いらっしゃいませ!
名前変更所
荒い息を吐きながら座り込むくろねこは、ぼやける視界でトレーニング室の壁に寄り掛かった。
時間が経つにつれ、頭がぐらぐらし始める。
原因は分かる。薬のせいだ。副作用というわけではない。
さすがはチョッパーだ、なんて褒め言葉は、正常な思考になってから言うべきだろう。
後ろから扉が開く音が聞こえ、ゾロの気配を感じた。
くろねこは振り返ることすらせず、震える声でお願いを口にする。
「ゾロ、ごめん・・・鍵、しめて」
「あ?あぁ・・・つーかお前、顔真っ赤だぞ?どうした?」
かちゃりと鍵が閉まる音が聞いたくろねこは、ゆっくりとゾロの方を向いた。
「くろねこ?」
聞こえる声が、感情をぐちゃぐちゃに乱していく。
あぁ、これは薬のせいだ。
そう言い訳するしかないほどに、今、彼が欲しい。
くろねこは震える手をゾロに伸ばすと、燃えるように熱い手でゾロを押し倒した。
突然のことにゾロは驚きながら自分にのしかかるくろねこを見つめる。
「・・・・ごめ、ん。嫌なら・・・・殴って」
言葉と同時に重なる唇。
くろねこから受けたことのない熱烈な口づけに、ゾロは背筋にぞくりと欲が走るのを感じた。
「は、ぁ・・・・」
熱に浮かされた瞳。
甘い、声。
今すぐに押し倒して滅茶苦茶にしたくなる表情。
「ッ、う」
くろねこから与えられる不思議な感覚に思わず声が漏れる。
細い指が胸元をなぞり、それから傷跡を辿ってお腹へ。
普段見ないようなうっとりとした表情でゾロの身体を愛でていくその光景は、支配欲以上の何かをゾロの心の中で芽生えさせる魅力があった。
「っ・・・・」
震える息が、一瞬詰まる。
いつもなら恥ずかしがって目も向けないゾロのそれに、くろねこが手を伸ばしたからだ。
これが“正直“なくろねこの感情だと突きつけられれば、わりと限界は一瞬で来る。
普段は与えられる快楽に、いやいやと首を振って泣きじゃくっている彼女が。
本当に望んでいるのは目の前の、この光景。
ゾロを求め、恥ずかしさすら捨てて熱を咥えて、快楽に忠実に動く。
―――――耐えろ、という方が無理な話だ。
「は・・・っ、ぁ、待て、くろねこ・・・!」
「ん・・・・」
「ぐ、ぁ・・・ッ」
走る快楽。
止めて欲しいのか、続けてほしいのか分からない力でくろねこの頭を押さえつける。
まるで弄ばれているようで、少し気に食わない。
そう思い何とかくろねこを引き剥がそうとするが、欲というものは厄介だ。
正常な判断よりも目の前のそれを優先して、続きを期待してしまう。
「やべ、おい・・・くろねこ・・・?」
「ん・・・?気持ちよく、ない?」
「悪くないが、ちょっと待て・・・っぐ!おいっ、聞け・・・!」
精神的興奮で十分に膨らんだそれが、熱を吐き出すまでそう保つはずもなく。
「馬鹿、これ以上しちまったら・・・ッ!離せ・・・!」
熱を促すように這い回る舌の感覚に、ゾロは呻きながらその熱をくろねこの口の中に吐き出した。
吐き出す快楽と、くろねこが自分の欲に塗れる光景。
毒にも近いその状況にゾロは再び喉を鳴らした。
同じように喉を鳴らしてごくりとゾロの熱を飲み干したくろねこが、いやらしく口を開けて舌を出す。
「ごちそうさま」
もう、熱に浮かされた彼女に理性は無いのかもしれない。
恥ずかしがる様子すら見せず微笑むくろねこに、ゾロは楽しそうに意地悪く笑った。
「もっと、欲しいか?」
「欲しい」
「してやるから、脱げよ」
「ん」
明日、熱から解放された彼女はどんな反応をするのだろうか。
