いらっしゃいませ!
名前変更所
わからない。
何がって?
「いやー、今日も揚羽ちゃんは可愛いね~!」
「もう、うまいんですからぁ。今日は何が目的なんです?ふふっ、もしかして、アフターデート?」
恋愛とか。
男女の感情の駆け引きとか。
いや、まぁ、それを利用してこういうことしてんだけどさ。
情報屋、として。
あくまでも演技。
何も分かってないのに演技ができるのか。
できてるんだから、しょうがねぇよな。
たぶん、あれだ。
私みたいな女を怪しいと見抜けない奴は、”女”であれば良いタイプなんだ。
「あ、だめですよー。飲み過ぎです」
「えぇ・・・!飲み過ぎはいいことだろー?」
「確かにいいことですけど、私はけんさんの身体の方が心配なんです・・・」
「あぁもう、ほんとに可愛いなぁ・・・!」
だって、桐生は私の演技を見抜いたからな。
いい男は変な女には騙されない。
・・・・まぁ、統計は少ないけど。
桐生みたいに情報料の高い奴は、あんまり私の演技に騙されない奴が多かったってだけの話。
「揚羽ちゃん、あちらのお客さん、ついてもらっていいー?」
適当に接客していた私の後ろから声が掛かる。
私はそれに明るく返事をして、縋るオトコに笑顔を向けて席を立った。
「じゃあ、また来てくださいね」
そう、この一言で私はまたこの客を自分のものにする。
何がいいのか分からない。
振り回されるのが好きなの?
”作り物”ってこんなにも分かりやすい、お店なのに。
まぁでも、それを欲しがる人がいるからこそ、この商売成り立ってるんだ。
「はじめまして、ご指名ありがとうございます」
初めての人は大体フリーだから、直接初めての人から指名されるのは珍しい。
紹介場で私の名前でも上がってんのか?なんて思いつつ、指名してきた人を見た私は、ごくりと唾をのんだ。
「あぁ、よろしく」
「・・・・」
「?どうした?」
「い、いえ。あまりにもお兄さんがかっこよかったから」
「・・・こりゃ、噂通り。中々うまいこというねぇ?」
「やだ、噂になってるんです?じゃあ、噂以上にうまくやらないと」
動揺しても言葉はうまく出てくるもんだ。
我ながら、感心。
そして目の前の男をもう一度見た。
「お兄さん、お名前は?」
「秋山、秋山駿だ」
「素敵なお名前。私は揚羽っていいます」
知ってるよ、秋山駿。
その名前を聞いた時。
その姿を見た時。
心臓が、跳ねた。
桐生並の大物。
こいつの情報は通常の人の数倍高く売れる。
そして私自身、こいつを、知っている。
「(ただもんじゃない、金貸し・・・)」
だからこそ、腕が鳴るってもんだろ?
会話はかなり続いた。
相手もそんなに私のことを疑っている様子じゃなかった。
完璧、ってやつだろうか。
「ふふ・・・・」
難易度が高いものほど、達成時の喜びは大きい。
しかもかなり高いお酒まで開けてくれた。
「秋山、駿か・・・」
ドレスを翻して。
私はお店を後にする。
ここから、誰にも見られないように夜の街に消えるまでが私のお仕事。
そこまでが”キャバ嬢”としての演技の姿。
「あー、はやくドレス脱ぎたいな。めんどくさ・・・」
ドレスを脱いでいつもどおりに戻ったら、そこからは情報屋の姿。
この仕事で得た情報をフルに使って、更なる高額な情報を求めに行く。
秋山、駿。
人望も熱いが、逆に恨みも買ってる男。
どんな情報とったら高く売れるかなぁって。
考えるだけでニヤニヤしてしまう。
「(ウィッグ、あついな・・・)」
完璧な変装をするほど身体はだるくなる。
暑さに負けた私は、いつもは通らない裏路地を通ってショートカットすることにした。
まぁ、そういうことをすると、大体・・・・
「よぉ、姉ちゃん」
こういうことに、なるんだけども。
「・・・・な、なんですか?」
一瞬、あぁ?って振り返りそうになったのをなんとか堪えて振り向いた。
声を掛けてきたのは4人の男たち。
あくまでも、今の私はキャバ嬢だ。
演技はまだ続いている。
