いらっしゃいませ!
名前変更所
俺達が着いた頃にはベジータと18号はやり合っていた。
17号に1対1を邪魔するなと牽制され、ただ見ているだけの状態。
だが二人の戦いは、確かに普通の奴らが参加できるものではなかった。
激しい殴り合い。
ただの女に見えるその人造人間は、いとも簡単にベジータを押していく。
「ベジータ・・・」
ゆえが心配そうにベジータの名を呼ぶ。
他の奴らはベジータが押しているように感じているらしいが、ゆえには分かっているのだろう。
教えたのは俺だ。
見える状況だけが、戦いの全てではないと。
確かに見た目ではベジータが押しているのは確かだ。
しかしそれは、あくまでも見た目だけ。
「・・・殺されるぞ、ベジータは」
「え!?」
「見ろ。わずかだが人造人間の方が押し始めている。・・・ベジータは動けば動くほどスタミナを消費するが、人造人間は消費しないからだ」
戦いに大事なのは気と、集中力、戦術、そしてスタミナの管理。
18号という女の人造人間は、食らっても動いてもスタミナの消費を一切感じられない。
これが、トランクスの言っていた”俺たちを殺した”人造人間。
想像もしていなかった強さに、思わず唾を飲む。
――――殺される。
そんな恐怖に怯えるなど、考えたくない。
俺も強さを求めてきた。
負けるなどとは思いたくない、だが。
状況から考えるに、今の俺では。
「がはっ!?・・・あぁああぁあああっ!!!」
「・・・!!父さんっ!!」
トランクスの悲痛な叫びと、18号の蹴りで腕を折られたベジータの声。
思わず飛び出していったトランクスに手を伸ばすが、それは届くこと無く空を掴んだ。
・・・馬鹿、が。
この状況で飛び出すこと。
それはすなわち、17号の参戦を許すことになる。
警戒して17号の方を見れば、やはり17号がトランクスの後を追いかけていた。
「くそっ・・・」
「馬鹿が・・・!!」
仕方なく俺達も後を追い、トランクス達の助けに入る。
17号の背後から猛スピードで近づいた俺を見てか、ゆえが援護するように17号の正面側に回った。
「行くぞ、ゆえ!」
「任せ・・・いっ!?」
「ゆえ!?がぁっ!」
見えない。
アイツの動きが、うまく捉えられない。
ゆえが蹴りを放つのを見て、腕で防ぐまでは見えていた。
そこから先が、俺の目には見えていない。
気づけば俺は脇腹を蹴られ、その勢いで地面に叩きつけられた。
17号に殴られたゆえも、岩壁に叩きつけられて伸びている。
「・・・・く、そっ・・・・」
後から来た天津飯も17号に捕まり、トランクスも気絶。
ベジータの限界が近いのも目に見えている。
だがまだ、ベジータは戦意を失ってはいなかった。
何とか立ち上がろうとする俺の目の前で、18号に不意打ちの気弾をかます。
「!」
距離はほんの数歩分。
その距離で撃たれた気弾を、彼女は軽々と飛び越えた。
そして再び、ベジータに容赦無い攻撃を浴びせる。
機械のように冷たい目で、何故か人間味のある笑みを浮かべながら。
「どうする?もう1本の腕もいっとくー?」
18号の方は止めれないとしても。
俺は勢い良く立ち上がり、18号達を見ていた17号に不意打ちの一撃を放った。
「・・・・」
「・・・・が、ぁ・・・?」
足元からの、気もスピードも全力を出した、一撃。
それは届かず、代わりに俺への強烈な一撃がお見舞いされる。
「・・・・・がはっ」
不意打ちまでしたというのに、俺は、なんて情けないことだ。
俺の拳は17号に当たること無く力を失い、もう一度地面に吸い込まれた。
打ち付ける背中の痛みすら感じない。
それほどに奴の攻撃は重く、俺は身体を動かすことすら叶わなかった。
心の中を支配する絶望と悔しさ。
霞み始める視界で、次々と皆が倒れていく。
どうすればいいか。何も浮かばない。
不意打ちは無理だ。
だからといって、真正面からは何も通用しない。
では、どうすればいい?