怒る?下手すれば、殺しにかかるかもしれない。
それでも良い。今はこの光景を、“彼女の本心“とやらを楽しむ以外の選択肢は無い。
「脱いだ、よ」
「・・・・触らなくてもいいぐらいだな」
「ん、大丈夫。それよりも、欲しい」
「ほしいなら自分からいれろよ、ほら」
一度熱を吐き出したゾロは余裕を取り戻してくろねこを煽った。
普段の恥ずかしそうにしながら従うくろねこも、今のように嬉しそうに従うくろねこも、どちらもゾロの理性を引きちぎるには十分だった。
「ッぁ、う・・・・」
自ら服を乱し、熱の上に身体を沈めていく。
沈めきったくろねこが苦しげに息を吐きながら震えるのを見て、ゾロは腰を掴む。
そんなゾロの手を、くろねこが止めた。
「ま、まって」
「あ?」
「ご・・・ごめ、今、あ、いって・・・・」
「・・・・お前、いれただけでイったのかよ?」
意地悪く囁きながら、それでも容赦なく腰を突き上げれば、くろねこが悲鳴を上げる。
「ッぁ、あぁっ!や、待って!」
「・・・・っ、さっき俺が離せっつっても離さなかっただろうが?」
「っ~~、でも、今っ・・・!」
きつく締め付けてくる中をこじ開けるように何度も何度も突き上げると、くろねこがぼろぼろと泣き始めた。
何度もこうして身体を重ねているからこそ、分かる。
痛みや苦痛からの涙ではない。
泣きじゃくるまで追い詰めたことは多々あったが、ここまで快楽に素直な状態で泣くのを見ると、滾るものがあった。
響く声は、嫌ではなく、“良い“と。
甘く強請る声が、吐き出したばかりの熱をまた煽る。
「や、ン、きもち・・・いっ」
「・・・・いつもはやだやだ言ってるくせによッ・・・」
「だって・・・っ」
「なんだよ・・・?」
「ッん!だって、ゾロに、こういうことされて・・・・正常でいられるわけ、ない」
呟かれる、本心。
「ゾロと一緒にいるだけで、触れてるだけで、壊れそうなのに、まともでいるなんて・・・・っ、無理・・・・!」
溢れ出す、愛情。
まるで、物語の女が言うような台詞。
必要のない甘ったるい物語でも、それがこんなに幸せならそれもありなのかとさえ思う。
「良いだろ、素直にイカれちまえば」
「ッ・・・ぁ、あっ!ひ、ぅ!」
「は、ぁ・・・っ」
快楽に呑まれないよう、強くくろねこの手を握りしめる。
「やっ、あ・・・!」
「あんま、締めんな・・・!」
「ッ、わざと、じゃっ」
まだ、この時間を楽しんでいたいゾロは、歯を食いしばって何とかやり過ごした。
ゆるくなった動きに、素直に物足りなさを感じているような瞳を向けてくるくろねこは、それがゾロを煽っていることには気づいていないらしい。
「・・・・良い顔してンな」
「ぅ・・・?」
「物足りねェんだろ?」
「ぁッ・・・!あ、ゾロが、もっと、ほし・・・・!」
「・・・・いいぜ。そこまで煽るならくれてやるよ・・・!」
手を握り込んだまま腰を掴み、逃げられないようにして思いっきり熱を打ち付ける。
落ちてくる雫が汗でも涙でも涎でも、全てどうだっていいと思えるほどに。
「~~~~ッ、あぁ、ぅ、や、あぁああっ」
ぴくりと身体が跳ね、くろねこの呼吸が一瞬止まる。
痛いほどに締め付ける中に、全ての熱を吐き出すつもりでゾロは腰を動かし続けた。
「や、待って、止まっ・・・・」
「おいおい、まだ足りねェだろ?」
「足りない、けどっ、壊れる・・・っあ、ン、ふっ・・・!」
上半身を起こし、のけぞるくろねこの首筋に噛みつく。
そのまま手を離して、全身を抱え込むように抱きしめれば、くろねこの戸惑うような吐息がゾロの耳元で響いた。
