いらっしゃいませ!
名前変更所
東城会本部に足を踏み入れるのは何度目か。
最近は直属の組を作ったこともあり、呼び出しは増えていた。
会長が待つ部屋へ慣れた足取りで進み、重厚感あふれる扉の前で立ち止まる。
少しだけ抱えた緊張と不安を馬鹿らしいと噛み砕き、軽くノックをした。
中から会長の声が聞こえて招かれる。同時に女性の声が聞こえたことに扉を開けてから気づいた。
「失礼します」
「忙しいのに悪いな、峯」
「いえ・・・・」
部屋に入ってからというもの、俺の視線はその女に釘付けになった。
どこにでもいるような、普通の女。
少しボサボサの髪にこの空間に似合わない純粋な笑みを貼り付けて。
何故か会長の席に座って楽しそうにしている。
「・・・・会長の女ですか?」
まぁ、それなら許されそうだ。
そう思い失礼だと思いながらも尋ねると、会長とその女が一斉に吹き出した。
「え?私が大吾の女?むりむり・・・!」
「俺もお前みたいなやつはゴメンだ」
「そこは嘘でもいい女っていっとこうよ。うちらもう何十年の付き合いだよ~?」
「フッ・・・紹介しておく。この女はあけ。こっちの世界じゃ鷹の情報屋って言ったほうが早いか?」
「鷹の・・・!?」
ひらひらと手を振って俺に挨拶するあけは、紹介された内容に合わない風貌をしていた。
鷹の情報屋。それは裏の世界じゃ知らない者がいないぐらいの情報屋の一人だ。
花屋と肩を並べる凄腕の情報屋で、花屋とは違う分野の情報収集を得意にしているらしい。
そして最大の特徴は、鷹の情報屋は東城会専属のお抱え情報屋であること。
そのためどんな情報も鷹に掴まれば東城会の上部に流される。一部の上部に対して牙を剥こうとしている奴らにとっては最悪の敵だろう。
「よろしくねー!」
「・・・よろしくおねがいします」
「・・・・ねぇ大吾。あの顔、絶対信じてないよ?」
「そうだろうな。俺もお前の仕事を見るたびに、誰か入れ替わってるんじゃないかと思ってるぜ」
「ひど・・・・!」
だが、目の前に紹介された女は本当にただの普通の女だった。
輝かしいこの世界で、金に吸い寄せられたどの女よりも平凡で滲んで見える女。
「もう少しおしゃれしたらどうだ?あけ」
「いやさ・・・情報屋が目立ってどーすんのよ。こんぐらいがいいの!ざ・平凡!着飾る姿は情報収集で使うからさ、もとから着飾ってたらあんまりねー」
そう言いながらあけは立ち上がり、大吾に席に戻るよう促した。
そして隣の空いた席を指差し、俺に向かって座るように手招く。
「峯、こっちどうぞー!」
「ありがとうございます」
席を譲った後、あけは真剣な表情に切り替えて資料を取り出した。
会長も今までの穏やかな表情を一変させ、資料を俺の方に手渡してくる。
「・・・・これは」
それはあの沖縄のリゾート計画の話が詳細に記載された資料だった。
沖縄リゾート計画。
会長が大事にしている四代目が住む土地を巻き込んだその計画の利権は、誰もが欲しがるほどの膨大な金を生み出す計画。
そのため色んな企業、そして裏のある人間が絡んでいるのだが、会長はそのことへの関与を一切断り続けている。
全ては四代目を守るため。俺にはあまり興味のない話だが、会長の意志となれば俺もそれに従うのみ。そもそもこんなはした金に興味はない。
「前も話したが、俺はこの計画に東城会として関わるつもりはない」
「・・・・えぇ、それはお聞きしました」
「だがどうしてもこれだけの膨大の金を生み出す計画だ。何百もの組を束ねる東城会として、全ての組を見張ることもできない。だからこの件に関して、大きく動き出しそうな組があれば抑制の動きをとってほしい」
「なるほど。・・・・何故それを、私に?」
「お前が一番信用できるからな、特にこの件にかんしては」
まぁ、そうだろう。
俺の組にこんな金が必要ないことは、会長が良く知っている。
「引き受けてくれるか?」
会長のその問いに、俺は迷うこと無く頷いた。
どんな理由であれこの人に信頼されるのであれば光栄なことだ。
会長も俺が頷くと分かっていたのか、嬉しそうに頷いていた。
そしてあけの方を向くと、衝撃的な言葉を放った。
