いらっしゃいませ!
名前変更所
セルゲームまで10日。
その長い時間の中で、私は1人の女と会った。
長い黒髪を揺らす、明るく元気な女。
その女は私を見ても恐れず、ただ笑っていたのだ。
「あぁ、アンタがセル?すご!意外とかっこいいんだねー!?」
最初はただの馬鹿だと思った。
だが彼女は、どうせ10日後に死ぬなら好きにさせろと私に言って私に会いにくるようになった。
ただ、暇つぶしになると思って相手をしていた。
それだけだった、はずだった。
「私が怖くないのか?」
「怖くないよ、だって私と同じ生き物じゃん」
「完璧な人造人間だ。お前たちと一緒にするな」
「ちぇっ。はいはい!」
彼女の偽りのない態度に、どす黒い感情が湧き始めたのはそう遅くなかった。
話すたび彼女のことが気になるようになり。
彼女の恐怖に歪んだ顔が、見たいと思うようになった。
この感情が何かは分からない。
ただ少し、特別だった。
人間の恐怖に歪んだ顔が見たいと思うその感情より、もっと強く。
私だけにその恐怖を見せて欲しいと思ったのだ。
「あがっ・・・!!!」
セルゲームまであと1日。
私は今、その欲望を実行している。
「いたい、痛いってば!!」
「くくっ・・・なら泣き喚けばいいだろう」
「何その変態発言・・・あぐっ!!か、はっ・・・」
気の強い彼女はギリギリまで恐怖を見せず、私に噛み付いていた。
だがそれも、続いたのは数分。
長い髪が涙にぬれる。
それを美しいと思ったのは、何故だろうか。
彼女の腕を縛り付け、気を電流のように送り込めば彼女の身体が跳ねた。
「っぐ・・・!い、いや・・・っ」
支配などといったことに興味はない。
だが今この時だけは、その発言を取り消そう。
私はお前を支配したい。
お前のその表情を、悲鳴を、私のものに。
この感情がなんなのかは私のデータに無い。
だからこそ、止めることは出来なかった。
「は、いや、痛い、痛いよ、やめて」
支配欲。
独占欲。
長い黒髪を手に取れば、心地良い感触が指を通り抜けた。
毛先が少しだけ濡れている。
ああ、涙か。
それとも、血か?
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「っ・・・・ふ」
「聞かせてくれ」
「・・・・今更?・・・りえ。りえっていうの」
りえは私の方をまっすぐ見て答えた。
美しい名だと、そう思えた。
人間の名前に興味などないと思っていたのに。
これは興味?
いや、この感情に当てはまるものはデータに存在しない。
「さて、次は何を見せてもらおうか」
そう言った私に、りえはやっと恐怖らしい恐怖の表情を浮かべた。
「ぐっ・・・あ・・・!」
「そうだ。その表情だ・・・」
「やめ、て・・・っ。なんで・・・なんで・・・・」
「・・・・ふ、何故だろうな?私にも分からんよ」
「っぃ・・・・!」
怯えて、震えて、私だけを見ている。
―――――最高だ。
素晴らしい。
戦いにも似た快感だ。
「っ・・・・!」
「安心しろ。・・・もう痛めつけたりはしない」
「・・・・ほん、と」
「あぁ」
その瞬間、彼女が嬉しそうに笑った。
それもまた私を満たす。
「ね、ぇ」
「なんだ?」
「これ、解いて」
彼女が苦しそうに腕を動かしながら言った。
少し、戸惑いが生まれる。
解く。
解いたら、お前はどこへ行くんだ?
どこかへ・・・行く?
気に食わない。
その感情だけが私を支配する。
お前は、私の傍に。
「ね、ぇ。お願い。どうせアンタからは逃げられないんだからさ・・・この体勢、きつい」
彼女はまっすぐ私を見つめて言った。
確かに、彼女の足では私から逃げることは不可能だろう。
もし逃げたら捕まえて足を折ればいい。
そう考えていたが、その必要は無かった。
腕を解いても彼女はその場から一歩も動かなかったからだ。
「・・・・逃げないのか?」
「逃げないっていったじゃん・・・」
「なら、その腰のお飾りで私に挑もうとは思わんのか?」
「やだやだ。軍が負けたやつに銃一つで挑むと思う?」
何故だ。
何故お前は、笑っているんだ。
ここまで恐怖を植え込んだ相手を目の前に、何故。
「りえ」
名前を呼んで、その顎を持ち上げる。
無理矢理顔を向けさせ、お互いの息がかかるほど近くで囁いた。
「お前は私の所有物だ。私の傍から離れるなよ」
それを聞いたりえは驚いたように目を見開き、少ししてから笑った。
黒髪が、揺れる。
繋ぎ止めるようにその黒髪を引っ張れば、彼女が痛みに顔を歪めた。
「返事をしろ」
これが、支配欲。
低俗な感情。
だが違う。
今私が抱いているこの感情は、何よりも。
何よりも・・・。
―――――なんだ?
この感情は、なんだ。
データにない、この感情は。
「りえ」
「分かった。アンタの傍にいるよ、ずっと、一生」
「あぁ、それでいい」
ただ狂気のままに支配して。
私は一つの人形を手に入れた。
セルゲームまであと半日。
どのような結果になろうと、私は彼女を永遠に離さないだろう。
完璧であるこの私が知らない感情を植えつけた、彼女を。
永遠に。
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