いらっしゃいませ!
名前変更所
面倒事に巻き込まれる方が嫌だった私は、沖田の誘いを断って一人でぶらぶらすることにした。
なんたって久しぶりの休みだ。
最近ずっと、殺しの仕事ばっかりで滅入ってたからな。
京の町はいつもと変わらない。
平和なようで、どこか殺伐とした町。
「さーって、何するかなぁ」
新選組の羽織は無い今、私はただの街人。
昼間から飲むのも良し。賭け事をしても良し。
のんびり町中を歩く。
それだけでも、疲れきった心が癒やされていくのを感じた。
何だかんだ言って、殺しの仕事は心を疲れさせるから。
「土方達も疲れてるだろうなぁ・・・なんか、おみやげでも買ってくか」
土方と沖田は、今日も殺しの仕事にいっているはずだ。
ま、沖田の場合は、それを望んで行った感じだったが。
たまには休んでもらいたい。
そう思った私は、遊びより先に、彼らに何か疲れを癒やすものを買うことにした。
「疲れを癒やす、かぁ」
土方は本を読んだりするのが好きだったっけ。
沖田は、なんだろうか。酒?
あんなに長く一緒に居るのに、あんまり皆の好みを知らないものだな・・・と。
一人で微笑を浮かべながら歩いていた私の目の前に、小さな人だかりが現れた。
「ん?」
野次馬というよりは、恐る恐る見ている人だかり。
そこまで人は居なかったため、人だかりの中心にあるものを、私は簡単に見ることが出来た。
涙目で、震えながら地面に横たわる着物の女。
そしてそれを、脅すように連れて行こうとする数人の男。
見ているのに、誰も動かない。
当たり前だ。ヘタに手を出せば自分が死ぬかもしれないのだから。
「・・・・」
新選組の羽織は今無い。
だからといって、見てみぬふりをするのは私の性に合わない。
女を乱暴してでも連れて行こうとする男に、私はゆっくりと歩み寄る。
そんな様子を見て、人混みはあっという間に道を開けた。
「おい」
「あぁ?なんや、お前は」
「今忙しいんや、邪魔すんなや」
「こんなに騒いどいて、邪魔すんなも何もねぇだろ?借金取りか?」
金の問題なら、私が口出せることはない。
借りて返せないやつが悪い。それだけだ。
だが、私の質問に男たちは嫌な笑みを浮かべた。
「借金取りィ?ただ俺達はぶつかってきたお嬢ちゃんと楽しみたいだけでさぁ・・・・」
「そうそう、だからさっさと引っ込んでくれる?」
男たちの口から放たれたのは、もっとも気に食わない解答だった。
こんな奴らでも不意打ちは卑怯だと、見せつけるように刀を抜く。
それに気付いた男たちも、声を荒らげて襲いかかってきた。
次々と刀を抜く音が響く。でも、怖くはない。
こんな奴らにびびってたんじゃ、私達の仕事は勤まらない。
無言で刀を構えていた私に痺れを切らしたのか、男の一人が襲いかかってきた。
「すました顔してんじゃねぇぞ!!!」
「・・・・それは、悪かったな」
挑発に一言言葉を返し、そのまま刀を振り上げる。
飛び散る、血。
悲鳴を上げかけた女性は目を瞑り、私はその間に全ての男たちの刀腕を切り裂いた。
挑発していた男たちは、切られた順番に逃げていく。
ったく、よくこんなんで喧嘩売る気になったな。
「さてと・・・」
怖がらせないようにすぐさま刀を収め、女の傍に跪いた。
女はその音に気付いて、そっと目を開ける。
すごく綺麗な女だった。
こんなんじゃ、狙われて当然かもしれない。そう思えるぐらいに。
私は持っていた布で女についた血を払い、手を取って立ち上がらせた。
女は顔を真っ赤にし、私の方を見つめる。
「あ、あの・・・」
「ん?」
「ありがとうございました。本当に、助かりました・・・・」
「いいよ。ああいう奴らが嫌いなだけだから」
それは、事実。
もしこの女が借金をして襲われていたのなら、私は容赦なくこの女を見捨てていただろう。
これ以上語ることもないと立ち去ろうとすれば、後ろからぐいっと腕を掴まれた。
慌てて止まると、先ほど助けた女が私の腕を掴んでいる。
「お、おい?」
「待ってください。せめてお名前を!お礼をさせてください・・・・」
私とは真逆の女だ。
綺麗で、か弱く、輝いている。
私は手を振りほどく事もできず、だからといって名乗るわけにも行かず口を閉ざした。
ここは京の町。新選組としての名前を名乗れば、知ってる奴も居るだろう。
「・・・名乗るほどの者でもない。忘れろ」
厄介になるよりは、彼女に冷たく接する方が都合が良い。
軽めに彼女の手を振りほどくと、捕まらないようその場から逃げ出した。
あーあ。
ゆっくりするつもりだったのに。
目立つとしばらくは歩きづらいから、別な道でも行くか。
「とりあえず、酒でも買うか」
さっき歩いていた道とは違う、人通りの少ない道。
高いお店が多いこの通りは、大通りよりとても静かだ。
こういうところの方が、落ち着く。
人が居るってだけで気を張ってしまうのは、職業柄仕方ないからな。
気配を感じるだけで、そいつが敵なのかとか、そういうことを考えてしまうから。
誰も居ないのを確認した上でのんびり欠伸を浮かべた私は、お店じゃない方向から物音を感じて足を止めた。
「んぁ・・・?」
人の気配は感じない。
私が気になった先には、お店のものが散乱している物置き場があるだけ。
野良猫か何かか?
