いらっしゃいませ!
名前変更所
沖田のニンマリした表情。
まぁたまには暴れるのも良いが、でも、面倒なことにも関わりたくない。
しばらく悩んだ私は、一つの答えを出した。
「土方の方手伝うから、今回は遠慮するぜ」
土方の手伝いなら、沖田も何も言えないだろう。
その予想通り、私の答えを聞いた沖田は渋々頷いた。
「仕方ないのぉ、じゃ、俺で独り占めや」
「気をつけろよ。ま、沖田なら心配いらなさそうだけど」
「当たり前やろ~?報酬で酒飲みにつれてったるからな!!」
沖田は楽しそうに目を細めると、そのまま屯所の外に向かって走り去っていった。
あの様子じゃ、本当に楽しみにしてるみたいだな。
最近暴れる機会もなかったし、沖田の性格じゃしょうがないかもしれない。
「まったく、沖田らしいぜ」
さて、と。
面倒くさいから断る理由に使った土方の任務だが、これから何もないことも事実だ。
本当に手伝いに行くのも良いかと、私は腰の刀を確認してから屯所の外へ向かった。
日は、どんどん傾く。
もう終わってるかもしれねぇな。土方、仕事早いし。
そう思いながら私は祇園を目指した。
祇園。
あまり好きではない、場所。
女性が売られ、色香が漂う。
女を捨てて剣の道を選ばなかったら、私もここで自分を売っていたかもしれない。
そう思うと表情が歪む。
早く土方を見つけて合流しなければ。
「ん―、ここら辺だと思ったんだけどな」
祇園の中でも少し入り組んだこの道。
ここに面するお店は、少し怪しいのが多い通りになっている。
だから、盗人たちが隠れるならここだと思ったのだが。
慎重に歩を進め、いつでも刀を抜けるように手を添える。
気配は感じない。でも、あまりにも静かすぎる。
店があるっていうのに人の気配が無さすぎるのだ。
「・・・やっぱり」
ここが、怪しい。
もしかしたら、奥で土方達がやられてる可能性だってある。
息を殺し、添えた手でゆっくりと刀を抜いた。
気配を探りながら、足音を消して前に進む。
「っ・・・・」
まぁ、土方のことだ。
さっさと盗人たちを捕らえてる方だと思うけど。
進んだ先に、左に曲がる道が見えてくる。
そこから微かに刀のぶつかり合う音が聞こえ、私は刀を構えたまま急いでその道を曲がった。
「・・・ッ、い、いた」
細い道で、数人に囲まれた土方が盗人達の刀を華麗に捌いている。
土方の足元には、既に数人男たちが苦しそうに転がっていた。
あれも盗人、か。にしても数が多いな。
土方が連れてきたであろう隊員は、奥のほうで逃げようとする盗人たちを止めている。
盗人は、転がってる人数を合わせて九人。
土方が連れてきた隊員は一人。
奥で逃げようとしている二人を止めるので手一杯だろう。
土方が捌いているのは、あと五人。
さすがに数が多いな・・・手助けするか。
「新選組なんかにやられてたまるか!」
「・・・お前たちのような奴が、新選組に勝てるとでも?」
「隙ありィ!」
「お前こそ、隙ありだぜ」
刀を打ち合うその後ろから斬りつけようとした男を、私は容赦なく刀で斬りつけた。
もちろん、殺しはしない。
情報を吐かせる、という仕事が残っている可能性があるからだ。
地面に転がった盗人の男を見下した後、私は土方に顔を向ける。
「よ、土方」
「あけ、なぜお前がここに」
「手伝いに来ちゃった。どうせお前のことだ、最小限の人数しか連れてこないで、時間かかってるんじゃねぇかって・・・・な!」
来る敵来る敵、私達の敵じゃない。
喋りながらも土方と私は敵を捌き続けた。
段々と倒れていく味方に、盗人側が苛立ちを見せ始める。
それを見た土方が、意地悪い笑みを浮かべるのを、私は見逃さなかった。
「ここで刀を捨て、おとなしく屯所についてくれば、ここで痛い思いをせずには済むぞ」
あーあ、怖い怖い。
こういう時の土方は、味方から見ても怖い。
背筋をぞくりと震わせるような、鋭い瞳。
容赦なく、力の差を見せつける戦い方。
だが、向こうも逃げるのに必死だ。
「誰がおとなしくするか!!」
土方の小さな優しさに、耳を傾ける奴などいなかった。
盗人たちは誰も刀を降ろさず、私達を睨みつけている。
「じゃ、答えは早いじゃん。ちゃっちゃとやろうぜ、土方」
「・・・あまりはしゃぐなよ」
「子供扱いすんなっつの」
こんな奴らに負けるほど、私の力は弱くない。
土方もそれを分かっていて、こういうことを言うのだ。
背中を合わせ、お互いに信じあって刀を振るう。
これじゃ盗人達はあと1分と保たないなぁ・・・・なんて思ってた瞬間。
