いらっしゃいませ!
名前変更所
青い薔薇が、美しく揺れる。
怒りに染まったその瞳を見たゾロは、初めて見るその瞳の色にごくりと唾を飲んだ。
どんな戦闘の時も楽しそうに笑う彼女が、まるで悪魔のように牙を剥く姿は、この長い旅の一つの思い出に刻まれることになるだろう。
「私のゾロを、返してくれる?
――――このクズ野郎」
お触りは私専用です
立ち寄った島のログが貯まるまで、資材補給や情報収集を行うのは基本中の基本。
いつも通りテキパキとしたナミに役割分担された麦わらの一味は、それぞれ自分の役割を果たすために町中を歩いていた。
サンジとルフィは、ナミの監視下の元食料の買い出しに。
くろねことロビンは日用品の買い出しに。
ゾロとチョッパーとウソップはゾロの方向音痴をどうにかしつつ、次の航海に必要な薬品や機材の調達。フランキーは船の整備をしつつ船番という役割分担になっていた。
今回立ち寄った島はとても小さい。
変な海賊の噂もなく、工芸品が盛んな平和な町。
さすがにこんな島で騒ぎが起きることはないだろう。
――――とナミが呟いていたのを思い出しながらくろねこは走っていた。その隣には、ゾロと一緒に町に出ていたはずのウソップとチョッパーがぼろぼろの姿でその走りについてきている。
「ったく、なんであのクソマリモは騒ぎに巻き込まれんの?」
「すまねぇ、俺たちがいながら・・・・!」
平和に町を歩く人達を押しのけつつ走っているのには理由があった。
それは、この二人がボロボロな理由にも紐づく。
ゾロ達はナミの役割分担通り、必要な買い物をしながら町を歩いていた。特に問題もなく買い物を進めていたのだが、その途中で酒の試飲会に立ち寄ったらしい。町の人たちも溢れる普通の試飲会だったため特に警戒もせず、そこで酒を飲んだゾロが一瞬で眠ってしまい、それを起こそうとしたウソップとチョッパーが隠れていた海賊たちに襲われて逃げてきた。――――というのがここまでの流れ。
逃げた先でくろねことロビンと合流した二人は、ゾロが酔って倒れたという場所まですぐに戻ってきていた。周りの様子を伺っていたロビンが冷静にその場を分析し始める。
「・・・・なるほど、町の人達がほとんどのようだけど・・・武装している人間も多いわね。海賊はほとんど見かけないと言われていたのに・・・・」
ロビンの言う通り、海賊かは分からないが、腰に剣を携えた男たちがやたら多く周りを徘徊しているようだった。建物の影からこっそりと会場に近づいていくが、特徴的な緑頭はどこにも見えない。
「ゾロは・・・いないみたいだぞ?」
「貴方達はお酒を飲まなかったの?」
「あぁ、おれ達は遠慮したんだ」
「ゾロが酔うわけないし、なにか薬でも仕込まれてたんだろうね。町の人達も試飲してるところを見ると、目的の人だけに何かを飲ませてどこかに連れてってる・・・って感じ?」
くろねこは首を傾げてうーんと唸ると、何かを思いついたように自分のパーカーの胸元をガバッと開いた。ナミを彷彿とさせる豊満な胸元が晒され、くろねこの特徴ともいえる青薔薇の入れ墨が露になる。突然何するんだ!とチョッパーが目を押さえながら叫ぶが、ロビンは冷静にくろねこの顔を覗き込んだ。
「双剣さん、貴方・・・捕まりにいくつもりね?」
「だってそのほうが早いじゃん!ウソップとチョッパーは逃げ出してきたから疑われるだろうし、ロビンだと能力を封じられたら危険だから、私が飛び込むのが一番だと思う!」
ルフィのようにニカッと笑うくろねこに、ロビンは引きつった笑みを浮かべた。
くろねこの目が、笑っていない。
おそらくゾロが連れて行かれたということで頭に血が登っているのだろう。
その瞳にいつもの優しさはなく、冷たい牙を剥く化け物の殺意が宿っていた。
それに気づいたロビンは危険だと反対しようとするウソップの口を塞ぎながら頷く。
「もごー!?」
