いらっしゃいませ!
名前変更所
美しい刀。
常に彼女の傍にいる刀。
きっと、誰よりも彼女を知っている。
そんな刀のことを知りたくなるのは、彼女に近づきたいからだろうか。
それとも、嫉妬しているからだろうか。
ミホークと修行するようになってからその感情が目立つようになってきたことに気づいていたゾロは、厄介な感情に大きなため息を吐いた。
心頭滅却出来ません
くろねこは、昔から妖刀と共に生きていた。
気づいた頃には常にその刀といるところしか見ていない。おそらく、ゾロよりも誰よりも長くくろねこの傍にいる存在だ。
その刀が机の上に置き去りにされているのを見たゾロは、無意識にその刀を手に取っていた。
綺麗な桜色の刀。
名前の白桜に負けない、不思議な色合いの柄と刃。
思った以上に重く、鞘から抜いても反抗する様子はない。
「妖刀ってわりには素直だな」
刀には色んな性格がある。
エモノによっては持ち主の力を必要以上に引き出し、食い殺すような刀もあると聞く。
ゾロが持っている名刀にもそれぞれの性格があり、能力を引き出すには慣れが必要だった。妖刀というぐらいなのだから白桜にもそういった癖があるのだろうと思っていたゾロは、思った以上に手に馴染む感覚に驚きつつも刀を構えた。
「・・・綺麗だ」
くろねこを守り続けた刀。
その刀に近づけば、更にくろねこのことが知れるような気がして――――構えを解いたゾロは大きな窓を開き、城の屋上の方へと飛んだ。
大きく息を吸い、一刀の構えを取る。
くろねこと違い妖刀の声は聞こえない。だが、妖刀が嫌っている様子もない。
精神を集中させると何も言わずに妖刀が力を貸してくれる気配がした。
「一刀流――――三十六煩悩鳳ッ!!!」
刃が大きく煌めき、斬撃が空に撃ち出される。
飛び出した斬撃は予想の数倍以上の威力を持っており、空間を切り裂く衝撃音が周りに響いた。鳥たちが慌てて羽ばたいていくのを見ながらゾロは震える手で刀を握り直す。
「(な、なんだこの刀・・・!?)」
一瞬、ほんの一瞬だったが、ゾロの撃ち出す技に合わせて、その威力を高める形状に変化した気がした。だが、手元にある刀は先程と同じ美しい刀のままだ。気の所為だったのか?と首を傾げるゾロの後ろから、ワイングラスを持ったミホークが歩み寄る。
「妖刀、白桜。・・・・世界中のどの書物にも記録されていない、伝説の“呪いの剣“」
「・・・・・知ってんのか?」
「・・・・」
ミホークは無言でゾロから刀を奪い取ると、軽く空中に向かって剣を振るった。
その瞬間、空間が歪むような斬撃が空中に打ち上げられる。
同時に先程の違和感が確信に変わった。ほんの一瞬だが、刀の形状が確かに変わっていたのだ。
「この刀は使い手の精神や考えに合わせて力や刀身を変化させることが出来る刀。お前が感じ取った違和感は間違いなく本物だ」
「詳しいんだな」
「・・・・この刀は、そこらの海賊でも狙うのを止める曰く付きの刀だったからな。ある程度の情報は知っている」
知りたいか?と続けた言葉に対して返答を待たずミホークは話し始めた。
答えを聞かずとも、ゾロが頷くことは分かっていたのだろう。
妖刀、白桜。
ワノ国で作られた「呪いの剣」とも呼ばれる最悪の剣。
使い手の精神が弱い場合、その妖刀に取り憑かれて人を殺してしまうという。
封印しようとしたが、その剣は寂しがり屋で誰かの傍にいないと駄目らしく、何度封印しても必ず誰かの傍らに寄り添い呪いを振りまいた。そんな剣の行く末は言わずもがな。その剣を慰めるための生贄の家系が作られ、剣を守るための人間は妖刀に取り憑かれて死ぬか妖刀を狙われる者によって殺される。
“まさに、呪い“
「・・・・じゃあ、くろねこはその家系の一人なのか?」
「そこまでは知るところではない。・・・だが、おそらくそうだろうな。両親もいないと聞いている」
「・・・・・・」
「・・・・そんな顔をしなくとも、あの娘がこいつに食い殺されることはない」
そこまで聞けば誰だって考えるだろう。
その持ち主であるくろねこは、大丈夫なのか?と。
「何故そう言い切れる?」
「この妖刀にとって、あの娘は“友達“だからだ」
「あァ?友達・・・?」
「あの娘はこの妖刀を“友達“として扱った。本当に奇妙な娘だ。・・・・まぁ、そうするしか出来ない孤独な状況だった可能性も考えられるがな。それでも、妖刀はそのおかげであの娘を本当の主として認め、誰かを呪うこともなくなった」
普段くろねこに感じている誰からも愛される空気を、刀にまで発揮したってことか。