「・・・・!?」
私の視界がぐらりと揺れた。
近くには誰も居なかった。
後ろでは土方が戦ってくれている。
私の敵は、目の前だけのはず。
――――なのに、私の身体は足元から崩れ、地面に尻もちをついた。
慌てて犯人を睨みつければ、それは腕を斬られて横たわっていた盗人の一人だった。
「てめぇ・・・!!!」
体勢を立てなおそうにも、私の足を掴んだ男が私の足に全体重を掛けてきて身動きが取れない。
持っていた刀を振るおうとするが、体勢が悪いせいで力が入らず、簡単に弾き飛ばされてしまった。
やばい、と。
青ざめるのを感じた時には、男は私に馬乗りになっていた。
男はニタリと笑い、私の顔に刀を近づけ、叫んだ。
「動くな!!」
その声に、今まで戦っていた土方が私の方を振り返る。
振り返りながらも隙を見せない土方は、立っていた最後の一人を容赦なく切り捨て、ゆっくりと私の方に歩み寄った。
私の上に乗っている男は、それを見て手を震わせる。
「へ、い、いいのか?それ以上近づけばこの男の命は無いぜ!!さっさと武器を捨てな!!」
男は震える手で刀を私に密着させた。
刀が触れた頬から、じんわりと熱が広がる。
どうやら頬が切れたらしい。
あまり気にせず土方の方を向くと、土方の表情が今まで以上に冷たくなるのを感じた。
あー、やばい。これはやばい。
私がヘマしたの、怒ってる。
「わりぃ、土方。気にせず私ごとやっちゃって?」
「てめぇは黙ってろ!」
「がはっ」
一発、腹を殴られて咳き込む。
その間に土方はあろうことか、自分の刀を地面に投げ捨てた。
そして表情を変えぬまま、男を睨みつける。
「武器は捨ててやった。さっさとかかって来たらどうだ」
「な、なに・・・!?」
「お前の要望通りにしたんだが?それとも、武器が無い相手に勝てないつもりかな?」
挑発。
相手の冷静さを的確に奪うその言葉は、狙い通り男の判断を失わせた。
このまま私を人質に取っていれば助かったかもしれないのに。
男は私からすんなり身を引くと、刀を構えて土方に突進していった。
結果なんて、見なくても分かる。
次の瞬間に聞こえたのが、男の悲鳴と、鈍い音だったから。
「・・・・がはっ!?」
「どうやら、武器が無くても変わらないらしい」
二発、土方の拳が男の腹に食い込んだ。
強く咳き込む男を無視し、そのまま土方は地面に転がっていた自分の刀を拾った。
冷たい、瞳。
土方の目は、確実に男を・・・殺す目をしていた。
「ま、待ってくれ・・・!お、俺は、他の仲間たちの情報も知ってる!!!!」
地面に転がっている仲間と、土方を見比べる。
情報を吐かせるためにわざと殺さなかった盗人たち。
だが、土方の耳に、その男の言葉は――――聞こえていない。
「お前のような奴が一人死んだとしても、情報はいずれ手に入る。それよりも今は」
一瞬だった。
赤い血が、私の目の前で舞う。
「お前の犯した罪の重さを教えてやる」
男が懇願する暇もなく、土方の刀は的確に男の急所を切り裂いた。
ついた血を冷静に振り払い、静かに刀を収める。
やっぱり、怖いな。
土方のぴりぴりとした殺気が、私までもを恐怖で震わせる。
「あ、あの、土方、えーっと・・・・」
勝手に手伝いに来て。
勝手に捕まって。
土方の手を、煩わせた。
これで怒られないわけがない。
「ひ、土方、あの・・・」
無言の、威圧。
土方は無言のまま倒れている私の傍らに膝をつくと、後ろに居た隊員に合図を送って転がっている奴らを回収させた。
「あ、ひ、一人だと、あれだし、手伝おう・・・か?」
私の言葉にも、土方の反応はない。
しばらくして隊員が生きている男たちを引きずってるのを見届けた後、土方が静かに私の腰を抱いた。
そのまま、俵を担ぐかのような形で持ち上げられる。
突然のことに、咄嗟に暴れてしまう。
「おおおおおい!?」
「暴れるな。・・・そこの裏道で、治療するだけだ」
「いいいいいや、そ、そこまでなら歩けるから!!!」
暴れても、土方は私を離してくれなかった。
担いだまま裏道へと連れて行かれ、そこでゆっくりと降ろされる。
そして土方の手が私から離れたかと思うと、すぐに土方の顔が私の真正面に近づいた。
口づけ出来てしまいそうな位置に、思わず息を呑む。
動け、ない。
動いたら、触れ合ってしまいそうだから。
「・・・・あ、あの・・・?」
目の前の土方は、まだ表情を見る限り怒っているようだった。
顔が近くて凝視出来ないが、きっと怒ってる。
こ、これが、これが新手の仕置なのか?