特に深く考えず、もう一度歩き出そうとした私に、聞きなれない声が掛かった。
「揚羽ちゃん」
反応してしまいそうになるのを押さえ、振り返らず足だけを止める。
揚羽。
聞き覚えのある名前。
それは私が情報収集をするときに、全ての立場を隠して使っている時の名前だ。
しかもそのときの姿は”遊女”。
私を見て、すぐに分かる人がいるわけがない。
「・・・・・」
二言目が無かったためまた歩き出そうとすると、声の持ち主が物置き場から出てきた。
その声の持ち主に見覚えがあった私は、思わず顔を歪める。
飄々とした武士らしからぬ表情。
でもその表情の裏に何があるのか読めない、怖さ。
―――桂小五郎。
斉藤がこいつを逃した時、桂が事件に関わっていたのかどうかを調べる際、揚羽として近づいたことがあったのを思い出す。
「・・・・私に何か用か?」
出てきたにも関わらず何もしてこない桂に、私は顔を合わせず話しかけた。
桂は驚いた表情を浮かべた後、顎に手を添えながら近づいてくる。
「あれ?おかしいなぁ・・・揚羽ちゃんじゃないの?」
その名前に、反応はしない。
相手に踊らされないよう気をつけながら、呆れ顔で首を振る。
今の私は、男だ。
男に見えていなかったとしても、遊女の時の私とは天地の差がある。
動揺しなければ、バレないはずだ。
「悪いが分からないな」
「え?ほんと?うーん。揚羽ちゃんだと思ったんだけど」
「誰だそれは。大体それは、女の名前じゃねぇのか?」
苛立ちを露わにしながら桂を睨みつける。
睨まれた桂はへらへら笑いながら両手を上げ、私の目の前まで近づいてきた。
一応、警戒心を見せないように警戒しておく。
手を刀の抜きやすい位置に移動させ、桂の動きを見守る。
「え?だって君、女でしょ?」
「・・・は?」
「ああれ、違った?揚羽ちゃんと空気そっくりだから、そうだと思ったんだよねぇ」
「悪いが、男だ」
桂小五郎、読めない男だ。
とりあえず見た目上は男なのだから、このまま嘘を突き通そう。
そう思ってまた桂に背を向けようとした私を、桂は止めた。
「待ってよ、あけさん」
その呼びかけには、止まるしか無かった。
無視することも出来ない名前。
今この格好の、いや、私の本当の名前だ。
私は桂と、この状態では一度も会ったことがない。
私と揚羽の空気が一緒というのは、こいつの勘の鋭さか。
完全に気付いているわけでは無さそうだ。
揚羽という存在はどうしても隠し通そうと、できるだけ無表情を心がける。
「・・・・なんだ、私の事知ってんのか」
「・・・まぁ」
「じゃあ、なおさら男だってこと知ってるんだろ。意味のわかんない名前を呼ぶな」
「・・・んー、まぁ、さすがに一目惚れした女性のことは、見間違わないよ」
「・・・・?はぁ?」
一目惚れ?