「ちょっとおねえちゃん、俺達に付き合ってくれないー?」
「そうそう、アフターデートってやつ~。俺達もしてみたいなぁ?」
「なら、お店に来ていただければ出来ますよ?名刺、いります?」
苛立ちながら対応してしまうのだけは、しょうがないだろう。
だってどうせ。
「そうじゃないんだよなぁ・・・俺達、今、楽しみたいの」
聞きやしない。
「・・・・でも、困ります。私、そんな・・・」
怖がるふり。
この間に私は男たちよりも周りを良く観察した。
この男たちに私の裏側がバレるのは構わない。
どうせここでぶっ潰して、二度と近づかなくさせるだけだから。
問題は、その状態を他の誰かに見られること・・・だ。
でも大丈夫そうだな。
ここ、ほとんど人が来ない裏路地だし。
「なぁ、ねえちゃん、何とか言ったら・・・がはっ!?」
「あれ、すみません。手が滑っちゃいましたぁ」
カワイコぶって。
にっこりと笑った先に転がるのは、私に手を伸ばしてきた一人目の男。
「この女、何しやがる!!」
「だから手が滑っちゃっただけって・・・言ってんだろうが!!」
「がふっ!?」
「なっ・・・ぎゃあ!!」
2人目、3人目。
4人目が怯えて逃げようとするところに、ドレスが破けないかを気にしながら飛び蹴りを入れる。
「おらぁ!!」
「ぐあっ!」
「ありゃ、なーんだ。よわっちぃのな」
ドレスの汚れを気にしながら辺りを見回した。
ふー、なんとかなったみたいだな。
よかった。
やっぱり変なことしないで、ちゃんと大通りから帰るべ―――――
「いやぁ、すごいねぇ。あけちゃん」
「っ・・・!?」
驚いて上を見た。
裏路地を見渡せるようについているビルの非常階段から、見覚えのある顔が一つ。
「あ、あきやま・・・」
「やっぱり正解だったか」
なんで。
なんで知ってるんだ、私の事。
おかしい。
この姿じゃさすがに、この姿イコール正体には繋がらないはずなのに。
情報屋として一番最悪な状態だ。
私は向こうの情報をほとんど知らないのに、向こうだけが、私の機密事項を知っている。
「(どうすればいい)」
「あ、とぼけても無駄だよ?」
「・・・じゃあ私の選択肢も一つだな。なんで私の正体を知ってる?」
「んー、それはね・・・ホームレスのときに君が、俺のことを助けてくれたからだよ」
「・・・・は?・・・!!!」
思い出した。
秋山、秋山駿。
私が数年前、チンピラに絡まれたのを助けた男。
名前は聞いてたかもしれない。
まったく、考えもしなかった。
だってホームレスだった人間だぞ?それが、今、こんな。
「それであけちゃんのことをずっと追ってたってわけさ。俺独自の情報網でね」
「・・・・・」
秋山の言い方に、ちょっと突っかかりを感じた。
”情報網”か。
もしかしたら、花屋あたりが手助けしたのかもな。
まぁ、それならもう。
隠す必要も、敵になる必要もない。
「ならもう、別に隠す必要もないな。私は情報屋のあけ。改めてよろしく」
「いやぁ・・・やっと、近づけたよ君に・・・・」
「へ・・・?おわっ!?」
階段から降りてきたかと思うと、突然抱きしめられた。
「な、なにすんだ!」
「何って、好きな女にはグイグイ行くタイプなんでね、俺」
「はぁ!?」
「何のために探してたと思うのわけ?俺はあけちゃんを・・・」
耳元に唇が近づいて。
渋く心地の良い声が、私の脳内を揺さぶる。
「俺のものにするために、探してたんだよ」
ど、動揺するな。
これこそ、演技で返せばいい。
いつもやってるように。
「あ、りがたいけど・・・私は、そういうのは・・・・っ」
「ならお試しでも構わないよ俺は」
「!そんなのは、私は!!」
「あれ?意外と純粋なんだねあけちゃん。情報屋としてその姿で人を騙してるのに・・・俺を騙すのは無理なんだ?」
「っ・・・・そ、それは」
「あけちゃんに、その姿はあまり似合わないと思うんだけどなぁ・・・・」
「うる・・・うるさい!!」
なんだ?
