いらっしゃいませ!
名前変更所
夜の街を一人女が――――高校生が歩く。
それがどういう危険を呼ぶものなのか、特にこの神室町ではすぐ分かる。
だけど私には関係ない。
帰る場所は施設だけ。心を許すのは風間おじいちゃんだけ。
そう、私の居場所は裏の世界。
この世界はどんな歳でも色々な方法で上に上がれる。
汚い方法で言えば身体を売ること、だけど。
私は、違う。
「がはっ・・・!」
「てめ、なにもん・・・だっ・・・・」
「答える必要あるか?」
高校生の証ともいえる制服がヒラリと揺れた。
私の足元に転がっているのは、私に絡んできたおじさん達。
苦しそうに倒れこむおじさんを一蹴りし、私は胸元からお財布を抜き取った。
ぎゃあぎゃあ喚く声に苛立つ。絡んできたのはお前らだろうが。
「っさいなぁ」
「ごふっ」
「この、アマ・・・!」
「絡んできたのはアンタ達だろ。負けたのも同じ。だったら当たり前だろ?おじさん、私よりこの世界長いくせに・・・・」
”世界のルール、知らないの?”
そう、わざとらしくあどけない声を出して囁いた。
恐怖にひきつくおじさんの上に、お金を全て抜き取った財布を放り投げる。
・・・なんだよ、たったの4万か。
裏の仕事にはまだまだ足りない金だとため息を吐き、私はそのお金を懐に仕舞った。
どれだけ汚いと言われてもいい。
これが私の生きる道。
施設に帰っても話す奴はいない。
気になる奴は、いるけど。
「・・・・ん?」
気になる奴のことを考えていた時に、ちょうどソイツが私の目の前を通った。
私の気になる奴。それは同じ施設に居た”桐生”という男。
同じ風間のおじさんに気に入られてる奴だ。
ただの男なら気にならない。私が気になってるのはその男の――――”才能”
「・・・・」
ただ偶然的にこの世界に入ったとは思えないその強さ。
そして人情。極道としての心。
これから大物になること、間違いなしの男だ。
「たまには、いいかもなぁ」
大物になるやつはできるだけ知っておく。
できるだけ、自分の仲間にしておく。
それが私のこの世界の渡り方。
・・・といっても、いまだこの男以上のやつを見たこと無いが。
風間のおじいちゃんぐらい、かな。
「ねぇ」
「・・・っ」
裏路地に入ったところを狙い、私は桐生に話しかけた。
桐生は私を見て驚き、足を止める。
「・・・・高校生が、なんだ?」
「やだな・・・こんなところで声かける理由なんて、分かるでしょ?おにぃさん」
本当の自分を隠して。
妖艶に、そしてどこか子供のように笑って、男を誘う。
もちろん身体を売りはしない。
騙すだけの、手段。
だが桐生はそれを見て、私と同じような笑みを浮かべた。
「何が目的だ?」
「なにって?そりゃ、お金じゃない?」
「・・・ほう?」
ニヒルな笑み。
私に近づいた桐生は、一気に距離を縮めて私を壁に押さえつけた。
いきなりの行動に反応できず呆然とする。
・・・しまった、と思うには遅すぎて。
「本当に身体売ってるのか?お前」
「・・・どういう意味?」
「そのわりには・・・」
顔をグイッと近づけられ、逃げられないことを悟って目を瞑る。
「だいぶ純粋そうな表情するじゃねぇか?」
耳元で囁かれた声に、私はすぐさま自分がからかわれたことを知った。
目を開け、間近にある彼の顔を睨みつける。
「・・・チッ。私のこと知ってたのか」
「いや?」
「へぇ?なのにそんなこと言ったのか?もし私が本当に金目的だったらどうするつもりだったんだよ?」
「・・・その時はその時だ。ま、勘だな」
「ふぅん?」
壁に押さえつけられた手は離れない。
近づけられた顔も、私を見つめたまま。
やっぱり思ったとおりの男で、久しぶりにトキメクのを感じた。
恋じゃなく、刺激的な意味でだが。
「・・・・なんで離れてくれないわけ?」
さっきの状態から離れようとしない桐生を見上げる。
それを見た桐生の目が細められ、ニヒルな笑みから―――妖しい笑みに変わった。
「お前から誘っといてそれはないだろ?」
「ッ!!」
ゾクリ、と。
低い声で囁かれ、身体が震えるのを感じた。
怖さからじゃない。
初めて感じた、色気に。
背中をなで上げる感覚。
頬をなぞる手。
思わず、見惚れてしまう。
「・・・・っ!」
私は今、何を考えて。
「離せッ!」
「おおっと」
「てめぇ・・・いい度胸じゃねぇか。やるんなら買ってやるぜその挑発」
考えを追い払うため、私は桐生を蹴飛ばした。
もちろん桐生は動じること無く、軽い受け身を取る。
「・・・いい目だな」
「何がだ・・・っ」
「良い女なんだ。そんな汚いマネはしないほうがいい」
「何が分かるんだよお前に。・・・もういい、退け」
変な褒め方をする彼に違和感を感じ、私は足を振り上げた。
これ以上彼の傍にいてはダメだと。
裏の世界で、ただ自分だけを信じて生きるという考えが、崩されるような・・・。
この男は危険だと、私の頭が告げる。
鼻をくすぐったタバコの香りが、神経を麻痺させる。
「・・・・・っ」
違う、違う。
そんな、私が男に。
男に、魅了されるなんて。
違う。何かの間違いだ、そんな。
「どうした?」
「ッ・・・・ち、近づくなっ!」
振り上げた足はかわされ、そのまま棒立ちしていた私に桐生の声がかかる。
戸惑いがちに桐生を睨みつければ、またその笑みが私を支配した。
「どうした?まさか」
”俺に惚れたか?”
それはしてはいけなかった、危険な出会い
(たとえ出会わなくても、未来も彼とつながっているなんて私は知らない)
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