いらっしゃいませ!
名前変更所
「フレンなんて!だいっきらい!!」
「え、ちょ、ちょっと!?」
アメリィの震えた怒鳴り声と、駆け出す背中。
それを止められずに空を切ったフレンの手を見て、ユーリがやれやれと苦笑する。
「あれはダメだろ」
「あら・・・なるほどね、そういうことだったの。それなら確かに、今のはフレンがわるいわね」
「ぼ、僕はなにかしてしまったかい?ユーリ・・・」
本当にわからないといった表情でフレンがユーリを見つめた。
今の流れで何かに気づいたらしいレイヴンが不貞腐れたような顔で頭をかく。
「えー・・・まさかアメリィちゃんまで取られてるわけ~?」
「おっさん、下手すりゃアンタにも矛先が向くぜ?あれ」
「ちょ、それは勘弁!アメリィちゃんに怒られるなんて心臓に穴あいちゃうわー」
「あら、大丈夫でしょ?魔導器なんですもの」
「そういう問題じゃないよジュディスちゃん・・・・」
本気で分かっていないフレンを置き去りにして、状況を理解し始めたジュディス達がフレンとレイヴンを冷たい目で見始める。
分かっていないのはリタとカロルぐらいらしい。リタの場合は興味がないのか。だが、隣でエステルが少し怒ったような顔をしているのを見て軽蔑を含んだ目を向け始めたのは確かだった。
「あー、なるほどね?そういうこと。確かにそれならアンタひどいわ」
「フレン、ひどいです・・・・」
あまりの視線と空気の冷たさにフレンが真っ青になっていく。
まだ分からないのか、と親友のユーリがアメリィの走り去っていった道を見ながら呟いた。
「お前のそういうとこ、ほんと厄介だよなぁ」
「ユーリ・・・・」
「普通わかるだろ。・・・ってのがお前には分からないんだよなぁ。わかりやすくいってやれば、そうだな・・・お前もしアメリィがイケメンばっかり揃った夜のお店にいって、一晩中ちやほやされて、楽しかった!って帰ってきたらどういう気持ちだ?」
分かりやすいも何も、今起こった出来事を反対に言っただけのこと。
それでもフレンはそれでようやく納得したような表情を浮かべ、それから自分のしたことに後悔してため息を吐いた。
「ぼ、僕は、なんてことを」
「分かったんなら早く追いかけろよな。俺たち時間つぶしとくからさ」
「すまない・・・!!」
いつもなら、そういうわけにはいかないと真面目な答えを返すであろうフレンも、こればかりはそんな答えを返す余裕もないらしい。
大慌てでアメリィが走っていった道を走り抜けるフレンを見て、ユーリはわざとらしく肩を竦めた。
ダングレストは今現在、ドンを失って治安が悪化している。
昨日見回りにいくと言ったフレンは確かそんなことを言っていた。
「最悪・・・・」
「お前、情報屋ギルドのとこのやつだよなぁ?」
「なんのこと?」
ギルド同士の仕事や人の奪い合い。
治安が悪いダングレストでは昔起こり得なかったことが簡単に起こる。
予想していなかった出来事に、先程のフレンの事もあって苛立ちが止まらなかった。ふつふつと湧き上がる苛立ちがアメリィの態度を悪化させる。いつもなら無駄な争いは避けようと試行錯誤するのだが、そんな余裕は一切ない。
舌打ち同然に答えを返せば、声をかけた男がそのアメリィの態度に顔を歪ませる。
「シラきっても無駄だぜ。お前のことは分かってんだよ」
「・・・・なら単刀直入に用件を言ったら?」
「おいおい、噂と違って随分冷たいな」
「どんな噂を聞いてきたのか知らないけど、今ちょっと取り込み中。後にしてもらっていい?」
「そうはいかねぇ。情報屋ギルドの中でもトップクラスといわれたお前さん・・・・どうしても、俺達のギルドに来てほしくてね」
ギルドの引き抜き。別にタブーなわけではないがあまり感心出来ることではない。
