いらっしゃいませ!
名前変更所
色とお金の町、祇園。
この町で権力と力は意味を成さない。
必要なのはお金。
お金が、権力になる。
でもそれよりも、もっと確実に、どんな場所でも使える力がある。
それは情報だ。私が色々なことに使ってる、情報。
その人の家庭、愛した人間の数、遊んだ数、お気に入りの遊郭の女。
人間は金よりも、権力よりも、結局は情報に弱いんだ。
だから私は、誰も信じず、情報だけを力にして生きてきた。
この祇園に流れ着いてからもそれは変わらない。
ただ変わったのは、大きな大きな―――カモを手に入れたことぐらいか。
そのせいか居心地が良すぎて、祇園から離れられなくなっていた。
「よぉー?桐生」
「・・・・チッ。またおまえか」
「なんだよ。そんなあからさまに嫌がるなよ」
嫌がる顔をしてる男は、桐生一馬之助。
ま、偽名だけどな。
桐生の前に立ちふさがった私は、ニンマリと笑って手を差し出した。
なんの合図か分かっている桐生が表情を歪める。
これは、彼の正体を知っている私の特権。
彼の過去も、正体も、今までの行動も全て情報として握っているから。
桐生は、私に逆らえない。
「ったく。遊郭でも儲けてるんだろうがてめぇは」
「さぁなー?いいからくれよ。ちょっと遊びたい気分なんだ」
「・・・・ほらよ」
親から小遣いをもらう子供のように。
強請る私の手に、数枚のお金が置かれた。
悪い表情でお金を数えれば、桐生がやれやれと首を振る。
「性悪な女だぜ」
「うっせーなー!」
「夜のほうがまだ可愛げがあるのにな」
「・・・・う、うるさいな!!」
昼は情報屋。
夜は遊郭の女・・・もちろん、これも情報を抜き取るための仕事にすぎないが。
だが、遊郭の女として演じている間は、たとえ桐生でも粗末には扱えない。
それをわかっていて、桐生は私への仕返しに遊郭へと遊びにくるようになったのだ。
でも、目的はそれだけじゃないことに、私は最近気付いた。
桐生が遊郭にきて話すのは自分の過去や苦しみ―――全てを知っている人間として、私に安らぎを求めているのだろう。
私はそれに気付いても、それを嫌とは思わなかった。
むしろそれが心地よくなっていて。
でも、こんなカモを自由にするのも嫌だから、ずっとこんな関係が続いている。
「ほう・・・お前でもそんな反応できるのか。こりゃまた夜が楽しみだな」
「~~~っ!!!調子乗るとふんだくるぞ!!!」
「あぁ、いいぜ?金はちゃんと持ってくる」
「っ・・・・くそ!!!」
逆に、桐生にも上手く使われてるような気がしないでもない。
カモとして私が桐生を簡単には手放せないと気付いているから、段々と調子に乗られてるんだ。
・・・事実だからどうしようもねぇ、けど。
悔しくて脇腹を小突こうと拳を構えれば、桐生の手が素早く私の手をつかむ。
「っち・・・・」
「お前ならわかってるだろ。俺がそんな攻撃、安々と受けると思うのか?」
意地悪い、笑み。
生意気だ!!って上から押さえつければ良いんだろうが、それも出来無い。
これじゃ、ただの秘密を共有してる仲って感じだな。
まぁ、利用できれば何でもいい。それが情報屋なのだから。
「んじゃ、またな」
「あぁ。大負けしてこい」
「・・・するわけねぇだろ!」
利用しているだけ。
彼もまた、私が全てを知っている人間だから、居心地の良さを利用しているだけ。
私は彼を、信じていない。
誰も、信じない。
きっと彼もいつか、私に牙を向こうとする。
そのタイミングを伺ってる。
「ふぁう・・・・さーて。今日は何して遊ぶかな」
もらったお金を手で転がし、私は目的地へと足を進めた。
さぁ、今日はいくら儲けれるかな?
