いらっしゃいませ!
名前変更所
スナック葵に帰ってきた後、私と桐生は手当を受けた。
私の傷も思ったより深く、手当中に桐生に説教を食らったのは言うまでもない。
もちろん仕返しに、桐生の腹を治療するときには、私が説教してやった。
ま、お互い様ってやつだな。
「これ・・・どういうことなの」
治療が終わってすぐ、手紙らしきものを持った狭山がポツリと呟いた。
私達はその言葉に、首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「ええ・・・ママの走り書きが・・・」
狭山から渡されたメモには、意外な言葉が書かれていた。
私と桐生はそれを見て、すぐには理解することが出来ず固まる。
”貴方の本当の父親は生きている。だから桐生さんを信じてあげて”
メモにはただそれだけ書いてあった。
父親が誰だとか、そんなものは存在しない。
重要な情報だけが抜けた走り書きに、私は唇を噛みしめる。
「ママもいないみたいだし・・・」
「出かけたのか?」
「分からない・・・ちょっと、探してくる」
比較的落ち着いた様子で出て行った狭山に、私は追いかける必要なないだろうと判断して椅子に座り直した。
前のような、不安定な状態だったら、追いかけたほうが良かったかもしれないが。
今の狭山は大丈夫。そう思えたことで私も少しホッとした。
遥と桐生も落ち着き、二人で話している。
一番落ち着いてないのは・・・もしかして、私なんじゃないだろうか。
少し考え事をすれば、頭に浮かぶのはモヤモヤと、焦り。
情けない。
これも全て、桐生のせいだ。
私をこんなに弱くさせたのも。
もやもやさせるのも。
全部、桐生が悪い。
「・・・・私もちょっと、探してくる。疲れてるだろうし、桐生と遥は観光でもしてこいよ」
上手に、笑えているだろうか。
私は桐生と遥に笑みを浮かべ、もやもやを打ち消すために一人になることを選んだ。
後ろから掛かる桐生の声が、少し慌てている。
様子が可笑しいのを気づかれたのかもしれない。
でも、これ以上心配かけるわけにもいかないから。
「あけ?」
「見つけたら、電話するから。じゃあな」
笑顔を偽ることすらも出来ないなら、さっさと逃げるが勝ちだ。
私は逃げるように扉を閉めると、あてもなく大阪の町を駈け出した。
どこでもいい。
一人に、なりたい。
モヤモヤを打ち消すんだ。
今私が考えるべきは、桐生を早く日常に戻してやることと、郷田会長を取り戻すこと。
狭山のことは、ついでなんだ。
・・・そう思ってるのは、私だけかもしれないけどな。
最初はめんどくさそうに着いてきていた桐生も、今では狭山のことを。
また苦しいモヤモヤが広がって、私は大きく首を横に振った。
「っ・・・」
考えるな。
何も、考えるな。
そう言い聞かせて、ただ、走る。
私は何も考えず、突っ走ってるのがお似合いだ。
今は・・・葵のママを探そう。
「・・・・どこ、かな」
探し回れば、気分転換にもなるはずだ。
夜の大阪の街を歩き回るのも、情報収集以外では久しぶりだしな。
少し、遊びながら歩くのもいいかもしれない。
酒飲んだりとか。
ゲーセンも、いいな。
胸元に閉まっておいた財布を確認した私は、とことん遊んでやろうとニヤけた。
なんだろう。
一人になりたいって思う時ほど、こういう出会は必ずあるんだろうか。
裏路地で、たまたま見つけた小さなバー。
知る人ぞ知る、といった感じのバーで、見た目はすごく落ち着いた場所だった。
ここなら、ゆっくり飲めそうだ。
静かに飲める場所を求めてそのバーに入った私を、見覚えのある人物が出迎えるまではそう思っていた。
実際は、運命がイタズラを仕掛けている場所だった。
なんでこんな場所で会うんだろうと、私の隣で酒を飲む人物を睨みつける。
「なんで毎回お前がいるんだよ・・・・」
「運命なんとちゃうか?」
「こんな運命あってたまるか・・・・」
こんな運命作ってる神様がいるなら、今すぐぶん殴ってやりてぇよ。
悪態を吐きながらもぐびぐび飲んでいく私に、隣の客―――龍司が楽しそうに笑った。
弱いお酒を少しずつ飲む私に対し、龍司は値段もアルコール度数も高いものをどんどん口の中に入れていく。
「はぁ・・・」
「おごったる。飲めや」
「・・・・」
「今は敵やない。・・・アンタが嫌なら、ワシは帰るで」
意外な言葉に思わず顔を上げてしまった。
そう言った龍司の表情は真剣で、私は弱々しく首を振る。
「いや、いい・・・イヤじゃない」
一人に、なりたかった。
なりたかったはずなのに。
私は龍司の存在を、何だかんだで嫌だとは思えなかった。
弱まった心が温もりを求めているんだろうか。
なんて汚い心だ。なんて弱い心だ。
「荒れとるなぁ」
「そうか?普通のつもりなんだけどな」
「くくっ・・・それが普通なはずないやろ。いつもはワシに食って掛かる女や」
楽しそうに笑う龍司に、言い返すことすら出来ない。
普通のつもりでも、それは見え見えの嘘。
自分でも理解してる。どれだけ自分がボロボロか。
桐生の心から追い出されていく感覚がするんだ。
それが怖くて、怖くて・・・自分を弱くしていく。
「・・・・むかつく奴」
精一杯の毒を吐いた。
もちろんそれが、龍司に通用していないことは分かってる。
隣を見ればクスクス笑ってやがるし。
「ちっ・・・・」
思わず舌打ちする。
するとそれを聞いた龍司が、私のお酒を奪いとった。
