いらっしゃいませ!
名前変更所
違う世界の存在が集まる不思議な場所、アンブラスベース。
世界の狭間に存在するらしいこの場所には、様々な世界の、様々なヒーロー達が集う。
何もかもが違う世界観同士の集まりだが、強さを求める者にとっては戸惑いよりも“楽しさ“が先に感じられてしまうのも本音だった。
その証拠に、ベース近くにある海岸では、今日も剣を打ち合う音が響いている。
剣の心得一つ
「アスタ、そろそろ休憩しよう」
「くろねこさん・・・でも、俺まだやれるっすよ!!」
「んー、でも休憩も大事だよ。現に集中力切れてるでしょ?」
「そんなこと・・・・!」
アスタの言葉を遮るようにして、アスタの手元から大剣が消えた。
宙に舞った剣が砂浜に刺さるのを見届けながら、アスタは残念そうにしゃがみ込む。
「っくー。もう少しくろねこさんと戦いたかったんすけど・・・・」
「明日もやったげるから」
「まじっすか?っしゃ!!」
純粋に喜ぶアスタを見て刀を収めようとしたくろねこだったが、視線に気づいて手を止めた。その視線の先には爆睡しているゾロ――――だけではなく、こちらをまっすぐに見つめる剣心がいる。
「どうした?」
「良い太刀筋でござるな。拙者の世界の剣術にも通ずるものがあるようでござる」
「いやー、剣心に言われると嬉しいね」
「・・・・・そこで一つ、指南いただきたい」
すらりと抜き放たれる刀に、くろねこは首を傾げた。
「私に?・・・・正直刀の腕っていうなら剣心のほうが上な気もするんだけど」
くろねこの言葉は嫌味なく、本音だ。
剣心は違う世界から来た侍。
剣の基礎がしっかりしていることはもちろんだが、純粋な“剣術“としての力だけでいえば、このベースに集まった剣士の誰よりも群を抜くものがあった。
鋭い剣技。
圧倒的な判断力。スピード。
そんな彼に教わることはあれど、教えることはないと言いたげなくろねこの表情に、剣心は首を振る。
「異なる世界の剣術というのは必ず成長に繋がると考えている。・・・・出来ればここで、一度手合わせ願いたい」
「・・・・むしろこちらがお願いしたいぐらいだったよ。んじゃ、早速」
二人の真剣な表情を見て、アスタは慌ててゾロが眠る岩場まで避難した。
岩場から見ていても感じ取れる二人の殺気。
真剣での試合は、いつどちらが死んでもおかしくないレベルの戦いになる。
一呼吸おいて、剣を構えて。
お互いに目を閉じ、挨拶のように剣先を合わせる。
「いざ」
「尋常に勝負!!」
そこからの二人は、完全に別世界だった。
美しいとさえ思うほどの剣さばき。
実際はお互いの命を奪うものでも、強者同士が振るえばそれはまるで舞のようになる。
刀がぶつかり合い、お互いの刃をなぞり、既のところで空を斬り、また戻る。
同じことの繰り返しのように見えてお互いに一歩も譲らない攻防。
くろねこもいつもの奔放な戦いとは違い、剣心の戦いに合わせているようだった。
一つ一つ、お互いの剣技に呼吸を合わせて会話をするように打ち合っていく。
「・・・・さすがでござるな」
「やば、結構きついんだけど・・・・」
一心不乱に剣を振るい、そして。
「ッ・・・・!」
「・・・・・」
お互いの剣が、お互いの首筋に突きつけられる。
荒い呼吸の音を流す波の音を聞きながら、先に動き出したくろねこが剣を下げた。
「さっすが」
「くろねこもな・・・・良い鍛錬になった。礼を言う」
「ふぃー、さすがに連戦はきつ・・・・」
「よぉ、くろねこ」
汗を拭うくろねこに声を掛けたのは一護だった。
彼は死神という存在で、人間とはまた別な存在の力を持っているらしい。
一般的に、くろねこの世界で“死神“と聞けば、大きな鎌を持っていたり骨だったりするような存在が浮かぶが、彼らの世界では普通の人間と変わらない。
姿、だけは。
特徴的なのはその手にある刀、斬魄刀だ。
妖刀と同じようにそれぞれに力があり、持ち主がその力を解放することでまったく違う姿になるという。
「やっほー、一護。どうした?」
「オレも稽古つけてくれよ」
「えぇー?」
彼らの戦い方は、剣心とはまた違うものだ。
剣技もそうだが基本的には刀の力とその能力の使い方がキーとなる。
「ちょっとぉ?休ませてくんないの?もう三戦目なんだけどー?」
