いらっしゃいませ!
名前変更所
峯が命を絶とうとした時、私は無意識にそれを止めた。
止めることが彼にとって良くないことだったとしても、私は彼に生きていて欲しかった。
私は大吾から紹介を受け、危なっかしい直系なりたての組があるから助けてやってくれと言われて峯と仕事を共にしていた。たった数年。されど数年。その時間は峯と私の距離を縮めた――――と私は信じている。
だからこそ、私のわがままで私は彼を助けることを選んだ。
生まれ変わったらなんてことは言わせない。
間違いは今から正せば良い。それがどんなに苦しいことでも、今までのことを乗り越えてきた峯なら乗り越えれるはずだ。それに私だって、それを一緒に背負うことを覚悟で峯を助けた。
「よーっす!おはよ!」
「・・・・もうお昼ですが」
あの戦いから生き残った峯は、自分の罪を精算し、再度白峯会として活動できるよう下積み時代の状態に戻っていた。
とはいえ、既に峯には金もそれなりの力もある。
元に戻るにあたって壁となっていたのは、どちらかといえば峯が生きていることが許せない錦山組や敵対組、身内の反抗を抑えることだった。
納得させるもよし、力で押さえつけるもよし。
ここは極道だ。すんなり全員が認めて上に登れる人間なんて、普通の会社ですら中々いない。桐生ですら認めない人間は少なからずいたのだから。
「おーおー、やっぱそれぐらい言ってくれる方が峯らしくて良いねぇ」
「・・・・・」
「そ、そんな不機嫌な顔すんなって・・・ほら、頼まれてたやつ」
それでも峯は真面目だった。
せめて自分の罪が精算されるまではと、アサガオの立て直しや、ガタガタに崩れた直系の立て直しから順番よくやる方を選んだ。そのために必要な情報はすべて私が調達し、こうやって毎日会いに来ている。
目を離したらいなくなりそうで、不安だったから。
―――――と、素直には言わない。
私がやることは憎まれ口を叩き、いつもどおりに情報を渡すこと。
「顔色、すっかりよくなったな。安心したぜ」
「・・・・いつまで心配してるんですか。あれからもう3ヶ月ですよ」
「お前な・・・・・何箇所撃たれてたと思ってんだよ!?急所外れてたりしてたけどよ!危なかったんだよ!普通心配するもんなの!!!」
屋上で撃たれた傷はそう少なくはなかった。
急所を外れてたから良かったものの、1ミリでもずれてたら危なかったという奇跡みたいなものだったんだ。心配しないわけがない。
「ったく、休めっつってんのに休みはしないしよ」
「当たり前でしょう。私が穴をあけていた分、かなりの取引が頓挫したんです。今のうちに戻さなければ前のような上納金を納める事はできません」
「そんなの徐々にでいいじゃんか。私だって助けるっていってんのに・・・・」
「・・・・ここまで助けられて、甘え続けるわけにはいかないでしょう」
「変なところ意地はるやつだなぁ」
呆れながらも小綺麗な机の上から乱雑に資料を奪い取り、秘書席の方へ運ぶ。
そんな私の手元を見た峯が顔を上げ、私を呼び止めた。
「それは既に確認が終わっているもので・・・・」
「知ってる。こっちのリストの奴らに送る次の資料だろ?これぐらいなら私でも簡単に出来る」
「・・・・はぁ。貴方こそ休んだらどうなんです?毎日のように私のところに来てますが、情報量も質も変わらないまま。無理をしているのは確実に貴方の方でしょう」
―――――珍しい、心配しつつ褒めるなんて。
そう口にしようとして止めた。
峯が立ち上がり、私が腰掛けた机の前まで歩いてきたからだ。
「?どうした?」
「・・・・・」
「え、な、なに、なんでそんな近づく!?」
机越しとはいえ、顔を覗き込むように近づかれて思わず声が上ずる。
狼狽える私を見て少し楽しそうに目を細めた峯は、私の顎を右手で掴んで顔を逸らせないように固定した。キスできそうなほど近づいた整った顔に息すら出来なくなる。しかも、無言なのがまた困る。何だ、一体何が言いたい!?