声をかけるだけならありだろうが、暗い裏路地にわざわざ引き込んで声をかけるなんて“ただの声掛け”とは思えない。
アメリィは警戒することを忘れず、すぐに大剣を抜けるように半身を引いて構えた。
男もそれに気づき、ついには隠さず悪い笑みで背中に抱えていた斧を引き抜く。
「へへ、なんだ、力づくがお好みか?」
「元からそのつもり、じゃないの?なんかそう見えたんだけどな」
「気のせいだろ?」
「ふーん・・・」
そっちがその気なら、やることは一つ。
脅しだけのつもりで引いた勢いを使って大剣を抜く。その剣は脅しではなく斧に向かって一直線に引き抜かれていた。鋭い金属音と共に、斧と大剣がぶつかり合う。重たい衝撃に後ろに飛んでから体勢を立て直そうとすれば、それを見抜いていたかのように男がアメリィに向かって突進をかました。まさかそんな攻撃をすると思っていなかったアメリィは、それをもろに体に受けて吹き飛ぶ。
「がは!!・・・あんた、なんて脳筋な・・・!」
「へへっ!お前さんは腕が立つって聞いてるんでね!」
「だからってこんな無茶なことする・・・・?」
呆れ顔で余裕のあるように見せるが、大きい男のタックルを受けて平気でいられるほど丈夫ではない。壁に叩きつけられた衝撃もあり痛みから立ち直れていないアメリィは、何とか時間稼ぎしようと唇を噛んだ。
「はぁ、分かった分かった。とりあえずアンタの用件は聞いてあげるから」
「おいおい。今更時間稼ぎの話なんて聞くと思ってんのか?」
「はー・・・・」
ただのバカではないらしい。ここのところそこまで実力のあるギルドの人間に合わなかったからか油断していた。ナメていた、といったほうが表現には合うだろうか。
ここでアメリィの心に浮かんでくるのは、更に増した苛立ちと怒り。
フレンがあんなことしなければ。あんな馬鹿なこと言わなければ。だいたい無自覚なのが更に質が悪い。そんな怒りが噛んだ唇から血を流す。
「じゃ、来てもらうぜ」
「っ・・・ぐ、触んな!!」
叩きつけられた体の痺れはまだ取れず。
右腕を掴まれて声を上げた瞬間、見ないでも分かるほど周りの空気が冷たくなるのを感じた。
「っ・・・?」
殺気、だろうか。確認する必要もなくその冷たさの正体は姿を現した。
「何をしている」
「!な、なんだ、騎士団様かよ・・・?」
「フ、フレン・・・」
朝日に輝く金色の髪。女性を虜にしたであろう暖かな瞳。
それは今、人を殺せるのではないかと言うほど冷たく研ぎ澄まされ、アメリィの目の前の男に殺気を注いでいる。
幼馴染の二人ならこのフレンがいかに怖いかを知っている。
真面目で、優しくて、甘いマスクからは想像もつかないほど、怒ると怖い彼の姿を。
フレンが声をかけても中々アメリィから手を離さない男に痺れを切らしたのか、苛立った様子でその男の手をひねり上げた。
「ぐあっ!?お、おい!?何しやがる!!」
「こんな裏路地に女性を追い詰めて、君こそ何をしているんだい?今引くなら未遂で済ませてやってもいいんだけどね。・・・ちょっと、急ぎの用事があるから」
「はぁ?何ナメたこといってんだ!!俺が騎士団の話を聞くわけ・・・がっ!?」
ならいい、と。冷たい声とその男のうめき声が重なった。
ぴくぴくと体を震わせ、男の体が勢いよく地面に沈む。
「話を聞く気がないのなら、容赦はしない」
それを攻撃する前に言ってあげてほしいと、あまりの容赦なさにアメリィは苦笑した。
沈んだ男はぴくりとも動かない。死んではいないようだが相当容赦なくやったようだ。
今の今まで怒っていた相手だが、助けてもらってお礼も言わないのはさすがに良くないとアメリィは立ち上がってフレンをまっすぐ見つめた。