「良い作戦ね。妖刀は預かっておいたほうが良いかしら?」
「あ、そうだね。変な手を使われたら厄介だし、声が聞こえる場所に置いていこうかな」
くろねこが持つ妖刀はくろねこの声を聞き、自由自在にその姿を変えて持ち主のところにたどり着く、“呪い“とも言われる刀だ。しかし、その性質を知るものがいれば、妖刀ごと封じられてしまう可能性も考えられる。
念のためとウソップに刀を預けたくろねこは、楽しそうにゾロが連れ去られたのと同じ会場に走っていった。その後姿を見ていたウソップがロビンをジト目で睨みつける。
「おいおい良いのか~?くろねこ一人なんてよぉ・・・」
「あら、あの子の強さはよくご存知でしょう?」
「そうだぞウソップ!くろねこはゾロと同じぐらい強いんだぞ!」
「だけど捕まりにいくんだろ?ゾロだって強いってのに騒ぎの一つも起こってねぇし・・・」
ウソップの言うことも一理ある。だが今心配すべきは、きっとくろねこの方じゃないとロビンの本能が告げていた。
「心配すべきは、どちらかというと敵さんの方だと思うわ」
「へ・・・?」
「分からなくても大丈夫よ。さ、買い物に行きましょう」
「えぇ!?くろねこはいいのか!?」
「彼女なら大丈夫よ」
彼女が血だらけで出てくる可能性を考えて、この鈍感な二人を遠ざけるほうが良いと判断したロビンは、二人を連れて広場から離れた。
◆◆◆
痛む頭を押さえながらふらつく視界に舌打ちをする。
酒の試飲会に騙され、見事に捕まっていたゾロは目が回りそうな視界の中でどうにか手枷を外そうと暴れていた。しかし、この工芸が盛んな町――――どうやら厄介なものを作っている奴らもいるらしく、ゾロの力でも破れないその手枷は確実にゾロの体力だけを蝕んでいた。
「そろそろ諦めて俺たちの仲間にならねぇか?海賊狩りのゾロさんよ」
「・・・・やなこった」
「強情だなァ。もう既に味わってると思うが、その手枷は特殊でな。お前さんでもそう簡単には逃げ出せないと思うぜ?」
うるせぇと呟いたゾロが暴れるのを止めて男の方を睨みつける。
ゾロを捕らえた男は大柄な海賊だった。ランタンしかない洞窟にゾロを繋いで仲間にならないか?と問い続ける男は、拷問するわけでもなくただゾロを眺めていた。
人員を欲しがる海賊の奪い合いなんて日常茶飯事だ。
とはいえ、まさかこんなあっさりと自分が捉えられると思っていなかったゾロは、腰に下がっている刀が無い状況に苛立ちを覚えていた。その視線に気づいた男が笑いながら投げ捨てられた刀を指差す。
「仲間になるってんなら・・・そうだな、お前の働き次第では返してやってもいいぜ」
「へぇ・・・それじゃあ、仲間になるって言えばこれも解いてもらえんのか?」
「がはは!!んな簡単にはいそうですかってやるわけないだろ兄ちゃん!」
「チッ・・・・」
どうやら馬鹿ではないらしい。
これ以上の解決策が浮かばなかったゾロは、そのまま目を閉じた。ウソップとチョッパーがいないところを見ると、助けがくるのも時間の問題だろう。仲間を信頼しているからこそ、無駄なことはしない。目を閉じて睡眠モードに入りながらも周りの様子を耳で伺っていたゾロは、空気の震える音が聞こえたような気がして片目を開けた。
「あ?どうした?眠ったふりして隙を伺おうってか?」
「いや・・・・」
音としてではなく、空気としての違和感。
ここがどんな場所でどんなに深い構造なのかは知らないが、感覚が鋭いゾロにだけ聞こえるものがあった。その音を集中して捉えるために再度目を閉じる。
「おいおい、こんなところで寝てくれるなよ?」
「うるせェ、黙ってろ。聞こえねーだろうが」
「・・・・?はぁ?お前、何言って・・・・」
男はゾロの反応に「ついに頭がおかしくなったか?」と表情を引くつかせた。それすらも無視してゾロは目を閉じ続ける。
また、聞こえた。
空気が震える音。
微かに響く、これは――――悲鳴?