「ちっ・・・・」
手元に残ったお金を見て、まず出たのは舌打ちだった。
もう少しで大勝ちしそうだったのに、外を見ればもうすっかり日も暮れていて。
・・・ここからは、夜の仕事。
いつまでも遊んでられないと、中途半端なところで掛けを辞めてきたのだ。
「ちゃっちゃと着替えねぇとな」
店の裏口からそっと入り、自分用の着物を手に取る。
準備の時間より少し遅れっちまってるからな。
表から入れば、何を言われるか分からない。
慣れた手つきで服を脱ぎ、男勝りな姿から女へと化けていく。
着飾り、男に遊ばれる女へと。
「ふぁぁ・・・・」
出来れば太夫の付き添いが楽なんだが。
踊りも歌も太夫が中心になってくれるから、お客と話がしやすい。
話がしやすければ、情報も得やすい。
だが今日はそうもいかないだろうと、自分の方に歩いてくる少女の姿を見てため息を吐いた。
「あー・・・」
「千早天神!あの、お呼びが・・・」
「・・・はいはい」
私の店入りを狙って即座に入った呼び出し。
それが誰からのものか、私には聞かなくても分かっていた。
嫌でも分かる、と言えばいいか。
動きにくい着物に苛立ちながら、階段を登って目的の部屋に向かう。
そして普段ならする挨拶もなしに、私は音を立てて襖を開けた。
「・・・・やっぱりな」
「おいおい。俺は客だぜ?そんな態度でいいのか?"千早天神”」
「・・・っわるぅございますね。先生。どうぞゆっくりしていってください」
嫌々ながら言い放つと、桐生が意地悪い笑みを浮かべる。
・・・っくそ。
これだから、こいつが客で来るのは嫌なんだ。
でも断ることも出来ない。こんな美味しいやつを逃すわけにはいかないから。
ってことで、結局はこうなるんだ。
ニマニマと悪い笑顔を浮かべる桐生に、乱暴な酒の注ぎ方をしてやる。
もちろんそんな私に対し、桐生が黙ってるわけもなく。
「"千早天神”、ちゃんとしてくれよ」
「・・・っ。ちゃんとするからその名前で呼ぶな。気持ち悪い」
天神の名前は偽名だ。
元々顔を知っている人間から呼ばれることを想定していないため、その名前が呼ばれるたびに気持ち悪くて身体が震える。
私はそれに耐え切れず、桐生に白旗を上げた。
丁寧に手を添え、微笑みを浮かべて桐生に寄り添う。
「ほら、飲んでくださいな」
「・・・そうしてると、本当の女だな」
「・・・・さっさと飲め」
一瞬見せた女の顔も、桐生の言葉で維持する気を無くした。
あぁ、本当に苛立つ。
私が使っている側だというのに、余裕な表情を浮かべているのが。
でもこれも、今に始まったことじゃない。
本来は進められた時にしか口にしない酒を、苛立ち紛れに私も口にした。
「お、珍しいじゃねぇか、お前が飲むのは」
「誰かさんのせいで苛ついててな」
「誰だぁ?そいつは」
「わざとらしいんだよ、このやろ」
寄り添った状態でわざと体重をかければ、桐生がうっとおしそうに私を睨む。
「重い」
「・・・・今私が刀を抜けば、一瞬でお前の脇腹を貫けるけど?」
「客に対してそりゃねぇだろ?それにあけ、お前は俺を・・・殺せない」
真剣な声で囁かれ、私は思わず小さな声を上げた。
慌てて口を塞ごうとするが、追い打ちを掛けるように桐生が私の手を掴んだ。
「っ・・・!?」
「可愛い反応するじゃねぇか・・・そんなことされると、お前でも・・・少し、たべたくなるな・・・・」
いつものからかいより度がすぎる言葉に、慌てて桐生から逃げ出す。
相変わらずだなこいつの女癖。
私みたいな女まで、手を出そうなんて思うとは。
皮肉の意味を込めて「遊び人間」と呟くと、桐生はその言葉を鼻で笑った。
「あけ、お前も立派な女だ。俺に隙を見せたら食うぜ?」
「黙れ助平が。私みたいな女食ってる暇があるなら、もっとべっぴんさん食え」
呆れ顔で冗談を返した先で、桐生の表情を見た私は、ゆっくり首をかしげる。
冗談を返しただけだというのに、桐生の目はまっすぐ真剣に私を見つめていた。
何も悪いことを言ったつもりはないが、その表情に私は言葉を失う。
な、なんだ?何か怒らせるようなことを言ったか?
