いらっしゃいませ!
名前変更所
雨の音が聞こえる。
皆が憂鬱に感じるであろうこの雨も、私にとっては幸せの音色。
授業中の静かな廊下を駆け抜けて。
私は静かに階段を上る。
「やっぱり誰もいないな」
上った先にあった扉を開ければ、雨の音が大きくなった。
冷たいコンクリートに打ち付ける雨。
空を見上げれば淀んだ空が目に入る。
ちょっとでも手を伸ばすと、降り注ぐ雨に手が濡らされた。
「ふふーん・・・」
そのまま、濡れることを気にせず外に出る。
誰もいない雨の日の屋上。
雨に濡れるのなんて関係ない。
そんなことよりも重要なのは、誰もこないってところ。
雨の日にこんな所に人がいるなんて誰も思わないから、静かな私専用の空間になる。
「これで、準備完了っと・・・」
もちろん、濡れたままでいるなんて馬鹿なことはしない。
私は服に忍ばせていた折り畳み傘を取り出し、それを広げた。
もうこれで完全に私だけの空間。
雨が地面に落ちる音すら、心地良い音に聞こえる。
目を閉じれば、眠ってしまいそうなほど。
「涼しいし、寝ちゃおっかな」
傘を器用に壁に立てかけて。
そのまま傘の下に寝転がった。
服が少し濡れるけど、別にそんなのは構わない。
つまんない授業を受けてぼーっとしとくより、マシ。
「ふぁう・・・・」
あくびを、一つ。
それからゆっくり目を閉じる。
昼ごはん食べたばっかりだし、すぐ寝ちゃいそう。
段々、意識が・・・。
「おい」
「・・・・・」
「・・・チッ」
「ぶわっ!?つめたっ!!」
顔面に降り注いできた冷たい雨。
慌てて起き上がった私の目の前に映る、不機嫌な男の顔。
その男の顔を知っていた私は、濡れた顔を拭きながら睨みつけた。
「いきなり何するんだ!」
「貴様がマヌケに寝てやがるからだろう」
「それとこれとは別でしょ!?傘返せ!」
「ハッ・・・断る」
「こ、断るじゃないってば!それ私の!!」
「知った事か」
なんだこの横暴な奴は。
ま、知ってるよ。
ベジータ様ね、ベジータ様。
私のクラスで一番横暴な男。
それと同時に誰よりも強くて、誰よりも頭の良い男でもある。
「あー。クラスで一番優秀さんがこんな時間になにしてるんですかねー?」
人の傘を奪い取って屋上の隅に座り込んだベジータは、私の言葉を鼻で笑った。
「優秀だからこうしてるんだろ?」
あぁ、なんだそれは。
皮肉か?一番ビリに近い私がここにいるってことに対する皮肉か?
イラついて傘を取り上げようとするけど、ベジータは容赦なくそれを避けた。
「よけんな!ってか、それもともと私の!」
「知るか」
「っのやろ・・・・」
こうしてる間にも、私の身体は濡れていく。
取り上げることが不可能だと知った私は、そのまま傘の下に潜り込んだ。
ベジータが驚きの声を上げて私を押し返そうとするが、腕にしがみついて阻止してやる。
「っこら!!離しやがれ!!」
「えー?なんでー?相合傘したいからしたんでしょー?」
「チッ・・・この下品な女が・・・ッ!!」
「おっと」
調子に乗ってたらベジータから拳が飛んできた。
ぴったりくっついていても、その攻撃に反応して拳を受け止める。
「チッ・・・・」
再び、舌打ち。
ベジータは強くて頭も良い。
でも私だって負けちゃいない。
頭は良くないけど、ベジータと同じぐらい強い。
空手部の部長と副部長――――トップワンツーの関係の私達。
「まーた空手部怒られちゃいますよ、部長」
「知った事か」
そしてサボり魔の常習犯の私達。
「ったく、なんでそんなサボってて頭いいんだか」
「お前とは作りが違う」
「ひっどいな!?」
「貴様は脳筋なんだろ」
「アンタにだけは言われたくないよそれ!」
いっつもトレーニングばっかり言ってるくせに。
むかついた私は、そのままベジータにひっついてポケットに忍ばせていたゲームを取り出した。
「・・・・おい」
「ん?」
「貴様何持ってきてやがる」
「え、ゲーム」
ばしっ。
答えた瞬間に鋭い拳が腹部にめり込んだ。
えぐっ!と女とは思えない声が出て、思わずゲームを落としそうになる。
「っけほ・・・!何すんだ!」
「馬鹿が。そんなもの見つかったらどうなるか分かってんだろうな?」
「見つかった事ないから出場してるんですよ、大会に」
「クズ野郎だな」
「さぼり仲間な時点で言われたくないよ」
睨みつけてからもう一度ゲームに意識を戻した。
隣に座り続けるベジータは、ただ一点を見つめてぼーっとしている。
気になってちらりと視線を移すと、何故かばっちり目が合った。
え?もしかして私見てる?