違和感に再度目を開けると、さすがに気づいたらしい男も洞窟をきょろきょろと見渡していた。空気だけでなく、洞窟自身が揺れているらしく、馬鹿でも気づくほどには砂が落ちたりしはじめていた。
「・・・?なんだ?」
男が警戒しながらゾロの刀を掴みながら立ち上がる。
どうやらゾロの方を警戒しているらしい。だが、この状況でゾロが出来ることは何もない。
「・・・・ロ」
音ではなく、声が聞こえる。
「・・・こー?」
この空間と空気に似合わない、どこか可愛らしい声が。
「・・・・ゾロー!どこー!?迎えに来たんだけどー!?ジメジメしてるし虫いるし置いて帰るよー!!?」
無茶苦茶な爆発音と共に急に声が近づいた。
おそらく壊して入ってきたのだろう。爆発同様に無茶苦茶なやつだと思いながらもゾロはその声の主を呼んだ。
「くろねこ!ここだ!!」
「おー?そっちー?」
この状況に似合わない脳天気な声。
激しい爆発音と、男たちの悲鳴。
いち早く危険を察知したらしい男はゾロの方へ近づくと、刀を抜いてゾロの首元に突きつけた。コツコツと近づいてくる足音は急いでいるでもなく、更にそれが恐怖を掻き立てる。ゆっくりゆっくり、着実に、全ての部屋を潰しながら歩いてくる可愛らしい声の主が顔を出したのは、それから十分も経たない内の出来事だった。
「あ、いたいたゾロ」
「おう」
「いやー、だっさいねぇ。将来の大剣豪がこんなところで捕まってるなんて」
「うるせェ、さっさと助けろ」
「助けてもらうやつの態度じゃないんだけどぉ・・・・」
呆れながらくろねこがゾロに近づこうとすると、存在を無視されていた男が音を立てて刀を握りしめた。ゾロの首筋に突きつけられていた刀がそれによって揺れ、ゾロの首元を傷つける。
――――その瞬間、ゾロはくろねこの表情に違和感を覚えた。
いつもと変わらない脳天気な表情。
その裏に隠された殺気に、同じ剣士として気づかないわけがない。
人懐っこく輝く可愛らしい瞳の裏に隠れた獣が、牙を剥く。見たことのないくろねこの姿にゾロはごくりと唾を飲んだ。あんな顔も出来るのか、なんて呑気なことを考えている間にくろねこが口を開く。
「アンタがゾロ攫った奴らの親玉?」
「いかにも!!この俺様が孔雀海賊団の船長、アロウリアだ」
「そかそか!じゃあ、ゾロ返してくれない?」
「おい聞いてたかお嬢ちゃん。俺は海賊だ、そう簡単にはいそうですかって返すわけねーだろが!!」
怒りに声を震わせる海賊の男――――アロウリアは再度ゾロの首筋を軽く傷つけた。血が流れ始めるのを眺めていたくろねこは手に持っていた刀を落とすと、両手を上げて笑う。
「ちょっとちょっと、大切な仲間に傷つけないでくれる?」
「悪いねぇ、アンタが俺のこと馬鹿してるように見えたもんでよぉ」
普段くろねこと一緒にいる人間なら気づいたはずだ。
もしくはきちんとした実力者なら気づいていただろう。
今の彼女を、煽るようなマネをしてはいけないと。
ゾロはかける言葉も失ってただくろねこを見ていた。
両手を上げたまま一歩踏み出したくろねこから吐き出される殺気は、呼吸すら止めかけるほどにヒリついたものだった。
気づいていないのはアロウリアという馬鹿な男だけ。男は武器を手放したくろねこを見てゲラゲラと笑うと、刀を少しだけ下げてゾロについた傷口をなぞった。
「ッ・・・・」
「ひひっ、お前さんもこうなりたくなきゃ、大人しくこの手枷を・・・・」
「ねぇ、お兄さん」
「あ?」
いつの間にか目の前にまで近づいていたくろねこがアロウリアの腕を掴んだ。だが、くろねこが手放した刀は地面に刺さったままだ。それを確認したアロウリアは、くろねこが“女“であることを理由に余裕の笑みを浮かべ始めた。
「ひひひっ!武器もなしにこの俺に勝つつもりか?」
「勝つ?そもそも勝負するつもりなんてないよ?」
「ア?」
「私のゾロに汚い手で触るから」
―――――パキン。
「お仕置きしようと思って」
何かが、割れる音。
数秒の時間が長く感じられるその瞬間。
「・・・・あ・・・あぁあぁあ!?」
ゾロに触れていた方の手を押さえながら、アロウリアがのたうち回り始めた。女だからと彼女の接近を許したのが彼の敗因だろう。
くろねこはゆっくり微笑むと、アロウリアが触れていたゾロの傷に触れ直した。本来なら痛いと文句も言いたくなるものだが、ゾロはあえて何も言わなかった。彼女の纏う殺気が、それを言わせなかったからだ。
「ゾロ、後ろ向いてー」
「あ?あぁ」
「よいっしょー!」
いつもと変わらないトーンで地面に落としていた妖刀を呼び寄せ、それをゾロの手枷に振り下ろす。まるで玩具ように砕け散った手枷を確認したゾロは、急いで地面に落ちた刀を拾い上げた。ついでにお宝でも貰ってくか?と冗談を言おうとしたゾロの視界には、まだあの冷たい瞳がある。
こんな雑魚、いつもなら相手にもしないはずだ。
手を砕いただけでも相当な罰になったはずだ。それでもくろねこは刀を下げない。妖刀を握り直したくろねこは、倒れ込むアロウリアに小さく息を吐きながら尋ねた。
「なんでゾロを狙ったのか、教えてくれる?」
「・・・・ッ、剣士が、欲しかったんだ」
「そっかー。ちなみにこの傷以外、ゾロに何もしてないよね?」
「し、してない・・・・!」
「正直者は好きだよ、ありがとねお兄さん!
