いらっしゃいませ!
名前変更所
道端で困っていた子供を助けた私は、天国のようなパーティにお呼ばれしていた。
子供たちが可愛らしい笑顔で運んできてくれる美味しいご飯。美味しいお酒。
それに、デザートまで。
幸せを夢現空間で楽しんでいた私は、自分が思った以上に酔っていることに気が付かなかった。
ふわふわとする感覚をただ楽しんで、このお酒は美味しいからあとで売ってる場所を聞いてゾロに買っていこうって考えながら、目を瞑る。
あれ、私―――――
―――――こんなに、お酒弱かったっけ。
呼吸の共有すら許さない
これを、やってしまった以外の言葉で片付けれるだろうか。
縛られている上に変な手錠がついた手。
首元には、悪趣味は首輪。
そして着た覚えのない、大きく胸元が空いたドレス。
動く前に、まずは自分が出来ることを探る。
腰には短刀も妖刀もない。それなら妖刀の声は?
「・・・・・」
――――聞こえない。
普段なら呼べばどこへでも飛んでくる妖刀白桜だが、海楼石のように特殊な道具で抑え込まれると呼べなくなるという弱点がある。相手はおそらくそれを知っている人間だろう。だから声が聞こえない。
つまり?
私を、知っていて、あえて狙った人間?
「気絶したふりして悩まなくてもよろしいですよ、青薔薇さん」
「あ、そう?おはよー!」
「えぇ、おはようございます」
私の前に座っていた男は、丁寧にも一礼しながら私のふざけた挨拶に返事を返した。
第一印象は好印象だ。暴力的な雰囲気も、こう言ってはあれだが強さも感じない。この男に今すぐなにかされる危険性はないと判断した私は、ジロジロとその男の顔を見つめた。
青髪。ひげはあるが若い男。
しっかりと顔を見上げてみるが、この男に見覚えはない。
周りを見ても、この男が所属しているであろうものを示すものも見つからなかった。
「さすが冷静ですね、青薔薇さん。そんなことをしなくても教えてさしあげますよ。私は海賊オークション団体の一員です」
冷静に状況を判断し始めた私に、男はすんなりと自分の正体を明かす。
「海賊、オークション?」
「えぇ。賞金首として差し出すよりも、奴隷として別の海賊から自分の海賊へ引き抜きたい・・・そんな人員をオークションにかける団体です。青薔薇のくろねこさん。貴方は複数の海賊団より要望あり、以前より情報を探らせていただいておりました」
「・・・・そういうことかぁ。だから、妖刀も・・・・」
この男の言い草だと、美味しい人員を適当に拉致ってオークションにかけるのではなく、何かのネットワークを通じて“欲しい“と要望を受けた人間を攫うのがこの海賊オークションのやり口なのだろう。
だから私が隙を作りやすいのはどういう時かを把握し、妖刀を封じるための道具も用意した。私は本気でコイツらに狙われていたというわけだ。きっとあの子供も、パーティも、最初から全部仕掛けだった。
――――まぁ、それなら私悪くないよね?
そんな言い訳を心の中で呟く。
捕まってしまったものはしょうがない。
オークションということは買い手がつくはずだ。買い手がついたあとなら最後まで拘束されているというわけでもないだろう。妖刀がなくても、ある程度の海賊なら素手でやれる。逃げ出す方法ならそのタイミングで考えれば良い。
「・・・・」
「すぐにオークションが始まりますので、自分で歩いていただけますか?」
「嫌って言ったら?」
「この首輪にも特殊な細工がしてあるんです。・・・・試されたいですか?」
「わーお、そういうこと?遠慮しとく!」
男が構えたリモコンが、何を意味するかぐらい一瞬で想像出来た。
慌てて立ち上がった私は大人しく男に従って足を進めた。進む先にあるのは、スポットライトが中央に当たったいかにもなステージ。
スポットライトに当たるように足を止めると、暗闇に包まれた会場からわっと声が上がった。盛り上げるように響く拍手、口笛、“女“として弄ぶような視線、言葉。
「(自由だったらぶっ殺してやったのに)」
幸いにも、この会場に私より強そうな人間はいなかった。これなら従順なふりをして解放されてから素手でもやれるだろう。無駄に抵抗する意味はないと判断した私は、屈辱に震えたふりをして頭を下げた。
「皆様よりご要望多くいただいておりました、麦わら海賊団の一味「青薔薇のくろねこ」です。最小額は懸賞金の1億2千万よりスタートです!」
1億2千万から、2億。
2億5千、3億。
値段はあっという間に釣り上がっていった。
何故そこまで私にお金をつけたがるのか、まったくもって意味がわからない。
金で落としたとしても、私はあくまで“無理やり連れてこられ、売られている“存在だ。そんな女が売られたぐらいで従順に懐くなんて思ってる馬鹿はいないだろう。だからといっていつまでも私を置物として扱うわけにもいかないはずだ。
じゃあ、どうするか?
