いらっしゃいませ!
名前変更所
あれから数日。
真実薬のおかげで散々な目にあったくろねこは、しばらくトレーニング室に近づいていなかった。
理由は単純。
あのときの、恥ずかしい出来事を思い出すから。
本音とはいえそれを素直に告げた自分を思い出すことを、くろねこは良しとしなかった。
当たり前だ。
あんな、甘えた声で、甘ったるい言葉で。
ゾロに――――あんなこと。
しかし、別にトレーニングをしなくなったわけではない。
その証拠に今日も月明かりを浴びながら二人の影が刀を交えている。
「最近、上で寝に来ねぇな」
「ッ・・・・」
上、というのはまさにそのトレーニング室のこと。
一瞬乱れそうになった太刀筋をどうにか立て直したくろねこは、勢いよくゾロから距離をおいた。
「あ?なんだよ」
「っ、そういうこと、言うな」
「俺は’普通に寝る’話をしただけだぜ?それともなんだ?――――なんか別なこと、想像したのか?」
くろねこの素直な気持ちを聞いてからというもの、二人きりのときのゾロはかなり意地悪い。
「~~~っ、だー!もう!うるさい!!!」
子供のように意地悪く笑うゾロに、くろねこの容赦ない太刀筋が振るわれる。
その太刀筋を軽く受け止めたゾロが反撃の一閃を放つが、もちろんのことそれがくろねこを捉えることはなかった。
力強い太刀筋が月夜を切り裂く。
舞うように刺す一閃が、月明かりを煌めかせる。
「ッ、あぶ、ね」
「ちぇっ、あと少しだったのに」
「言ってくれるじゃねェか」
「っと・・・・残念。そんなんじゃ当たらな――――」
憎まれ口を叩き合いながら、お互いの裏をかくために剣を振るう。
共にいる時間が増えれば増えるほど、お互いのことを見抜けるようになる。
でも、その裏にある素直な感情は、意外と見えない。
あの薬のせいで、くろねこは散々その裏に隠してきた素直な愛を紡いだ。
身体を掻きむしりたくなるような言葉も。
記憶から消してしまいたくなるような大胆な行動も。
彼だけがそれを得るなんて、ずるい。
「・・・・今日はここまでにしない?」
「あ?まだ余裕だろ?」
「でも今日寝番だし。・・・・せっかくだから、これ用意したんだけどなぁ」
月夜に照らされる、高級な酒瓶。
同時に、月夜に負けないぐらいゾロの目が輝く。
「・・・・いいな、のった」
「よし!じゃあ上行こ!」
鍛錬用の木刀を置き、二人でトレーニング室に入る。
ゾロがお酒に夢中になっているのを見ながら、後ろ手にトレーニング室の鍵を閉めたくろねこは、ポケットに入れていた’見覚えのある液体’を潜ませながらゾロにお酒を注いだ。
それは以前、くろねこを素直にさせた薬。
―――――そう、真実薬。
「んじゃ、乾杯しよっか!」
「おう」
もちろん、普通に入れたらバレるに決まっている。
そんなのは分かりきったことだ。
だから今回はあえて強い色合いの、珍しいお酒を選んだ。
香りもかなり強く、お酒自体の度数も強い。
そして珍しいお酒なら、なにか引っかかる部分があったとしても、そういう飲み方もあるのかと少しの疑問をお酒への執着心で流す可能性もある。
「乾杯!」
予想通り、いつもより丁寧にお酒を注ぐくろねこに少し不思議そうな顔をしていたものの、くろねこから手渡されたグラスを掴んだゾロは、その香りに舌なめずりしながらお酒を一気に飲み干した。
「どう?美味しい?」
「・・・・・」
「?ゾロ?もしかして、美味しくなかった?」
「・・・・いや?それよりも、これを俺に飲ませて何を聞きてぇんだ?」
味の感想を待っていたくろねこは、思っていたのと違う言葉に首を傾げる。
