いらっしゃいませ!
名前変更所
退院してすぐ、俺はスムーズに白峯会へと戻った。
前とあまり変わらず会長としての業務を行えているのは、これまでに色々と処理や反乱分子を押さえ込んでくれていたあけや大吾さんのおかげだろう。
だが、全部が全部前と同じようにとはいかない。
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。直系からは外され、地位としては少し下がった。それも反乱分子を増やした理由の一つだ。それでも俺は構わなかった。またやり直せれば、もとに戻ることなど簡単なことだと知っていたからだ。
復帰してからというもの、俺は更に大吾さんの力になるために尽くした。
そして同時に、気づいてしまったあけへの感情をどうにか精算するために、彼女をなんとかプライベートな時間へ誘おうとしているのだが――――中々、うまくいかない。
「あけ」
「うん?」
「今日はいかがです?夕食は。貴方が良ければ六本木の・・・」
「あ?あー・・・いや、レストランとかならパス・・・・」
というもの、今までの女性は高級なレストランに誘えばついてきてくれた。何も考えずとも俺に気を使って笑ってくれて話をしてくれて、そして部屋に誘えばついてくる。ホテルをとっているといえば特に断ることなく俺に体を委ねてくれた。
そう、いままで考える必要などなかった。困ることなどなかったのだ。
しかし今回の相手はそうもいかない。
情報を整理し事務所に立ち寄ってくれたあけに何度目かになるレストランへの誘いを投げた俺は、バレないようにため息を吐いた。
「何がそんなに気に食わないのです?」
「気に食わないとかじゃなくて、かたっ苦しいところがいやなのー!」
「・・・ではどこなら良いのです?」
「あれ?レストランじゃなくていいの?それならいくぜ、そうだなー・・・あー、峯はどういうのが好きなんだ?かたっ苦しいの以外」
「私は別に何でも構いませんよ。好き嫌いは特にありません」
「意外。なら適当なつまみと酒とかでもいい?」
「えぇ」
「ならセレナ行こうぜ。今から行ける?」
「はい。もう今日の仕事は終わっていますので」
「よし!じゃあ決まり!」
セレナのことは知っている。小綺麗なバーだ。
正直食事など理由に過ぎなかった俺は、セレナへの誘いをすぐにOKした。
そして車を出そうと準備しだした俺にあけが声を上げて止める。
「車はだめ」
「・・・・?なぜです」
「んなもん、二人で飲むからにきまってんだろ。ここの事務所からなら歩けるんだから一緒に歩こうぜ」
そう言いながら俺の手を引いて事務所を出ていこうとする彼女は、無意識か。
これはタチが悪いと目眩を感じながら、俺は大人しく手を引かれて歩き出した。
神室町を歩くのはあまりしない。現地に足を運んで何かをすることというのは、あまり俺の仕事としては来ないからだ。俺はもっぱら今でも会長として金を稼ぐ役割のほうが大きい。それに俺たちの組ではみかじめを取りに行くといったこともあまりしないため、見慣れた神室町の町が何故かとてつもなく新鮮に見えた。
騒がしい町並み。
日が落ち始めてにぎやかになるこの夜の街で、キャッチやきれいなキャバ嬢がお店の中に入っていく。そんな光景を見ながらふと目に止まったブランドショップを見て、あけに声をかける。
「そういえば、ブランド品に興味はないんですか?」
「それは何、遠回しにおしゃれしろってこと?」
「いえ、今新作の販売がちょうど見えたもので。話題として言ってみただけですよ」
確かにあけがブランド物を身に着けてる姿は想像出来ない。
しかし、似合わないということはない。彼女のショートヘアから覗く可愛らしい耳に、ショーケースの中で輝く小さな宝石のアクセサリーはとても似合いそうに見えた。
思わず足を止め、赤い宝石があしらわれたイヤリングを見つめる。
「なに?おきにのキャバ嬢にでも渡すのか?」
「そんなわけがないでしょう。・・・・貴方に、とても似合いそうだ」
「へっ?いや・・・もらっても壊すだけだよ。それにお前・・・こ、これ、超高ぇ~~!!」
ゼロの数を数えていたあけが悲鳴を上げて俺から離れた。
高い?とはいえブランドの中では安めの百万未満のアクセサリーだ。
「こんなもの、貴方がキャバ嬢のときはいくらでも貰うでしょう?」
「いや・・・貰うわけねーだろ・・・いらねぇし・・・どうすんだよ?そんな高価なものもらって、高価なものあげたんだからって付きまとわれたら?私が目的とするのは情報だ。そいつにそんな入れ込まれても何も嬉しくねぇよ」
「・・・・もらえるならもらっておけばいいじゃないですか?それだけ強ければ付きまとわれても自分自身でどうにか出来るでしょう。いらなくても、売れば金になる」
「もらったものをそんな簡単に売れねーだろ?なんか悪いし・・・・」
情報を抜いて売りさばいたり脅してるくせに、そういうところは律儀なのか。
思わず笑えばあけが目を細めて俺に近づいてくる。
「バカにしてんだろその顔」
「ふっ・・・いいえ?」
「とにかく!そういうのはいらねぇの!」
「私が貴方に差し上げたいと言っても、ですか?」
「いらないよ別に。報酬は別にもらってんだから」
「・・・・」
興味なさそうに歩き出したあけに、ただ着いていく。
こういった場合、どうすればいいのか俺は知らない。
ブランド品に高級レストラン。女が好きそうなものに興味がないとなれば何で興味を引けばいい?そのままの金か?いや、それも彼女は受け取らないだろう。
となれば、なんだ?