何すんだ!?と怒鳴りかけて止まる。
こんな小さなバーで騒ぎを起こすなんて、さすがの私でも出来ない。
しょうがなく文句を言おうとした私が動くのと、龍司が小さなカクテルを私に差し出すのとは、ほぼ同時だった。
「お前にはコレがお似合いや」
「・・・・アプリコットフィズ」
アプリコットをメインとしたお酒に、レモンやソーダなどを加えたフルーツ系のカクテル。
見た目はとても可愛らしい感じのカクテルで、私に似合うとは思えない。
嫌味か?と思いつつも、私はそれを静かに受け取った。
「・・・・んまい」
「せやろ?」
「お前がこんな甘いカクテル知ってるなんてな。さすが飲み慣れてる奴は違うぜ」
「なんや、焼いとんのか?」
「んなわけねーだろ」
いつもより鋭く返事をする。
なんだって私はコイツと飲んでるんだ。
でもこうやって話をしてみると・・・そこまで悪い奴にも感じない。
ほんと、ただの暴れ好きなのか。
「・・・・何があったんや」
急に真剣なトーンで聞かれて戸惑った。
ふと龍司の方を見れば、その表情にからかう様子は見えない。
なんだよ、なんで。
「・・・なんでも、ない」
何も言えなくなる。
彼の言う、いつもの調子とやらも出ない。
「・・・・そうか」
「・・・あぁ」
龍司も何も言わなかった。
なんだろう。
やっぱり、桐生と似た何かを感じてしまう。
この無言の空間が――――落ち着くんだ。
語らなくても分かっていると言わんばかりの余裕の姿。
深く吸えば香る、煙草の香り。
「・・・・龍司」
初めてかもしれない。
こんな風に、ちゃんと名前で呼んだのは。
叫んだように呼ぶことはあっても。
彼自身を呼ぶ意味で使ったのは。
「なんや?」
「・・・・・」
ああ、いっそのことからかってくれよ。
可愛く呼ぶんやな?
とかなんとか言ってさ。
「・・・・こんな女っぽいこと、するつもりなかったんだけどな・・・」
独り言のように呟く。
「っは、うぜぇ・・・」
自分自身が、邪魔だ。
私をこんな風に女にしたのはアイツなのに。
こうやって私を狂わすのも、アイツなんて。
それにまんまと踊らされる私は。
どこにやったんだ、あの覚悟は。
鷹の刺青を刻んだ私の覚悟は。
親よりも、何よりも、高みに登って――――女なんて捨てて、上るという、私の覚悟は。
「弱く、なったもんだぜ・・・」
震える手でお酒を取る。
飲み終わったグラスを乱暴に置けば、その手を龍司が優しく握った。
振り払う気も起きないほど優しい。
別に何か厭らしい感情は感じなくて。
ただ、不器用な桐生のような。
極道の男といった感じの、不器用で、強引な温かさ。
「なんだ、よ」
「あんまり飲み過ぎんなや」
「うっせ」
「アンタにはこれがお似合いや」
そう言って龍司は私の手を開かせ、その上に可愛いキャンディを置いた。
「・・・・これ」
「またいつものアンタに戻ったら飲み直そうや」
そう笑った龍司はいつもより優しかった。
ああ、普段はこうなのか。
私は文句も何も言わず、そのキャンディを握りしめてお金を置いた。
そのまま、店を出る。
冷たい空気が私を出迎え、頬を撫でた。
「・・・・・」
いつもなら追いかけてくるほどしつこい龍司は、出てこない。
本当にただ慰めてくれたんだろうと、そう思うと虚しくなった。
私は、なにしてるんだ。
誓ったじゃねぇか、女になった時点で、私は何があってもアイツの傍にいると。
「ばっかみてぇ」
しっかりしろよ、私。
夜風にあたりながら頭を冷やした私は、キャンディの包み紙を開けて口に含んだ。
おいしい。
アイツ、これが私にお似合いっていったっけ?
「苺味」
むかついて噛み砕こうと思ったけど、今日だけは味わうことにした。
葵に入ると桐生と遥が戻ってきて休憩していた。
私を見た遥が、にこっと笑う。
「お姉ちゃん!」
遥の頭を撫でてあげながら、座る桐生に目を向けた。
桐生が私を見つめる。
そして何かに気づいたように立ち上がると、私の傍に来て頬を撫でた。
「お前、酒飲んできたのか。探すんじゃなかったのか?」
「別にずっと飲んでたわけじゃねぇんだからいいだろー」
「・・・・何食べてるんだ?」
「ん?飴」
べっと舌を出して溶けかけた苺キャンディーを見せる。
同時に遥がトイレ!と行って部屋から出て行った。
そんな遥を横目で見送りながら、桐生が少し私に顔を近づける。
「苺?お前がそんなもん買うのか?」
「貰った」
「どこで」
「バーで」
「・・・・」
「え、なんでそんな不機嫌になんだよ。別にちょっと情報仕入れにいってたりしただけで、変な奴に絡まれたわけじゃ・・・んぐっ!?」
歯が当たったんじゃないかってぐらい勢い良く口付けられた。
舌がするりと入ってきて、私の口からキャンディを奪い取る。
「っは・・・!」
「・・・甘いな」
「何すんだよ!」
「欲しくなったんだ、悪いか?」
「っ・・・」
サラリと言われた言葉に熱くなるのを感じた。
でも違和感は消えない。
どこか、悲しい違和感は。
「・・・ばーか」
「顔上げろ」
「やだね」
「向かせてやるよ」
「ッ・・・・」
人の気持ちも知らないで。
そう言いかけた唇はもう一度桐生に塞がれる。
このまま、この温もりが続けばいいのにと、ガラにないことを考えながら目を瞑った。
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