「その件に関して、今回はこのあけをお前の専属の補佐としてつけることにした」
「・・・・はい?」
「よろしくねー!」
あけは楽しそうに俺に手を振っている。
納得がいかなかった俺はあけを睨みつけた後、会長に抗議の声を上げた。
「私に補佐など必要ありません」
「いや、この件に関しては一つの組の金や動きでどうこうできるもんじゃないんだ。それにお前も最近直系に上がったばかりで敵も多いはずだ。いろんな意味で役立つあけを連れておけば、問題ない」
「そうそう、万能だから私!」
そう言いながらへらへらと笑う彼女に、万能も何も感じられない。
そもそも鷹の情報屋と聞いても、いまいちその凄さを分かっていなかった。
渡された資料も確かにすごい情報ではあるが、そもそもこの女の力を使わなくても会長の権力ならこれぐらい集められるだろう。
「信用してないって顔だねぇ、イケメン君」
嫌味を込めた声でそう呟いたあけは、ゆっくりと俺の座る席の背後に回った。
そして、小さな声で囁く。会長にも聞こえない声で。
「私は何でも知ってるよ。君の、過去も、ぜーんぶね。義孝君」
「ッ・・・!!!」
咄嗟に振り払おうとしてしまった俺の動きを読んでか、あけは素早く身を引いて大吾に隠れるように立った。
舌を出しながらいたずらっ子の表情をしている彼女に対し、嫌でも色々聞かなければならないことが出来た。これが狙いだったのかは分からないが、そうなれば俺の選択肢は本当に一つ。
「わかりました。・・・・よろしくおねがいします、あけさん」
「うん、よろしく!」
睨みつける俺と、それを分かっているのかいないのかヘラヘラと笑う彼女の初対面は、そこまでいいものではないままで終わった。
正直に言おう。
俺は彼女を見誤っていた。
彼女の動きは素晴らしいものだった。
情報の収集能力は確かに誰よりも長けている。その上、武力行使に対しても絶対的な強さを持っていた。誰もがナメてかかるような見た目をしている彼女からは想像出来ないほどの強さを秘めていたあけは、その態度を崩さないまま歯向かう奴らを沈めていった。
俺の敵になる者、俺に牙を剥く者。
懐に入って騙そうとする者。
直系になってから様々な人間と出会ったが、あけは徹底的にそれを潰していってくれた。
「あけ。これは何だ?」
「何だって・・・ご飯だけど」
「なんで俺の机にこんなに並べているんだ?」
「え、だって峯全然食べないじゃん。筋肉つけるのは分かるけど、ある程度カロリーとらないと筋肉消えちゃうよー?」
「・・・・十分食べている。それに足りない栄養素は・・・」
「サプリメントとか言うんでしょ!そんな味気ない生活じゃお母さん心配だよ~!」
「・・・・・・・・」
「そ、そんな睨まないでよ・・・一応そういうのに考慮したご飯作ってきたんだから、食べてくれるよね?いやー、紳士な峯だもん、女の子の手料理無下にはしないよね~?」
「何が手料理だ。思いっきり店の名前が書いてあるぞ」
「あ、ばれた?」
しかもあけはそれに対して何も要求しない。
元から会長からもらっている分で十分だと、追加報酬も、たまにのプレゼントも何も通用しなかった。正直に言えば金で腹を割らせようとしてもそれが通じず、厄介な相手でもある。
「・・・はぁ、分かった。食べればいいんだろう」
「うんうん。それじゃあ私もいただきま~す!」
「?先に昼に入ってなかったか?」
「峯と一緒に食べようと思ってさ!」
あと、全体的に何を考えているかが分からない。
いつも楽しそうに笑っていて。
俺のせいで怪我をしてもへらへらしている時もあって。
でも真剣な話のときは誰よりも強い眼差しで見つめてきて。
読めない。
今までの金に集る女達と違って、何一つ読めない。
「・・・・何故君は、俺の補佐を受けたんだ」
あけが用意した昼ごはんを食べながら、俺の席の前で美味しそうにご飯を頬張るあけにそう尋ねれば、何一つ悩む様子なく答えが返ってきた。
「そんなの、楽しそうだからに決まってるじゃん!それに峯、いい男だったし」
「いい男?俺が?」
「そうそう。かっこいいし、大吾から信頼されてる男の一人。それに何より・・・・」
――――金、か?