「え?い、いや、ただ、美味しいお酒をこの前の町で見つけたから・・・・」
「へぇ?んじゃ、これはなんだ?」
「ッ・・・・!」
意地悪く笑ったゾロは、くろねこに覆いかぶさった。
突然のことに抵抗しきれなかったくろねこは、そのまま後ろに持っていた薬瓶を奪われてしまう。
「これ、飲ませたくて持ってきたんだろ?」
「・・・・気づいてたのに、飲んだの?」
「飲んでやったんだよ。・・・たまには好きにされてやろうと思ってよ」
ほとんど酔ったことのないであろうゾロの表情が、とろんとお酒に浮かされた表情になっていく。あのときのくろねこと、まったく同じ状態だ。
「で?何が聞きてェ」
「・・・・私のこと、好き?」
「あァ。好きだ」
「どの、くらい」
あの時と同じぐらい、恥ずかしいことを言わせたかった。
いや、それだけじゃない。
不安だったのもある。
ゾロは本当に素敵な剣豪だ。彼のその不器用な言葉にナミはよく突っかかっているが、それも彼の魅力だということを理解している。
そう、彼は、本当にとても魅力的な人。
「悪いが言葉で表現するのは得意じゃねェ。だが、まぁ、俺が言える言葉で精一杯言うなら・・・・」
紡がれる、愛の言葉。
不器用で、少し歪んだ言葉。
「―――――’ ’」
愛だけじゃない。
独占欲、横暴なまでの執着。
「――――分かったか?」
それらを耳元で囁かれたくろねこは、ただ黙って頷くことしか出来なかった。
「・・・・なんで言わせた側が真っ赤になってんだよ」
「だって、そんなふうに言ってくれるとは思ってなかったから・・・・」
「お前な・・・俺をなんだと思ってやがる」
「・・・・不器用マリモ」
照れくさくて冗談を放ったくろねこに、ゾロが恐ろしいほど綺麗な笑みを浮かべる。
これはやばいと思うよりも早く、器用に腰紐を外していたゾロが、くろねこの腕を頭の上で縛り上げた。
「え」
「不器用なのは否定しねェ。だから言葉よりこっちのが分かるだろ?」
「え、ま、待っ」
「お前もそうだっただろ?・・・・俺も限界なんだよ」
真実薬、というのは名前ばかり。
実際はそんな便利なものではなく、どちらかといえば思考を低下させ、考えることなく本能的に動くようにしてしまう薬。
そのため、言葉だけではなく、理性的な部分もその薬によって緩んでしまう。
そのせいでくろねこはゾロを目の前に強く彼を求めた。
それが理性の裏に隠された本音だったからだ。
「いつもは手加減してやってるが、今日は無理だ。・・・ま、お前の責任だな」
「あれで手加減してんの!?嘘つかないでよっ!?」
「あァ?別に嘘だと思っても良いぜ。今から嘘じゃねェって分かるだけだ」
据わった目。
いつもより低い、掠れた声。
「っ・・・待って!」
「観念しろよ」
有無を言わさず、ゾロの手がくろねこの胸元をはだけさせる。
「それだけ欲しいんだよ、お前が」
理性の裏にある、感情。
それだけ求められていることは素直に嬉しかった。
嬉しいが、同時に恐怖を感じるほどの魔獣の表情に、くろねこは喉を鳴らす。
「あの、ほんとに、待って」
「・・・・・本当に嫌なら逃げろよ?」
意地悪い、笑み。
「逃げねェってことは、そういうことだろ?」
腕を縛られていても、逃げようと思えば逃げれる。
それをしないということがどういうことか――――ゾロは、知っている。
「・・・・くろねこ」
甘く、熱く囁かれる声に、くろねこはそっと目を閉じた。
◆◆◆
手加減している、とはよく言ったものだ。