「ぁ、う、ゾロ・・・?」
「“ “」
「ッ、―――――!!!」
耳元で囁かれた言葉に、くろねこが再び昇り詰める。
薬なんか無くても、この時間だけは正直だ。
囁いた言葉に対して、面白いほどに跳ねる身体は、いつだってゾロに答えを伝えている。
「っぞ、ろ」
「俺も、もう・・・ッ」
「・・・は、ゾロも、早いんじゃない・・・?」
「うるせ・・・」
こんな状態で、まともでいられるわけないのはお互い様だと。
一度目の熱を奥にぶちまけたゾロは、それでもおさまらない熱に口の端が上がるのを感じた。
◆◆◆
日が落ちて、誰の気配も動かなくなった夜。
夜なのか――――いや、もう明け方なのかもしれない。
薬が抜け始めたらしいくろねこは、背中を壁、目の前をゾロに挟まれた状態で未だ好き勝手に貪られ続けていた。少しでも快楽から逃げようと身体を捻るが、ゾロほどの体格に抱き込まれていれば逃げ場所はない。
「ぞろ、も、う、許してっ・・・・」
「あァ?てめェが煽ったんだろうが?責任取れよな」
「むりぃ・・・!」
お互いの体液で汚れようとも、ゾロは動きを止めなかった。
溢れ出した欲望がお互いの太ももを濡らす。
ぐちゃぐちゃとした厭らしい音を聞きながら、汗ばんだくろねこの肌に舌を這わせる。
「ッう、ぁ」
「は・・・もう、舐めるだけでもイッちまいそうだな」
「ゾロ・・・んんっ、もう、そろそろ、やめよ・・・・?」
「あー?」
「あっ!?あぁっ、ひ、ァ、あぁあっ!!」
聞かないとばかりに一番奥をリズムよく突いてやれば、面白いほど思い通りにくろねこの身体がのけぞった。
「ぁ、あっ、やだぁ・・・・っ」
もう、くろねこの身体に抵抗する力は残っていない。
今更薬が抜けようが、散々イカされ続けた身体は、力なくゾロの胸元に倒れ込む。
「も、いきたくない、おねがっ・・・!」
「ッ――――は、ほんと、いい顔だな」
くろねこの、女の顔。
ゾロだけが知っている声。
誰からも好かれる彼女の、独占できる表情。
「まだ俺は足りねーんだがな」
「・・・・っ、これからは、ちゃんと、強請るから」
「・・・・・」
「ほんとは、毎日でも欲しい・・・だから、こんな、いっぺんにしなくても・・・!」
「へぇ・・・?」
薬なしで語られる本心ほど、ゾロの心を満たすものはなかった。
幸福感が欲に代わり、再び熱を持ってしまったそれに気づいたくろねこが、これ以上にないぐらい目を見開いて首を横に振る。
「ふざけんなこの変態ッ・・・!」
「お前な・・・好きなヤツからんなこと言われて反応すんなって言うのか?」
「っそんなの、知らない!もう終わりだってば・・・!」
「命令すんな。決めんのは俺だ」
「ッぁ、あっ!?やっ!!」
黙らせるために奥をとんとんと突いてやると、またくろねこの身体が跳ねた。
「っ~~~~~!」
「イきすぎだろ」
「っさいなぁ・・・!誰のせいだと思ってんだ!!」
「誰のせいだ?」
自分で叫んでおいて、ゾロに疑問符を投げかけられたくろねこは口を閉ざす。
気づいたのだろう。
それを口にすれば、自分がゾロに乱されていると認めることになるということに。
「ッ・・・・」
「言えよ」
「っあ、ぅ!」
「言ったら止めてやるよ、おら」
「ッ~~~、ゾロ、ゾロのせいっ!」
思いっきり揺さぶられ、身の危険を感じたくろねこが叫ぶ。
その叫びを聞いて、改めてくろねこを好き勝手に乱しているのが自分だと実感したゾロは、約束も守らず埋めた熱を思いっきり奥に突き立てた。
「は、ッ・・・・!」