「強い!!!」
――――・・・・。
やっぱり、読めない。
予想しない答えにため息を吐いた俺は、にこにこ笑うあけに頭を抱える。
「・・・・意味が、わからないな。何故強いと思ったんだ」
「表立って喧嘩はしてないけど、戦えるの知ってるよ?相当な強さだよね、神田なんて屁でもないぐらいにさ。私は強いやつが好きなの。強くてかっこいい!そして信頼できる人間。そんな仲間に力を貸すならいくらだって貸すよ!」
この女が、強い男を好きというと違う意味合いに聞こえる。
いや、実際そうなのだろう。たまにあけと待ち合わせしている最中にあけが絡まれて男に誘われているのを見たことがあるが、その時も条件として「強い男が好き」と言っていた。
それは、本当の意味で強さを求めている。
そこらへんの女が、強い男が好きといっているものとはレベルが違う。
なぜなら彼女はその男どもを息一つ乱さず沈めた後、言い放ったのだ。
“私より強い男が好き“と。
「仲間、か」
「うん!」
「そんな簡単に俺を仲間だと思っていいのか?お前を利用しているかもしれないぞ」
「え~?まぁ、自分が信頼した仲間に利用されるなら、しょうがないね」
「・・・・・・・君は、バカなんだな」
「今更?」
あけと話をしていると、自分が馬鹿らしくなってくる。
今まで金で抱いてきた女達も全て。
「あ、ねぇねぇ峯、今日はこのあと夜の打ち合わせまで時間あるよね」
「えぇ、まぁ」
「じゃあちょっと私とデートしない?」
「・・・・本気か?」
「え?あ、いや、うーん?ただちょっとお店に付き合ってもらいたくて・・・・」
俺が怒ったと思ったのだろう。
冗談は言うくせに、慌てて言い直すあけは見ていて少し滑稽だ。
「何の店だ」
「ブランド系だよ。今度の潜入でちょっと必要そうでねー。ただお恥ずかしいことに、私そういうのってあんまり知らないんだよね」
「そうなのか?」
「うん。だから男の峯から見て、これはいい!ってのを選んでもらいたくってさ」
「・・・・俺に?」
「うん!普段の私を見てて、一番綺羅びやかになるのを選んでほしいな!」
「フッ・・・まるで本当にデートみたいなことを言うんだな」
からかうようにそう言えば、あけは顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「珍しい反応をするんだな」
「か・・・からかったな!」
「最初に冗談を言ったのは君だろう」
「うっ・・・たしかに」
苦い顔をしたあけが食べ終わった後の片付けをしながら一枚の紙を取り出した。
それは今回潜入するという少し高級よりなキャバのお店のチラシだった。
このお店の雰囲気に勝つような衣装がほしい!というその姿からは、そもそもこのお店に入れるレベルとは思えないのが正直な感想だ。
「・・・お前、本当にこんなところに潜入できるのか?」
「ひっど!できるよ!そういう仕事なの!」
「普段のお前からは考えもつかないな」
「そりゃ普段からがっつりメイクもウィッグもきめてたら、変装パターン少なくなっちゃうじゃん!普段の私はこれ。変装してるときはきちんとしてるから安心して!」
「・・・・・・・出来ない。むしろ今までの俺との仕事でそう思ってもらえる要素があったと思っているのか?」
「おい!酷いよほんとに!」
よくこれで、というのは酷い話かもしれないが。
特にオブラートに包むこと無くそう言うと、少し凹んだ様子のあけが口を尖らせて抗議する。
「峯って私のことなんだと思ってるの・・・・」
「知りたいか?」
「オブラート何枚ぐらい包む気あるかによる」
「包むわけないだろ」
「えぇ~!!!そこまで言われたらなんかちょっとむかつくな!うーんと・・・それじゃあ」
何かを考える素振りを見せて数秒後。
とてもいい案を思いついたという笑顔に変わったのを見て、俺は嫌な予感しかしなかった。
嫌な予感というものは当たるものだ。
最初からトントン拍子で全ての予想から外れる印象を積み重ねていく彼女に、俺はため息しかでない。
「1名様ですか?」