実際手加減なしのゾロの行為を受け止めることになったくろねこは、溶け切りそうな頭の中で、本気で逃げなかったことを後悔していた。
「っ、ぞろ、おねが・・・!」
「あー?」
「やっ、ぁ!」
いつもゾロはくろねこを限界まで貪る。
それは今回も変わらなかった。
変わったことといえば、その行為の執着度合い。
普段のただ求め合い、熱を叩きつける行為とはまったくもって違う。
まるでゾロという存在を刻みつけるように焦らし、求めさせる行為。
言わせて、泣かせて―――――主導権は、全部ゾロ。
存在する理性もプライドも全てを崩すその行為に、くろねこは頭を横に振る。
「っ~~、もう、いいでしょ・・・!?」
「言わなきゃわかんねェだろ?」
「ッ・・・さっきも、言ったじゃん・・・」
「なら、このままでも良いな」
「ぁ、っん!んぅ・・・!」
座りながら抱き合う体勢で、抱き込まれながら奥を突かれたくろねこは、快楽を逃がすことも出来ず抵抗にもならない力でゾロの腕を掴んだ。
「ぁ・・・っおね、がい・・・・」
もどかしい快楽。
強い快楽の後に焦らされるその時間は、何よりも辛い。
「何が、ほしいんだ?」
「ゾロがほしい・・・」
「どこに・・・どんな、ふうにまで、ちゃんと強請れよ」
「なんっで・・・!なんでそんな言わせようとするんだよっ!」
羞恥の限界を超えたくろねこは、泣き叫ぶようにそう尋ねた。
そんなくろねこの涙を舐めながら、ゾロは楽しそうに喉を鳴らす。
「っは・・・んなの、決まってんだろ。俺だけのモンにしてェからだよ」
本当に楽しそうな笑み。
まるで、戦っているときに敵を追い詰めているような。
獣という言葉が似合う存在はこれほどにいないだろうと、ぼやけた頭で考えるだけの余裕をようやく作ったくろねこは、小さな声で呟く。
「・・・が、ほし、い。お願い、もっと・・・」
「もっと?」
「・・・・っ、して」
途切れ途切れだが、確実にゾロが欲しがっていた言葉。
「ッ・・・・いいぜ」
熱く掠れた声。
あぁ、こんな声を聞けるのは私だけなのかと、そう思うだけで。
「っは、お前・・・どうした・・・・?」
「なに、が・・・?」
「やたら、反応してるじゃねェか」
「そりゃ・・・ここまで、好き勝手されたらしょうがないでしょ・・・」
「本当に、それだけか?」
もちろん、それだけじゃない。
ゾロとくろねこは、表に見える性格は違えど、考方はよく似ている。
剣士としてのプライドや心得。
――――そして表には見せない、相手への執着。
「っ・・・ぁ」
「言わねぇとやめるぞ?」
「ッ、ん、ちが、う」
「・・・・・」
「ひぁっ!あ、その、ゾロの顔・・・他の人に、見せないで」
零れ出る、本音。
くろねこの滅多に聞けない表情と縋るような声に、ゾロの喉がごくりと鳴る。
世界一の剣豪に一番近いであろう剣豪の女が、こんな甘い声で、誰かに愛を紡ぐなんて誰が想像するだろうか。恍惚とした表情で、理性を吹き飛ばしたくろねこの瞳は、ゾロの理性すらも溶かしていく。
元からそんなものなかったけどな?と笑うゾロに、くろねこは文句すら言わない。
「私、だけの・・・ものでいてよ・・・」
「ッく、は、卑怯だろッ・・・!」
可愛らしい声に反応して、ゾロは歯を食いしばりながらくろねこを抱え込んだ。
耳元で聞こえる熱い吐息が、媚薬のように思考を溶かす。
もっとほしい。壊れるぐらいに抱き潰して、何も言えなくなるぐらいにしてやりたい。
泣いて、その潤んだ瞳に、自分だけを映せるようにしたい。
煩悩だらけの頭に苦笑すら浮かばない。
いつの間にここまで、この目の前の女に奪われてしまったのだろう。