ありがとうだけ言って逃げてしまおう。そんなことを思っていたのに、目の前に見えたフレンの表情があまりにも真剣で、心配していて―――――気づけば、動けなくなっていた。
「大丈夫かい?怪我は?」
「・・・・だ、大丈夫。ありがとう」
「そうか・・・良かった・・・・危ないから、ここを離れよう」
「う、うん」
差し出された手をとって、広場へと歩く。
フレンはその間、何も言わなかった。さっき私が言ってしまった大嫌いって言葉にも、危ない目にあっていたことに関しても何も。
だからこそ、無性に自分に腹がたった。
フレンのことだ。いい勉強になったというのは嘘の言葉じゃない。彼は彼なりに本当に女性のいるお店に“市民の声”を拾いにいったんだ。でも、それを許せる心が私にない。
余裕がないだけだ。彼の目の前に素敵な女性が現れたら、一瞬で奪われてしまうんじゃないかと。それは自分に魅力がないことによる、汚い嫉妬。抑えられない嫉妬。
「フレン、あの」
広場について、立ち止まったフレンに後ろから話しかける。
もちろんフレンは振り向こうとするが、恥ずかしくなってその顔を後ろから両手で挟んで止めた。
「ぶっ!?」
「あ、ご、ごめん。でも・・・ちょっと、このまま、聞いてほしくて」
「え?えっと・・・その前に」
「私が先!!!」
フレンのことだから、きっと謝るつもりだ。
だから強めにフレンの言葉を封じて、まずは。
「ごめんなさい、フレン」
「え・・・」
「私、あの、嫉妬してた。キレイな人がいっぱいいるところなんて、フレンがモテるのは当たり前だし、そんな人達に比べて私なんてその・・・しょぼいし・・・・」
身勝手な嫉妬だ。分かってる。女性と接するのをやめろなんて言えるはずがないんだ。
優しくするな、とも言えない。それはフレンには無理な相談だ。
全部全部自分のわがままだ。でも湧き出す感情は止められない。だから、このままで終わればいいのに言葉を紡いでしまう。
「だから、その・・・行かないでとは言わないから、あんまり、あんまり・・・・」
「すまない。やっぱり振り返ってもいいかい?」
「だめ・・・・」
「そう言われると振り返りたくなるな」
「あ!」
強い力で両手を外され、フレンがこちらを振り向く。
きっと今の私は真っ赤だ。朝日で誤魔化せるレベルじゃないぐらいに。
「アメリィ。まずは僕も謝るよ、本当にごめん。ユーリにもし逆の立場だったらって話を聞かされて、僕がいかに酷いことをしたか気づいたんだ」
フレンの手が、俯いて隠そうとする私の頬を撫でる。
「僕も耐えられない。君に他の男の視線が向くのが。だからもうあんなことはしない・・・・許してほしい」
許すも何も、自分の醜さを披露しただけだ。
ただただ申し訳なくなっていって、アメリィは頬に添えられているフレンの手を掴んだ。
「私が、悪い。だから・・・」
「いいや、僕が悪い」
「勝手に嫉妬したの!だから私が悪い!」
「嫉妬させた僕が、元はといえば悪いだろう?怒らせたから、あんな危険な目にも合わせて・・・」
「だからそれはっ・・・!」
ダメだ、フレンは真面目だから一度言ってしまったらこうなってしまう。
まるで言うことを聞かせているみたいで後味が悪い。もちろんそういう店に行かないと言ってくれるのは嬉しいことなのだが。いや、もしかするとこれも、罪悪感から逃れたいだけの私のわがままなのかもしれない。
分からなくなってうーんと唸れば、掴んでいた手が上に持ち上がる。
そして優しくぽんぽんと、私の頭を撫でた。
「君は、優しいな」
「・・・・どこが」
「僕のためにそんなに悩んでくれるなんて。・・・・ただ嫉妬しただけなら、僕に謝らせるだけで十分だというのに、君は悩んでくれている」