そういえば俺はあけのことを、仕事以外ではあまり知らない。
「まま、やっほー!」
「あら、あけちゃんいらっしゃい。お待ちしておりました、峯さん。今から貸し切りにしておきますのでお好きに申し付けてくださいね」
「・・・・ありがとうございます」
セレナについて扉をくぐるとあけが連絡していたのかママが優しく微笑んで貸し切りにしてくれた。いつものお礼だと軽々しく先程のアクセサリーと同じぐらいの金額をママに提示し、ママが全力で断っている。それでも収めさせるのは、ここを桐生さんや他の裏社会の人間がしょっちゅう使って台無しにしているからだという。
ある程度押し問答してお金を押し付けたあけは、カウンターに座るよう促した。
その促し通りにカウンターへ座り、お酒を頼む。まずは軽くハイボールでも飲もうか。あけは意外にもお酒に弱いのか甘めのカクテルで適当なの!と可愛らしい注文をしていた。
「ここには結構来られてるんですか?」
「ん?あぁ、まぁな。桐生たちを手伝うときは大体ここで集合だったし・・・・」
「そういえば貴方は桐生さんをお手伝いしていたのですね。・・・なぜ、貴方は情報屋になったのですか?」
「・・・珍しいな、私の過去が気になるのか?」
「貴方だけが知っているというのは何とも不公平ではありませんか?」
自分の前に置かれたお酒を持ち上げ、乾杯する。
あけは俺の言葉に複雑な表情を浮かべたあと、俺のコップに軽くコップを打ち付けて乾杯しながら嫌そうな顔をした。
「んだよ、知ってたのかよ」
「いえ?ですが貴方ぐらいの腕です。私の過去ぐらい知っていて当然でしょう」
「・・・まーな。全部知ってるよ、お前の出身も、全部」
それを聞いて安堵した。
嫌な感じは、しなかった。
俺の本当の姿も、歩んできた道すらも知っていて俺をまっすぐ見てくれるなら、彼女は本物だろう。それこそ、今抱いている感情を加速させる材料の一つにしかならない。聞かれた彼女自身は俺の過去を一方的に知っていることを不満に思われていると思っているのか、渋い顔をしながら俺のほうを窺っていた。
「んー、まぁ、たしかに、一方的ってのはまぁ・・・仲間なのに、うん、あれかな?」
「そう思うのでしたら教えてくれても良いんじゃないですか?」
「はいはい、わーったよ。悪用禁止な?」
冗談めいて笑う彼女に、また心がざわつく。
そこから俺は彼女から彼女の過去を聞いた。
幼いころから汚い情報屋として活動していた両親に虐待を受けていたこと。その両親の情報を自ら東城会に売り、風間さんに殺させたこと。そして孤児になり、情報屋として風間さんの元で伝説とも言われるほどに活躍していたこと。
俺が思っていたより何倍も、彼女の過去は重たかった。
酒で流すには苦すぎる。涙で流すには、浅はかすぎる。
でも彼女は俺のように曲がらなかった。俺とは違う道を進み、俺とは違う側に立っていた。
眩しすぎるぐらいに彼女は強い。
「(この人は、本当に純粋だ)」
生まれる場所が違えば、普通の女性として素敵な人生を歩んでいただろう。
誰もが彼女の真っ直ぐな瞳に惚れ、結婚して、子供を生んで――――。
「貴方は、今の人生を後悔していますか?」
「まったく?」
「・・・貴方は素敵な人だ。極道に関わる人間として生まれていなければ、平凡な幸せを手に入れていたでしょう」
「おいおい。平凡な幸せイコールその人の幸せじゃないだろ?峯だってこれだけ金持ちで、一般的に言えばすげー幸せだと思うけど、今・・・幸せ?」
そう聞いてきたあけはどこか切なげに、俺がまだそう思っていないということをわかっているかのように首をかしげた。
「・・・まだわかりませんが、少なくとも“生まれ変わった“気分です」
「そっか。もう二度と、本当に生まれ変わるなんてことするなよ。・・・私は今のお前と、生まれ変わった未来を見たいんだからさ」
なぜ、そんなに悲しげな顔をするんです?