戸惑う私をよそに、桐生は真剣な表情のまま、逃げた私を追うように身体を近づける。
「き、桐生?」
じりじりと後ずさり、ぶつかったのは壁。
そのまま桐生は私の両側に手をつき、逃げられないように覆いかぶさった。
・・・・何が、どうなって。
こうやっていろんな女を騙してるのか?
いや、あの女食いの桐生だ。そうに決まってる。
こんなことをするのは私だけじゃない。
日頃の、仕返しに決まってる。
かろうじて平常心を取り戻した私は、覆いかぶさる桐生を睨みつけた。
「こ、こら・・・・桐生、どけ・・・・」
「いいのか?抵抗して・・・俺はお前が知っての通りの男だ。抵抗したら・・・傷めつけるかもしれねぇぜ?」
悪人顔で、腰の刀をちらつかせる。
だが私は、それがどうした?とばかりに笑ってやった。
桐生のことを知ってる。それは事実だ。
女食べまくって、鬼のように強くて。
そんでもって、過去の彼は―――。
「ばーか」
「な・・・」
「冗談下手くそすぎ。そんな本気で脅しにかかってない目で見られてもばればれだし、何しろお前の正体も情報も全部知ってるのは前からのことだ。今更急に私を殺すとは思えない」
「・・・・ちっ。もっと怯えた反応見せるかと思ったのによ」
嘘を暴かれた桐生が、つまらなさそうにため息を吐く。
それでも、私の両側を塞ぐように伸ばされた手は、引かなかった。
「桐生~、そろそろ、どけ」
「・・・・無理だな」
「桐生!」
「お前のせいで昂っちまったんだよ・・・たまには、責任とってくれよ」
熱い、声。
私を食らうような、目。
そんな表情で言われた言葉が何を意味するかぐらい、私にも分かる。
だがここで動揺しては桐生の思う壺だと、私はあくまでも平然を装った。
「へぇ・・・私みたいなのとしたいのか?いいぜ、追加料金になるよ?」
やられたら、やり返す。
覆いかぶさる桐生を誘うように微笑めば、桐生の表情が一瞬で変わった。
「・・・・・あけ」
明らかな、苛立ち。
まさかそんな表情をされると思っていなかった私は、桐生の反応に戸惑った。
じ、自分で誘ったくせに、誘い返されたら嫌なのかよ。
「お、おい・・・・嫌なら誘うなよ・・・」
「・・・あけ、お前。金さえ払えば、他の客にもそういうことしてるのか?」
「へ?」
「追加料金っつっただろ。・・・・他のやつにもそういうことしたのかって聞いてるんだ」
明らかに桐生が苛立っている。
どうして桐生が苛立っているのか分からず、私はごくりと喉を鳴らした。
なんで?いつもどおりのただの冗談じゃねぇか。
それに私がお金をもらって身体を売るわけない。
「んなことするわけねぇだろ?私はそんなことしない」
「・・・・本当だな?」
「あ、あぁ・・・さすがにそんな嘘はつかねーよ」
なんだってんだ?
どうしてそんなこと、知りたがる?
桐生は私なんか捕まえなくたって、女に追いかけまわされてるぐらいの男だ。
そして本人も女食いする奴だから、女泣かせとまで言われるようになって。
そんな男が、私のことなんか気にするか?
またからかってるのか?と。
食って掛かろうとしたが、また真剣な桐生の瞳に押さえつけられることになった。
「桐生・・・?」
「俺以外の男に・・・そんな顔見せてると思うと、イライラしてしょうがねぇ」
「は?」
「特にさっきみたいなのはな・・・今までずっと我慢してきた理性を飛ばすぐらいだったんだ。他の男だってお前をほしいと思うやつぐらいいる・・・・」
桐生の右手が壁を離れ、私の頬をゆっくり撫でる。
「あ、あの、桐生・・?悪いんだけど、さっきからお前が何を言ってるか、わかんねぇっつうか・・・・」
私は男女の感情に興味を持ったことがない。
桐生が抱いているのは、私への執着心?嫉妬?
