつも通りだな」
「プライバシーの侵害ー!」
「ふん。お前が大人しい時は大体こんなことだろうと思っていた」
うわ、なにげに酷いこと言われた。
「あー。乙女心がズタズタだよーひどいよー」
「そうか」
「・・・・・・」
「くくっ・・・拗ねるな、ほら」
言い返すか、拗ねるか。
私に出来る抵抗はそれしかなくて。
「んっ・・・・」
甘い口づけ。
こうやって今日も、修行と甘い時間を半分ずつ過ごす。
修行終了まで、あと6ヶ月。
やっぱり何度見ても、私の目が間違ってるとは思えない。
この部屋に入ってから半年ぐらいになるけど、明らかにピッコロの雰囲気が変わってる。
優しくなったとか、そういうのじゃない。
明らかに”男”を感じるようになったのだ。
感じるからどうというわけではないけど。
具体的な何かがあるわけでも、ないんだけど。
見た目は元々男っぽかった。
声も、口調も。だから気にしたことなかったのに。
「考え事している暇があるなら前を見ろ!!」
「のうぅうう!?」
目の前を凄いスピードで気弾が通過した。
ぼーっとピッコロのかっこいい姿を見ていた私は、気弾が爆発した方向を見て青ざめる。
「あの、あれ当たってたら私首が吹っ飛んで・・・・」
「自業自得だな。組み手中によそ見するのが悪い」
「・・・・っ」
流れ出る汗を拭いながら笑うピッコロに、思わず見惚れた。
でもそれが許されたのもほんの数秒。
もう1発飛んできた気弾をギリギリで避け、ピッコロの懐に飛び込む。
「っそりゃ!!」
「ハッ!!!」
懐を狙った右手は簡単に受け止められた。
もちろんそんなのは計算済みなわけで、次だ!と空いていた左手から魔弾を撃つ。
うぐ、と声が聞こえてピッコロがよろけた。
そこにすかさず膝蹴りを入れ、くの字に曲がったピッコロの身体を上から叩きつけた。
だが、やられっぱなしなわけがない。
ピッコロは地面にぶつかるというその瞬間に姿を消し、次の作戦を考えていた私の目の前に現れた。
「へっ!?」
「遅いな・・・?まだまだ判断が鈍いぞ!」
なんて、スピードだ。
そんなことを考えている暇はないとばかりに、ピッコロの拳が私の腹部にめり込む。
「ぐっ・・・!!!!」
「お返しだ」
「こ、この・・・・!!」
ここだけを見ていれば、誰が私達が恋人同士だと信じるだろうか。
でも私は切り替えの上手いピッコロがとても好きだ。
こうやって容赦なく戦ってくれるピッコロも、全て。
痛みから抜け出せない私を、ピッコロが思いっきり掴んだ。
次の攻撃に備えて真正面に防御を構える。
「だから甘いと言っているんだ、お前は」
「ッ・・・・!!」
掴まれて、構えて。次の瞬間にはもう居なかった。
感じた気配と声は、真後ろからのもの。
慌てて振り返っても遅いことは分かっている。
私は振り返るのを止め、ピッコロの攻撃と同時に自分の身体の周りに衝撃波を生み出した。
「ぐっ!?」
「もらった!!!」
仰け反ったピッコロに、追撃の魔弾を複数放つ。
「ふん・・・!」
放った魔弾が全て弾かれるのを見ながら、私は体勢を立て直した。
魔法で複数の氷の刃を生み出し、それを自分の周りに浮かべる。
攻撃に使うのではなく、ただ自分の周りに浮かべておくだけ。
こうしておけば、うかつに近距離戦は出来ないし背後も取れない。
「ほう、お前にしては考えたな」
「いちいちムカツク言い方するんだから・・・・」
ピッコロはいつもいう。
私に足りないのは力ではなく、戦術だと。
確かにそのとおりなんだ。
私が使う技は全部他人の技。もしくは出の遅い魔法。
だからこの期間で私はたくさん技を生み出した。
短時間で想像することの出来る自然をメインにした魔法や、人の技をアレンジした技。
それでもまだ、私はピッコロに勝てない。
ピッコロも私同様、成長しているから。
「だが確かにその魔法は出が早い。それを上手く活用していけ」
「そんなこと言っちゃうと、負けちゃうよー?」
「このぐらいのアドバイスでお前に負けるほど、俺は落ちぶれちゃいない」
鋭い瞳が私を捉える。
私は一瞬にして氷の刃を倍に増やし、ピッコロの攻撃に備えた。
私の背中に翼のように生える氷の刃。
遠距離の撃ち合いに持ち込んでくれれば、有利になるのは私だから問題ない。
さぁ、ピッコロはこれにどうやって向かってくる?
