秋山→ヒロイン×桐生/ホワイトデー記念/切甘/※秋山視点

「あ、これ、バレンタインデーな」


そう言って君がくれたものを、俺は大事に持っている。

小さな銀色の高級ジッポ。
義理だって分かっていても、君がくれたこれを手放せない。


いつものようにソファに寝転がって。

気だるい身体を少し動かして煙草を咥える。


「そういえば、ホワイトデーだったか」


煙草の火をつける瞬間。
この時間が俺は一番好きだ。

彼女がくれたジッポを目にして、優越感にひたれるから。

ああでも、知ってるさ。
これが一瞬の幸福だってことぐらいな。


「・・・お返し、ねぇ」


煙草の苦味と共に広がっていくモヤモヤ。

吐き出した煙すら、自分の心の中のようだ。

どうして彼女は俺のものじゃない？
今頃彼女は、きっと桐生さんと。


「・・・・」


俺が本気で好きになった女は、命の恩人である人の恋人だった。
恨んださ。たとえ命の恩人だとしても。

そして今も、その気持は変わらない。

こうやって桐生さんに与えられる愛情の切れ端をもらうことだけが、俺に与えられる喜びの灯火。
それに照らされることでやっと俺は呼吸が出来る。存在が保てる。


「憎いですねぇ・・・桐生さん」


俺はきっと貴方には勝てない。

力じゃない。
全てにおいて勝てないんだ。

きっと桐生さんを倒したとしても、俺の腕の中に彼女が収まることはない。


嗚呼、本当に憎い。


「おーい、秋山！」
「・・・・！」


事務所の入り口で、俺の待ち望んだ彼女の声がする。
俺は慌ててソファから起き上がり、悲しみに歪んだ表情を隠してドアを開けた。


「いらっしゃい」
「おう。もらうもんもらいにきてやったぜ」
「自分からホワイトデーの催促とは現金だなぁ」
「あん？そのためにやってんだよばーか」


そのため、でも。

俺にとっては最高のプレゼントだったよ、あけちゃん。

このジッポがどれだけ俺を支えているか。
どれだけこの微かな希望を・・・心の支えにしているか。


「しょうがないね・・・何が良い？買いに行こう」
「んだよ。買ってなかったのかよ！」
「俺、あんまりあけちゃんの好み知らないからさ」


笑いながらあけちゃんの頬を撫でる。


本当は知っていた。
あけちゃんがどんなものが好きか、なんだって知ってるよ俺は。

でもあえて買わないのは、君と買い物に行きたいから。
君を桐生さんから奪い取って、少しでも優越感に浸る時間を作りたいから。

ただそれだけだ。


「さ、何買いに行く？」
「分かってんだろ。物より食いもん。いいところ連れてってくれよ！」
「仰せのままに」


いつものようにふざけて手を差し伸べる。
その手に触れる温もりが俺の理性を、心を蝕んでいることすら知らずに。


「ほら、秋山」


声が、笑みが。


「さっさと連れてってくれよ！」


生意気なその物言いさえも。


「・・・・ったく、あけちゃんは食い意地が凄いんだからさ」


俺達と対等に渡り合ってしまうその度胸も。

全てが愛おしいよ。
そんなこと言えばきっと君は、冗談やめろと言って笑うんだろう。


想像つく。

だから言わない。
この小さな幸せを壊さないように。


「あーきやまっ！早くー！」
「はいはい」
「うわ、めんどくさそうにしやがって」


そんなわけないだろう？
嬉しいさ、本当に、死ぬほど。

ただ一言一言に狂わされないよう、自分を保つために、冗談めいた態度を取ろうとしているだけで。


「もういいよ」
「嘘嘘！！すねないで、あけちゃん！」
「・・・・」
「ほら、じゃあ行こうか、お姫様？」
「っそういうのは良いッ！！」


照れながらもう一度俺の手を取り直す君は、本当にお姫様だ。

いつか壊れるだろう、この日常を今噛みしめるために。
俺は平然を装ってあけちゃんと歩き出した。


ハッピーホワイトデー、あけちゃん。

バレンタインデーやホワイトデーがくるたびに、あけちゃんの”本命”を俺だけのものにしたいと心が疼く。
だから思うんだ。いつか壊してやろうと。
いつかあけちゃんを俺だけのものにしてやろうってね。


いつか壊れるその日常まで、桐生さんと思い出を作っておくといいよ。


――――いつになるか分からないけど、さ。


































俺にその度胸があるのかすら、分からないけど
（何度目のホワイトデーだろうか。悲しみを背負い続けるこの日が、俺は嫌いだ）