いらっしゃいませ!
名前変更所
沖縄での平和な日常。
子供達の世話をし、料理を作り、暇な時間をぶらぶらと過ごす。
そんな、静かな時間。
私はいつも通り、桐生の手伝いで薪割りをしていた。
40越えてるっていうのに、隣で薪割りをしている桐生は未だに良い身体つきをしている。
「ふぁーう・・・・」
「疲れたのか?寝てても良いんだぞ」
「んー・・?大丈夫だって。大体寝ても、この後買い物あるだろ?」
「それぐらいなら、俺だけでも出来る」
こういう雰囲気の会話も、昔は出来なかったことだ。
昔に話していたことと言えば、いつもおっかない話ばかりだったからな。
平和な日常に、少し物足りなさを感じることもある。
それほど私たちは、非日常的な世界に居たということなのだろう。
「・・・よいしょっと」
薪を台座に置き、斧を一気に振り下ろす。
スコンッと心地よい音と共に木が割れ、地面にバラバラと散らばった。
さすがの私でも、桐生のように綺麗に割ることは出来ない。
もう一度チャレンジしようと薪を手に取ると、桐生が静かにその手を止めた。
「桐生?」
「今日はもう、これぐらいでいい」
「お、そっか。んじゃ、買い物でも行くかー!」
「あぁ・・・そうだな」
生暖かい風。
家から見える、穏やかな海。
縁側から部屋に上がった私は、外で待っていた桐生に財布を放り投げた。
「よっし、行くぞー!」
「あんまり走るなよ。お前の事だ、どうせこけるだろうが」
「うっさいな!早く行って、早く帰ってきたいんだよ」
「?今日何かある日か?」
「いや、ほら、今日は子供たちが少し遅れて帰ってくる日だろ?だから少しでも・・・のんびりさせてやりてぇなって」
桐生はいつも働いている。
子供達が遅く帰ってくる時こそ、私は桐生を休ませてあげたかった。
私の言葉に、桐生が嬉しそうに笑う。
その表情に釣られて私も笑い、そのまま町の方へを駆け出した。
「今日買うものは何だ?」
「あ、それならリスト貰ってるぜ。これだこれ、ほら」
「・・・ん、なんだ。結構少ないな。これならすぐに帰れるぞ」
「お?まじ?じゃあ、帰ったら1杯やらねぇ?」
「・・・こんな昼からか?」
「いいじゃねぇか、たまには」
私たちにとって、非日常的だったこの平和な日々が、私を酔わせる。
いつまでもこうしていたい。この雰囲気の中に居たいと、そう思うのだ。
桐生も子供たちの影響か、段々と表情豊かになってきた。
今まで言わなかった冗談も言うようになったし、ある程度融通も利くようになったし。
柔らかくなった桐生が、私はとても大好きだった。
・・・・分かってるけどな。
いつかまた、何かに巻き込まれるんじゃないかっていう、恐怖を捨てたらいけないんだって。
「おーい、桐生!買い終わったぜ?」
「俺も買い終わった。じゃあ、戻るか?」
「あ、待って。酒買って帰らないと!」
荷物持ちはもっぱら桐生の担当。
市場で買い漁ったものを桐生に預け、すぐさまお酒売り場へと目を向ける。
「桐生?どれ飲むー?」
「そうだな・・・これなんかどうだ?」
「結構強いの選ぶなぁ・・・。ま、でも、飲めないわけじゃねぇし、これにすっか!」
桐生が選んだお酒を手に取り、お店の人にお金を支払った。
ウキウキ気分でそれを手に持てば、桐生が少し呆れたようにため息を吐く。
そんな顔しなくたっていいじゃねぇか。
こういう雰囲気が好きなんだよ。悪いか?と、無言で桐生を睨み上げた。
「んだよー。別に良いだろ・・・」
「ほんと、楽しそうだなぁ・・・」
「そういうお前も、な?」
「・・・確かに、向こうじゃこんなのんびりしたのは味わえなかったからな。でもあんまりはしゃぎすぎると、こけるぜ」
「んなヘマするわけねぇだろ!」
毎回馬鹿にしやがって、こいつ。
怒りを込めて右手を振うと、お店の人が突然笑い出した。
お店のおばちゃんは、笑ったまま私達におつまみを差し出す。
「まったく、アンタ達はいつも仲が良いわねぇ・・・ほら、そんな仲の良いアンタ達にプレゼント」
「別に仲良くない・・・っていいの?ありがとな、おばちゃん!」
「いいのいいの。いつもアンタ達から若さを貰ってるから!そのお礼よ!」
仲良くないって言ってるのに、おばちゃん達はニヤニヤしながら私達を見送った。
ほんと、こういう所のおばちゃん達って強いよな。
