いらっしゃいませ!
名前変更所
いつから、こうなったんだろう。
私は何もしてない。
私が間違ってたことなんて、何があるんだ。
どうすれば、良かったんだ。
「っ・・・・」
逃げたくないのに、逃げる日々が続く。
癒やしさえ感じていたあの空間から、逃げる日々が。
信じていた、桐生のことを。
信頼してた、秋山のことを。
でも私はその二人から、裏切りを受けた。
仲間ではなく、女としての感情を抱いていると二人から言われ。
私は二人を仲間としてみていたから、選ぶことをしなかった。
それが、悪かったのか。
それが狂わせたのか。
「どうしようもなかったんだ・・・っ」
私はそれしか言えない。
だって二人共、”大切な人”だったから。
それは男としてじゃなく。
仲間と、して。
「どうしてっ・・・・」
なのにそれは許されず。
二人は何故か、”二人で私を愛す”ようになった。
私がどちらかを選ぶまで、二人で共有すればいいと。
そう言った彼らの目は、完全に狂っていたと思う。
「なんでだよ!もっと、もっといい人が居るだろうが・・・・!」
私なんかより、もっと良い人が二人にはいるはずだ。
どんな男よりも素敵なものを持ってる。それは保証する。
・・・・だから。
「・・・・っ!」
「待ち合わせ場所、こっちじゃないよ?あけちゃん」
何度も、私は二人の前から姿を消そうと悩んだ。
この居心地の良さを捨ててでも、二人には元に戻って欲しかったから。
でもそれが叶ったことは、一度もない。
裏路地を歩いていた私の目の前を塞ぐ、秋山の姿。
口調は明るいが、その瞳は笑っていなかった。
「ッ・・・!!」
「へぇ?逃げるんだ。しょうがないなぁ・・・」
助けてくれ。
どうやったら、このループを抜け出せるんだ。
「っ・・・・!!!」
「ほーら、にがさないよ」
「離せッ!!!」
逃げ出した私の腕はあっという間に掴まれ、引き寄せられた。
抵抗のつもりで振り上げた足は、いとも簡単に叩き落とされる。
バランスを崩すが、それでも私は諦めなかった。
反撃とばかりに足元を狙って足を滑らせば、分かってましたとばかりに秋山の蹴りが私の足を捉える。
「・・・ぐっ!!」
痛い。
どうして、こんな。
狂ってると、おかしいと、考えればすぐ分かるじゃねぇか。
「やめろ、秋山っ・・・・!!」
「本当は俺だけで愛してあげたいさ、でも」
飄々とした表情。
その瞳の奥に見える、狂気。
「そんなことしたら、桐生さんに奪い返されちゃうだろうしね」
”これしかないんだよ”
そんなこと囁かれても、私には理解できない。
ただ痛む足を引きずって、最後の抵抗とばかりに秋山に挑むことしか。
―――私には出来ない。
「お前たちには私以外にいいやつがたくさんいるっ!!目を覚ましてくれ・・・ッ!」
「俺達はいつでも目覚めてるけど?」
「っく!」
喧嘩慣れしてる方だと、戦える方だと思っていたけど。
私の攻撃は一つも秋山に当たらず、ただ私の体力だけが奪われていく。
いっそのこと、殴ってくれればいいのに。
もっと殴って、もっと傷めつけて。
このまま殺してくれればいい。
この悪夢を見続けるぐらいなら。
「ッ・・・・!」
突き出した手を取られ、大きくバランスを崩した。
ふらつく私に秋山はそっと手を出し、その胸に引き寄せる。
「ったく、危ないんだから。はぁ・・・あけちゃんは本当にいい匂いだなぁ」
「・・・・、や、め」
「あんまり暴れると、俺も優しくしてあげられないよ?」
壁に両手を押さえつけられた私は、耳元で響くその声に身体を捩った。
彼らに教えこまれた感覚が、私を私じゃなくさせてしまう。
いやだ、いやだいやだいやだ。
もう、いやだ。
私はただ刺激的なこの世界を、桐生たちと一緒に楽しめたらそれで良かったのに。
「あけちゃん」
「っ・・・ん!」
耳元から唇へ。
ゆっくりと移動したそれが、私の唇を塞ぐ。
慌てて抵抗すれば、秋山の手が咎めるように私の頭を掴んだ。
苦しくて唇を緩めた瞬間、入ってくる舌。
「ん、んんっ」
苦しくて声にならない声が洩れる。
最後の抵抗で胸を叩くと、唇がそっと離れた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・」
本気で逃げようとしても、いつだって秋山達は私を追い詰める。
怖くて思わず震える身体を、秋山が優しく撫でた。
どうしてそんなに優しくするの?