「あぁ・・・・“ちなつ“という女性を頼む」
「ちなつさんご指名ですね!」
あまりこういう場所に一人で来ることはない。
来たとしても接待などぐらいだが、今日はそんな場所に一人で足を踏み入れていた。
というのも、一度来てみれば分かるとあけに言われたのだ。
来る義理はなかった。そもそも来るつもりもなかった。約束だけして来ないというのもありだったのだが、何故か気になってしまったのだ。
彼女がきちんと情報屋として潜入している姿を。
俺に積み重ね続けた無茶苦茶なイメージを払拭するような、そんな姿を。
「こんにちは!ちなつでーす!よろしくおねがいします!」
「あぁ、よろし・・・・」
―――――あぁ、本当に。
本当にいい意味でこいつは裏切ってくれる。
目の前に現れた女は、ひと目じゃあけとは分からないほど違う綺麗な女性だった。
黒髪のロングヘアー。重たくないように少しうねった毛先。濃すぎない化粧。そして俺と選んだシンプルで綺麗な白を基調としたドレス。綺麗な首筋。耳元にちらりと見える、赤いピアス。
そして何より雰囲気と仕草が、違う。
でも口を開けばそれは一瞬で崩れ落ちるものだった。
「ね?言ったとおりでしょ?見直した!?」
「・・・・・・・・・」
「え、何その反応」
「君はまさかそんな接客をしているのか?」
「んなわけないじゃん。嫌だなー。峯にだからだよ」
「せっかく客としてきたんだ。少しはきちんと持て成してくれてもいいんじゃないか?」
「・・・・・いやなんか、恥ずかしくない・・・?」
「俺は客だが?」
嫌味強く言い放つと、恥ずかしそうに唇を噛んだあけが仕方ないとため息を吐いた。
「峯さん、今日はよろしくおねがいしますね。何飲みます?まずは軽く、乾杯でもしましょう?」
演技に戻る彼女は、正直どの接待で使ったキャバ嬢よりも居心地が良かった。
それはあけだからと分かっているからかもしれない。
でもそれ以上に、馬鹿に出来ないほど彼女の接客技術はすごいものだった。
普段からは考えられないほど、計算されているのだ。
相手の気持ちを読むこと、会話の方法。相槌から小さな仕草まで全てが気遣われている。
「なるほど、たしかにすごいな」
「えへへへへ」
素直に褒めると、フルーツを食べていたあけが気色の悪い笑みを浮かべた。
前言撤回してやろうか、こいつ。
そう思いながら酒を口に運んでいると急に一人の男が目の前に立った。
「ちなつちゃん!!」
「っ!?あ、神埼さんじゃないですか。どうしたんですか?」
「どうしたじゃないよ!俺、ちなつちゃん指名してるんだよ!?」
「ごめんなさい、でも私、今日はこの方の指名があって・・・また今度、ね?」
あぁ、なるほど。指名したかった客か。
酒を飲んでる最中に何度か席を外してこの男のところに行っていたのを見たが、独り占め出来ないことに腹を立ててここまで来たのだろう。
神埼と呼ばれた男は俺をキッと睨むと、胸ぐらに掴みかかった。
「おい!お前見ねぇ顔だな!新しく来たばっかりのくせに俺のちなつちゃんを!!」
「神埼さんっ!やめてくださいっ!」
「ちなつちゃん前に強い男が好きって言ってたよね!?見てて!今から俺がそれを見せるから!」
正直、こうなるのも分からなくない。
キャバ嬢としての彼女の実力は、こういう人間を生み出してもおかしくないほど、それは素晴らしいものだった。
特別他の人より可愛いというわけでもない。
こういうのを、中身が美しいというのかもしれない。
普段のあけも言われれば真っ直ぐで居心地のいい人間だった。
それを着飾ればこうもなるかと、どこか納得している自分がいた。
か細い腕で、力のないパンチが俺に向かって飛んでくる。
反撃するかどうか考えた0.1秒。あっという間にその拳はあけの手のひらに受け止められていた。思いの外、がっちりと。
「っ・・・・へ?」
「神埼さん!ダメじゃないですか、お客さんに暴力しちゃ!それに勘違いしてますよ、私は好きなのは・・・・」
私より、強い人です。
そう甘えた声でにっこりと笑ったあけは、思ったよりも容赦なく男の腕をひねり上げた。