苦笑を浮かべながら桐生の方を見れば、桐生もまた照れたように笑っていた。
仲が良い、か。
そんな風に見られるのは、別に嫌じゃない。
ただおばちゃん達は結構なんでも言ってくるから、内容が恥ずかしいだけで。
「ったく。お前のせいでまたからかわれたじゃねぇか」
「俺のせいにするんじゃねぇ。お前が騒ぐからだろ」
「私のせいかよ!」
「お前はいつまで経ってもドジばっかり踏むからな」
「んだと・・・!てめ、馬鹿にしやがっ・・・うおっ!?」
グンッと視界が揺れ、次の瞬間には桐生に抱きしめられていた。
目の前に迫っていたのは、灰色のアスファルトの地面。
・・・しまった。言った傍からこけてしまった。
恥ずかしくなって逃げ出そうとするが、桐生の腕は私を掴んで離さない。
「うっ・・・ちょ、ちょっと、離せってば・・・!」
「言ったそばからこけたやつの話は聞かねぇ」
「こ、ここ、道だから・・・!み、見られるっつうの・・・!」
「そうだな」
「うぐ・・・」
こういう所も、少し変わった。
前までは人前であまりこういう事をするのは控えてたのに、沖縄に来てから普通にするようになった。
桐生が変に大胆になってしまい、私でもドキドキさせられる。
危ない時だと、子供達の前でも変なことしようとしやがるんだから。
大通りの道を、手を繋いで二人で歩く。
道行く人が不似合な私たちを見て振り返り、女子高生たちは黄色い歓声を上げた。
「~~っ・・・」
「どうした?顔が赤いぞ」
「お前、ほんと・・・悪い意味で性格良くなったよな」
「・・・そんな事、言ってていいのか?」
「ん?っ・・・!!??」
道路から丸見えだってのに、桐生は私の耳に唇を近づける。
そして低い声で囁くと、再び何事も無かったかのように歩き出した。
“―――今夜、覚悟は出来てるんだろうな?”
アイツ、ほんと意地悪になりやがって。
囁かれた言葉を思い出し、大人しく桐生の手に引かれて歩く。
「馬鹿桐生。・・・ほんと、馬鹿」
「お前も少しは、可愛らしい反応するようになったじゃねぇか」
「うっせぇっての・・・」
沖縄での1年は、私たちを本当に変えた。
夫婦に近い形でアサガオを経営してるせいか、桐生との関係もヤケに深まったような気がする。
恥ずかしいけど、幸せだ。
握られた手に力を込め、しっかりと桐生の温もりを感じる。
「・・・暖かい。大きいな、桐生の手は」
「お前の手は小さいな。・・・これで神室町を戦ってきたんだな・・・お前は」
「ん、まぁな。・・・でも私は、こうやって静かに桐生と居られる方が好き・・・かな」
正直な気持ちを伝えると、桐生が少し意外そうな表情を浮かべた。
私が素直に、そんなことを言うとは思っていなかったのだろう。
私だって、あんまり言うつもりじゃなかった。
恥ずかしさを紛らわすためにそっぽを向いた瞬間、手を握っていた桐生の動きが止まる。
「桐生?どうし・・・」
桐生の前に立ちはだかる、嫌な笑みを浮かべる5~6人の集団。
これが一体どういう状況なのか、話を聞いていなかった私でも理解出来た。
へらへらと笑う男達の目的―――それは、私たちのお金だ。
「ねぇねぇ、話聞いてる?カップルさんよぉ・・・!」
「・・・桐生、行こうぜ」
「あぁ」
「ちょっとちょっと!行かせるわけねーでしょ?」
「そうそう。俺達にもお小遣いちょーだいよ!」
早く帰って、早くお酒飲むつもりだったのに。
男達は私たちの力量など、分かっていないみたいだった。
喧嘩の相手は見極めるってことが出来ないのだろうか。
私はともかく、桐生なんて明らかに絡んじゃいけない顔をしてる。
私がヤクザだったら絶対に絡まない。いや、絡めない。
「無視かよ・・・んじゃ、奪い取らせてもらうまでだぜ!!」
そう言うと、ヤクザ集団の一人が私たちに向かって走り出した。
桐生は静かにため息を吐き、持っていた荷物を私に渡す。
「あれ?オッサンやる気・・・がっ!??」
「・・・怪我したくなかったら、さっさと消えろ」
「こ、このやろ・・・!良くも・・・ぐあぁあ!?」
一人、また一人。
言葉を最後まで発する暇も無く、男達は桐生にねじ伏せられていった。
いつもと違う、龍としての表情。
昔は良く見た表情が、私の心臓をドクリと跳ねさせた。
沖縄に来てからはあまり見なくなったせいだろう。
喧嘩をする桐生がヤケにかっこよく感じられる。