ど、どうして。
うまく言葉が返せない。
まるですべてを見ぬかれているようで、何も。
同時に顔が熱くなる。
鼓動が、早くなる。
耳元をくすぐる言葉が、声が、私を混乱させていく。
「ねぇ、あけちゃん」
動揺するな。
見破れ。
相手も演技かもしれないんだ。
私の見せた、その時の優しさにもう一度つけこもうとしてるだけかもしれない。
裏の世界はそんなことがザラにある世界。
簡単に心を、見せてはいけない。
「はな、れろ」
「嫌だね。そんなに真っ赤になって・・・期待しちゃうでしょ?」
「慣れてないだけだ!!からかうのもいい加減に・・・っ!」
「慣れてない?よく言うよ。さっきの君は、他の誰よりも男の扱いになれていたけど?」
「・・・・!くっそ・・・!」
分かっているのに。
秋山を離れさせる力が、私には無かった。
それは物理的に。
そして精神的に。
まず力の差。
対して喧嘩をしてないと思われるのに、どこに力をかけてもがっしり私を掴んできて離すことが出来ない。
そして精神の差。
明らかに動揺させられているのは私――――このままじゃ、相手の好きにされてしまう。
「警戒しないでほしいんだ、あけちゃん。俺はただ・・・・」
「そんなのが信じれる世界に、私がいるとでも?」
「どうやったら信じてくれるんだい?」
「アンタの秘密を何か提供してくれるんだったら、考えなくもないかな。情報ってのは何よりも大きな対価だ。どーする?」
ちょっとずつ、自分のペースが戻ってきた。
だが、相手のペースも壊れちゃいない。
秋山は私の言葉にニッコリと笑うと、私の手を引いて無言で歩き出した。
「ちょ、おい!?どこ行くんだよ!」
「ん?この上さ。この上に俺の事務所があんのさ。スカイファイナンスってとこ」
「そこに行ってどーすんだよ!」
「いいから。秘密、ほしいんでしょ?あげるよ。俺はあけちゃんに信頼されるためならなんだってね」
「・・・・」
信頼されるため。その言葉を信じるか、信じないか。
この世界にいながら純粋に人を信じることなど、そう簡単には出来ない。
それでも私は何故かそのまま秋山に引かれ続けた。
もし騙されていれば私は敵の罠の中に飛び込むことになる。
けれどここは昔の自分が作った徳と、女の勘を信じることにした。
「じゃ、エスコート頼むぜ」
「案外乗り気だね?・・・仰せのままに」
スカイファイナンス。
噂だけは聞いていた、凄腕の金貸し。
それがまさか、自分が昔何気なく助けたホームレスだったなんて。
「現実味がねぇな・・・・」
「えー?でもここまで来て話を聞き続けてるってことは、信じてくれてるんでしょ?」
「・・・一応」
ホームレスが数年前の天からのお金に救われ、それを元手に一発逆転。
まぁ、助けたときはただのホームレスじゃないとは思って助けた記憶がある。
だからといって、ここまでの逸材だとも思ってはいなかったが。
まるで作り話だと笑い飛ばすつもりだったというのに、目の前には私がその時にあげたであろうボロボロの名刺が置かれている。
これで信じるなというほうが難しい。情報屋としての名刺を、同業者以外にあげた記憶はこれしかないのだから。
「ほんとに、あの時のホームレスなのか・・・すげぇな・・・」
「君のおかげさ、あけちゃん。君があのとき俺を救ってくれなかったら、俺は前に進もうと思わなかったかもしれない」
「・・・・大げさだな。そんな事ができるお前なら、私がいなくたっていずれ同じように誰かからきっかけを貰って同じようになってたさ」
買いかぶりはよしてくれ、と。首を振る私に秋山が真剣な表情を浮かべる。
「いや、君だらかさ」
言い切りながら事務所のごちゃついた机から身を乗り出す。
対面に座っていた私はその真剣な表情に思わず見惚れてしまった。
飄々とした雰囲気からは想像できないほどの鋭い瞳。
何かを見抜くような、射抜くような。逃さないと捕らえてくるかのような。
それでいて揺さぶる声。何もかもが、恐ろしい男だ。
「・・・ま、褒めても何もでねぇよ」
「何もでなくていいよ。ただ俺は、あけちゃんがほしいだけ」
「・・・・」
「・・・あれ、なにその顔?」
「いや・・・だって完全に怪しいだろ。助けたのがお前に釣り合うような美女とかならまだしも、なんで私だよ?何が目当てなんだ?ん?」