「いいじゃねぇか、ちょっとぐらいよ」
「もー・・・・」
文句を言いつつも、何だかんだ剣を構えるくろねこは面倒見が良いのかもしれない。
剣心も彼らの戦いに興味があるのか、岩場で見ていたアスタの隣に座った。
元々そこで寝ていたゾロは寝たふりを続けながら剣の音を聞く。
見なくても、分かる。
どんな風にくろねこが剣を振るい、一護と戦っているのか。
「あんまやりすぎたらベース壊れちゃうから手加減してよ?」
「そういうくろねこはしてくれてんのかよ?」
「壊さない程度にはね・・・・ッ!」
先程の剣の打ち合いとは違い、強烈な衝撃音が目立つ。
お互いに力の限り剣を打ち合う。
力でねじ伏せるような攻防。
ど派手な音に気づいたのか、先程まで違う任務についていたトランクスが顔を出した。
「皆さん、ここにいたんですね」
「トランクスさん、戻ってたんすね!」
「はい、今戻りました。・・・・にしても、これは・・・・」
「くろねこに指南してもらっていたら増えてしまってな」
剣士たちの視線の先にいるのは、一護とくろねこ。
激しい戦いはベースすら壊してしまうのではないかというほど白熱しているが、一応ギリギリセーブはしているらしい。派手な技は使わないように、それでいて確実に相手を叩き伏せるような一撃を狙おうとお互いに剣を振るう姿は、トランクスの瞳に闘志を宿す。
「オレもお願いしたいな・・・」
そうトランクスが呟くと同時に、一護の斬魄刀が宙を舞った。
悔しそうに叫ぶ一護に刀を突きつけるくろねこは、汗だくで楽しそうに笑っている。
「っはー!私の勝ち!」
「くっそー!!」
「力強すぎるし、斬魄刀はでかいし、手痺れちゃったよ・・・・」
「お疲れ様です、くろねこさん」
「お?戻ってたのか、トランクス」
「えぇ。よければオレにもお願いできませんか?くろねこさん」
「・・・・・・・・・」
もう、何も言うまい。
そんな顔で刀を構え直すくろねこに、トランクスも嬉しそうに剣を抜く。
「何だかんだで面倒見いいよな、くろねこのヤツ」
色々な世界のヒーロー達が集うこのベースでは、それなりに言い争いやいざこざが起こることもある。
元々の世界では関わりのなかった人間達が集まっているのだから当たり前といえば当たり前だが、そういったいざこざをおさめてくれる一人がくろねこだった。
自然と誰もがくろねこには話しやすい印象を抱き、懐いていた。
長官もそれを分かっているのか、問題が起きそうな組み合わせの際には必ずくろねこを同行させるようにしていた。
つまりそれは、ゾロとの時間が少なくなることも意味しており。
寝たふりの苛立ちに気づいた剣心が、そっと口を開く。
「何をそんなに苛ついているでござるか?」
「・・・?誰に言ってるんすか?」
「ゾロだ」
「え、ゾロさんなら寝て・・・・」
「チッ・・・・」
剣心の声掛けに舌打ちしながらゾロが目を開けた。
「別に苛ついてねェ」
「・・・・そうでござるか」
「ゾロも戦いたいんじゃねぇのか?同じ世界でも毎日一緒に鍛錬してたんだろ?お前ら」
「・・・誰から聞いたんだ、そんなこと」
言った覚えのないことを一護に言われ、思わず顔を顰める。
「誰って、くろねこが言ってたぜ」
「・・・・・ハァ」
ルフィと同じタイプのくろねこは、誰にでも警戒なしに情報を喋る癖があった。
やめろと言っていたのにと更に眉間に皺を寄せれば、それにトドメをさすようにアスタが無邪気に言い放つ。
「くろねこさん、ベジータさんとすんごい仲良いんですよ。あの二人の戦いこの前見たんすけど、かっこよかったなぁ~!!」
ベジータというのは別世界の戦闘民族だ。
ぶっきらぼうでいかにも悪人タイプの人間だが、どうやらサイヤ人と呼ばれる種族で人間ではないらしい。
強さを求めるために定期的に修行をしているのを見かけるが、近寄りがたいオーラを出しているため、あまり人とつるんでいるところは見かけない存在だ。
そういう意味ではゾロと似たようなタイプと言えるが、だからこそ、アスタのその言葉にゾロは苛立ちの度合いを上げることになった。
「・・・・それ、見かけたのいつだ?アスタ」
「え?最近だと昨日っすね」
「・・・・・・・」
一週間前。