・・・・だからといって、許すわけじゃないけどね?」
振り下ろされる妖刀を見送ったゾロは、それが“命を取るものではない“ということを知っていた。だからこそ、止めなかった。
「ま、待ってくれッ!頼む、命だけはッ・・・・!」
「命だけは助けるから、大丈夫」
桜色の妖刀が怪しい光を放ち、男の体を斬りつける。男の体をするりと通り過ぎていった刃は、何一つ男の体を傷つけてはいなかった。だが、男はまるで斬られたようにのたうち回ると、苦しみながら涙を流して気絶する。
死ぬよりも恐ろしい。
痛みと、幻覚の攻撃。
男が気絶したのを確かめると、くろねこは容赦なくその男の体を洞窟の壁に蹴り飛ばし叩きつけた。声をかけるタイミングを失っていたゾロは静かにそれを見届ける。
「さてと・・・!」
ケラケラと笑いながら妖刀を鞘に収めたくろねこは、ゾロの方を向き直ってぺろっと舌を出した。
「ちょっとやりすぎちゃったかなー?」
「あざとく言ったってやってること鬼だぞ鬼」
「失礼な。だいたい捕まるのが悪いんだぞ!」
「・・・・今回ばかりは敵に同情するぜ、捕まって悪かったな敵さんよ」
聞こえてすらいないであろう男に、気持ちゼロの謝罪を投げつけたゾロは、普段通りの気配に戻ったくろねこの後を追う。
「・・・・悪かったな、心配かけて」
「え?別に心配はしてないよ、ゾロが死ぬわけないし」
「あァ?んのわりには・・・・」
「“本気“に見えた?」
くろねこは恥ずかしそうに頬をかくと、ゾロの手を掴んだ。
「ちょっとムカついちゃった。ゾロに変な傷つけるし、仲間でもないのにベタベタしちゃって」
「・・・・くろねこ」
「んー?」
「顔、赤ぇぞ」
ゾロを見上げたくろねこが、その言葉に手を振り払おうとする。しかし純粋な力はゾロの方が上だ。振り払うどころか指を絡められたくろねこは、隠すことの出来ない顔をそっぽに向けた。それでも、ゾロから見える耳は真っ赤で誤魔化しきれていない。
「・・・・うっさい」
「ありがとな」
「うるさい」
「にしても・・・・マジで派手にやったなお前・・・・」
帰り道、あの男の部下であろう男たちは誰も意識が無かった。道だったであろう痕跡すらも潰れており、ぐちゃぐちゃというのが一番合う表現だろう。それだけ彼女の怒りは大きかったのだ。その怒りの大きさが思われている大きさだと分かっているゾロは、からかいたくてウズウズしていたが、真っ赤になった彼女を眺めることで満足することにした。
「帰り、なんか買って帰るか?」
「ゾロのおごり?」
「あぁ、礼だ」
「・・・・じゃあ、欲しい物あるんだけど」
「あ?」
お触りは私専用です
(帰る前に、ちょっとだけ、その・・・いちゃつきたい、かも)
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★海賊 ハート泥棒
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