相手の弱点を探るにも、動ける奴が存在しないというのに。
「あれ、まだやる気?」
俺の傍に降り立った17号が、俺の目を見て笑う。
作戦を考えるために睨みつけていたのがバレたのだろうか。
抵抗するために目から気を放つ。
しかしそれはまったくダメージを与えず、俺がただ甚振られるだけの結果になった。
腰を蹴られ、自分自身の身体がふわりと浮く。
そのまま17号が大きく足を振り上げたのを見て、俺は目を閉じた。
「・・・・?」
覚悟して最低限の防御を張ったというのに、何も感じない。
何が起こったのかと目を開ければ、そこには水色の透明な壁と、横たわるベジータ達の姿があった。
「なんだこれは・・・?」
一箇所に集められた俺たちを囲む、謎の水色の壁。
内側から叩いても、ビクともしない。
一応クリリン以外は、皆この中に入っているようだが・・・。
そこまで見て、俺は気づく。
「ゆえ!」
ゆえが、いない。
探そうとしても、水色の壁が邪魔でその場から出ることが出来なかった。
痛む身体に鞭を打ち、思いっきり水色の壁に拳を叩きつける。
それでも壁はまったく無反応のまま。俺達を守るように囲っていた。
守る、ように?――――まさか。
「叩いちゃだめだよー。壊れちゃったらどうするの?」
「・・・・!ゆえ!これはお前の術か!」
「そうそう。だからあんまり叩かないでよ?」
17号と18号が、不機嫌そうにゆえを見る。
ゆえは二人の視線を浴びても平気な顔をして、俺達の方を向いた。
その目を見て、俺は言葉を失う。
まるで初めて会った時のような。
冷たく、恐ろしさを感じる瞳。
「ゆえ・・・?」
俺は思わず、名前を呼んだ。
まったく違う人なのではないかと思ってしまうほど、雰囲気が違いすぎて。
ゆえは俺の声を聞いて、にっこりと微笑む。
それは俺に見せる優しい笑顔。変わらない笑顔。でも。
すぐ表情は元に戻り、冷たさを帯びる。
あれは、まさに・・・悪魔だ。
「悪いけど、大事な人を傷つけられて・・・おとなしくしてるほど、いい子じゃないんだよ、私」
「へぇ?それって、私達とやるってことぉ?」
魔法で大きな鎌を出し、右手に構える。
だがゆえはそれをすぐ振るうことはせず、首を横に振った。
「引いてくれるなら、何もしない」
「何もしない?・・・してほしくないの間違いだろう?」
「・・・何もしないで合ってるよ」
「言うねぇ?どうする、17号」
「殺す気はないけど、ちょっと遊んでやるか?」
やめろ。
やめるんだ、ゆえ。
俺はもう一度、自分たちを囲う壁を叩き、ゆえに向かって叫んだ。
「やめろ!!やめるんだ、ゆえ!!せめて俺をここから出せ!!」
何故だ。
お前がどこかに行ってしまうような気がするのは。
どうして俺が、こんなことに怯えなければならんのだ。
分からないことだらけのまま、俺は必死に叫ぶ。
その声は聞こえているはずなのに、ゆえは一度も俺の方を振り返らなかった。
「やるならきなよ。悪いけど、真面目に”戦う”ことはしないよ」
「ほう?どういう意味だい?」
「私は悪魔だからね。・・・・殺すためだけのことをさせてもらう」
いつも元気に俺の名を呼ぶ声ではない。
ただ冷たく、殺気を帯びた声が、戦闘開始の合図を鳴らす。
「はぁっ・・・!!」
「・・・・”吹き飛べ”」
「なっ!?」
一斉に飛びかかった17号と18号を、ゆえは鎌の一振りで吹き飛ばした。
たった一振りで回りの岩山が全て吹き飛び、魔力が大地を震わせる。
「・・・やるじゃん」
ゆえは二人をうまく近づけさせないように戦い続けた。
魔法で様々な武器を作り出し、17号と18号を翻弄する。
召喚された無数の銃が足元を抉り、バランスを崩した二人を魔力で作った縄が縛る。
それから逃げ出せば魔貫光殺砲が襲い、またそれを避けたとしても魔法の鎌が二人の喉を狙って空を斬り裂く。
怒涛の、魔法。
あれがゆえの、悪魔としての戦い方。
「ゆえ・・・」
戦いに楽しみなどを求めない、ただの”殺し”を求めたやり方。
絶対的な力で、押しつぶす戦い。
見ていて楽しいなどとは感じることが出来ず、俺はただ拳を震わせた。
「・・・っ。結構厄介な技使うんだねぇ」
「その技は何なんだい?データにはないよ。ぜひ教えてくれ」
「・・・私に勝てたら、いーよ?」
「じゃあ、勝たせてもらうよ」