考えうる道は2つ。
根気よく味方になるように説得する方法。まぁ、そういう方法もあるだろう。何かしらの理由でどうしても力が必要な海賊――――情に訴えかけるパターンだ。どうしても一時的に必要としている海賊なら、内容によってはこちらはお金分の働きを見せても良い。
もう片方は拷問や凌辱で心を折る方法。
こういうところで私を買おうとするゲスは、基本的にはこちらの方法を使うだろう。
「青薔薇さん」
「・・・・ん?」
「踊って欲しいとの声が来ています。貴方の価値を上げるチャンスですよ」
「はァ?値段が上がっても私には一銭も入ってこないのになんでそんな無駄な労力を・・・・アァアァぁっ!!?」
首輪から走った激痛に言葉が途切れた。
あまりの痛みにステージをのたうち回れば、楽しそうに海賊たちが煽る声が響く。
「ひゅー!いい声で鳴くじゃねェか。おい、3億5千だ!」
「3億5千、入りました」
「くっそ・・・マジ性格悪・・・・」
呼吸が止まるほどの痛み。
悪趣味な首輪だとは思っていたが、ここまでのものとは。
「さすが青薔薇さんですね。大抵の人間はこれを一撃食らうだけで泣いて止めてくれと懇願するんですが」
むかつく男の声を聞きながらゆっくりと立ち上がり、会場の希望通り短めの舞を踊る。ここで無駄に抵抗してあの痛みで精神を削られれば、脱出の機会が少なくなってしまうと判断したからだ。比較的冷静な自分を他人事のように確認して、安心感を得る。大丈夫、脱出の機会は必ずあるのだから。
舞を踊り終わると、拍手と共に値段が一気に釣り上がった。
私に4億も出すと笑って手を上げた男は、見たこともないシンボルマークを背負っていた。名も知らない海賊に4億も出す資金があるなんて知ったら、ナミが怒りそうだ。
「今最高が4億です!他にいらっしゃいませんか!?」
オークショニアが値段を釣り上げようと声を上げる。
しかし、4億ともなれば相当な金額だ。普通の海賊に出せる金でもないだろう。更新する叫びは会場に響くことなく、オークションの値段を決定する木槌の音が響いた。
「それでは、4億で決て――――」
「おい」
それすらもかき消す、低く、殺気立った声。
誰だ!?と騒ぎ立てる会場を通り過ぎる、一筋の煌めき。
聞き覚えのある声が、私を抱きしめながら叫ぶ。
「俺の女に、4億なんてやっすい値段つけてんじゃねェぞ」
スポットライトに当たった緑頭を確認するころには、オークショニアの腕が真っ赤に染まっていた。会場にいた海賊たちが突然の乱入者に声を上げ、各々武器を構え始める。
あぁ、そんなの彼に通用するはずもないのに。哀れな海賊たちに心の中で手を合わせるのと、会場が血に染まるのは、ほぼ同時の出来事だった。
血が嫌悪の対象に見えるか見えないかは、それを染めた人によるのかもしれない。
魔獣の瞳に赤を携えたゾロが、美しく見えたのは気の所為じゃないだろう。
会場を無に還したゾロが剣を振り下ろして血を払い落とす。その仕草にすら見惚れていた私を、ゾロの刀が叩き起こした。
「おい、手出せ」
「あ、よ、よろしく」
「そのまま動くなよ。首輪も壊す」
冷たい音と共に手と首に痺れが走る。
「おー、解放された!ありがとー!!」
「ったく、何呑気な顔してやがる。てめェ今どういう状況だったのか分かってんのか?」
「売られそうだった!」
「・・・・・・・・・」
言い訳したら斬ると言わんばかりの威圧感に睨まれ、素直に頭を下げた。
「ごめんなさい・・・・」
素直に謝る私を見て、ゾロは静かに刀を収める。
そして私の方に手を伸ばし、私を立ち上がらせた。立ち上がった私は手首と首以外になにか違和感がある場所がないかを確かめる。こういうところに捕らわれた場合、他にも仕掛けがないか確かめるのは鉄則中の鉄則。