「昨日はいつ寝たんですか?」
「は?そんなの聞いてどうす・・・・」
「いつ、寝ましたか?」
低い声と、威圧感。
あぁ、やっぱ極道者なんだなぁと感じつつ、口を開く。
「あー、えっと、5時ぐらい」
「・・・・・そんな時間まで何をしていたんです?」
「昨日は錦山組の残党が持ってるシマのキャバに潜入してたんだよ。あいつら頭を失ったってのもあって潰れそうだけど、無理に峯の方に統合するのも危ない。とはいえ放り出して良いほど小さいわけじゃないし・・・・とにかく情報が必要でさ」
でも、昼間で寝てたし問題ないぜ?と言おうとしたが、言葉は続かなかった。
顎を掴んでいた峯の手が、優しく私の頬をなぞり、そのまま唇に触れたからだった。
ほんの数秒の動きだったけれど、それはいわゆる女性相手にするような優しい動作で、私を麻痺させるには十分な動き。読めないその動きは何故かそのままずっと続く。
「・・・・そういうのは可愛い女の子にしたらどうかなぁ」
いい加減、離して欲しい。
人に唇を触れられるというのは中々に恥ずかしいものがある。ガサガサだし。
「では、貴方にしても問題ないということですね」
「・・・・は?」
「貴方もその“可愛い女の子“とやらの一人でしょう?」
「え、どうした?頭ぶっ飛んだ??」
可愛い?何言ってんだこいつ。
女に飢えた男じゃあるまいし、峯が見てきた世界では死ぬほど綺麗な女の人がたくさんいたはずだ。そしてたくさんその女達を食ってきたはずだ。そんな男に可愛いと褒められても、頭がおかしくなったのか心配することしか出来ない。
そんな私の反応が気に食わなかったのか、峯は少し強めに私の唇を掴んだ。
「いひゃい」
「何故貴方はそんなにも自分の評価が低いのですか?」
何故と言われても、当たり前じゃないか?と首を傾げる。
私は極道者だが組に所属しているわけでもなく、権力があるわけでもない。桐生ほどのカリスマもなければ中途半端に情報屋として生きているだけだ。
もちろんそれに誇りを持ってはいるが、それをすごいとは思っていない。
「・・・まぁ、そんなに自分のこといい存在とは思ってないからな。私も腐っても極道者だから、わがままで、自由で、時には暴力で何かを解決することもある。そんなの、良い女ではないだろ?」
自分がいい女なら、もしくは情報屋として飛び抜けていれば、少しは自信満々に行動したかもしれない。でも私はそんなに自己評価を高くすることは出来なかった。なぜなら女としてはいい女じゃないし、情報屋としても花屋には負けているからだ。
そんな私をからかうように、峯はさらりと呟く。
「私からすれば、貴方は誰よりもいい女なんですがね」
「あーはいはい、何が目的だ?ったく、情報がほしいなら素直に言えばいいってのに」
「・・・・」
峯の坊っちゃんがゴマすりなんて珍しい、なんてケラケラと笑えば、少し苛立った様子の峯が私の顎をクイと持ち上げた。座ったままの私はその体勢が苦しくて、思わず文句を口にする。
「痛いんだけど?峯」
「どうすれば分かっていただけるんです?」
「?何を?」
「・・・・・私が、貴方を女として見ているということです」
「・・・・・ん?」
峯が、私を?