一週間前から、ゾロはくろねこと二人きりの時間を作れていなかった。
いつもならそんなに気にしない時間だ。
戦いが続けばお互いにそのぐらい離れることはザラにある。
それでも、この世界での一週間は別だ。
苛立ちの原因はトランクスと楽しそうに剣を合わせている。
ゾロは何とか落ち着こうともう一度目を閉じるが、聞こえる二人の声と剣の音がそれを許さなかった。
「トランクス~!やっぱり疲れてきた!!」
「もう少し付き合ってくださいよ」
「も~~~!!休憩したぁい!!」
文句を言いながらも、付き合いが良いくろねこは剣を動かす手を止めない。
「最近父さんとも鍛錬してますよね?」
「アンタの父さんが無理やり拉致ってくんだよ!どうにかしてよあの鍛錬馬鹿!!」
「あはは・・・悪い人ではないんですよ」
「鍛錬は好きだけど、化け物に付き合ってたら命足んないっての・・・・」
別世界の人間であるベジータ達は、他の世界よりも力は“化け物“級だ。
一つの技で惑星を破壊する可能性がある力なんて、そう簡単に放てるものじゃない。
そんな化け物であるベジータに毎回鍛錬で引きずられるくろねこは、明らかに自分の方が弱いのにと文句を垂れ流す。
「あとでお父様に言っといて。おかげで久しぶりに筋肉痛になりそうだから誘ってくんなって」
「えぇ!?オレがですか!?」
「当たり前で・・・・しょっ!!!」
「あ!?」
一瞬の隙。
跳ね飛ばされていく剣。
「はい、終わり!」
「やはり強いですね、くろねこさん」
「よく言うよ。アンタもベジータと同じでやばいやつのくせに」
剣だけで、かつ、この狭い空間で戦っているという制限があるから勝てただけだと、くろねこは知っている。傲慢にならないくろねこの態度に、トランクスは満足げに笑って剣を拾った。
「っふー、さすがに休憩・・・・」
「おい」
くろねこが刀を収めようとした瞬間、再びその手を止める声がかかる。
その声の主の方を向いたくろねこは、今までに見せていた面倒見の良い笑顔をすっと消し、「嫌」という表情を全面に押し出して刀を収めきった。
「もう無理」
「あァ?アイツらとは鍛錬しといて俺とは出来ねぇってか」
「あのね・・・アスタに剣心、一護、トランクスって私はもう四連戦してんの!」
「おーおー、そうかそうか」
「ッ・・・・!」
苛立ちを孕んだ声と殺気にくろねこはすぐさま刀を抜く。
嫌な予感は的中し、くろねこの抜いた刀にゾロの刀が合わさった。
再び響き始める剣の音に、休憩に入った剣士たちが視線を向ける。
「何すんのさ・・・!?」
「鍛錬ってのは限界を越えてこそ意味があるもンだろ?なァ?」
「?何をそんなに苛立って・・・・」
刀にのって伝わる、ゾロの苛立ち。
誤魔化しようがないほどブレた太刀筋にくろねこは思わず唾を飲み込む。
ここまで感情を乗せた剣を振るうゾロは初めてかもしれない。
くろねこは文句を言う余裕すら奪われ、真剣にゾロの刀と向き合った。
とはいえ、既に五戦目。
一戦一戦は短かったとはいえ、それなりの実力者相手の連戦は確実にくろねこの体力を削っていた。苦しげな表情を見せるくろねこ相手にまったく手を緩めないゾロを見て、剣心がやれやれと首を振る。
「やはりゾロは苛ついているようでござるな」
「鍛錬相手取られたのが気に食わなかったのか?」
「最近父さんの相手ばかりしていたみたいですし、そうかもしれませんね」
剣士たちの会話をかき消す、鋭い音。
ゾロの刀を受けきれなかったくろねこは、衝撃を殺しきれず吹き飛んだ。
「っぐ・・・!」
「気ぃ抜いてんじゃねェよ・・・!!!!」
あぁ、あの目。
拗ねた時に見せるときと、同じだ。
(そういえば最近、ゾロと触れ合ってないな・・・・)
決して気を抜いたわけじゃない。
単純にそう思った瞬間、ゾロの苛立ちの理由が“そうであればいいのに“と思ってしまった。
その願いは理由作りに変わり、くろねこは“わざと“手を緩める。
「ッつ」
掠める刃が、覇気すら纏っていない柔らかな肌を斬り裂いた。
思ったより深く入ってしまった刃に驚いたのは、くろねこよりもゾロの方だった。
「ばっ・・・・お前・・・・!」
ゾロには、わざとくろねこが手を緩めたことは分かっていた。
