いらっしゃいませ!
名前変更所
死ぬつもりだったのに生きているというのは中々に奇妙なものだ。
俺は全てを捨てるつもりだった。生まれ変わったら俺にも本当の仲間が手に入るのではないかとそんな夢物語を抱いていた。でも、それは許されなかった。夢物語に飛び込むよりも先に、今この眼の前で能天気に考え事をしている女が俺の全てを受け止めたのだ。
「さて、食料取りにいくぞー!峯、動けるか?」
「えぇ、もちろんです。大吾さんに医療品の調達も依頼されてますが」
「あー、じゃあ食料だけじゃなくてこっちの・・・ってお、秋山!元気だった?」
「まぁぼちぼちね。そうそう、花屋に頼まれてね、持ってきたよ。はいこれ」
「医療品じゃん!今ちょうどほしかったんだよ、助かる~!!」
死ぬつもりだった俺の体を引っ張り、受け止め、恨みにより襲撃する奴らからも守り、俺になんの価値があるんだとボヤけば黙って睨みつけてくる。理解ができない。
――――できないが、心地よかった。
ここが夢物語の中なのではないかと疑った。桐生さんからも慰めと怒りの言葉をもらい、そして俺の命を救ったあけという女は未だに俺のそばに居続けている。
お金も、権力も、今は極道としての地位さえも少ない俺に、他の女とは違いあけはただ普通に接する。そんな彼女に惹かれていくのもまた、物語としては当たり前の流れだったのだろう。
だが、最近気づいたことがある。
彼女は優しい。それでいて真っ直ぐな人間だ。
それはもちろん分かることだ。この俺に対してそのような接し方をする女など、彼女以外いなかったのだから。だからこそ、困る問題がある。
その魅力は、誰もが欲しがる魅力だということだ。
「お礼はあけちゃんの1日でいいよ。明日デート、どう?」
「お前よくこんなゾンビだらけの中でデートとかいえるな?」
「えー?だって助かるの考えてたら死んじゃうかもしれないでしょ?」
「今から食料調達行く私達にそれ言う?ったく、縁起でもねぇこというなよな!」
あけの言葉に秋山が笑顔を崩し、少し嫌そうな顔でこちらを見た。
銃の整備をしていた私はそれに気づかないふりをする。
そして肝心のあけはそれに本当に気づいていないようで、冗談を言われてると思い込んで対応しているようだ。
でないとあんな隙だらけの笑顔、デートなんて言ってくる相手に見せないだろう。
「じゃあ、明後日は?」
「明日じゃなければいいってことじゃないからな」
「え~?じゃあいつならいいのさ」
「この状況が落ち着いたらな」
「落ち着いたら行ってくれるってことでいいのかな?」
「はぁ?・・・まぁ、酒飲みぐらいなら考え「あけ」」
苛ついて言葉を遮る。
俺のこの行動に秋山は俺の意図に気づいたようだ。気に食わなさそうにしながらも面白そうに目を細める。――――俺は、こういうタイプが苦手だ。
「どうした、峯」
「そろそろ時間ですよ。大吾さんにも届けなければいけないので早く行きましょう」
「あー、相変わらず大吾信者!はいはい!んじゃ、行ってくるぜ、じゃーな秋山!」
あけの視線が戻ってくるのを感じてほっとする。
誰にでも取って食われそうな距離感の彼女は、もちろん俺にも同じように警戒心なく接する。それが裏社会で生き残った女の強さなのかもしれないが、同時に俺は特に意識されていないのかもしれないという複雑な気持ちにもさせた。
女というのは、金や権力をちらつかせれば、簡単に手に入ると思っていたのに。
今は金は多少あれど権力はない。裏社会の権力はいずれ取り戻すことはできるだろうが、今はまだあけと大吾さんに守られている立場だ。それでも俺の金を目当てに群がる女の数はさほど変わらなかった。前まではその優越感に浸っていたのに今はただ虚しい。