「あ、ゾロ」
「ん?」
「たぶん背中に追跡用のタグついてそう。取ってくれる?」
「あ・・・?どこだ?」
「下着のホックに違和感あるんだ。あ。脱ぐから待って」
「脱・・・!?おいおい!?待てコラ!ここで脱ぐのか!?」
「え?」
周りを見渡した後、首を傾げる。
「・・・?誰もいないよ?」
「だからってお前・・・ッ!つーか下着につけられてるってことはお前見られたってことか?」
「?そうじゃない?ドレスもこれ私のじゃないし」
「・・・・・ほーう?」
別な意味の殺気が漂うのを感じ、私は自分が失言したことに気がついた。
明らかに苛立っているゾロを目の前に、それでも追跡用のタグはとらなければならないためドレスの背中を途中まで開く。
「と、とりあえず頼んだ」
「・・・・・・」
ゾロが無言で背中のファスナーを開き、私が感じていた違和感をぶちりと音を立てて千切った。ころころと転がっていくそれを見届け、ファスナーが閉められるのを大人しく待つ。しかし、いつまで経ってもファスナーは閉じられること無く、代わりに指で背筋をなぞられるぞわりとした感覚が走った。
「ひぅ!?」
「気に食わねェ」
「な、なにがっ・・・・」
「あァ?んなの決まってるだろうが。俺以外がてめェの体を見ていいと思ってんのか?あ?」
―――――それはもう、マジギレである。
そこまでキレられると思っていなかっただけに、嬉しくも恐怖を先に感じた。
ゾロのガチな声色に背中をなぞる指を止めることも出来ない。だからといってこんな場所で甘い声を漏らすわけにもいかず、私は震えながら口元に手を当てて我慢した。
「ね、ちょっと、ゾロ、ストップ」
「・・・・・」
「あの、まだ、刀とか見つけなきゃだからっ・・・!」
何度か往復した指がようやくファスナーまで伸ばされ、引き上げる。妙な気持ちにさせられた感覚でふらついてた私は、涙目でゾロを睨みつけた。
「スケベ」
「何言ってんだ?消毒だろ」
問答無用で抱き寄せられ、唇を奪われる。
「こんなんで終わると思うなよ。さっさと刀見つけ出して帰るぞ」
本気で気に食わないという表情を貼り付けたゾロは、そのまま何度も何度も私に口づけた。
「本当に気に食わねェ」
「・・・ま、まぁ、着替えさせられただけだし、そんな・・・・」
「あァ・・・?」
「なんでもないです・・・・」
今のゾロには何を言っても無駄そうだ。
とりあえず刀が見つかるまでの延命を果たした私は、ゾロの服を引っ張ってもう一度お礼を口にした。何はともあれ、本気で助けてくれたことは本当に嬉しかったから。それに、“俺の女に、4億なんてやっすい値段つけてんじゃねェぞ“なんて、ずるいとしか言いようがない。
「・・・・ほんと、ありがとね」
「・・・・おう」
何だか照れくさくなった私は、誤魔化すようにゾロをからかいながらつついた。
「4億で安いかぁ・・・ゾロってば意外と大胆なこと言ってくれるなぁ」
「そりゃそうだ。値段がつけれる価値じゃねェだろ」
「ゾロってそういうことサラッというよね・・・・」
「あぁ?・・・・何恥ずかしがってんだ」
「好きだとか言うときは照れるくせに、そういう臭いセリフは平気で言えるのって謎いよなぁ」
「お前マジで泣かされたいらしいな・・・・?」
苛立つゾロの声を聞きながら、幸せを感じて歩を進める。
きっと帰ったらただじゃすまないけど、それも不器用なこの剣士の愛情だから。
無意識に繋がれたままの手も、ね。
呼吸の共有すら許さない
(何もかもが気に食わないと、魔獣に全てを食われるまでが愛情)
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