「だから、君だよ」
私の言葉に相変わらず変わらない答えを返した秋山が、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・まさか、本気にされてない?」
少し、声のトーンが変わった気がした。
慌てて逃げ道を確保しようとした私に気づいたのか、逃げ道を塞ぐように秋山が私の座るソファの膝掛けに座る。
「俺は本気だよ」
近くで聞くその声は、その表情は。
「ねぇ・・・あけちゃん。ずっと探してたんだ。・・・俺のものになってよ」
くらくら、する。
目の前に迫ってくる彼の顔に、私はどうすることも出来ない。
今の私は演技じゃない。
いつも演じてる女のフリもできない。余裕なキャバ嬢の演技すらも、できない。
目の前に迫る秋山の声と顔に対応出来ず固まることしか出来ない。
「っ・・・は、離れろ」
「その反応・・・俺のこと、意識してくれてるって思っていいの?」
「んなわけねーだろ!」
「へぇ?じゃあちょっと意識してもらえるまで頑張っちゃおうかな?」
「っ!?お、おい!!!」
ぎしりとソファの軋む音が、うるさい。
「あけちゃん」
息がかかるぐらいの近さ。
押しのける事もできるのに、私はただ上半身を引いて秋山から逃れることしか出来ない。
「あけ」
呼び捨てにすんな!と。
怒ることも出来ず、真っ直ぐ射抜かれる。
抵抗として迫ってくる秋山の胸元に手を当てると、見た目よりもしっかりとした胸板の感触が私の手を押し戻した。
情報で腕は立つと聞いていたが、ここまで良い体格とは思わなかった。
触れるだけで熱が広がる。慌てて手を引いても、その手は秋山の手に捕まってソファに押し付けられた。
「っ・・・・」
「顔、赤いよ」
「うるさい」
「抵抗はそれだけ?あけちゃんって相当強いんでしょ?・・・あんまりそういう可愛らしい反応ばかりだと、本当に止まらなくなっちゃうんだけど」
「っ・・・・さい」
どうして。
どうして、抵抗できないんだ。
立派な胸板も、止められた手も。
本気を出せば振りほどいて相手を蹴り上げることだって出来る体勢。
片腕を掴まれて、ソファに押し倒されているだけ。いつもならいくらだって形勢逆転して殴れる位置。なのに、動かない。まるで毒されてしまったように。
桐生や大吾や真島の兄さんと、何かが違う。
その違いが、私を捕らえる。
「私に、何した・・・・っ」
「何もしてないよ」
「・・・・」
「・・・・あけちゃん?」
「わかんねぇ・・・まるで、こういうのを、望んでたみたいじゃねぇか・・・お前を、助けたときから・・・」
運命、なんて言葉は信じない。
そんな安っぽくて信用ならないものに縋るほど、女らしく生きていない。
なのに突然現れたこの男は、昔私が助けたホームレスだと言い、私を探すために頑張ったといい、そして私が気づかないほどに見違えていた。
あの時。秋山を初めて助けた時。
私は確かに、少し違う空気を秋山に感じていた。
普通の人とは違う。例えるなら桐生と似たような、カリスマ性のような何か。
あぁ、そう、そうだ。
まるで一目惚れだったんだ。
「っ・・・・」
改めて見つめ直すと締め付けられる。
心が、苦しい。息がし辛い。目の前で私を見下ろす、彼の顔を見るだけで。
―――――全てが、おかしくなる。
「ほんと、何したんだよ、お前」
「何もしてないって」
「どうしたら、いいのか・・・わかんねぇよ」
「なら、教えさせてよ。一生かけて君に教えるからさ」
「・・・・」
「君が俺を救ってくれた分、倍返しにするからさ。情報屋なら、こんなおいしいお返し・・・逃さないでしょ?」
腕が離れる。なのにもう私は逃げる気などなくなっていた。
そのかわり目の前に近づく彼の目を、強く覗き込む。
「・・・・言ったな?」
「うん」
「覚悟、しとけよ。最後まで美味しい思いさせてもらうからな」
「ふふっ・・・ならその余裕が出てきたところで、次を教えようかな」
「っ、待・・・!」
塞がれる視界と、味わったことのない感触。
気づいてしまった自分の裏側に、もう戻れないことを思い知らされる。
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