17号の拳が一瞬でゆえの目の前に迫る。
ゆえはそれを魔力だけで受け止めると、一気に魔力を放出して17号を吹き飛ばした。
その隙に18号が後ろからゆえに襲いかかる。
思わず声を上げかけた俺の目の前に、ゆえの笑みが映った。
18号の拳は、確実にゆえを捉えている。
痛々しく何かが砕けるような音が響いて、なのに、ゆえは1歩も動かなかった。
違和感を感じた18号が顔をしかめる。
「アンタ・・・!?」
「それで・・・おわり?」
「っ!きゃっ!?」
可愛らしい悲鳴と共に、18号の足元からトゲのような岩が迫り出した。
迫り出した岩は容赦なく心臓や足、喉など、急所となるような場所に飛んで行く。
18号はギリギリのところでそれを全て避け、気弾をゆえに打ち出した。
ゆえはただそれを見上げて確認し、逃げようともせず次の攻撃に向けて構える。
「・・・なんだこいつ?」
「さぁ?なんか、私達みたいだねぇ」
無表情、だといいたいのか。
俺からは見えないが、ゆえが無表情で戦っているのは予想がついた。
俺の小さな攻撃すら悲鳴を上げて逃げるゆえが。
デコピンするだけでも泣くようなゆえが。
攻撃をまったく避けようともせず、悲鳴も上げず。
ただ静かに、二人の人造人間を殺すために攻撃を撃ち続けている。
「・・・ゆえっ」
嫌な予感がした。
「ん・・・」
「・・・!トランクス、目が覚めたか」
「・・・お、俺は・・・どうなって・・・」
俺の隣で倒れていたトランクスが、ゆっくりと身体を起こした。
それからすぐに上を見上げ、戦っているゆえを目にして壁に駆け寄る。
そしてゆえが新しく魔法を撃った瞬間、思いっきり俺たちを囲む壁を叩いた。
「いけない!!ゆえ!!やめてくれっ!!」
「ト、トランクス!?」
「なん・・・だ?」
戦いを見ていたトランクスが冷静さを失い、真っ青になりながら叫ぶ。
トランクスとは思えない行動に、俺はトランクスを落ち着けようと手を伸ばした。
だが、その手はトランクスではなく、起き上がったベジータによって阻まれる。
「・・・あれはゆえか?あの野郎、どこにあんな力を・・・・」
「・・・・あれが、あいつの本当の力なんだろう」
「なんだ、師匠のお前ですら知らなかったのか?・・・っくそったれが」
ベジータは戦いを見て、ゆえが二人と対等に戦っていることが気に食わない様子だ。
それはそうだろう。ゆえは今まで修行ではベジータに負け続けていたのだから。
「そんな問題じゃない!」
「トランクス、一体どうし・・・」
「止めなければダメなんだ!ゆえをあんな状況で戦わせては!!」
「フン・・・お前に目はついてるのかトランクス?アイツはまだ余裕そうだぞ。止める必要がどこにあ「父さんは何も分かってない!!勝てるとかの問題じゃないんだ!!」
トランクスの焦りは止まらない。
ベジータの言葉すら聞こえていないのか、必死に壁を叩き、外に出ようとする。
・・・やはり、嫌な予感がする。
心配だからという行動では、まずあの取り乱し方はありえないだろう。
俺は静かに自分を落ち着かせ、叫び続けるトランクスの手を止めた。
「落ち着け、トランクス。お前がそうでは俺達は理解が出来ない。・・・何故そんなに慌てている?確かに心配だが、すぐ死ぬといった状況ではない」
俺の言葉に、ようやくトランクスが落ち着きを取り戻す。
「・・・・すみません、俺」
「良い。だが・・・話してくれないか?お前のあの取り乱し用、普通とは思えん」
「はい。大事な話ですので、もちろん」
戦うゆえを気にしながら、トランクスは話を始めた。
誰もが目線は戦いに向けたまま、その話に耳を傾ける。
「皆さんは、ゆえが悪魔だということは知ってますね?」
「あぁ」
「では、悪魔が何かは知っていますか?」
「悪魔が何か・・・?種族か何かがじゃないのか?ナメック星人みたいな・・・」
天津飯の言葉に、俺は首を振った。
「いや、違う。・・・トランクス、説明してやってくれ。俺以外の奴は知らんはずだ」
「分かりました」
悪魔とは何なのか。
俺はそれを知った初めの時、まるで自分のことのように苦しくなったのを覚えている。
まったく望まれない存在。
なのに作られる存在。
最初の頃は同情などもなかったはずだ、だが。
今は違う。彼女を失うことへの不安感だけが俺を襲う。
