いらっしゃいませ!
名前変更所
気になる。
・・・さっきから、視線が。
「何だよ、秋山」
「ん?いや?別に?」
「・・・・・」
その視線の主を問いただせば、この調子。
私は秋山と、この夏始まりを感じさせる暑さに苛立ちながら、彼の事務所のソファにゴロンと寝そべった。
窓から見えるのは、強い日差しと雲ひとつ無い空。
現実逃避の意味もこめて、私は手に持っていた棒アイスを口に含む。
「あー、生き返るー」
こんな暑い日に、スーツなんてものも着てられない。
いつもの営業服であるスーツすら投げ捨て、シャツ1枚に短パンという良い歳した女の姿を、秋山は何故こんなにも見ているのか。
感じる、まただ。視線を。
ふと横目で秋山の方を見れば、秋山の真剣な表情が目に入る。
何をそんな真剣に見るものがある?
あー、まさか。
視線の意味にピンと来た私は、狭いソファの上で器用に寝返りを打ち、秋山の方を向いた。
「もしかして、アイス欲しいのか?」
「・・・え?俺?」
「お前以外に誰がいるんだよ。そんなじーっと見られたら、アイスしかねぇだろ?」
にんまりと笑いながら言えば、秋山の熱っぽい目がアイスに向く。
ほら、やっぱりな?と言い掛けた私だったが、秋山の表情がそこから変わらないのを見て首をかしげた。
妙にぼーっとした顔。
声も枯れてて。
時々なる、ごくりという唾を飲み込む音。
こいつ。
「熱中症になってんじゃねぇだろうな!」
ソファから飛び起き、私は慌てて秋山に近づいた。
そして驚く秋山を無視し、ぐいっと秋山の額に私の額をくっつける。
んー、思ったよりは熱くない。
でも、分からないからってほっとけば危険だ。
私は考えた末、ゆっくりと秋山から身体を離し、今だぼーっと私を見ている秋山の口に――――私の食べていたアイスをねじ込んだ。
「んぐ!?こ、こら、いきなり何するんだよあけちゃん!」
「物欲しそうにしてるからだろー」
「そうじゃないよ・・・・まったく、あけちゃんは・・・・ほんとに・・・・」
向けられた呆れ顔。
イラっとして、アイスをもっとねじ込んでやる。
すると、秋山の手が私の方に伸びてきて私の手を掴んだ。
何をするのかと見ていれば、掴んだ私の手を秋山の口元に寄せる。
「ちょっとはさ、あけちゃん」
「ん?」
「俺のこと、警戒してくれないかなぁ・・・って」
その言葉を聞いた瞬間、既に私の視界はぐるりと回転していた。
秋山が座っていたはずのソファが、私の下にある。
そして秋山は私の上。
いつの間にか私は押し倒されていた。
・・・それでも、私は冷静に秋山を睨む。
まったく、いきなり何をするかと思えば。相変わらずのタラシっぷりだ。
「そういうのは可愛いこちゃんにしろって、な?」
「・・・・それはワザとなの?あけちゃん。それとも、俺のことは男として見れない?」
「見れないって、お前は男だろ。そんなこと今更・・・・」
「そうじゃない。そんな風に欲情させるようなことばっかりして」
”襲ってほしいの?”
耳元で囁かれた声に、ゾクリと背中が震えるのを感じた。
ぞわぞわとした感覚から逃れようと足を動かせば、私の上に乗っかったままの秋山が、そっと、そっと――――。
「ッ・・・!」
私の、唇に。
秋山の指が這う。
さっきのアイスみたいに、私の口をこじ開けて。
そのまま、まるで自分のもののように私の口の中に指を入れる。
苦しさに噛みつくが、それでも秋山の手は離れなかった。
むしろ楽しそうに、意地悪い笑みが私を見下ろす。
「やっと、俺の言ってる意味・・・理解出来た?」
「っ・・・・や、やめ」
「俺は何度も言ってるよね?あけちゃんのこと好きだって。好きな子が目の前で、こんな可愛い口で、あんな風に俺の前で見せて・・・欲情しないとでも、思った?」
私の目の前で、秋山がアイスの棒を口に銜える。
いつの間にかアイスは無くなっていて、そこにあるのはただの棒。
それをゆっくりと、秋山がいやらしく、舐め上げた。
その光景は何故か私の目に焼き付いて、怒鳴って秋山を押しのけるつもりだった私の手は、力が抜け落ちたかのように動かなくなった。
私の口には、秋山の指が。
それと連動しているかのように動く、秋山の口元の棒。
チラリと見えた赤い舌が。
感じたことのないような熱い痺れを私に与える。
なんて。
いやらしい。
秋山の舌が、表情が。
私の唇を自由に弄ぶ手が。
―――欲情。
これが、欲情、するということなのか。
「・・・あけちゃん」
秋山は私の表情を見て満足げに笑うと、銜えていたアイスの棒を投げ捨てた。
そのまま、空いた方の手で私のシャツに手を掛ける。
私の口を弄んでいた手も、それを追いかけるように私の身体のラインをなぞった。
「抵抗しなくて、いいの?」
秋山の声が、私を乱していく。
目に映る秋山の口が、舌が、表情が、私を狂わせていく。
欲情した身体を、私は誤魔化すことなど出来なかった。
ただ、これはイコール。秋山が好きだということを認めることになるわけで。
悔しくて目を瞑れば、そっと耳元に近づく気配を感じた。
「ほんと、煽るの上手いんだからさ・・・・あけちゃんは。で?いいの?」
「・・・・」
「無言の抵抗?そういうのも俺は大好物だけど」
「・・・・っう、うるさいな」
「ほら、観念して。少しは素直になったら?」
「お前のその余裕の態度が気に食わないから却下だ」
「ふーん?なるほどねぇ?じゃあ・・・・」
”言わせるまでだよ”
喧嘩の時とは違う、甘く強気な声。
それを聞いた私は、この欲情に狂わされたのは私だけではないのだと、少し嬉しくなった。
「言ってごらん」
「・・・・さ、い」
「聞こえないなぁ?」
「ッ・・・・くだ、さい」
「何を?」
「・・・・秋山の、を」
「違うだろ?」
「・・・・・・駿、のを」
「俺の?」
「・・・・駿、の・・・すべてを」
「・・・だから、そういう煽りはほんと・・・」
煽る、そして。煽り返される。
(愛する者の全てが、狂わせる)
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