そのまま笑顔で黒服を呼び、店の外に追い出すよう伝える。
「・・・・よかったのか、あんなことして」
「いいの。あいつからは別に得る情報ないし。それに私は今、峯に指名してもらってるんだよ?まったく、ほんと失礼なやつだよね!」
このぐらいキャラ立つほうが指名してもらえたりするもんだよって。
そう笑うあけに、俺は更に興味を持ってしまった。
最初の印象は最悪だった。それがここまで気になる存在になるなんて誰が思ったか。
今ではこの女の全ての行動と言動が予想出来ないものとして、俺を振り回している。
そしてそれが思いの外心地よく、気になってしまう自分がいる。
「ちなつさん、どうですか?この後アフターでも」
「えー?・・・・えっ?」
「アフターです」
「っ・・・あ、あのさ、峯。アフターはいいんだけどわりとこの格好つらくて・・・その・・・」
「あぁ、元の貴方のままでいいですよ。バレないように少し離れた場所で待ち合わせましょう。いかがです?」
つまりはアフターという名の、ただのデート。
それに気づいているのか、いないのか。おそらく気づいていないのだろうがあけは何の問題もなさそうにOKの返事をくれた。
指名分のお金を払い、少しだけ色を乗せれば突っ返されて外で待ってろと言われた。
そのお金でアフターを奢ってもらうといっていたが、嘘だろう。彼女が俺との食事ですんなり金を払わせてくれたことなどほとんどない。
外で待っていると、色んなキャッチから声をかけられた。
前まではいい女がいれば当てつけのように金を握らせ抱いていた。
大体それでついてくる女も女だ。俺のことを何も知ろうとせず、金にだけ目を輝かせ、どんな良い女も結局は俺の機嫌を伺うだけで何も意見しない。心から繋がる意味なんて、ない。
今それを、彼女が打ち砕こうとしている。
――――彼女を知りたいと、願う自分がいる。
「おまたせ~!」
「・・・・・」
「えぇなにその表情!?」
「いや・・・まさか着てくると思わなかったんだ」
「えー?でもこれ、普段の私に似合うっていってくれたやつだよ?」
演技用の化粧も何もかも落として、ちなつを捨てたあけが着ていたのは俺が選んだワンピースだった。キャバクラのときの衣装とは違い、がさつな彼女にも似合うような肩出しの細身の白のワンピース。
「よし、じゃあどこいく?」
「そうだな・・・」
「あ!あんまり堅苦しいところはいやだな・・・その、峯に恥かかせちゃうかもしれないし・・・」
「大丈夫だ。元から期待していない」
「ひどぉ・・・!」
「個室レストランを予約した。・・・心配せずとも、いつもどおりに食べればいい」
「ほんと!?え、てか高いんじゃないの!?あとでちゃんと伝票見せてよ」
「いや、いい。おごりだ」
「え~!?いやだ!なら、二軒目は私がおごるってことで」
「二軒目いく前提か・・・・」
部下に運転をお願いし、俺達は予約したレストランに向かった。
港区の俺の家近くにある行きつけのレストランだ。個室のため気兼ねなく使えるのもあり、取引などでもよく利用している。
このレストランに、女と来るのは初めてだった。
いつもは夜景が見える綺麗なレストランを予約して、そのままスイートルームで夜を過ごす流れが基本だったからだ。
「いっただきまーす!」
レストランについて、あけは楽しそうにご飯を食べていた。
その様子を思わず観察すれば、不思議そうに首を傾げる。
「どした?」
「いや・・・変なやつだなと思ってな」
「峯って結構私にはなんか酷いよね?」
「そうか?」
「私知ってるよー?高級ソープのみゆちゃんにスイートルームまで使って夜遊びしてたの」
「・・・・お前はそういうのが好きだったのか?」
「んなわけないじゃん。冗談だよ、冗談。・・・でもあんな可愛い子をすぐ食べれちゃう峯が、なんで今日は私とデートなんかしてるの?」
本気で分からないという顔をするあけに、「お前が好きになったから」と言ったらどんな顔をするだろうか。
「・・・どうして、だろうな」
分からない。
ただ興味を持っただけ。
他の女と違うから?