それに対し、文句を言ってくると想像していたくろねこは、意外にも大人しくゾロにしがみついた。
「・・・・っ、何だよ、何も、言わねェのか・・・?」
「好きに、して・・・・」
「・・・・・」
「ゾロの、好きなように、していいよ」
「・・・・まだ、薬残ってンのか?」
「どうだと・・・思う?」
快楽に塗れながら笑うくろねこに、ゾロも笑う。
「“どっちにしろ“――――本心だろ?」
ゾロの余裕な表情が気に食わなかったのか、くろねこは無言で視線を逸した。
意味がないと分かっていながらも見せる可愛い抵抗に、ゾロは何も言わず口づけを落とす。
世が知る彼女の全てを知っているのは自分だけだと、独占欲を打ち付けながらゾロはその感情を無意識に呟いた。あぁ、誰にも渡したくない。
◆◆◆
トレーニング室に、朝日が差し込む。
ぐったりと倒れ込み、涙の痕が消えないまま唸るくろねこの頬を撫でたゾロは、気怠い身体をゆっくりと伸ばした。
「生きてるか?」
「生きては・・・・いる」
「薬は?」
「・・・・夜中には、抜けてたよ」
「そうか」
初めて聞くような、弱々しい声。
色気すら感じる掠れた声にはさすがのゾロも申し訳無さを感じていた。
積み重ねられていたタオルでくろねこの身体を拭き、乱れた服装を整える。
朝日に照らされる身体。
どことは問わず、全身についた真っ赤な痕が服に隠されていく。
それでも首筋は本当にぎりぎりで、最後までファスナーを上げてもちらりと見える赤い痕に、思わず確信犯的な笑みが浮かんだ。
「見えちまうな」
「・・・・」
「んだよ」
「わざとでしょ・・・・」
「どうだろうな?」
「・・・・はぁ、しょうがないな・・・」
呆れたように呟いたくろねこは、トレーニング器具の下に転がっていた包帯を取り出して首に巻き始めた。
「おい、そんなの巻いてたらチョッパーに心配されるぞ」
「・・・・うるさいな、しょうがないだろ!」
手慣れた様子で包帯を巻き終え、立ち上がろうとしたくろねこが固まる。
「う、ぐ・・・っ!」
「大丈夫か?」
腰に走る、激痛。
全身の気怠さも相まって、くろねこはまた床に倒れ込んだ。
「水」
「ありがと」
「他にいるもんあるか?」
「んー・・・・」
倒れ込んだくろねこはゾロの方を向くと、仰向けになって両手を広げた。
「ん」
「・・・・・誘ってんのか?」
「・・・・ん」
素直に頷くくろねこに誘われ、寝転がる彼女に覆いかぶさる。
軽く口づけながら整えたばかりの身体のラインをなぞれば、くろねこがくすぐったそうに身を捩った。
「まだ薬が残ってんじゃねーのか?」
「・・・・ゾロが、たまには素直なのもいいって言うから」
「お前・・・そんなに俺を煽って楽しいかよ?」
「楽しいわけ無いでしょ、見てよ。動けないんだけど?」
痛む身体は、彼を煽った結果。
真っ赤に染まる耳は、薬も何もなしに素直な気持ちを告げた代償。
―――――それでも。
「・・・・でも、ゾロが、喜ぶなら、別に・・・悪く、ない」
「・・・・・」
「え?ま、何!?無言で噛みつかな・・・ひぅ!?」
包帯よりも上の部分に、まるで本当にくろねこを食らうように噛みついたゾロの瞳は、まさに魔獣のような輝きを放っていた。こうなったら止められないだろう。もちろん、こうなることは少し覚悟していたが。
それを、嬉しいなんて言えば更に大変なことになるのは目に見えているので、止めておこう。
最終戦、弱点
(お互いが、お互いの弱点)
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