いらっしゃいませ!
名前変更所
「まだ夜は長いんだ。行こうぜ!」
そう言って俺の手を掴んだあけは、正直いつもより弱々しかった。
原因は俺だって、分かってる。
不安にさせたのは俺だ。
狭山に深く踏み入るようなことを言った、俺の。
でもアイツは―――あけにソックリなんだ。
昔の、女を捨てていたころのアイツに。
ただ決定的に、あけと狭山は違うところがある。
それこそが、俺があけに惚れた理由だ。
あけは誰にも持っていないものを持ってる。
相手の心を感じ取る力、といえばいいのか?
俺が何かを求めてるとき、あけはそれをすぐに分かってくれる。
そして力とは違う強さを、こいつは持っているんだ。
だから俺は、必ずあけを求める。
心がぐらついてしまったとしても。
―――身勝手なのは、分かってる。
「おーい?桐生?いつまでぼけーってしてんだ?」
「あ?あぁ・・・今行く」
元気に歩き出すあけの後を追い、俺も歩き出した。
大阪の街は夜中でもまだまだ元気で、前を歩くあけも段々と本当の笑顔になっていく。
こうやって二人きりで大阪を旅するのは、初めてだったな。
ずっとゴタゴタしてたから、あけを見てやる暇もあまりなかった。
俺よりもずっと小さな身体で、なのに俺と同じように戦って。
もうずっと休んでねぇはずなのに。
こいつは弱音一つ吐かない。
もう少し頼ってくれ、とは思う。
でも今は、俺のことを気遣ってのことなんだと、分かっていた。
「どうする?飲みなおす?それとも、まだぱーっと遊ぶ?」
「・・・このまま、町ブラブラ歩いてみるか」
「ん?あぁ、いいぜ!」
俺の答えを聞いて、あけがさっそく歩き出そうとする。
そんなあけを無言で止め、引き寄せるように左手を掴んだ。
「桐生・・・・?」
手を繋いだまま、歩き出す。
突然のことに驚いたのか、あけは何も言わずに俺に引っ張られる形になった。
嫌か?と笑いながら振り返れば、視線の先に居たあけが顔を赤く染める。
うるさいだの何だのと怒りながらも、手を振り払うことはしない。
遠慮がちに握りかえされる手。
この温もりを失いたくないと思っているのは、俺だけじゃねぇと・・・信じたい。
「桐生にしては珍しいんじゃねぇの?」
「何がだ?」
「んー?こうやってただ歩くだけっつうのはさ」
確かに、今までの俺たちからすれば一番平和な散歩かもしれねぇな。
いつもはホテルに行ったり、そのまま遊びに行ったりと、夜遊びを始めちまう。
でもたまにはいいと、思えてしまったんだ。
今の気持ちを落ち着けたいっていうのもあるが。
狭山の心に、足を踏み入れようとした。
自分でも分からないぐらい、無意識に。
好きどうこうの問題じゃねぇって思ってるはずなのに、心の中では何故かあけに対して罪の意識を覚えていた。
常に背中をついてきてくれる、俺だけの女。
もしあけの方が、今回の俺みたいな立場になって、他の男にあんなこと言ってたら、俺はどうするんだろうな。
「・・・俺も、身勝手だな・・・」
「・・・ん?なんか言ったか?」
「いや、なんでもねぇ」
きっと、あけが笑いかける男を潰すだろう。
俺の居場所を取るんじゃねぇと、子供のように。
俺は再びあけの温もりを確認するように手を握り、人通りの少ない路地裏へとあけを引っ張った。
人ごみから離れた場所は、俺たちの歩く音しか響かない。
変な奴らに絡まれるんじゃねぇかとか考えたが、その心配は必要なかったようだ。
人通りは慣れたこの路地裏には、誰の気配も感じない。
「静かだなぁ・・・」
「ほんとだな。表は人多いしなー。大丈夫か、桐生。あんまり人ごみ好きじゃねぇだろ?」
「あ?あぁ、大丈夫だ」
人ごみが嫌いだなんてこと、口に出したのはほんの1回だけのはずだ。
当たり前のように俺を気遣ってくるあけを見て、俺は静かに足を止めた。
そのまま振り返って、掴んでいた腕を壁に押さえつける。
一瞬抵抗しそうになったあけは、俺の表情を見て恥ずかしそうにしながら目を閉じた。
俺自身も、色々あって疲れてるみてぇだ。
癒しを求めるようにあけの唇を貪り、逃がさないように舌を絡める。
「っ・・・ん」
震える身体。
抱きしめれば、その小ささが良く分かった。