いや、それだけじゃない。
心地が良いから。
今までの俺の考えが馬鹿らしいと思わせてくれる、そんな女だから。
だから、好き?
そんな浅はかな。
「分からない」
「峯でも分からないことってあるんだねぇ」
「・・・・どういう意味だ」
「えー?なんかなんでも分かってそうじゃん。見抜いてる感じがしてさ」
「・・・わからないことだらけだ。特にお前に関してはな」
「私のこと?そりゃそうでしょ。情報屋が味方に本性知られるわけにはいかぬよ・・・・」
「そういう意味じゃない。お前の考えに頭が追いつけないってだけだ」
「うわ!バカにしてるやつだ!」
本当に分からない。こいつの、ことが。
「じゃあせっかくのデートだし、分かり合うためになんか色っぽい話でもする?」
「・・・女のお前からそういう話をするのか?」
「いいじゃん。峯の好きな女性のタイプはー?」
「・・・・あまりない」
「え、ないの?美人系とか、胸が大きい人とか・・・・」
「そういうあけはどうなんだ」
「知ってるでしょ、強い人だよ」
「・・・・他にはないのか?強ければ誰でもいいのか?」
「あ~、それはいやだよ。強くて、優しくて、信頼できる人かな。あとはまぁその時よる・・・ほら、顔とか・・・?」
「お前も随分抽象的じゃないか」
「その時になってみないと分からないもんだもん」
――――じゃあ、俺なんかどうだ。
本音だったのか、それとも。
口に出してしまってはもう遅い。
目を見開いてフォークを落としそうになるあけと目が合い、俺はその言葉を口にしてしまったのだと気づいた。
口に出してしまうと簡単なものだ。
そう、俺はこの女を自分の女として知りたいのだ。
お金ではなく俺を真っ直ぐに見てくれるあけを、俺のものとして。
「っ、え、と・・・?あー、その、今までの仕返しとか・・・?」
「お前を女として知ってみたいと思った」
「マジなやつ?」
「本気だ」
「や、やめといたほうがいいんじゃない?ほら、今まで綺麗な人に囲まれすぎててちょっと雑草が食べたくなったみたいな感じだと思うよそういうの?後悔する気がするしさ、そもそも私女としてそこまでいいところがないというか。がさつだし?可愛くないし?峯の言う通り意味わからないこともしちゃうし、気品とかないし?それに、その・・・・」
いつも以上に饒舌になって自分のマイナス点を述べだすあけに思わず笑ってしまう。
「ふっ、俺は嫌か?」
「いや・・・その、いやじゃないけど!」
「嫌じゃないならいいんじゃないか?」
「うーん、でも。峯にはもっといい人いるでしょ?てかつい最近まで私のこと罵倒してたじゃん?なんかほら・・・気の迷いかもよ?」
「俺の金に集る連中に興味なんてない」
「えー。きっと峯を見てくれるいい人も居たと思うんだけどなぁ」
「あぁ、俺の目の前にな」
「・・・えっと」
自分の過去を知っても尚、こうして俺を信頼してくれる彼女が。
あぁ、そうか、好きだったのか。言ってしまえば簡単なものだ。
俺が好きなのは綺麗な女性でも良い女でも気品のある女でもない。
目の前にいる、こいつだ。
「第一印象は最悪だったんだけどな」
「ひどい・・・・」
「でも今は女として知りたいと思っているんだ」
「確認していい?酔ってる?」
「酔ってると思うか?」
「思わないです。・・・・じゃあ、あれ?一夜限りの雑草食い的な?」
「そんなわけないだろう」
「じゃ、じゃあ、なにその、付き合いたいとか・・・?」
「それ以外に何がある」
まっすぐ目を見て、俺はあけの手を掴んだ。