「当たり前でしょ。私の感情を一方的に押し付けるなんて、その・・・こ、恋人なんだから、あんまり・・・したくない。二人が自然体でいられるのが、一番だもん」
言っていて恥ずかしくなる。正直な気持ちを告げるというのはこんなに恥ずかしいものなのか。
顔が熱くなるのを感じて背を向けようとしたけど、もちろんフレンに許されず。
「ダメ」
「っ・・・」
優しい笑顔で、声で。
そんなことを言われたら逃げられない。
フレンの優しい目に取り憑かれて、目が離せなくなる。
恥ずかしいのに、逸らせない。まるで一種の魔術だ。
頭がぼーっとしてくる。
「ありがとう、アメリィ。また僕がなにかしたら教えてくれ」
「フレンこそ、私に言うことはちゃんと全部言ってね」
「もちろん」
「・・・ありがと」
また、頭を撫でられた。
照れくささと恥ずかしさで掴んでいたその手を強く引っ張り、自分側に引き寄せる。
「アメリィ、あ、あぶな・・・!」
体勢を崩せば顔が近づく。
身長差で届かないフレンの顔がすぐ近くに。もちろん、引っ張ったのはこのため。
すぐに体勢を立て直そうとする彼の首元を掴み、更に強く自分側へ引き寄せる。そして。
「っ・・・・!」
触れるだけじゃない、キスをした。
いつもの優しいキスじゃない。
どこか付き合ってからも遠慮がちなフレンへ、今日のお詫びを込めて。精一杯の積極的なキス。口づけて、少し甘噛みして、お互いの距離を縮めて。
朝方で良かった、と思う。
まだ人の気配はほとんどしない。だからこそ、朝日に照らされながら出来た。
反応が知りたくて少し薄めを開ければ、青のきれいな瞳が私を見つめている。
「ん・・・・」
恥ずかしいけど、もう少し味わってから唇を離す。
何か言われる前に何か言ってしまおうと言葉を探して、一気に息を吸い込んだ。
「ま、まぁ、フレンのしたいことは、全部私にすればいいんだよ。遠慮しないでさ、フレンも男なんでしょ?恥ずかしいけど、フレンからされることは全部大歓迎だよ」
恋人になってから、恥ずかしいといえばフレンは手を止めて、優しくしてくれた。進展したことは手をつなぐことと寝る前のキス。もちろんそれ以上は恥ずかしい。けれどしたくないわけじゃない、むしろしたいとすら思う。でもそれを言う勇気がない私は挑発に変えて告げるのが精一杯だった。
「・・・・ねぇ、アメリィ」
「ん?」
「それ、結構な挑発だと思うんだけど・・・のっていいのかな」
「も、もちろん」
「それじゃあ、遠慮なく」
「え」
離れようとした私の体が力強く引き戻される。
逃げることを許さないとばかりに後頭部に手を回され、口付けられる。
私がしたのとは、比にならないほど、深く、深く。
死んでしまう!と抗議しても、呼吸のための休憩だけが行われて、またすぐ絡め取られる。
確かに我慢しないでと挑発したけど。我慢していると思ったから、したけれど。
ここまでなんて誰も想像していない。
本当に死んでしまうのではと思いつつも、段々と痺れてくる感覚に力が抜ける。
とろんとした感覚でフレンを見つめれば、いつも以上に険しい顔をしたフレンが私から手を離した。
「・・・・まずい、な」
「ど、どしたの?」
「いや・・・続きは、また今度にしようか。ちょっと止められそうになくて」
「・・・・・・・う、うん、うん・・・」
「さ、じゃあ、戻ろうか」
「うん・・・・・・」
真っ赤な顔は、思った以上におさまりそうになかった。
お楽しみだったようですね。
(何がだよユーリ!!余計なこと言うな!!!)
(んな分かりやすい真っ赤な顔でごまかせるかよ)
(うるさーーい!!!!)
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