いつもより大人しいところを見ると、やはりさっきの狭山とのことを気にしているのかもしれない。
それが分かっていながらも、俺は何も言葉を掛けることが出来ぬまま、ただ唇を重ね続けた。
――――朝。
俺たちは結局あのまま夜が明けるまで遊び、待ち合わせの場所に向かっていた。
隣を歩くあけが、眠そうに大きな口を開ける。
「ふぁ~・・・」
「ったく・・・少し仮眠取ったらどうだって言っただろうが」
「んー・・・?別に平気だよ・・・」
確かに前よりはいい表情をしているが、眠そうなことには変わりない。
それでもあけは元気に手を上げ、橋の上で待っていた狭山に声を掛けた。
「狭山ー!」
「・・・・」
「・・・・ん?狭山?」
「え?あ・・・来たのね」
「・・・どうした?」
普段の狭山らしくない、生返事。
目元にクマがあるわけでもないし、寝不足では無いみたいだが。
そんなことを思っていると、あけが狭山の顔を覗き込んでから口を開いた。
「お前、寝不足だろ」
「え・・・?そ、そんなこと・・・」
「いや、嘘だね。クマには出てねぇけど、目が疲れてる」
「・・・はぁ。貴方には変に嘘が付けないわね」
「どうしたんだ?何かあったのか?」
・・・さすが、というべきだろう。
様子だけじゃ分からない部分を、すぐに見抜くのはあけの良い所だ。
それにしても、狭山は何があったんだ?
あのまま帰るって言ってたはずなのに、帰らなかったのか?
今日は一応、ジングォン派の生き残りに会いにいく予定だと思っていたが・・・。
「夕べ、今までのことを整理してたら・・・ちょっと嫌な予感がしてね・・・」
「嫌な予感?」
「ええ・・・私が、ジングォン派の生き残りじゃないかと思って」
狭山の言葉に、俺たちは動きを止めた。
「・・・どういうことだ?」
「・・・ママの言っていた事から推測して・・・私の両親が二十数年前、東城界に殺されたとするなら・・・」
「・・・・」
「両親は東城会に敵対していた、ジングォン派の人間・・・って考えるのが自然じゃない?」
両親がいなくなった時期。
狭山のママである葵が言っていたという、東城会の話。
そこから導き出した、狭山の考え。
否定も、肯定も、出来ない。
「お前も・・・ジングォン派の生き残り・・・・」
「そう考えてもおかしくは無いでしょ」
「村井に会いにいくのは、止めるか?」
「・・・いいえ。私は、自分の過去からは逃げないわ」
強い瞳が、俺の方を向く。
ああ・・・この目は、やっぱり。
アイツに、そっくりだ。
どんな時でも後ろを向くことを嫌う、あけの目に。
狭山は本当に止まる気が無いらしく、俺を手招きしながらすぐに走り出した。
向かうは狭山の求める場所―――村井のいる、桂馬という店。
まずは新星町というところに向かうらしい。
狭山の話によると、そこに村井という男がいる桂馬という店があるんだとか。
悪いがここは俺の知らない町だ。狭山についていくしか、俺には方法がねぇ。
しばらくして、狭山のいう新星町というところに到着した。
古き良き、大阪の街というべきか。
関東にはない良い雰囲気が、周りを見るだけで伝わってくる。
「それで、桂馬という店はどこだ?」
「そこまで教えてくれなかったわ。探しましょう」
いざ桂馬という店を探し始めようとした俺たちの耳に、聞き慣れない音が鳴り響いた。
その音にビクッと身体を震わせたのは、俺の隣を歩いていたあけで。
あけは慌ててポケットの中を探ると、鳴り響いていた携帯を取り出した。
画面に映し出されている名前は、堂島大吾。
「珍しい奴だ」なんて言いながらあけは電話を取り、大吾と話を始めた。
狭山はそんな時間すら惜しいのか、俺たちの近くで聞き取りを始めている。
「もしもし?どうした、大吾」
聞こえてくる会話は、あけの声だけ。
どんな会話をしているかは分からないが、何故か心が苛立つのを感じた。
「あ?体調?んなもん平気だよ。・・・あー、大丈夫。ん?あぁ、このゴタゴタが終わったら一緒に飲もうぜ」
・・・俺はなんて身勝手な男なんだ。
分かっているのに、身体はいう事を効かない。
感情のまま、俺は話している最中の電話を奪い取った。
慌てて取り返そうとするあけを押しのけ、受話器に耳を当てる。