いよいよキャパオーバーに差し掛かったらしいあけがお酒ではない赤みに顔を染めて口をぱくぱくさせる。
「あの、あれじゃない?第一印象最悪すぎて今が輝いて見えるとか、そういう・・・」
「そんなに否定してどうするつもりだ?嫌なら嫌と言えばいいだろう」
「・・・・つ、付き合ってからやっぱお前みたいながさつ女は無理だとか言われたら死んじゃいそうなんだけど・・・・」
「意外と乙女なんだな」
「ほんと私を何だと思ってるの?」
「冗談だ」
「・・・・経験ないんだもんこういうの」
ぷいと俺から顔を逸して、拗ねるようにそう呟いたあけは男を煽る顔をしていた。
会長と同じで自分の損得関係なしに俺のために体をはり、困っている人がいれば助ける。
誰にも裏表なく話しかけて、笑顔を浮かべて。
それでいてはっきりと問題は口にして容赦なく武力行使に走ることだってある。
会長に少し彼女のことを聞いた時、彼女を狙うものは多いと言っていた。聞いたときは何を冗談をと思ったが、今なら理解できる。
「どうする?」
「ど、どうするって・・・・」
「俺はお前が良い」
「っ、ど、どうしちゃったんだよ」
「好きだと気づいたら欲しくてたまらなくなった」
「そういうことそういう顔で言うのずるくない?」
「どういう顔だ?」
「わー!!近い!!!」
個室なのを良いことに、俺は食事中にも関わらず立ち上がりあけの方に近づいた。
座っているあけを押さえ込むようにして顔を近づければ、死んでしまうのではないかというぐらいに動揺したあけが力を込めて俺を押しのけようとしてくる。
だが、さすがに俺もこの世界の一人だ。
あけに絡んでいた雑魚とは違う。それを証明するために押し返そうとするあけの両手をまとめてつかみ、自分の胸元に引き寄せて動けなくした。
「~~~っ、ば、馬鹿力め!」
「強い男が好きなんだろう?」
「そ、そう、だけど・・・・峯は・・・・」
「・・・・・・・・」
「無言の威圧怖い!だ、だって!峯はいっぱい美人さんと遊んでるじゃないか!知ってるんだぞ~~!!私のことも、遊び・・・・かも、しれないじゃんか・・・・」
「・・・・なら今すぐ指輪でも買いにいくか?」
「え」
「それなら安心だろう。今すぐにでも店を予約して・・・」
「え、ええ、ちょっ、ごめんそこまで信頼してないわけじゃないって!?違う、ただの不安で!」
「不安解消する意味合いでもいいだろう。ついでに虫除けになる、お互いにな」
「そ・・・れは、そうだけど」
虫除けという言葉に安堵する表情を見て微笑ましくなってしまう。
「そんなに俺に虫がつくのが嫌か?」
自惚れてもいい反応だろうと耳元で囁くと、掴んでいた手の温度が一気に上がるのを感じた。
「ッ・・・つ、付き合うなら普通そうだろ!」
「俺も同じだ。お前に変な虫がつくのはごめんだ」
「私に虫がつくと思ってんの・・・?」
「・・・・・・なるほどな」
これは、悪い虫に狙われるわけだ。
今までの行動も発言も、全て計算外でしているのだからたちが悪い。
「買いに行くぞ」
「えっ、ま、まじ?」
「予約した」
「早すぎる!!!さすが敏腕インテリヤクザ・・・・」
「抵抗しないということは肯定ということでいいんだな?」
「いやこの状態じゃ抵抗もできないんだけど・・・!?」
「・・・・・・」
あけに言われ、両手を離した。
――――それでも抵抗は、しない。
「肯定、ってことだな」
「・・・・まぁ、一応・・・・」
「・・・・その煮え切らない態度は何なんだ」
「恥ずかしいんだから許してくれない?」
「そう言われると逆に許したくなくなるな」
「ひど・・・・いっ!?」