「な、なんだよこのオヤジ・・・!」
「おいそこの女!てめぇ、こっちに来い!!」
「んあ?何でだよ」
「良いからこねぇと・・・ぶっ・・・!」
ぶっ殺す、とでも言うつもりだったんだろうけど。
人質代わりに私に手を出した奴を、私は容赦なく足蹴りで川の中に放り込んだ。
上がる水飛沫に、桐生がもう一人を吹き飛ばす。
「おーおー。相変わらず強いな、桐生は」
「・・・お前もな。だがお前は下がって・・・」
「嫌だね。さっさと帰りてぇんだ・・・よっ!」
桐生と背中合わせに立ち、来る男達を次々に蹴り飛ばした。
背中合わせの温もりは、桐生の喧嘩姿よりも久しぶりに感じる。
だってほら、桐生は普段、子供達の世話があるから外に出ないし。
買い物も大体、子供達の担当になってるからな。
こんなものにでさえ、喜びを覚えてしまう私は末期なんだろうか。
背中合わせの温もり。桐生の龍としての表情。
全てが愛おしいと思えてしまう、職業病。
「・・・・へへっ」
「おいおい。絡まれたってのに、楽しそうじゃねぇか」
「・・・まぁ、な」
一人、二人、三人。
数えながら余裕の表情で倒していた私は、いつの間にか周りに立っている男達が居なくなったのに気づいた。
なんだ、もう終わりかよ。つまんねぇ奴ら。
「うっし。んじゃ、帰ろうぜ、桐生」
「・・・お前、なんでそんなに楽しそうなんだ?」
「んー?内緒、だぜ」
持っていた荷物の半分を渡し、また家に向かって歩き出した。
楽しそうにしていた理由は言わない。
だって恥ずかしいだろ?
久しぶりに桐生の戦う姿を見て、ドキドキしただなんて。
でもそれを、桐生は許してくれなかった。
「あけ」
急に名前を呼ばれ、軽く桐生の方に振り返った私は、すぐにその行動を後悔することになる。
「え、ちょっ・・・!?」
モノレール乗り場前。
そこにある階段の裏側の壁に誘い込まれた私は、容赦なく桐生に空いている方の手を押さえこまれた。
そのまま、いつ人が通るかも分からない場所で、唇を奪われる。
「んっ・・・!」
「俺に隠し事はするなって、言ったはずだろ?」
「馬鹿・・・ここ、外だぞ・・・!?」
「別に俺は見られても困らねぇぜ。周りの人たちも、大体俺達の仲は知ってるみてぇだしな・・・」
親しい近所付き合いが、こんな大胆な桐生を生んでしまったのだろう。
今までみたいな裏の世界では、油断出来る時間も、人付き合いも少なかった。
それが当たり前だと思っていた桐生に、近所付き合いと優しさを教えてくれた近所の人達。
すぐに私たちの仲は近所や商店街に広まり、今ではすっかり桐生もその雰囲気に呑まれてしまった。
「・・・で、何を楽しそうにしてたんだ?」
「・・・いいなって・・・」
「ん?」
「かっこいいなって、思ってただけだ。不謹慎だろうけどな、戦うお前が・・・かっこいいって、思っただけだよ」
「・・・たまには、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」
「・・・っさいな・・・!」
そして私もまた、その雰囲気に呑まれた人の一人なのかもしれない。
ほんの少しだけだけど、私も素直に気持ちを伝えられるようになった。
私の言葉を聞いて、桐生が嬉しそうに笑う。
恥ずかしくなった私は桐生の腕に顔を隠し、力任せにモノレールへと引っ張った。
早く帰ろうと、顔を見られないよう急かしながら。
静かなアサガオの中。
今日は学校全体での行事があるため、子供達は誰も帰ってきていなかった。
買ってきたものを冷蔵庫へと移し、最後まで残しておいたお酒を手に取る。
そして桐生を座らせると、お酒とコップと、貰ったおつまみを持って食堂に移動した。
「ほらほら、子供達が帰ってくる前に、一杯やっちゃおーぜ!」
「あんまり飲みすぎるなよ、お前は」
「分かってるって!」
チューハイの蓋を開け、用意したコップに注ぐ。
「んじゃ、乾杯!」
「乾杯」
真昼間とはいえ、おいしいものはおいしい。
グイッとコップ一杯を簡単に飲み干した私は、桐生におつまみを一つ投げた。
「ほら、食べろよ」
「・・・・おい」
「ん?何?あぁ、もしかしてあーんとかしてもらいたかったとか?」
投げるな、って怒るのは分かっていた。
だからその先を付き、からかってやれば、すぐに桐生の表情が歪む。
あ、やばい。ちょっと怒らせた?