じんわりとその言葉を飲み込んで、それから吹き出した。
「あはは!お前、そういう冗談言えるようになったの?んだよ、そういうこと言ったら私が優しくなるって桐生にでも教わったのかー?」
私の言葉に、峯の眉間の皺が深くなる。
「こういうタイミングで他の男の名前を出せる貴方に感心しますよ」
「褒めんなって」
「・・・・・」
「いだだだだだだ!!!」
顎を掴む力が強くなって、私は思わず悲鳴を上げた。
その悲鳴を聞いても力を弱めない峯をキッと睨みつければ、何故か嬉しそうに笑う峯と目が合う。
「・・・・なに笑ってんだよ・・・」
「・・・・いえ、本当に出会ったことがないタイプの人間だなと」
「変で悪かったな」
「誰も変とは言っていないでしょう?」
「顔が言ってんだよ顔が」
「これは・・・・フッ、そういうのじゃないですよ」
そう言いながら峯は私の顎をぐいと持ち上げた。その力にさすがに立たないと首が抜けそうになった私は、導かれるようにして椅子から立ち上がる。
「こちらへ」
「え、な、なに、話ならここでも・・・!」
「仕事の話ではありません。少し休憩して、雑談でもしましょう」
「それでもここで・・・・ぐあー!ちぎれる!分かった分かった!!!」
私も強いとは言え、峯ほどの男の力に引っ張られれば話は別だ。
峯の力に私が勝てるわけがない。こいつは桐生と対等に渡り合える男なのだから。
首が引っこ抜かれる前に言うことを聞くことにした私は、峯の手を振り払いながら仕事用の机の前にあるソファ席に近づいた。峯が真正面のソファに座るのを見ながら自分も座ろうとすれば、座るのを止めた峯が私の手を掴む。
「っえ、な、なに?」
「貴方の席はこちらでしょう?」
そして、私は峯の隣に座らされた。
「・・・・え?」
何事も無かったかのように峯は私の方を見ている。机を挟んだ距離感とは違い、隣同士に座っているせいか、とてつもなく峯を近く感じた。・・・・いや、実際、近いのだけれども。
戸惑う私をよそに、峯はとても冷静だ。手が触れるか触れないかの位置で、私の方を見ながら、何も言わずただ缶コーヒーを飲んでいる。
「少しは意識していただけましたか?」
「・・・・なにを?」
「私が男だということを」
「いやそれは、前から知ってるけど・・・・」
「生物学上の話ではなく、男女の仲という意味合いでです」
ぎしり。
高級なソファが音を鳴らす。微妙にあいていた隙間を埋めるように座り直した峯は、ぴったりと私の腕に自分の腕をくっつけてきた。
スーツ越しでも分かる、峯の筋肉質な腕。
伝わる、熱。
コーヒーにまじる煙草――――ではなく、香水の香り。意外だ。最近煙草は吸っていないのだろうか。
「そういう表情をしてくれるということは、意識はしてくださったようですね」
「い・・・いやだって、お前、ほら、イケメンだし・・・・」
「あけさんにもイケメンという概念があったんですね」
「どういう意味だよっ!?」
「仕事でホストの方々に言い寄られても、つまらなさそうな顔をしていた記憶があるので」
「まぁ、私にも好みの顔ってものがあるからな」
「・・・・ということは、私は“好みの顔“というわけですか?」
視界の端に見える峯の顔は、本当に整っている。
改めて意識して見てしまうとそのかっこよさに心臓が締め付けられるような気がした。かっこよすぎて、私が手を伸ばして良い男じゃない。
なのにこいつは何を血迷って私なんかが良いと言っているんだろうか?
「・・・・雑草食いたいみたいな感じ?」
自分の中で考え、その整った顔に導いた答えを吐き出せば、かっこいい顔がかっこよく歪んだ。
「・・・・貴方を雑草と思ったことはありませんよ」
「そりゃどうも?」
「そうですね・・・・貴方をそういったものに例えるのであれば、王道ですが薔薇でしょうか?」
「薔薇?私が?センスねぇな・・・・」
「そうですか?私としては良い例えだと思ったんですが・・・・」
ワントーン下がった声で優しく囁かれる。
愛しい女性相手にするように、私の短い髪の毛の先を峯の指がそっと巻き取った。流石にこの距離で峯を見るのは恥ずかしすぎる。
そんな私を知ってか知らずか、峯はキザにもその髪先に唇を近づけた。
「あけさん」
何、何なんだ。酔ってるのか?