『・・・だよ。だから無茶すんじゃねぇぞ、あけ』
「・・・・わりぃな、俺だ」
『・・・・・・何だよ。どうした?俺なんかに嫉妬か?』
大吾も、どうして俺が電話に出たのか、分かったのだろう。
勝ち誇ったような笑い声が聞こえ、更に俺の心を苛立たせる。
『そんなことで嫉妬してちゃ、身体がもたねぇぞ、桐生さん』
「お前には関係ねぇ」
『・・・あるからいってんだって。俺はずっと前からあけを見てきた男だ。だからこそ・・・な』
そういえば、あけが話していたな。
親っさんの所に通っていたあけが、良く大吾とつるんでいたと。
・・・やっぱり、あけにはもっと自覚させるべきだ。
彼女自身が意識してなくても、人の心を理解して気遣ってくれる彼女の性格は、自然と色んなやつらを引き寄せてしまっているんだということを。
あけはムスッとした表情を浮かべたまま、携帯を返さない俺を睨んでいる。
そんな表情にすら愛しさを感じた俺は、わざと声を大きくして大吾と話した。
「先に言っといてやる。・・・あけは俺のモンだ」
案の定、その言葉を聴いたあけの表情がヒクッと引きつる。
いったいどんな会話してんだ!?と、俺の身体を強く揺さぶった。
「お、おい桐生、お前いったい大吾と何話して・・・・」
『悪いが桐生さん。こればっかりは俺だって譲らない』
「関係ねぇな。奪えるもんなら奪ってみろ」
『・・・言われなくても』
「おいこらー!!無視すんなっ・・・このっ!!!」
引き寄せられる感覚と同時に、手の中にあった携帯が消える。
あけは怒りながらも、俺の発言に顔を真っ赤にしたままだ。
電話の先に居る大吾も、きっとあけの雰囲気を読み取って笑っているだろう。
気に食わないが、これ以上あけを怒らせるわけにもいかないので、やめておく。
あけはそのまま電話を切ると、聞き込んでいた狭山を呼び戻した。
それから手馴れた手つきでポケットから手帳を出し、とあるページを俺たちに見せる。
「何?これ」
「桂馬って店の場所だ」
「えっ・・・」
あけから放たれた言葉に、俺と狭山は顔を見合わせた。
驚く俺たちの表情を見て満足したのか、あけがタネを話し出す。
「前に情報収集してたときに、店の名前と場所だけは聞いたんだよ。ま、変に外から封鎖されてる将棋の店だってことぐらいだったし、必要なときがあればってぐらいの情報だったんだけど」
そのわりには、場所や特徴もしっかりとメモに書かれていた。
この地図だと・・・場所は通天閣側の地下入り口前あたり。
ここまでしっかり分かってるなら、あとは行くだけだろ?と聞くが、あけの表情は冴えない。
あけは深いため息を吐くと、問題があるんだと言いながらペンを下に走らせた。
地図や特徴が書かれている下側に、「入るためには」と書かれた乱雑な走り書きが見える。
入るためには、“龍馬の駒”が必要。
龍馬の駒?・・・聞いたこともねぇ。
「龍馬の駒・・・ちょっと分からないわね」
「だろ?これが問題なんだよなー・・・ってわけで。こっからは手分けして情報探しだ!」
「手分け?」
「うん。手分けの方が効率が良いし、もし答えにたどり着けなくても、全員がバラバラの情報を持ち寄ってこれる可能性もある。そうすればその情報を合わせて、答えにたどり着けることだってあるだろ?」
情報収集慣れしている彼女は、手早く俺と狭山の担当場所を分けた。
狭山は通天閣から少し離れた場所。
地元の人しか分からないような細かい道は、地元の人に任せた方が早いらしい。
そして俺は、通天閣側から大通り。
あけは狭山とは逆の方向から攻めるといって、すぐに走り去ってしまった。
「あー!集合場所は通天閣の入り口なー!1時間後だからなー!!」
言い忘れたらしい、集合場所と時間を付け足しながら。
「・・・落ち着き無いわね、あの子」
「あんなもんだ」
「そう。・・・じゃあ、負けないよう、私たちも頑張りましょう」
そうだな、と。
返事を返すころには狭山も走り出していて、似たもの同士だなと俺は笑った。
さぁ、探そう。彼女が求めるものを。
(その先にどんな過去が待っていても)
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