警戒して身を引こうとした時にはもう遅く、私は力強い力に引っ張られ、桐生の胸に飛び込んでいた。
「ぶはっ!?」
「ったく・・・お前は本当に色々と騒がしい奴だな」
「んだよ、失礼な奴」
膝の上に乗せられた私。
桐生が離そうとしないから降りようとしたのに、桐生の腕が離してくれない。
「お、おい?ちょっと・・・!?」
「このままで良い」
「良くねぇよ!恥ずかしいから降ろせよ・・・!?」
「・・・こういうのも、悪くねぇな・・・。こんな静かに過ごせる日が来るなんて、前までは思ってなかったからな・・・」
1年前ぐらいには、近江連合と戦っていたんだもんな。
あの時は由美さんを奪われた桐生を、どうしてそっとしておいてくれないんだと、怒った覚えがある。
私も必死になって戦った。
必死になって手助けをして―――少し、喧嘩したりもした。
だからこその、この平和な日々。
「・・・平和だな、桐生」
「これが当たり前だ」
「お前に言われたくねーっての。・・・分かってるよ、それぐらい」
そう言いながら、甘えるように桐生の胸に頬をすり寄せた。
私から甘えると思っていなかったのか、ちょっと嬉しそうに私の頭を撫でる。
「ん・・・・」
「どうした?今日はヤケに素直だな?」
「・・・しょうがねぇだろ・・・こういう、気分なんだよ」
「いつもそうでもいいんだぜ?俺は」
「うっせーよ・・・。・・・・桐生」
いつかきっと、この平和が壊れる日がくるはずだ。
予感というより、これは宿命。
桐生はきっとまた何かに巻き込まれる。
私はそれを恐れていた。
また桐生が傷つき、逃げられない宿命・・・東城会の戦いに巻き込まれるのを。
だから私は今を精一杯、桐生と一緒に感じたかった。
「桐生・・・」
自ら唇を寄せ、桐生の唇を奪う。
一瞬桐生が驚いて動きを止めたが、すぐにその口付けに応えてくれた。
絡む舌。容赦ない口付け。
力強く後頭部を押さえつけられ、自分からは唇を離せなくなった。
「ん、んっ・・・」
苦しくて、思わず声が漏れる。
それに気づいた桐生が唇を離し、もう一度、私の頭を優しく撫でた。
「本当に今日は変だぞ?・・・あんまりされると、我慢出来なくなるぜ」
「・・・好きだ、桐生」
「・・・・今、どういう状況か分かってるだろ?」
「桐生・・・」
「・・・・やめろっていっても、止めてやらねぇぞ」
時計の針が2時を過ぎる頃。
まだ昼間なのにも関わらず、桐生は私を抱きかかえておじさんの部屋に入った。
この後に行われることが何か、私には嫌でも分かる。
喧嘩の時や、いつもの時とは違う、私だけに見せる表情。
男の、獣としての・・・表情。
「・・・やっぱ、桐生変わったな。こういう変態なところは変わってねぇけど」
「そういうお前も、随分と丸くなったじゃねぇか。あと少し・・・女らしくなったな」
「褒め言葉として受け取って・・・んっ」
弄られる身体。
深い、口付け。
子供達が帰ってくるまでの2時間、私は容赦なく桐生に酔わされ続けた。
「な、桐生」
「ん?」
「・・・・ずっと、一緒に居てくれ。何があっても・・・どこに、行く時でも」
「・・・あぁ。もちろんだ」
この数日後、まさかあんなことに巻き込まれるなんて。
やっぱり私の予想は当たっていたんだなと、悲しむ暇も無く私たちはまた戦いの場へと引き戻された。
これが、運命なんだろうな・・・私たちの。
だから最後まで、ずっと、桐生の傍に居てやるよ。
ずっとずっと、私は桐生の力になる。
(喧嘩の時も、平和になった後も、ずっとな)
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★海賊 ハート泥棒
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