私が言葉を理解するよりも先に、桂が私との距離を詰めた。
思わず警戒し、刀を抜く構えを取る。
それでも桂は驚く様子を見せず、私との距離を少しずつ縮め始めた。
「君が俺の情報を取ろうと、”揚羽”として現れたあの時、一目惚れしちゃってね・・・・探してたんだよ、あけちゃん」
私が、揚羽と同一人物だと、こいつは分かってる。
その言葉を聞いた瞬間には身体が勝手に動き、刀を抜いていた。
あまり騒ぎたくなかったのに、な。
でも私の正体を知っている人物を、見逃すわけにはいかない。
これからの仕事に色々支障が出る可能性がある。
そんなのは許されない。許されてたまるか。
「・・・何が目的だ」
正体を隠す必要がなくなった私は、今まで以上に殺気の満ちた声で桂を威嚇した。
さすがは桂。それでも一切動揺を見せずに私に近づく。
「いや別に?ただ・・・一目惚れした女の子に、近づきたいなと」
囁かれる言葉を、信じる馬鹿はいない。
私は警戒したまま刀をチラつかせ、私から離れるように無言で威圧する。
分かってる。この言葉が嘘なことぐらい。
何故なら、彼には。
「お前には女がいるだろ。・・・目移りは良くないな」
私の言葉に、桂が驚いた表情を見せた。
「へぇ・・・本当にすごい情報網だ。表に出したことはほとんどないのに」
「良いから私から離れて消えろ。今なら許してやるぜ。・・・・もし今後邪魔をすれば、容赦なく斬り殺すが」
この調子じゃ、即座に害になる様子は無さそうだ。
そう判断した私はこの男と関わるのをやめようと、刀を抜いたまま桂に背を向けた。
何かあったときの、ために。
その判断は正しく、背を向けた瞬間に桂の気配が動いたのを、私は見逃さなかった。
即座に後ろを振り返り、刀を構える。
桂は刀こそ抜いていなかったものの、勢い良く私の懐に飛び込み、腹部を蹴り飛ばした。
「あぐっ!?」
一瞬の判断の遅れ。
蹴られた勢いを消せなかった私は、一瞬だけふらついた。
たった、その数秒で。
桂は私の右腕から刀を弾き飛ばし、自分の刀を私に突きつけていた。
――――こんな、こと。
私は土方に並ぶ侍だ。
こんな男に。長州ごときに。
「ッ・・・・」
無言で睨めば、桂はそれ以上刀を近づけようとはしなかった。
一体、何が目的なんだこの男。
いきなり近づいてきて、こんなことして。
「・・・・私が弱いってのを、見せつけたかっただけか?」
「違うよ。まったく、厳しいねぇ。お近づきになりたかっただけだって」
「・・・・・」
そんなわけがない。
私は信じないとばかりに桂を睨みつけたまま、刀を収めた。
今の一度、負けたのは私。
負けたにも関わらず、不意打ちで相手に斬りかかるのは私の心が許さない。
こんな男に付き合っていても無駄だという思いも含め、私はその場から無言で立ち去ろうとした。
もちろん、それを思っていたとおり、桂が止める。
「待ってよ」
「・・・なんだよ」
「言ったでしょ?近づきたいって」
「・・・・だからなんなんだ」
「付き合ってよ、飲み」
「は?」
「いいでしょ?ほら、一応”負けたんだから”」
負けた。
その一言にカチンと来て、私は桂に歩み寄った。
「なめんなよ。・・・次もし会うことがあったら、その時は殺してやる」
馬鹿にされるのが、一番嫌いだ。
私のことを女だと知ったから馬鹿にしにきたんだろうと、私は苛立ちを露わにする。
桂の表情は、私の脅しを聞いても変わらない。
何を考えてるのか分からない表情のまま、しばらくして私の方に手を伸ばした。
「俺が本気だっての、教えてあげるよ」
こいつ、人の話を聞いてないのか?
飄々とした表情。
掴めない、本心。
伸ばされた手に、一切の迷いはなく。
・・・面白い。
「いいぜ、付き合ってるよ。今日だけな」
試されてる。
いや、分からない。ただの彼の思惑なのかもしれない。
だけどこのままナメられたんじゃ、私の心が許さない。
目の前に差し出された勝負から逃げるのは、私の選択肢にないからな。
「よろしく」
「へぇ・・・やっぱり面白いね、ますます気に入っちゃったよ」
勝負なのか、彼の手の中なのか。
それが分かるのはもう少し先だろう。
今はただ、彼の思い通りにはならないようにと、勝負心を燃やすだけ。
その出会いも、駆け引きも、全て仕組まれていたものだったとしても。
(私は気づかないまま、彼に踊らされていく)
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