いらっしゃいませ!
名前変更所
ゾンビが徘徊する神室町。
黒幕の居場所も分かり、最終決戦も間近というところで、私は自分のアジトに戻ってきていた。
私のアジトは普通の場所にはない。バレないように、壁の中にある。
もちろんその中にあるものは簡単には荒らされない。
最終決戦前に物資調達するにはふさわしい場所、ということになったのだ。
もちろん、物資調達をしにきたのは私だけじゃない。
この最終決戦組―――桐生と、龍司と、三人。
「ここがアジトっちゅうやつか。なかなかのもんやな」
「あんま見るなよなー・・・汚いんだから」
あんまり人に見せたくないものだが、龍司にはしょうがないだろう。
ジロジロとアジトを見回す龍司を気にしながらも、私はてきぱきと武器や薬が入っていた場所を漁った。
表に出すには少し物騒なモノや、私が調合した薬の数々。
ゾンビに入られなかった私のアジトは、たくさんの物資であふれていた。
普段なら表に出しちゃいけない、けど。
今なら許されるべきものが、たくさん。
その中から小さな小瓶を取り出し、後ろで見ていた桐生に投げた。
時々アジトに持ち帰っていた銃の弾も、全て預ける。
「こんな物騒なものを堂々と装備できるようになるなんてなー。あ、その薬は痛み止めと、傷薬ね。ゾンビに噛まれた傷はどうしようもないから、噛まれるなよ」
「・・・わかってる」
「さすがにちょっと怖い?」
「んなわけねぇだろうが」
「あだっ!」
桐生にべしっと頭を叩かれ、思わず頭を押さえた。
涙目で睨みあげれば、意地悪く笑う桐生と目が合う。
・・・こいつ、本当にむかつくな。
苛立ちながらも、私はもうひとつやることを思い出し、その場から立ち上がった。
「よっと・・・」
「・・・ん?それはなんだ?」
「これ?ゾンビの血液」
「・・・きもちわるいもの持ってるな」
「失礼な」
私と同じように、ゾンビのことを”研究”という目線で見ている女がこの町にいる。
その女から譲り受けた、サンプル品・・・それがこの血液だ。
一応、血液には感染能力がないことは実証済みだから大丈夫、なのだが。
気持ち悪いことには変わりないのか、桐生の表情が歪む。
私はそんな表情を気にすること無く、取り出した小さな瓶の中身を別な瓶に移した。
「最後の最後だ。一応、感染を防ぐ薬みたいなのができないかなってね」
いままで、ある程度の毒を防ぐ薬は作ったことがある。
その理論で上手くいくとは思えないが、少しはやってみる価値もあるはず。
私は龍司と桐生が勝手に動き回るのを注意すること無く、慎重に実験を始めた。
いままで作ってきた薬品を静かに混ぜ、その中に血液を混ぜて様子を見てみたりする。
「・・・・それにしても・・・」
ほんと、どうやってこんなもの、作ったんだろうか。
確かに私は正規の知識でこういうのをしてる訳じゃないから、実験とか研究で仕事をしてる人よりは全然分からないことだらけだ。
でも、それでも、こんな、人がゾンビになってしまうようなものって。
簡単に作れないことぐらい、わかってる。
いやむしろ、作ろうと思う人がいないのだ。
狂ってる、こんなの。
「うまくいかなくても、やるしかないんだけどね」
薬が出来ても出来なくても、やることは一緒。
ただこの事件の黒幕を、潰しに行くだけ。
私が作るこの薬は、ただの保険に過ぎない。
たとえ小さな保険でも今は欲しい。
それほど、怖い戦いなんだ。
「・・・・・」
ちらりと後ろを見れば、桐生と龍司は好き勝手に私のアジトを歩き回っていた。
あの二人はいつだって平気な顔をしてる。
・・・噛まれた、兄さんでさえ。
そんなはずはない。誰だって恐怖はある。
あんなバケモノになってしまう可能性が、あるなんて。
「・・・少しでも、負担を減らせたら」
それで、いい。
「あんまり部屋のモン触るなよー」
アジトをうろうろする二人に注意をしながら、私は手を動かした。
急ぎつつ、でも慎重に。
大丈夫、いつものとおりにするだけだ。
これはただの血液。これ自体を恐れる必要はない。
「・・・・・」
でもやっぱり、怖いな。
ゲームでしか見たことのないようなものが、周りを彷徨いてる、しかもそれと戦わなきゃいけないなんて思うと。
カチャン。
考え事をしながら動かしていた手が、ふいに止まる。
自分の足元から聞こえたガラスの割れる音に、血の気が引いていくのを感じた。
右足が、嫌な熱を持つ。
桐生達にバレないよう慌ててしゃがめば、そこには先ほどまで使っていた薬品瓶が散らばっていた。
「・・・・なんだ、これか」
特に効果の発揮しない薬で一瞬ほっとするが、足の熱は消えない。
違和感を感じて見てみると、少しだけ関節が痛んだ。
なん、だろう?
落ちた薬品自体は、毒薬でもなく、そう何か影響させるようなものではなかったはず。
最近走り回って疲れたんだろう。
そう思うことにした私は立ち上がろうとして
「ッ――――あぐ!!」
呻き声と共に、一瞬で意識を手放した。
全身が痛い。
足だけじゃなく、全てが。
全ての関節だけが、ずきずきと痛む。
目を覚まして身体を起こすと、その痛みは徐々に引いていき、かわりに大きなお布団が目に入った。
「・・・・ん?」
布団だけじゃない。よく見てみれば、全ての道具が私がいつも見ているものより大きい。
幻覚かなんかの薬だったのか?と、目を擦った際に見えた小さい手。
小さい、手?