「好きなんですよ、私は」
―――――本気で。
ようやく見れた峯の表情は初めて見る表情に近かった。
いつも変わらない表情だなぁと眺めることが多かった整った顔が、私だけを見ている。本気で私だけを見ている。ぞわりと全身に不思議な感情が走り抜けるのを感じた。
夢を見ている気分に近い。
どうして私なんかに、こいつは。
こんな、表情してるんだ。
「ようやく本気だと理解していただけましたか?」
何度か言ってるはずなんですがと嫌味を付け加えられて私は首を傾げる。
「そ、そんなの、聞いてない」
「・・・・この前仕事終わりに飲んだときにも言ったはずですが?」
「言われ・・・・た気がするけど、そういう意味だとは思わなくて・・・・」
「貴方のことが好きだと、真正面から伝えたというのにですか?」
「・・・・・・」
蘇る記憶。
確かに言われた記憶はある。だが正直、この男は誰にでもそういうことを言う男だと思っていた。悪い意味じゃない。峯はそういう言葉に戸惑いを覚えるタイプじゃない、ということだ。
そして大吾のように信頼における人間にも、そういったことをストレートに言える人間だ。だから私はただ、“人間として好き“と言われたと思っていた。
――――本当に、そう思ってた。
「人間としての好きかと、思ってた」
「ではここで改めて言い直しますよ、私は貴方が女性として好きです」
「止めておいた方が良いと思うぜ」
「何故です?」
「・・・・峯に、相応しい女じゃないし」
「なるほど。先にその言葉が出てくるということは私が嫌いというわけではないようですね」
嫌い、なわけがない。
峯はすごい人間だ。
金も権力も何もかもを持ってるから、というわけじゃない。それを持つまでに上り詰めた努力と精神に私は惚れた。桐生も同じだが、私はそういう男のためならどんな情報だって提供するし、どんな協力だってする。
惚れた人間のために動く情報屋。
それが私の、情報屋としてのプライド。
「嫌いなわけないだろ。嫌いなら私は情報を渡したりしない」
「・・・・本当に、貴方は良い女性だ」
「ったく、もういいって!恥ずかしいからやめ・・・っ」
真っ直ぐな、瞳。
「あけ」
珍しく呼び捨てられる名前。
「な、なに」
「・・・・抵抗、しないんですね」
近づく峯を、押し返す事ができなかった。
何をされたのかぐらい分かる。唇でないとはいえ、その近くに押し付けられた温もりが何であるかも、分かる。分かるからこそ、動けなかった。体中が麻痺して、熱くなる。
「・・・・・っ」
「そんな反応されると、私も・・・・」
「ま、待って、待った待った!!」
再び顔を近づけてきた峯の顔を失礼にも両手で押しのけた。
「っわ、私、そういうの慣れてないんだよ」
「見ればわかります」
「・・・・お前には、いい女が、いっぱいいるし・・・・」
「・・・・情報屋の貴方なら分かるでしょう?私がもう女性関係を作っていないことぐらい」
「ッ・・・・」
卑怯者、と言いかけて止める。
峯の情報はそれなりに仕入れていた。
最初の頃はお金を使ってそれなりに高級なお店の女を片っ端から食っていたのを知っていた。長続きした女性がいないのも知っている。付き合うというより、憂さ晴らしにお金で女を買っているという表現が近い。
それが、とある時期を堺に綺麗さっぱりなくなった。
付き合いでキャバ嬢やそういうお店に行くことがあっても、誰ともそういう時間を共にしなくなった。今思えばそのタイミングは――――私と、仕事をするようになってからだった。
「私は貴方と仕事をするようになって、貴方にしか興味がなくなってしまったんですよ」
「それは、えっと、ありがとう・・・?」
「責任、取ってくれ」
何もかもが、ずるい。
「なぁ、本気なんだよ俺は」
そういうタイミングで荒っぽく囁くのも、何もかも。
「・・・・わかった、分かったから・・・!でもちょっとまってくれ!そんな、その、すぐに・・・・答えとか、出せるような・・・・器用な、人間じゃないんだ私は・・・・」
目を瞑って力いっぱい峯を押しのけると、峯は意外にもすんなり私から離れた。
「・・・・」
「・・・な、なに?」
「どのぐらい待てば、答えをくれますか?」
そんな不安げな聞き方するなんて、計算してるのか?
顔を覗き込めば、不安げな瞳と目が合う。
「・・・・あー、その、い、一週間ぐらい」
「では一週間後、約束を取り付けましょう。どこがいいですか?」
「え、普通にここでよくない・・・?」
「事務所では雰囲気が台無しではないですか?」
「気にしないけどなー。峯と話すんだからどこだっていいだろ?峯がいれば」
「・・・・そういうところが、本当に好きですよ」
サラッと甘い言葉を囁かれ、私は我慢できずに勢いよくソファから立ち上がった。
「と、とにかく!!一週間後な!!!!」
叫んで事務所を飛び出してきたところで、明日の仕事もここじゃん!と一人で頭を抱えた私に、突っ込むやつは誰もいなかった。
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