本当に欲しいものは金で買えない。金で買えないものなどないと思っていた俺への純粋かつ真っ直ぐ刺さる刃となる真実だ。
「あれ?峯、なんかついてるよ」
「はい?・・・・っ」
「ほらここ。珍しいな、きれい好きの峯が」
建物から出る直前、あけが俺の首元に手を伸ばした。
ホコリがついていたのだろうが、身長差もありあけの体が俺に密着する。そんなことは気にしていない様子のあけは固まる俺の首元からホコリを取ると、それを適当に捨ててから銃を構えなおした。
「・・・この状態でそんなこと気にしてられないでしょう」
「あれ、意外とまともなこと言うね?」
「貴方は私をなんだと思っているんです?」
「冗談だって。いやぁ、こんな状況でもお高いスーツには変わりないだろ?」
そう言いながら建物から外に飛び出したあけは、待ってましたとばかりに走ってくるゾンビ達を一気に撃ち殺した。異様な光景だと言うのに既にこの世界を夢物語だと思っている俺にはあまり違和感がない。俺も一足遅れて建物から飛び出し、持っていたハンドガンでゾンビの頭を容赦なく撃ち抜いた。
「ひゅ~、やるぅ!」
こういう状況になれば、堅気の女を助けることも多くあった。その女の中でも気性荒くゾンビをなぎ倒してやるという女もそれなりにいたが、ここまで飄々とこの環境に馴染んでいる女はあけぐらいしかいないだろう。
俺のことを褒めながら自分自身慣れた手付きでゾンビを殲滅していくあけを見て思わずため息を吐く。そのため息に気づいたあけが不機嫌な表情で俺をにらみあげた。
「あ?なんだよ」
「いえ、少しは弱々しく守られる気はないものなのかなと思いまして」
「大吾から私が守られるようなタイプだって聞いてんの?」
「いいえ、まったく」
「ならそういうの求めんなよ」
「貴方のバカさ加減には呆れそうです」
「はぁ?んだよ・・・あー、そういうこと?お前いっつもきれいな女といたもんなー?私なんかじゃ満足できねぇってか」
子供のように拗ねた声で吐き捨てたかと思うと、突然あけがすり寄ってきて俺の腕に体を押し当てた。
「峯~!あのゾンビこわいよぉ、たすけて?」
安く見え透いた挑発。
人をイラつかせるのも、違う意味で挑発するのも上手なようだ。
だがそれにただ怒るのも無視するのもつまらないと思った俺は、体を押し付けられている左手で力強くあけの腰を守るように抱いた。
そして足を撃ち抜かれのたのたと歩いてくる怖くもないゾンビに一撃、ヘッドショットをお見舞いする。崩れ落ちるゾンビが確実に動かなくなったことを確認してから、腕の中にいるあけに意地悪ついでにそっと囁いた。
「私の後ろにいれば必ず守って差し上げますよ・・・命にかえてでも、ね」
これもまた、安く見え透いた挑発。
俺がそういったことを言うわけがないと、わかっていての言葉。
「・・・・あけ?」
「っ・・・」
それだというのに。
「あ、いや、ちょっと、予想外のことされて、びっくりしたっていうか・・・・」
真っ赤になって焦るその姿は冗談で言っているようには見えず、思わず手を離してしまう。
戸惑いと同時に湧き上がる苛立ち。裏社会の人間と親しそうに話す彼女は、俺以外の男にもああいった表情を見せているのだろうか?あんなにスキだらけならとって食うのは簡単なことかもしれない。強くても、伝説の情報屋でも、女であることに変わりはない。
「峯ってば顔いいからな。はー、騙されかけ・・・っておい!?」
「そんな表情を、私以外にも見せているのですか?」
「っ、な、なんのことだよ!?」
「気づいていないんですか?貴方が今どれだけ・・・・男を煽る顔をしているか」
「そんな顔してねーよ!!大体、私に対してそんなこと言うお前がおかしいだろ」
「・・・・なるほど」