まともに息が出来ないぐらい緊張して、私は無意識に目を瞑った。
早く、早く離れてくれ。
その願いも虚しく、私は腕を掴まれ、そのまま近くの壁まで追い詰められた。
「ま、まって・・・!」
「目を瞑るなんて、隙だらけだと思わないのか?」
「それはお前が悪いんだろッ!!」
「悪い?なぜだ?・・・私は怒っているのだよ、あけ」
そんなの分かってる。
言われなくたって、お前が怒ってるのぐらい感じ取れる。
だからってこんな、こんなことしなくても。
「ご、ごめん。ほんと、ちゃんと償いはするから・・・っ」
「あぁ・・・そうだな。ここで私の思うがままにされるのが、その償いだ」
「ひ・・じかた・・・?」
怒ってる。
怒ってるのは、分かる、でも。
声が優しいのが、すごく気になった。
土方は普段聞かないような優しい声で、私を押さえつける。
恥ずかしくて目を開けれずにいると、頭上で土方の笑う声が聞こえた。
っ・・・くそ!!
さすがにからかわれてると思った私は、目を開けて睨もうとして。
――――目の前の土方の表情に、動けなくなった。
「お前の顔に・・・傷がつくなんて・・・」
淋しげで優しい、見たことのない表情。
どうすればいいか分からなくなる。
なんで、そんな表情するんだ?
恥ずかしいのに目が逸らせない。
顔が、身体が、熱くなっていく。
「・・・・許せないな」
「へ?何が?・・・ひゃっ!?」
自分の口から、信じられないほど甲高い声が響いた。
その原因は土方。土方が私の頬の傷を舐めたからだ。
抵抗しようにも、ぞくぞくとする感覚に動けなくなる。
土方は私の頬をゆっくり舐めると、そこから私の手首に顔を近づけた。
「あんな男に触れるのを許すなんて、許せないと言ったんだ」
あの男に掴まれていた手首に、土方の舌が這う。
勝手に反応してしまう身体を押さえることは出来ず、私は土方の舌に翻弄された。
手首から、流れるように首筋へ。
噛み付くように吸い付かれ、また声が漏れる。
首筋を味わった後はもう一度私の頬に。
・・・熱い。
壊れてしまう。
身体が、狂ったように熱い。
「っあ、土方・・・・」
「なぜお前はそうやって・・・」
囁かれた声は、いつもの声なのに。
まるで土方じゃないようで。
「俺の理性を壊そうとするんだ」
滅多に聞かない、低く、冷静さを失った震えた声。
土方の目は、私を真っ直ぐ捉えていた。
分からない。
理性を、壊す?