「いい表情を浮かべるようになったじゃないか。戦闘を楽しんでるな」
「打倒ピッコロですから!」
「フッ・・・なら」
ひゅっと音がして、ピッコロが消えた。
気も気配も読めなくなったことに、緊張感が走る。
氷の刃を、自分を守るように巡らせた。
その瞬間小さな気弾が私を囲い、真上にピッコロが姿を現す。
「これならどうだ?」
「こんなの・・・・」
こんな気弾じゃダメージにもならないよ?なんて言おうとして、止めた。
的確に私の氷の刃の間を縫うようにして置かれた気弾。
――――マズイ!!!
「しまっ」
「遅い!!魔空包囲弾!!」
細かい気弾が氷の刃を集中的に狙ってはじけた。
自分が生み出した氷が、自分自身の肌を傷つけながら砕け散る。
「っ・・・・くう・・・・!」
「自分自身の傍に置くものは、自分自身を傷つける可能性があるということを忘れるなよ」
「つ・・・」
間近でガラスが砕け散ったのと同じこと。
氷の刃の破片がいくつか肌を掠め、そこから赤い血が流れた。
痛みで思わず地面に手をつく。
それを見たピッコロが、意地悪く笑ってゆっくりと私に近づいた。
「魔閃光!!」
咄嗟の判断で魔閃光を放ちながら後ろに転がる。
痛みに弱い。
判断も弱い。
これが、私の敗因。
分かってる。分かってるからこそ、諦められない。
「降参したらどうだ?足が震えているぞ」
「っさいな・・・・!」
もう少し、もう少し。
ピッコロの足が私の目の前に迫るまで、私は床に手を付いていた。
これも、作戦。
ピッコロの足が踏み出した瞬間、パリンとガラスが割れるような音が響き、思わずニヤけた。
「ひっかかったな!!!」
ピッコロが今居るのは、氷の刃が砕け散った場所。
あの氷の刃の破片はまだ――――あの場所に残っているのだ。
その場所にピッコロが足を踏み入れた瞬間、地面に付いていた手を大きく振り上げた。
同時に砕け散っていた刃が再生し、ピッコロを囲う。
「なっ・・・・」
「魔氷牙”まひょうが”!!」
名前に魔がつくのは師匠譲り。
飛び散った細かい氷の刃がピッコロを襲い、今度こそ消えた。
「どーだ!!」
よろけたピッコロに向かってブイサインをすると、意外にも平気そうな顔で睨まれる。
「あれ・・・?」
「あんな見え透いた作戦にかかると思うか?」
「まじですか」
「あぁ」
ヒュッと風を切る音と共に、私の目の前に突き出された拳。
一切ダメージの見られないピッコロに私は両手を上げた。
「ギブアップ」
「フン。まぁだが、最後の作戦はまぁまぁ良かったと褒めておこう」
「ほんと?」
「あぁ・・・顔に出すぎていてすぐにわかったがな」
「うへ・・・」
まさかの顔ですか。
ぐったりと肩を落とす私に、ピッコロの暖かい手が伸びた。
頬についた血を、その手が掠め取っていく。
「いい加減勝てるようになれ。力はお前の方がだいぶ上なんだ」
「最後の一言余計だよ・・・惨めになる」
「あぁ、わざと言ったんだ」
「ひど!?」
ククッと喉を鳴らして笑う姿は、まさに魔族。
苛ついて掴みかかろうとしても意味はなく、よけられた私はべしょっと地面と挨拶をした。
後ろから聞こえる、笑い声にむっとする。
本当に意地悪め。なんだこの意地悪野郎は。
「魔族に何を求めてるんだ?お前は」
あーあ、また心読んじゃって。
ま、昔から分かってることですけどね。
こいつが超意地悪だってことぐらい。
「それでも俺が好きなんだろう?」
「なっ・・・・」
殺し文句、だと思った。
普段ピッコロが言わないような、自信に満ち溢れたその言葉に、私は思わず固まる。
見る見るうちに顔が赤くなっていくのを感じた。
何も見なくたって分かる。熱い。顔が燃えるほど熱い。
「顔が赤いぞ」
「ううううるさい!!」
「本当にお前をからかうのは飽きないな・・・」
「人で遊ぶなっ!!にゃろ!!」
笑うピッコロに跳びかかり、その場に押し倒した。
ピッコロの上に座る形になった私は、ピッコロの顔に自分の顔を近づけながら舌を出す。
「ざまーみろ!」
またどうせ怒鳴られて蹴られて終わるだろう。
そう思っていた私の目に映ったのは、意外にも顔を真っ赤に染めるピッコロの姿だった。
思わぬ光景に私も固まる。
ピッコロは少し苦しそうにしながら私を退かすと、目も合わせずにぼそっと口を開いた。
「・・・風呂に、行ってくる」
「え?あ、う、うん・・・」
なに、あれ。
完全に照れてたけど。え、あんなんだったっけピッコロ。
お風呂を仕切るカーテンを乱暴に開けたピッコロを見た私は、ニヤリと笑みを浮かべてその後を追いかけた。
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