なぜ彼女が男に対してここまで無防備になれるのか、今わかった。
彼女は自分を男と同じだと思っているのだ。まぁ、それはわかる。聞けばあけは学生の頃から親のあとを継いだ伝説の情報屋だという。その頃からずっとこの裏社会に、しかも東城会の関係者とあらばそれなりの肝は据わっているのが想像出来る。
だからこそ彼女は、自分の強さと共に自分の立場すら俺たちのような存在と同じだと思っているのだろう。自分に可愛らしさなど、女というものですらないと、なのにその魅力を知らず撒き散らしているのはなんともタチが悪い。
「貴方はどうやら、自分のことを良くお分かりでないようだ」
「はぁ?」
「基本的に女性として好意のない男性にあそこまで密着するのもだいぶ問題があると思うのですが・・・まぁ、それよりも。あのようなことを他の男にもしているのですか?」
「い、いや、だから冗談だって。冗談でやっただけだし、あんなことそんな滅多にするわけないだろ?」
「本当ですか?」
「えっ、た、たぶん・・・?あれ、なんで私なんか説教されてるかんじなんだ・・・?」
俺の圧に押されてか、しどろもどろのあけが考え込む。
「い、いやでも、ほら、よくあるだろこういう冗談ぐらい・・・なんでそんな怒って・・・」
「冗談が悪いとは言いませんが、誰にでもスキだらけなのは感心しませんね」
「んだよ、別にスキなんてねーよ!お前だって知ってるだろ?私の強・・・・」
一瞬。
分からず屋の彼女の腰を再度引き寄せ、キスできそうな位置まで顔を近づけた。
うまく息すら出来ていない様子を見せるあけに、これのどこが強いと言えるのですか?とからかえば怒ったような表情と共に左足が上がるのが見えた。
それを防ぐようにわざと腰を持ち上げるように抱き寄せれば、身長差によってバランスを崩しかけたあけが叫びだす。
「ち、ちかい!ちかい!!!!」
「何を慌ててるんです?」
「だからっ・・・・か、かお、近くてっ・・・」
「別に問題ないでしょう?」
「も、もんだい、あるだろ!」
「問題あるのならなぜ、男に対してこんなにスキを見せるんです?貴方は何を勘違いしてるのか知りませんが、貴方は私から見ても、誰から見ても――――“素敵な“女性だ」
「・・・っ、そ、それこそ、冗談だろ・・・」
「私が冗談でこんなことを言うとでも?」
俺の言葉にあけは少し考え込んで、複雑な表情を見せた。
「冗談では言わなさそうだけど、他の女にも言ってそうではある・・・・」
「・・・・・」
「いだッ!!??」
照れ隠しであろうその言葉にまるで女たらしであると言われている気がしてあけの頭を小突いた。
「んだよ!だって言ってそうだろ!」
「貴方が抱く私のイメージを覗いてみたくなりましたね。これは一度深く話を聞く必要がありそうだ」
「イメージなんてそんな、峯は峯だよ。大吾に従順で、私を信頼してくれてる。・・・んでもって金できれいな女を侍らせ・・・ごめんって、嘘だよ、やめろその顔・・・・!」
無言で冷たい視線を送ってやると、俺の怒りに気づいたらしくあけがヒクついた笑顔で俺から離れようと力を込める。もちろん、そんな力じゃ俺から離れられるわけがない。
それにしても、こんなに近くで彼女を見るのは初めてかもしれない。意外と普通な顔立ちをしている。正確なことをいうのであれば少し中性的な、化粧をすれば映えるのは知っているがさっぱりとした化粧しかしていない今の彼女はどこにでもいそうな普通の女。
金で買う女よりも地味で、特徴のない女。
なのに誰よりも輝いて見える。これが金で買えないものの価値と、輝き。
「な、なぁ、そろそろ許してくれよ、近いって・・・・」
このままもし、彼女の唇を塞いだら。
「なぁ、聞いて・・・・・」
彼女は、どうするだろうか?