壊したいなら壊せばいい。
二人のおもちゃのように扱って、早く私としての意志を壊してくれればいい。
「あけちゃん、ほら、一緒にいこう?」
「・・・・・・あぁ」
差し出された手に手を重ねて。
また今日も逃げられなかったと、心の中で苦しむだけ。
・・・・私に許された自由は、この心の中にしか無いんだ。
私が発した言葉は全て秋山達の耳に入る。
暴言を吐けば唇を塞がれ、弱々しく言葉を吐けばまるで恋人のように慰められて。
それはただ、人形を閉じ込めるためだけのモノ。
本当の優しさなんか、一つも感じない。
「今日はここだよ、あけちゃん」
「・・・・あぁ」
「あけちゃん」
「なんだよ。どうせ私の意見なんか聞かないくせに」
こんな私を愛して、何が楽しいの。
「別に構わないけどね。俺達はそれでも・・・・」
なんで、私なの。
「あけちゃんを愛してるから」
ホテルの中は本当に綺麗だった。
”そういうこと”をするためのホテルの中では、たぶん一級品。
高級ホテルのそれと変わらないその光景に、昔の私ならはしゃいでただろう。
ただ今の私はピクリとも反応しない。
どうせこの場所で行われることは、一つだから。
「抜け駆けしたいところなんだけど、そうすると桐生さん怒るからなぁ」
「・・・なんで」
「ん?」
「おかしいと思わないのかよ。二人で一人を愛して、こんな、無理やりなことして」
愛してるなんて言葉だけ。
私はただ二人の狂った愛に付き合わされ、犯されているだけだ。
本当に愛してるのなら。
握りしめた拳に、秋山の手が重なる。
「思うよ?」
その一言に、私は絶望を覚えた。
「思うけど、しょうがないだろ?俺があけちゃんを手に入れるためには・・・桐生さんに奪われないためには、あけちゃんに逃げられないためには・・・・」
正気じゃないのなら、まだ戻せる。
でも、今秋山は確かに「狂ってる」ことを認めた。
分かってるんだ。
分かってて、やってるんだ。
絶望に打ちひしがれた私を、秋山は静かに手錠で拘束する。
そのままベッドの端に固定され、何もできなくなっても、私はもう何もしようと思わなかった。
「・・・・どうして・・・」
それしか、言えない。
「秋山」
「あぁ、桐生さん。遅かったですね」
「先に浴びてきたらどうだ?」
「そうですね、じゃあお先に。・・・あ、抜け駆けだめっすよ?」
「するわけねぇだろ?」
部屋に入ってきた桐生が、秋山を風呂へと促した。
繋がれた私を見て、桐生の瞳が熱を帯びる。
喧嘩に燃える瞳でも無く、ただ欲望に塗れているものでもなく。
それはただ私だけを見つめて、狂った色を見せる。
「桐生ッ!」
「なんだ?そんなに会いたかったのか?」
「違う・・・っ!なぁ、もう、やめてくれっ・・・・!」
「・・・・何をだ?」
「これだ。もう、イヤなんだ。私は二人共大切な仲間なんだよ・・・・!!もう、これ以上私を・・・・」
そこから先は、全て桐生の唇に食べられた。
強く貪るような口づけに、私の身体がゾクリと震える。
口づけを終えた桐生は私の上に跨ると、顎を持ち上げてニヤリと笑った。
「まだ狂ってねぇのか、お前は」
上がりそうになる悲鳴を飲み込んで。
私は屈すること無く桐生を睨みつけた。
「・・・・っ」
「ったく、あけ・・・お前はやっぱり良い女だな」
「ッ・・・・!!」
「いつお前が堕ちるのか、楽しみだ」
「なんのために!!なんで!!!」
「そんなの、決まってるだろ」
低く、囁かれる。
「”失うのが分かってる”ものを、”手放す”ほど俺達は甘くねぇんだ」
欲しいものは奪う。
手にできないものは金で買う。
そう、それが極道の世界。
確かに桐生達はその世界で生きる男だ。
秋山はちょっと違うけど、その道に深く関わってるのも事実。
だからといって、どうして。
私を。
「やだ・・・・」
「いいさ。ねじ曲げてでも、「良い」って言えるようにしてやるだけだからな」
恐怖と、教えられた快楽と。
全てが私を支配する。
どうして。
どうして、私は壊れないの?
まだ信じてるってのか?
こいつらが、正気に戻ってくれるって。
「・・・・・」
信じるだけ無駄なんだ。
分かってる、もう、無理なんだって。
元の関係には戻れない。
最悪の道にしか進めない。
だから桐生達も私を縛り付ける。
逃がさないように、消えてしまわないように。
きっと、狂うまでこれは続く。
「あ、ぁっ・・・・」
「あけちゃん、可愛いなぁ」
「言い表情だぜ、あけ」
何もかもが崩れていく。
溶けるように、熱い。
身体が跳ねる。吐息が、勝手に震える。
「んっぁぁ・・・」
もう何もかも分からない。
誰が狂っていて、誰が間違っているのかすら。
私がおかしいの?
この二人の愛を受け入れない私が。
間違ってるのか?
「き、りゅっ・・・・」
「ずるいなぁ、俺も呼んでよ」
「あき・・・やま・・・・」
いつまで続くんだろう。
教えこまれた恐怖と快楽に震え――――目覚めて逃げれば、あっという間に捕まる悪夢。
一体、いつまで。
「あけちゃん」
「あけ」
「んっ、ゃ」
「「愛してるよ」」
覚めることすらないのなら。
いつも同じ悪夢を見るのなら。
そうだ。選択肢を変えてしまえばいいんだ。
逃げるというのをやめて。
「・・・わた、しも」
・・・・その言葉に、狂ってしまえば。
「ふた、りを・・・・」
きっと私は。
「あいして、る」
悪夢から、出れる。
「やっと聞けたな」
「これから何度でも言ってもらわないとね?」
「あぁ・・・」
ほら、二人の手がやさしく私を迎え入れて。
きっとこのまま、ずっと、暖かく、優しい世界に。
繰り返される悪夢なら、その悪夢の続きを見続ければ良い
(そうすればきっとその先は、狂った幸せが待ってるから)
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