それは私の言葉だ。もう、壊れてしまいそうなのに、こんな。
「土方、やめ、て」
私は、新選組だ。
女を捨てたわけじゃないが、女として生きる道は捨てた。
なのにこんなことされたら。
・・・・ずっと、見てきた、彼にこんなことをされたら。
私が私でなくなってしまう。
片想いで、満足だったんだ。
だから。
「頼む、土方・・・・っ」
「そんな表情で、断ってるつもりかね」
「・・・・っ」
触れる。
ゆっくりと土方の顔が、私の目の前に迫ってきて。
触れる。
「・・・・え」
唇に、微かに温もりが宿った。
今確かに私は、彼に、口づけをされた。
一瞬で、分からないぐらいの口づけ。
最後の理性で、私は土方を必死に押し戻そうとする。
「・・・・ば、ばっかじゃねぇの・・・!!!!遊びなら他の女でやれ!!」
これが、精一杯の抵抗だった。
きっとそれは、土方にも伝わっている。
―――私は昔から、土方の傍に居た。
近藤に拾われて、共に過ごすようになってから、ずっと。
私は女として生きる道は捨てた。
そのはずだったのに、私はずっと彼を追いかけていた。
追いかけているだけで満足だったんだ。
それ以上は望んでなかった。
望んだら壊れてしまう。
そう思ったから。
「土方ッ・・・・」
悲痛な、叫び。
「安心しろ」
「あ・・・」
「俺は最初からお前のことを女としてみていた。・・・・何も、変わらない」
「そんな、嘘だ、嘘に・・・」
土方の周りにはいつも綺麗な女の人がいた。
それが遊びだとしても、私はそれを見て・・・悔しかった。
覚えてる。はっきりと。
あんな綺麗な女達に囲まれる男が、私なんかで、いいはずがない。
「・・・君が、煽るのがいけないんだ・・・・あけ」
傷痕を、土方の手が優しく撫でる。
「斉藤君達ですら、君に触れるのが気に食わなかった」
「・・・・っ」
「それなのにあんな男に触れさせた・・・君が、悪い。そんなこと、分かるだろう?」
「わか、んねぇ・・・・」
「そうか、なら」
今度は一瞬ではなかった。
私の言葉の全てが、土方の唇に貪られる。
全身が麻痺していくような感覚。
ゾクゾクと、身体が震える。
戻れなくなる、一歩手前。
いやもう、戻れない。
「っは・・・ぁ・・・」
「これで分かったかね?」
目の前の余裕有りげな顔に、思わず頭突きをしようか悩んで、やめた。
さっきまで余裕なかったくせに。
そんな悪態すら吐けない。
私に出来るのは、せいぜい強がることだけ。
「・・・わかんない」
「ほう?それはつまり?」
「・・・・・ちゃんと、言ってくれなきゃ、分かんないな」
仕返しとばかりに笑みを浮かべれば、土方はふと真剣な表情を浮かべて私の手を握った。
「一生を共に歩もう、あけ。お前の隣は私だけだ・・・着いてきてくれるか」
迷いのない言葉だった。
そこまで言われたら、私が迷っていたのはなんだったのかってぐらい。
ずっと思ってきた。
叶わない夢のように。
でも、今目の前には、土方が。
私を求めてくれている土方がいる。
「・・・・」
夢、のようだ。
・・・夢?
「あけ?」
「やばいなぁ・・・夢、見てんのかな・・・・」
「何?」
「だって、昔から、私の片想いで・・・追いかけるだけで・・・終わる、はずだったのに」
私の言葉が気に食わなかったのか、土方の表情が意地悪いものに変わっていく。
それを見た私は嫌な予感を感じ、咄嗟に逃げようとした。
が、もちろん。
腕を押さえられている私に逃げ場などなく。
また口づけが出来る位置まで顔を近づけられた私は、次に囁かれた言葉を聞いて顔を引きつらせた。
「夢だと思うなら、しっかり現実だということを教えてやろう」
夢、じゃなかった。
痛すぎるぐらいに、現実だった。
嬉しい事だけど。
でも今の私にとっては、現実を教わった後の身体の方が大変だった。
初めて男を受け入れた私の身体は、ズキズキと悲鳴を上げている。
「っくそ、あいつ、手加減なしに・・・・っ」
本当は組の仕事なんて休みたかった。
でもどうせ、休んだら文句言われるに決まってる。
涙目で屯所の中まで歩いていると、通りかかった永倉が私の方を見て、意味ありげな笑みを浮かべながら近づいてきた。
「あけ」
「・・・なんだよ」
「ついに叶ったんか」
「・・・!な、おまえ、それ、誰から・・・っ」
慌てて永倉に掴みかかろうとするが、永倉はそれを軽々と避ける。
そして私の首元を指し、静かに囁いた。
「土方はああ見えて余裕ないやつやからな・・・見えとるで、痕」
「へ?痕?・・・・・!!!!」
指された首元。
思い当たるフシがあって近くの水場に自分の姿を映せば、そこには、彼を受け入れた証拠である赤い痕が咲いていた。
しかも、着物で隠せるか隠せないかの位置。
確信犯だと気づいた私は、痛みも忘れて土方を探すことに決めた。
「土方ァアァ!!!!どこにいやがるこのハゲ野郎!!!!」
(夢ではないと教えてくれているその痕を、本気で恨むことは出来なかった、けど)
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