「ッ――――!?」
妄想は衝動へ。俺は気づけばあけの唇に自らの唇を重ねていた。
今までの欲望をぶつけるように口を割って舌を絡めれば、ガクガクと震えだしたあけから甘い吐息が漏れる。抵抗は、見えない。まさか抵抗出来ないわけでもないだろう。
だが、抵抗されないのは好都合だ。どうせ離せば怒られるのはわかっている。
だからこそ今のうちにと堪能するだけしつくして唇を離せば、涙目になったあけが俺をにらみあげた。
「てめ、ついに女が足りなくて私ってか・・・!?は~、人手不足じゃなきゃお前のこと撃ってたかも!!」
「貴方を好きだという選択肢がなぜ浮かばないのです?」
「は?そりゃだって・・・女に困らないやつにそんなこといわれてもな・・・・」
「もう今は誰とも関係をもっていませんよ。私には貴方がいれば十分だ」
「い、いや、え、どうしちまったんだ・・・?」
「もうあの秋山という男や、桐生さんに貴方を取られるかもと怯えるのもいい加減疲れた。特に今はこんな状況だ・・・いつ死ぬかわからないのであれば、気持ちを伝えたいと思うのは当然のことです」
「冗談、だよな・・・?」
「冗談だと思います?」
静寂に、ゾンビの声。違和感しかない状況であけは面白いほど表情を変化させる。
「いや、冗談でないとしてもなんで私なんだよ」
「貴方に惚れた、ただそれだけです」
「惚れる要素が見当たらないんだけど?」
「なるほど、やはり貴方は自分の魅力を知らないようだ。だからあんなに無防備でいられるんですね・・・誰にでも、スキだらけで」
「まっ、まてっ」
建物を出てすぐのところでやり取りをしていた俺は、そのまま建物の壁にあけを押さえつけた。
身長差と力から確実に逃げられないようにしてからあけの耳元に唇を近づけて囁く。
「まず、貴方は誰であってもその外側ではなく中身を見ている。貴方は私の金などに興味なんてない・・・貴方が私を接している理由は、私だからなのでしょう?」
「っ、そう、だけど・・・?」
「今までどのような女性にあってもそのような人間には出会えなかった。・・・この極道の世界ですらも、大吾さんや桐生さん以外にそのような人間には出会えていない」
「いや、でも、それはっ」
「そしてその可愛らしい反応。私を魅了する声。純粋さ、強さ・・・あぁ、挙げればキリがなさそうですが続けますか?」
「続けなくていい!」
「なら、受け入れてくれますか?・・・・私は貴方が好きだ。誰にも取られたくない」
「え、酔ってんのかこれ・・・?」
「・・・・・もう一度行動で示したほうがいいか?」
本気で苛ついて乱暴にそう言い放てば、先程のことを思い出したあけがいじらしい表情で首を横に振った。
「わ、わかった、わかったから勘弁してくれ・・・!」
「本来なら素敵なレストランでも予約して指輪でも用意したんですがね」
「本気なのかよ・・・?」
「えぇ」
「私は・・・お前が思ってるよりいいヤツじゃないし、可愛くもない。女らしくもないし・・・思ったよりも純粋に裏社会に汚れてる人間だ」
「そうでしょうね。少なくとも私よりはよほど極道近い生き方をしている人間だと思いますよ」
「お前は・・・また自分の組を戻して、立場が戻れば私なんかよりいい女がいっぱいいるだろ?なのに私なんて、もったいないとおもうぜ」
悲しげに伏せられた目をみて、すぐに嫌だと突っぱねられなかったことに安堵する。
「なるほど。不安ということですか?私が他の女のところへ行かないか」
「え、い、いや・・・・」
「安心してください。貴方が手に入るなら二度と他の女に手を出さないことを近いましょう。まぁ、接待でそういう店に行くこともあるでしょうが・・・」
「・・・・・わ、わかった。わかったよ。本気なんだな?」
「えぇ」
「おーけー。・・・悪いけど、こういうの初めてなんだ。だから・・・あー、その、迷惑かけるとおもうけど、よろしく頼む」
ゾクリと。今すぐにでも食ってしまいたい衝動が湧き上がるのをおさえ、優しく口づける。
その口づけを、抵抗することなく受け入れる彼女がまたいじらしい。
唇を離せば今までみたことのない優しい表情で照れくさそうに笑う彼女と目が合う。
「・・・・後悔したなら、1分だけ逃げる時間を差し上げますよ」
「離れたら殺されそうだとおもってる」
「・・・・・・・やはり貴方の中の私のイメージを一度正す必要がありそうですね」
「じょーだん!!・・・まぁ、これからよろしくな。あと、私と付き合うなら」
自分を、大切にしてくれよな?
そう淋しげに呟くあけを見て、俺は自然と彼女を優しく抱きしめていた。
彼女に救われなければ、俺は今頃死んでいたはずだ。
生まれ変わったらそちら側になりたいと呟いた夢物語を、彼女は叶えてくれた。
あぁ、もしかしたら冗談じゃ済まないかもしれない。
きっと彼女が離れようとしたら、俺は―――――。
もう、戻れない。
(もう、戻せない)
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★海賊 ハート泥棒
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