人間タラシだとは思っていたが、まさかここまでとは。
―――――何故か、気に食わない。
ミホークの手元で綺麗な桜色に輝いている妖刀と、それを当たり前のように撫でているミホークがゾロの神経を逆なでする。
この妖刀は俺の知らないくろねこを知っている。抱えている可能性がある闇も、くろねこの悲しい過去も。くろねこは自分の苦しみを決して外に出さない。小さい頃のことは知っていても、彼女がどうして妖刀と共にあるのか、どうして両親がいないのか、どのように修行してきたのかはこの妖刀と、修行をつけたミホークしか知らない。
「何を苛ついている」
ゾロの苛立ちを感じ取ったミホークが独特な瞳をゾロに向ける。
「・・・・別に苛ついてねェよ」
苦しい嘘を吐けば、ミホークは何も言わず刀を手放した。
落ちた刀が桜のように姿を消し、窓の中に飛び込んでいく。その先にはくろねこが不思議そうな顔をしてこちらの方を見ていた。その手には桜色の刀が握られている。
「ちょっと、ふたりとも何してんのー?」
「・・・・・気晴らしだ。くろねこ、今日は俺と剣を合わせてもらう。準備しておけ」
「えぇ!?んな急に・・・!?」
「おい待てよ。今日のくろねこの相手は俺だろ」
「えぇ!?それも聞いてないんだけどぉ!?」
ミホークの瞳がゾロの苛立ちを見抜いて笑ったような気がして、ゾロは苛立ちながら近づいてくるくろねこの腕を掴んで引き寄せた。
「どしたの?朝から喧嘩でもした?」
「・・・・・朝のトレーニングに付き合え」
「朝から暑苦しいなぁ。分かった分かった!ミホーク、朝ごはん作ってあるからゴーストちゃんと食べてて~!」
「・・・・あぁ」
―――――やっぱり、気に食わねェ。
どうせアイツのことだ。俺が刀やミホーク自身に対して“嫉妬“したのを感じ取っているはずだ。それでいてワザと煽るような発言を入れてくるミホークも、ある程度くろねこの人間タラシに影響されている人間の一人なのだろう。
くろねこはいつでも笑っている。
苦しいときでも、辛いときでも、悲しいときでも、人を笑顔にする力を持っていた。
へらへらしやがってと苛立つ場面もあったが、それが魅力だということも分かっている。一番のイラつく理由は、こうやって俺以外のやつにその魅力が知られてしまうことだ。
「おい」
「んー?」
「寝癖ついてんぞ」
「あれ、ほんと?起きてすぐご飯作ってたからちゃんとしてなくってさ・・・・」
「ったく・・・」
ぐしゃぐしゃと頭を撫で、寝癖を押さえつける。
くろねこは少し照れくさそうにした後、その手を掴んで頬を擦り寄せた。
「んふふー、ゾロの手ってば大きくていいよねぇ」
「っ・・・・」
「で、何イライラしてたの?私で出来ることなら解決したげるよ?」
「あ?別にイライラなんてしてねェよ」
「ほんと?・・・ならいいんだけど」
そう言いながら、ちゅっとわざとらしく音を立てて頬に口づけてくるくろねこは、確信犯だ。
煽られたゾロは静かにくろねこを抱き寄せると、そのまま自らの唇を重ねて口を塞いだ。元からそのつもりだったと言わんばかりのくろねこが気に食わなくて、唇を割って舌を滑り込ませる。
「んぅっ!?」
くぐもった声。
ゾロだけが知っている、声。
「・・・・っ、ゾロ、馬鹿」
「あー?お前が先に仕掛けてきたんだろうが」
「いや、そ、そうなんだけどっ」
「ご機嫌取りしてくれるつもりだったんだろうが、甘ェな。俺はそんなに子供じゃねぇんだよ」
「・・・・子供っぽい拗ねた顔してたけど」
「あァ?・・・・なるほど、おねだりってわけか」
「あ、ちが、ちがいますっ・・・・」
否定の言葉を飲み込んで。
馬鹿力で抵抗してくる力も押さえ込んで。
おねだりはもっと素直にしろよ?と囁きながら何度も口づける。
息継ぎの合間に、おねだりじゃないとか、いい加減にしろとか聞こえてくるが、全て無視して何度も口づけていると、涙目になったくろねこがしがみついて来た。あぁ、誰も知らない表情。俺だけのものだ。嫉妬する必要なんてねェよな?こんなの、俺だけしか知らないんだから。
「・・・・満足、した?」
「そりゃこっちの台詞だ」
「むかつくー。・・・んじゃ、朝のトレーニングするー?」
「おう。本気で頼むぜ、くろねこ」
ゾロの呼びかけに笑顔で答えたくろねこを見て、俺も口元に笑みを浮かべた。
心頭滅却出来ません
(精神の乱れにやられた俺は、いつも以上に早くくろねこに一撃を食らわされた)
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