それとも、他の男に抱かれてしまうことで、他の男に情報を流してしまうかもしれないから、警戒してんのか?
・・・それなら、納得いく。
「桐生、安心しろ。私は別にお前の情報を勝手にばらまいたり売ったりはしねぇ。お前が私に利用されてくれる道からはずれなきゃ、な」
桐生の情報は高い。
なんだって彼は極悪人。賞金目当ても、身柄目当ても、たくさんいる。
だけど情報売らないのは、それよりも桐生と共にいるほうが良いから。
祇園で稼いでる彼からもらえる継続的なお金。
そして彼の傍にいることで情報も増える。
「そうじゃねぇんだよ」
苛ついた言葉。
聞いたことのないような声に、私は思わず息を呑んだ。
「お前が他の奴に見られるのが嫌なんだよ」
殺気とは違う、威圧感。
私は思わず、桐生から身体を離して後ずさった。
だが、それは遅かったのかもしれない。
苛ついた表情のまま、桐生は逃げようとする私の手を掴み、その場に押し倒した。
表情から何も伝わってこない。怒ってるのか?なんで?
「桐生、どうし、たんだ・・・?」
「我慢しようと思ってたんだが・・・やっぱり、無理だな」
―――背筋が、凍るような。
そんな怖さが、今の桐生にはあった。
私には、桐生の言葉が理解できない。
なんだ?遊び?からかうため?
押し倒してきた桐生の手が私の頬をなぞり、次第に胸元へ下がっていく。
「や、やめ・・・っ」
暴れても、桐生はびくともしない。
どうすればいいか分からなくなって涙目になる私に、桐生は意地悪い笑みを浮かべた。
「最初からこうすればよかったんだな」
耳元で、甘い声が響く。
「ずっと俺はお前に惚れてたんだ・・・お前が、ほしい」
嫌だ。
私は無理だと分かっていながらも、桐生から逃れようと腕に力を込めた。
もちろん、私の力じゃ桐生は動かない。
それどころか桐生は冷たい瞳で、私を―――見つめた。
「我慢がきかなくなっちまうとはな・・・・」
熱い吐息が耳元に掛かる。
その感覚に震えれば、桐生が耳元で笑うのを感じて顔が熱くなるのを感じた。
「我慢する必要は、ねぇか」
「・・・・ひ、や、やめろ・・・」
「悪いが、とまれねぇよ。・・・俺はそんなに優しくねぇんだ」
”今まで失ってきた分、欲しいものなら、力づくでも手に入れてやるよ”
いつもなら、「また冗談か」って言えるはずの言葉。
そんな言葉が今の私には、冗談に聞こえなかった。
いや、きっと、冗談じゃない。
それが理解出来た頃には、腹部の鋭い痛みと共に、私の意識は沈んでいった。
手が動かない。
足も、動かせない。
どんな遊女よりも綺麗に着飾った姿だけが、近くの鏡に映って見える。
桐生はあれから、私を人形の用に扱った。
優しく、誰にも見えないところに閉じ込めて。
愛を囁き
時には私を無理やり乱し
無理やりなのに、愛し合っているかのような。
謎の、感情。
「・・・桐生」
呼べば返ってくる笑顔。
でもその笑顔に、あの飄々とした遊び人の面影はない。
これが彼の、本当の顔なのかもしれない。
そう思えるほど、恐ろしい笑み。
私は彼を知っている。
彼の過去も、知っている。
だからこそ見せれるのかもしれない。
彼の、素、を。
「桐生・・・・」
こんな彼の淋しげな表情、見たことなかった。
私に縋るようなその瞳は信じられないほど、弱々しくて。
「・・・どうした?あけ」
お前は、俺のことだけ見てればいい。
そう囁かれた右耳に、甘い痺れが走る。
情報は知っていても、彼の心のなかまでは知ることの出来なかった、私の負けだ。
今日もまた私はこうやって、彼のためだけの、人形になる。
いつまで続くんだろう。いつからこうなるサダメだったんだろう
(こうなってしまったら、もう、逃れられないんだ)
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