最初はただ、剣士としての志に惹かれ、その強さを超えてやりたいと思い、目で追いかけ、ころころ変わる表情と過去に負けない真っ直ぐな視線の先を共有したいと考えただけだった。
気づけばその視線の先を覆いたいと思うようになった。
本人が意図しない内に人を惹きつけるその魅力に、ハマってしまったのだろう。
それこそ、あの鷹の目まで惹き込んでしまうような女だ。
同情なんかする男じゃない。ゾロ自身も、そうだ。
そしてくろねこも同情を欲していない。欲しているのは自分が作り出した未来と強さ。真っ直ぐな太刀筋に込められたそれは、恐ろしいほどに人を狂わせる。
「ゾロ、もう、おわりで・・・っ」
「まだだ」
薬で緩んだ頭は、素直に彼女を貪るだけ。
「つーか、こうなるのわかってて飲ませたんだろ?」
「・・・わかるわけ、ないでしょ・・・」
「おめーもなってたじゃねぇか」
「・・・・別にそういう薬じゃないじゃん。あくまで、それが、’本音’だったらって、だけのことだし・・・・」
どこかさみしげに呟くくろねこは、自信なさげに目を逸らした。
「・・・・・」
「ッ、ぁ、何!?」
「好きだ」
「っ~~、ぁ、う」
苦しげに、だけどどこか嬉しそうに。
笑いながら涙を流すくろねこは、ゾロに強くしがみつく。
「は、あ、わたし、も」
うわ言のように呟かれるその言葉を聞きながら、ゾロはまたくろねこを求めた。
こんな状況で終わるなんて方が無理だ。
今は薬のせいにして、全てを食い荒らしてしまおう。
この行為を、時間を、忘れられないぐらいに刻んで、二度と離れられないように。
◆◆◆
朝日が、差し込む。
ゆっくりと起き上がったゾロは、文字通り気絶したように眠っているくろねこの肌に手を這わせる。
「はっ、ここまで来ると痛々しいな」
体中に咲いた執着の証。
噛みついて、吸い付いて。
真っ赤に咲いた花がいくつもくろねこの体に残っている。
誰に着けられたかも分からない傷跡を覆い隠して、その痛みも、苦しみも、上書きしたいとさえ思ったゾロは、更にその上からキスを落とした。
「ぅ・・・・」
「よう」
「ん、おは、よ」
くろねこは体を動かさないまま、答える。
「・・・・大丈夫か?」
「無理・・・今日は、昼まで寝る」
今までにないほどの瀕死状態に、さすがのゾロも視線を逸らしながら謝った。
「・・・・わりぃ」
「わお、珍しくガチ謝り」
「そこまで死にそうな声出されちゃな・・・」
ゾロが獣のようにくろねこを貪るのはいつものことだが、昨夜はそれとは比べ物にならない。手加減してるなんて嘘だと思った自分を殴りたいと思えるほどに、昨夜の行為は酷かった。
「まぁ・・・正直、いつも手加減してくれて、ありがとうって思った・・・」
「だから言っただろ?あんまり煽るなって」
「・・・・代償はでかいけど、嬉しかったから良い」
「・・・・・・・お前、煽るなって意味分かってンのか?」
なぞっていた太ももにわざと噛みつけば、くろねこが恥じらう様子もなく笑う。
「殺す気?」
「お前次第だ」
「悪人顔・・・・」
「・・・・元からだ」
横たわるくろねこのお腹から、くろねこの顔を覗き込むように顔を上げるゾロに手を伸ばしたくろねこは、幸せそうにその頭を撫でた。少し不機嫌そうなゾロだが、反省しているのか振り払うことはしなかった。
あぁ、この時間が続くのも、悪くはないなんて。
剣を志す者としてなんて平和な考えなんだと笑っているのは、きっとくろねこだけじゃない。
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