わざと刃を受けたことも。
「ッ・・・てめー、今わざと」
「だ、大丈夫ですか!?くろねこさん!」
「へーきへーき!でも血がちょっと酷いかも・・・・」
心配そうに見守る剣心達に笑いながら手を振ったくろねこは、どこか嬉しそうにゾロに抱きついた。
「ゾロ、責任持って部屋までお願い」
「あ?あ、あぁ、分かった」
介抱される“理由“をわざとらしく口にして、くろねこはゾロに強請る。
流れる血の多さに戸惑いながらも、ゾロは急いでくろねこの部屋へと向かった。
ベースへと戻り、くろねこの部屋を見つけて扉を開ける。
すると先程まで苦しそうにしていたくろねこはけろっとした表情を浮かべ、傷口に自分の舌を這わせて治療を始めた。
「ごめんね、ゾロ」
「あ?なんでお前が謝んだよ」
「最近、一緒になれなくて寂しかった」
「どーだか。色んな奴らに囲まれて忙しそうだしなァ」
本心を見抜かれたと悟ったゾロは、取り繕うこと無く嫌味を口にする。
その言葉にくろねこは困ったように眉をひそめると、静かにベッドへ腰を下ろした。
「ほんとだよ。ただその、鍛錬に拉致られてたのも事実で・・・ごめん」
「別に。いいんじゃねェのか?」
「良くないよ。・・・アスタと鍛錬してたのも、最近ゾロがアスタと鍛錬してるから、一緒にしてたら会えると思って・・・・」
それなのに、気付けば剣心や一護やトランクスに囲まれて本気の鍛錬大会になってしまったと、くろねこが苦笑する。
それが彼女の良い所だ。気付けば人に囲まれ、人に愛されている。
一番傍にいるゾロがその魅力を一番知っている。
傍にいるだけで楽しくなれる。癒される。それを他の奴らが味わっていたかと思うと苛ついて苛ついてしょうがない。
「っわ」
傷を気遣うように、それでいて、強引に。
「ゾロ?」
分からせるようにベッドに押さえ込み、そして口づける。
「んっ」
「・・・・今日、予定は?」
「えっと・・・夜に、マリンフォードに・・・・」
「・・・・その任務、俺も行くぜ」
「えぇ?駄目でしょ、オーバータスクにならないようにとか、戦闘力のバランスで長官が割り振って・・・・」
「うるせェ」
噛みつくような口づけが、くろねこの反論を飲み込んでいく。
真面目なゾロなことだ。
ヴェノムズから世界を救うために戦っている中で、わがままが許されないのは分かっているはずだ。それでもゾロは納得する様子を見せない。
「ゾロにはゾロのやるべきことが・・・・」
「関係ねェ」
「今度から毎日ちゃんとゾロに会いに行くから」
「・・・・足りねぇ」
「足りな・・・!?」
「今まで散々他の奴らに付き合っといて、俺には付き合えねぇってか?」
どれもこれも、気に食わない。
他人に奪われていた時間が。他人に笑いかけている時間が。
見えない場所で、知らない表情をしているかもしれないと思うだけで苛立つ。
心頭滅却しようとも消せない独占欲に、ゾロは組み敷いたくろねこを見つめた。
「・・・りょーかい。わかったよ。長官に相談する」
その視線に負けたくろねこが両手を上げて降参する。
「ついでにこれからの任務もなるべく当ててもらえるようにしとけよ」
「わーお。分かった分かった。もうしょうがないなぁ、ゾロくんは」
「・・・・・・・」
「あ、待って、ごめんっ、調子のっ・・・!」
嫉妬されてることが嬉しくて、だけど、どこか恥ずかしくて。
誤魔化すように冗談を口にしたくろねこに、ゾロは表情一つ変えず手を伸ばした。
真顔で服に手をかけてくるゾロに慌てたくろねこが暴れ出すが、もちろんゾロは手を止めない。
「しょうがない俺のために、頼むぜ?」
背筋をぞわりとさせるような、意地悪い笑み。
「・・・・夜、任務だからね?」
「おう」
「わ、わかってるよね?」
「俺が一緒に行くんだ、大丈夫だろ」
「だとしても私も行くんだからね!?動けるようにはしてよね!?」
「“動ければいい“んだな。問題ねぇ」
「曲解~~~!!」
手遅れ状態のゾロに噛みつかれて、夜まで一週間を埋める時間を過ごすことになったのは言うまでもない。
剣の心得一つ
(相手を食い殺すような執着心も、心得の一つ)
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