・・・んなわけないか。
「(自意識過剰って怒られちゃうわ)」
心の中でそう笑って。
ベジータに話しかけようとベジータの方を向いた瞬間、ものすごい至近距離のベジータと目が合った。
ヘタすると唇が触れてしまいそうな位置。
思わず何も言えなくなった私は、少しずつ距離を離そうとした。
―――――が。
「ちょっ・・・・」
何故か、逃げたらもっと近づかれた。
こんなに接近されたら誰だって真っ赤になる。
よく見たら、凄く綺麗な顔してるし。
「逃げるな」
「いっ・・・いや、いやいや、逃げるでしょ。近いんだよ!」
「貴様がそんなことで意識するとは思えねぇがな」
「え、なにそれ。馬鹿にしてる?馬鹿にしてるよね?」
ゲームをポケットにしまって勢い良く拳を叩きつけるが、もちろんベジータには通用しない。
逆にその手を取られ、掴まれてしまう。
「っ・・・何なのさ!?い、一応私だって女だぞ!!」
「あぁ、知ってる」
「なら・・・・動揺するのぐらい当たり前でしょ。さっさと離せ馬鹿ベジータ」
「相当動揺してるみてぇだな?お前みたいなのは、こんなふうにされても動揺しないと思ってたぜ」
「どういう意味だそれはッ」
「男女だろ」
「っぶっとば・・・・!」
す。
「っ・・・・!!??」
広がった熱。
目の前に見える、ぼやけたベジータの目。
声を出そうとしても出ない。
当たり前だ。
だって塞がれているんだから。
「~~~~!!!」
叫ぶ代わりに殴ろうとしても、元々掴まれていた手のせいで上手く動けない。
結局私はベジータにされるがまま。
まるで自分のモノかのように翻弄する口づけを受け続けた。
「っは・・・ぁ・・・!」
しばらくして唇が離れる。
殴る力すら出なかった私は、離れようとしたベジータの手を逆に掴んでやった。
「っ・・・何すんだこの変態!!!」
「相変わらず口の悪い女だ」
「アンタのせいだアンタの!飢えてるからって私に手出す!?もっと可愛い子ちゃんにしときなよ」
唇をがしがし袖で拭う。
ったく、どうなってんのよこの部長は。
他の女みたいにめんどくさいことにならなさそうだから私に手を出したんだろうけど。
私だって一応女だ。
そんな風にされたら傷つくものはある。
「あー、次の試合、負けたらベジータのせいにしとこ」
「・・・貴様、今のでまだ俺が何を考えてるのか分からないのか?」
「んあ?欲求不満?はいはい」
「俺は他の女に興味などない」
「はいは・・・・・はい?」
聞き流そうとして。
真剣なベジータの瞳と視線が合う。
「俺のモノになれ、ゆえ」
「ちょ、ちょっとたんま。待って?な、なんで私?」
「そんなことは知らん」
「自分で選んどいて知らん!って何さ!?」
「貴様を見ているとイライラするからだ。そろそろ限界だったんでな」
「イライラするから!?」
「あぁ・・・貴様がそういう表情を誰にでもしてやがるのが気に食わない」
――――え?
「誰にでも懐きやがって」
その発言、色々と誤解を生むような。
いやだってまるで。
私に、惚れてるみたいな言い方。
「い、いや、まっさかそんな」
「鈍いお前でも少しはわかったか?」
「やだなー部長!そういうのはもっとカワイコちゃんに言えばキュンと来たり・・・っ!?」
言葉は途中で切れた。
目の前のベジータが、人を殺すような目で私を見ていたから。
「え、な、なにその顔」
「聞いてなかったのか?・・・俺は、他の女には興味などない」
「じゃあ私にはあるんですかね!?」
「そういうことだ」
「は!?」
「やっと分かったな?」
沸騰する頭とは真逆に。
傘から飛び出した私に降り注ぐ雨が、私を冷やす。
今日は雨だった。
雨の屋上で、私は一体何をしてるんだろう。
っていうかこの目の前の人は、一体何を言ってるんだろう。
「えーっと?」
「濡れるぞ」
「あ、うん、ありがとう?」
混乱している私を入れるようにして、ベジータが傘を持ち直す。
元々私の傘なんだけど?なんて言葉はもう出てこない。
ただひたすらに混乱した頭を整理することだけを考えた。
そして。
「え、それって、告白ですか」
今更ながらのことを口にすれば、ベジータが馬鹿にしたように鼻で笑った。
「告白?いや、違う。命令だ」
「そういうの”きゃー素敵~!!"ってなると思ってんの?」
「お前がなんと言おうと関係ない」
「無茶苦茶だな!?」
「もう黙れ」
雨の音が聞こえなくなるぐらい。
鼓動が、うるさい。
そういうの、きゃーすてきってなると思ってんの?
・・・って言った自分が、かなりやばいことを知った。
「っ・・・・」
「どうした?・・・今みたいなのじゃなんとも思わねぇんだろ?」
「お、思わないですよ」
「ならなんだ?その顔は」
ベジータが指差す水たまりに映る私の顔は、言い訳できないほど真っ赤に染まっていた。
い、いや、これは何かの間違いで。
そう言いたかったけど、それよりも先にベジータがまた私の唇を塞いだ。
傘が、落ちる。
落ちても私達は濡れなかった。
あ、いつの間にか止んでたんだ。
晴れ始めた空の下、ゆっくりと離れた唇に私は呟いた。
「・・・・参りました」
「良い返事だ。雨もやんだ・・・俺と来い」
「あいあい」
「もっと女らしい返事は出来ねぇのか?」
「そんなもん求めてたら私に告白しないでしょ」
「・・・・よく分かってるな」
「むかつくな」
これからも雨の屋上は、きっと私達だけの特等席になるだろう。
そんなことを思いながら私はベジータの手を取った。
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