させているのは自分だと言うのに、聞いてしまいそうになって口を閉ざした。
「貴方は随分と・・・優しいんですね」
お酒が、回る。悲しみと共に。
「貴方のような人と、大吾さんと、桐生さんと、早く出会いたかった」
「遅くねぇだろ」
「・・・・あのようなことをしたというのに、遅くないと?」
「あぁもちろん。むしろ今からだよ。・・・な?」
俺はやってはいけないことをした。
あのときは自分の信念に従ったとしても、俺はアサガオの子どもたちを危険に晒した。
<ふざけんな!!こんな計画ッ!!絶対ゆるさねぇぞ!!>
<許す?私の計画に貴方の許可が必要とでも?>
<違う。・・・この計画をすればお前が壊れていく。やめろ、峯・・・!>
<命令するのであれば止めればどうです?>
<あぁ、止めるよ。力づくでもな!!!>
その計画を知って止めに入ったあけすらも怪我を負わせたというのに、彼女はあの時ことに対して何も言わない。何も、責めない。むしろ止めきれなかった自分の責任だと、彼女は俺に頭を下げた。泣いてくれた。
「・・・・まいったな」
酒のせいで涙腺が弱くなったのか、じんわりと目頭が熱くなるのを感じて頭をふった。
「なんだー?ふふっ、私の優しさに惚れたか?」
お酒によって少し頬を赤らめたあけに、俺は真っ直ぐ言い返した。
「そうだと、言ったら」
あまりにも真剣な声が響いた。ママは空気を読んで俺たちに背を向けている。そして言われた本人であるあけはまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのか見たことのない間抜けな顔をしてお酒をカウンターに戻した。
「・・・い、いや、わりぃ、からかいすぎた・・・・?」
「本気ですよ」
「あー、お酒の、せいか?」
「私がこれだけで酔うとでも?」
「あぁたしかにお前すげー酒強い・・・・って、いや、ならなんで・・・」
「そのままの意味です。貴方を手に入れるには何をすればよいですか?貴方は何がほしいんです?何を渡せば・・・貴方は」
渡すものはいくらでもある。お金?宝石?マンション?
あぁ、知ってる。彼女はそれに首を横にふるのだ。
「いらねーよ、んなもん」
「・・・・」
「お前が本気で私が好きだっていうなら、一つ言えることは私みたいなダメ女やめておけってことだけど・・・それでもマジだっていうなら、普通に落としにきてくれよ?」
照れくさそうにそう笑うあけは、なぁママ?とカウンターでお酒を作るママに話をふった。このママもあけと同じで真っ直ぐで嘘をつかない目をしている。
「え?えぇ、そうね。確かにプレゼントは嬉しいけれど、あけちゃんは特にそういうのを欲しがるタイプじゃないわよね・・・」
「あんま恋愛ってわからねーからさ、でも私・・・峯のこと嫌いじゃない。だから普通に落としてほしいんだよ」
「・・・・意外と、大胆なことを、言うんですね」
「そりゃそうだろ。分からないイコール無理なもんでもないし、経験してみなきゃわからねぇしな。でも今の私は別にお前のことを好きってわけでもねぇし、だから・・・・くさいセリフでいえば、私を惚れさせてみなってやつだよ」
なるほど、これがお金で買えないものなのか。
いくら金があろうと、権力があろうと、思い通りに動かすことの出来ないもの。
「本当に、まいったな」
俺が落とすよりも先に俺が落ちて戻れなくなりそうだ。
そう苦笑しながらもその挑発に乗ることにした俺は新しいお酒をあけに向けてかざした。
「では、貴方とのこの時間に、乾杯を」
「うわっ、ベタなセリフ・・・・まぁ、乾杯!」
少し朱色に染まった頬は、脈アリの兆しか、それとも――――。
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