「悪魔とは、処理しきれないあの世の悪を背負わされた、ただの死んだ魂です」
「・・・・な・・・に?」
ベジータと天津飯の表情が一瞬にして変わる。
戦いの音とトランクスの言葉だけが、俺達の空間を支配した。
「あの世では地獄へ悪人を送る際、穢れをある程度落とします。ですがその穢れは処理する方法が無いんです。そのため、数百年に一度、パンクする前に強い魂にその悪を押し付け・・・引き換えにもう一度生を与える。それから生まれるのが悪魔です」
悪魔とは種族ではない。
ただ必要だから作られる、悲しみの存在。
悪という穢れを最小限の被害で処理するための、仕組み。
「・・・だがそれがどうしたというんだ?それが本当の話しなら、ゆえは悲しい運命を背負ってるとしか伝わってこないぞ。それを伝えたいだけか?」
「・・・いいえ。ここからが問題なんです」
話を遮ったベジータを睨みつけ、トランクスは話を続けた。
そこからは俺も聞いたことの無い話だ。
何故ここまでトランクスが慌てるのか、ここまでじゃ分からない。
「普通の魂は悪の力が強まれば、魂が耐え切れずに悪と共に消滅します。ですがゆえは、悪魔になる前から強い力を持った人でした。だから・・・悪が暴走しても、魂が耐えれる可能性があります」
そうか。そういえばゆえが言っていた。
人間には耐えられない悪だったから、”天使”である自分が引き受けたと。
・・・・なんとなくだが、想像がつき始めた。
俺は未だに戦い続けるゆえを見て、重い息を吐く。
「トランクスの話が本当なら・・・ゆえは、何かをキッカケに、本物の”悪”になる可能性があるんじゃないのか?」
そう、ゆえは、悪魔。
「はい。・・・・ゆえが力を使いすぎたり、悪の心に傾き始めれば・・・本物の悪魔――――”バケモノ”になる」
それがどんなことなのかは分からない。
ただ謎の焦りが俺を苛立たせる。
「何故そんなことを知っている・・・?」
「・・・それが、ゆえの、未来での・・・・・最後でしたから。最後彼女は俺たちを守ろうとして力を暴走させ、本物の”悪魔”になり、人々を殺そうとした」
「なっ・・・・」
「でも最後に少しだけ彼女の意志が残っていて・・・完全に暴走してしまう前に、ピッコロさん。貴方に殺してほしいと頼んで・・・・」
”死にました”
その言葉を聞き、俺はトランクスのことなど言えないほど自分を失った。
必死に壁を殴りつけ、ゆえの名前を呼ぶ。
やめてくれ。
俺の前から、消えてなくなるのだけは。
ベジータ以外は俺と一緒に壁を殴り、ゆえに呼びかけた。
さすがのゆえも俺たちの声に驚いたのか、少し表情を変えて振り返る。
「・・・・」
「なーに?やたら騒がしくなったわね?」
「もう飽きてきたな18号。そろそろ終わりにするか」
「・・・・そうね」
17号と18号は一瞬姿を消し、気づいた頃には俺達の真上にいた。
ニタニタと冷たい笑みを浮かべながら、右手を俺達の方に向ける。
・・・・まさか。
「ッ!!やめろっ!!」
二人は、ゆえの弱点に気づいたんだ。
ゆえの弱点はココ。今の、俺達。
二人の思惑通り、俺達が狙われてることに気づいたゆえが二人と俺達の間に身体を滑らせた。
人造人間が放とうとしている気弾を見て、俺達の方を振り返り――――笑う。
「・・・大丈夫」
”大丈夫”?
そんなわけがない。二人の気弾は本気で死んでも可笑しくないレベルのエネルギーだ。
「やめろ!!ゆえ!!」
「逃げるんだ!!俺達のことはいい!!」
必死な俺達の声は届かない。
ゆえは静かに気弾を見つめ、魔力を練り始めた。
<<・・・それが、ゆえの、未来での・・・・・最後でしたから。最後彼女は俺たちを守ろうとして力を暴走させ、本物の”悪魔”になり、人々を殺そうとした>>
嫌な予感だけがする。
らしくもないほど、心がざわつく。
何故だ。
ただの弟子じゃないのか?
どうしてここまで、ゆえに執着する。
悟飯の時ともまた違う。いや、まったく違う。
常に手の中に入れて置かなければ、落ち着かない。
「ゆえッ!!!!」
まるで水のような。
そんな、存在。
「大丈夫だって」
そう笑った彼女は俺達に背を向けて。
――――次の瞬間、強い光に包まれた。
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