いらっしゃいませ!
名前変更所
今日もまた、木刀の音が響く。
自分たちが作った鍛錬用の木刀が、どんなに勢いよく打ち付けあっても壊れていないのを見て、ウソップとフランキーが満足気に顔を見合わせる。
「想定よりだいぶ丈夫に作ったが、正解だったようだなァ」
「言っただろ?あいつらは昔から無茶苦茶なんだって。いくらこの船でも、真剣でこんなことされたらたまったもんじゃねぇよ」
木刀でも船を壊しそうな勢いで戦っている二人に、その言葉は届いていない。
先日のインクを洗い流した服を翻し、くろねこと向き合うゾロは、どこか戸惑った表情をしていた。
その原因は言わずもがな、くろねこだ。
昨日とは違い、全力でゾロの剣を全て受け止めながらいなすくろねこは、真剣な表情でゾロと対峙していた。
いつもなら、“全力でぶつかれば腕が壊れる“と言って、真っ向からゾロの剣とぶつかり合うことはあまりしない。
必要最低限で戦い、それ以外は全て躱す。それがくろねこの強みだ。
だが、今日は違う。全力で打ち合い、全力で攻撃を押し返そうと動く。
「ッ、く」
響く、苦しげな声の主はくろねこだ。
同時に剣が宙を舞った。
二年で力の差が大きく変わってしまったくろねこではもう、ゾロの剣は受けきれない。
それはゾロだけでなく、くろねこ自身もよく分かっていた。
それなのに今日は、あえて全力でゾロの剣を受け切るように戦っている。
その意図が読めないゾロは戸惑ったまま剣を振るう。
「・・・・何、無理してやがんだ?」
「何が?」
「いつもならそんな戦い方、しねぇだろ?」
剣を奪われようとも、くろねこはただでは負けない。
上手くゾロの三刀の隙間を縫うようにして自身の木刀まで走り抜けると、再び刀を構えた。
「なんか、悔しくて」
「あ?」
「力が全てじゃないのは分かってるけど、確実に追いつけなくなっちゃったから・・・なんか、悔しくて!ちょっと私もパワー型の戦いを身につけてみようかな~って!」
そう苦笑するくろねこは、冗談めいたように言いながらもその目は“悔しさ“に溢れていた。
「・・・・・」
その表情に、ゾロは昔のくいなを思い出していた。
誰もが通る道なのだろう。
特に女性であるくろねこは、力の“成長率“はもう少ない。
精神面である覇気の成長はまだまだあるため、剣豪としての伸びしろがないわけではないが、それでも苦しいものがあるのだろう。
「・・・・私、ゾロに大剣豪になってほしいけど、抜かれたくもない」
「だろうな」
「だから、諦めたくない」
あぁ、この瞳だ。
「少しでも、強くなるためには・・・弱点も補わなきゃでしょ?」
真っ直ぐで、強くて、諦めることを知らない瞳。
ゾロがくろねこに惹かれた魅力の一つだ。
その瞳に吸い込まれるように手を止めれば、くろねこが意地悪く笑う。
「ま、あとはこのぐらいのハンデもないとね~?」
「・・・・・んだとコラ」
素直になれない同士、結局はここに行き着くのはお互い様の話。
「だってぇ、この鍛錬始めてから一度も勝ってないじゃん!」
「お前マジでぶった斬る・・・・!」
「そうそう。ハンデありで勝てるぐらいになってくれないと張り合いが・・・・うお!」
「おいおい?ハンデつけてやったってのを負けた時の言い訳にするつもりかァ?」
「・・・・んなわけないでしょ。ハンデがあっても勝つのは私だから」
「へェ?そんな震えてる手でか?」
「武者震いよ」
「苦しすぎだろ!」
苦しい言い訳にツッコミと同時に剣を振り下ろせば、くろねこの表情が苦しげに歪む。
三刀を、しかも大の男の力を一刀で受け止め続けるのは、誰がどう見ても無理な話だ。
それでもくろねこは何度も刀を弾き飛ばされつつも、すぐに体勢を整えてゾロの剣を受け止め続けた。だが――――それだけ。
「ッ、反撃、させないってか・・・・!」
「当たり前だろ!!」
勝負は、勝負。
たとえハンデを設けられていようとも、勝負である以上きちんと本気で剣を合わせる。
くろねこがゾロに惹かれた、魅力の一つ。
雑に見えて色々と真剣に考えている。
この船の柱的存在だろう。
「っあ・・・・!?」
再び、剣が弾き飛んだ。
先程より強く飛んだ剣にくろねこの体勢が大きく崩れる。
その隙をついて飛び込んできたゾロの攻撃を何とか避けるが、剣を拾いにいくことに神経が向いてしまったくろねこは、一瞬の隙をつかれて左足に衝撃を受けることになった。
「・・・・っし、終わり!」
「くそー!まじか。もうちょっと続くと思ったんだけど・・・・」
そう言いながら手をぐーぱーと開くくろねこの手のひらは、赤く擦れて血が滲んでいる。
おそらく剣だけではなく、普段あまりしない鉄串での修行も行った後だったのだろう。
こういう努力をあまり表に出さないのも、くろねこらしいところだ。
あえてそれに触れず倒れ込んだくろねこに手を差し伸べるゾロは、楽しげに笑う。
「んじゃ、今日は俺の言う事聞いてくれんだよな?」
「そりゃ女に二言はないよ」
「決まりだな」
ゾロはくろねこを抱き寄せると、耳元で小さく囁いた。
「今日俺が不寝番なんだけどよ」
「うん」
「酒持ってきて付き合えよ」
「えぇー!?二日連続!?」
「あァ?俺もだろうが!」
昨日、くろねこが勝った時もゾロに不寝番への付き合いを命令にしたため、二日連続の不寝番ということになる。
不寝番といっても今は穏やかな航海中だ。
特に問題も起こらなかったため、昨日のゾロとくろねこは朝まで飲み明かすことになった。
そして今日はゾロの不寝番の日。
命令通り付き合わされれば二日連続の不寝番だ。
「途中で寝ても怒らない?」
「怒らねェよ。“何するか“はわからねぇけどな」
「え」
低く囁かれた声に、くろねこが頬をひくつかせる。
瞳に映る意地悪い笑み――――嫌な予感しかしない。
「・・・・今から昼寝してこよーっと」
「おいおい、もうちょっと鍛錬付き合えよ」
「ふざけんな!!アンタいつも寝てるだろうがーー!!!」
「今日は眠たくねェんだよ」
「そりゃさっきまで寝てたからでしょ!?私は今日あのままほぼ寝て無くてっ・・・!」
「うし、トレーニング部屋行くか」
「人の話聞けーーーー!!!!」
結局眠ることを許されなかったくろねこは、不寝番の付き合いで見事に酒に飲まれて爆睡することになった。
その時何をされたのかは、くろねことゾロだけが知っている。
二戦目、左足
(次の日の朝、寝不足を極めたくろねこがやたら首元を気にしながら起きてきた)
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