声も出ないほど驚き、ベッドの上で立ち上がる。
立ち上がった私は小学生ほどの身長しかなく、少しだけだした声も、やたら可愛らしい声になっていた。
「なんで・・・」
なんでもなにも、原因は一つしか無い。
あの、薬だ。
割れた薬が、たまたま効果を発揮してしまう薬と混ざってしまったんだろう。
とりあえず解毒剤を作ろうとベッドから降りた私を、ひょいっと何かが持ち上げた。
「な、なにすんだっ」
「おーおー、口の悪いガキやのう」
「りゅうじ・・・・」
「なんや?」
「はなせ。ちいさくなったからといって、がきになったわけじゃない!」
「そのわりには、随分と子供みたいな喋り方だな」
抱きかかえられた私の後ろに立つ、桐生。
目の前でニヤニヤと笑う龍司を睨んだ後、私は暴れながら桐生の方を振り向いた。
「はなすようにいってくれ!これじゃ、げどくざいもつくれないっ」
「龍司、離してやれ」
「なんや?勝負まではまだ時間あるやろ?・・・これもなかなか、癒やしやないか」
こいつ、楽しんでやがる・・・!!
むかついて額にデコピンかましてみても、龍司からは何の反応もない。
にしても、どうしたらこうなるんだ。
デコピンした腕も、力も、それは子供ソノモノ。
変わってないのは私の頭ぐらいだろうか。
「いいからはなせ!!」
龍司の腕を蹴り、なんとか抜けだした私は着地をしようとして――――落ちた。
「ッ・・・・」
「お、おい、大丈夫か?」
そのまま、落ちたのだ。
頭の中では綺麗に着地したつもりだったんだが。
どうやら、身体能力も身体なみになってしまったらしい。
思いっきり地面に尻もちをついた私は、痛みのあまりその場にうずくまる。
「あけ?」
「うぅ・・・・」
「そ、そない痛かったんか・・・」
涙が出ていることに気付き、慌てて服で拭った。
いつもはいくら暴れても痛みに耐えられるのに、小さな身体だと痛みまで通りやすいらしい。
あれ、そういえば。
涙を拭っていた手を止め、服を見る。
私が着ていた服はもちろんのこと今の身体には合わず、シャツがワンピースのように私の身体を包んでいた。
気づいてベッドの上を見れば、私がもともと履いていたらしいズボンが置かれている。
「・・・・ぐすっ」
涙が、止まらない。
痛みと、めんどくさいことになってしまったことと。
この身体になったことによる、弱体化に不安を覚えて。
「おい、あけ?大丈夫か?」
「うっ・・・うう・・・・」
今の私は、本当に何も出来ない。
今考えてみれば、こんな身体じゃ解毒剤をうまく作れる保証もないからだ。
精神すら弱くなってしまったのか。
一度溢れだした涙は止まらず、私はただ泣き続けた。
それを見ていた桐生が、私の頬に手を伸ばす。
「大丈夫か?泣くな・・・俺がいるだろ?」
暖かい、声。
薬で精神まで若返ることはありえないけど、私はその声にとても安心感を覚えた。
子供のような、感覚。
むず痒くて手を払おうとしても、身体は動かない。
精神ではわかっているのに、身体がその心地よさを求めて離れようとしない。
「きりゅう・・・・」
「フ・・・かわいいやつだな」
やめろ、そんな恥ずかしいこと。
龍司だって見てるのに!
どうなってるんだ?どうして身体がこんなにもいうことを聞かない?
ただ身体が小さくなるんじゃなくて、幼くなる薬だったのか?
「もう、いい・・・はなして・・・・」
「何でだ?離れたくないって言ってるみたいだけどな?」
「離せや、桐生。お前ばっかりずるいやろ」
「あっ・・・!?」
ふわりと浮く感覚は二度目だった。
慌てて振り返れば、次は龍司が私の抱きしめている。
――――いや、抱っこしている、なのかもしれない。
「りゅうじ!」
「なんや?桐生がよくてワシは駄目なんか?」
「そうじゃない!どっちも、だめ・・・・」
言葉の途中で頭を撫でられ、なぜか言葉が出なくなっていく。
「ん・・・」
「お?なんや?撫でられるの好きやったんか?かわええのう!」
「う、や、やめ・・・」
抵抗しても、力の差は前よりも歴然としたもので。
私はされるがまま撫でられ続け、次第にまぶたが落ち始めるのを感じた。
あの薬がどんな効力を発揮したのか知らないが、これはやばい。
自分の頭と、身体が分裂してるみたいだ。
ウトウトとし始めた私に気づいた龍司は、静かに撫でる手を止めて私をベッドに寝かせた。
薄れ始めた意識で、無意識に桐生の方に手を伸ばす。
「・・・どうした?」
優しい、声だ。
いつぶりにこんな、素直に誰かを求めようと思っただろう。
眠い。
子供になったかのような気分。
「あけ」
伸ばした手に桐生の手が触れた瞬間、私は何かが切れたように意識を落とした。
「・・・・・」
「そんな顔で睨むな、龍司」
「ケッ。時間が長いやけやろ。覚えとけや、すぐ追いついたる」
「・・・なんのことかわからないな」
「嫌でも分からせたるわ」
「・・・・・悪いが俺も、渡すつもりはない」
「もとより、お前のモンやないやろ?」
「さぁ、どうだかな・・・・?」
「そういえばこれ、元に戻るんか?」
「・・・・・・・・」
本能のまま求めた手、苛立つ龍の声
(朝起きた時、裸同然で目が覚めた私の絶叫を聞いて、二人が第二ラウンドを始めたのはいうまでもなかった)
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