両手の代わりに腰と後頭部に手を添え、キスできる位置まで思いっきり抱き寄せた。
「ゆるっ、ゆるして!!!ストップ!!!!」
「そんなんじゃ、この先死ぬぞ」
「も・・・・・・・・・もう、死にそう」
「慣れろ」
「未経験ゾーンにそんな簡単に慣れれたら苦労しない~!!」
「じゃあ経験すればいい」
「ッ~~~~!!!」
正直、限界だった。
初々しい反応をされれば誰だって汚したくなる。そんな言い訳を心の中でしながら口づけを深めれば、無意識かあけの手が抱きつくように回ってきて更に煽られる。
我慢できなくなって、そこからあけの叫びも無視して舌を絡め取った。
あけの足がガクガクと震えだして俺に翻弄されているのが分かる。
それでも満足いくまで貪って愉しめば、離したころには涙目のあけが睨む力もなく俺に体を預けて震えていた。
「・・・・大丈夫か」
「大丈夫、なわけなくない・・・?心臓飛んでいくかと思った」
「・・・・つい」
「ついって・・・・ついなら・・・・まぁ、いいけど・・・・」
なんだろうか。
今まで女性を求めるときは、ただなんとなく欲望をぶつけるためにほしいと思うことが多かったのだが。
無性に、あけという女性の全てが知りたいと、そしてあけが持つそういう表情を自分のものだけにしたいという欲望で――――欲しくなった。彼女が。
「指輪は明日にしないか?」
「んえ?いいけど、予約は?」
「問題ない、明日にする」
「そ、そう?まぁもう遅いしね」
「あぁ。・・・だからこのまま、俺の家に行く」
「峯の家!?私入っていいのそれ!?めっちゃ高級マンションとかでしょ!?」
そこじゃないだろと心の中で突っ込みつつ、逃げられないように再度手を掴む。
「お前、男の家についていくということがどういうことか分かっているのか・・・?」
「え?・・・・・あ、いや、えーっと、え?まさか?」
「そのまさかだ」
「かっ、覚悟がまだ!!覚悟がまだです!!」
「ここで決めろ。・・・まぁ、無理強いはしない。ただ家に来れば、そういうことをしないとしても、さっきみたいなことはするぞ」
「~~っ、お・・・おけー。まぁそれぐらいなら私も慣れるために頑張ろうじゃないか、うん」
顔を真っ赤にしながらも、手を握り返してきたあけに俺は囁いた。
「では改めて言葉に。・・・好きですよ、あけ。俺と付き合っていただけますか?」
こんな言葉を口にしたのは、いつぶりだろうか。
もしかするとないかもしれない。この日まで、俺はただ自然な流れでそうなる女を抱くことしかしてこなかったから。
子供の日の、苦い記憶と甘酸っぱい感情の中に、あるかないかの経験。
少し照れくさくて目を逸らす俺の前で、俺よりも余裕の無いあけが全力で頷くのを見て思わず笑みをこぼした。
最悪な女だと思っていたのに。
(気づけば、それは最高の女だった)
PR
サイト紹介
※転載禁止
公式とは無関係
晒し迷惑行為等あり次第閉鎖
検索避け済
◆管理人 きつつき ◆サイト傾向 ギャグ甘 裏系グロ系は注意書放置 ◆取り扱い 夢小説 ・龍如(桐生・峯・オール) ・海賊(ゾロ) ・DB(ベジータ・ピッコロ) ・テイルズ ・気まぐれ ◆Thanks! 見に来てくださってありがとうございます。拍手、コメント読ませていただいております。現在お熱なジャンルに関しては、リクエスト等あれば優先的に反映することが多いのでよろしければ拍手コメント等いただけるとやる気出ます。(龍如/オール・海賊/剣豪)
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