いらっしゃいませ!
名前変更所
3.俺のこと気になり始めたんだろ?
あれから数日後、お嬢様だけを狙った強姦事件がピタリと止んだ。
伊達さんによると、これがこの犯人の特徴らしい。
何度か連続で事件を起こした後、数日間息をひそめ、その後にすぐまた活動を再開する。
どうやらその数日間とやらで、襲う人の目星を付けているのではないかと伊達さんは言っていた。
となると、私がその候補に入った可能性は十二分にある。
「今日から、気を引き締めていかないと・・・・」
お嬢様として演じることも、いつ襲われても反撃できるようにすることも。
どっちも出来ないと、私自身の身が危ない。
朝日が入り始めたホテルのカーテンを開け、まだ眠い瞼をごしごしと擦った。
桐生と秋山は慣れない生活のせいか、まだ夢の中に居る。
何だかんだで私が一番手慣れだしな。こういう環境の変化に対しては。
「・・・静かだったらイケメンなのにな、こいつら」
桐生が良く私に言う言葉だけど、それをそのままそっくり返してやった。
静かだったら女らしい?それはお前にも当てはまる言葉だ。
お前等だって、静かにしてれば普通にかっこいいのに。
口を開けば意地悪い言葉ばかり吐きやがって。
日に照らされる二人の顔を見た私は、自然と顔が熱くなるのを感じる。
「・・・(本気じゃ、ねぇよな)」
数日前、二人に迫られたのが記憶に甦った。
突然キスされたり、押し倒されたり、意味が分からない事ばかりされたあの記憶が。
結局、あの後からは何もされていない。
やっぱり二人の気まぐれだったんだろうと、私は小さな苦笑を漏らした。
悔しいとは思わないが、微かに残る女心を弄ばれたような気がしてモヤモヤした。
撫でつけても収まらない寝癖に、水でも掛けようかと洗面所に移動する。
「ふあぁぁ・・・」
本当に綺麗なホテルだ。
ラブホテルとは違い、全体的に高級感が漂っている。
冷たい水を出し、それに手をつけて髪の毛を濡らした。
ぺたぺたと適当に押さえつけるだけ。それだけで私の朝の準備は終わる。
私がずっと短髪で居る理由は、これが一番の原因だ。
「んー、こんなもんかなぁ・・・」
「後ろ、跳ねたまんまだよ?」
「うお!?あ、秋山・・・起きてたのか」
「ん?うん。今さっき起きたんだよ」
眠そうに起きてきた秋山が、さらっと私の髪を撫でた。
驚いて抵抗しようにも、眠そうな秋山の表情が私の警戒心を無くしていく。
今までと同じ絡みだろ?こんなの。
意識したら、それこそ向こうの思うつぼだ。
跳ね上がる心をどうにか抑え、鏡越しに秋山に笑いかける。
「さんきゅー、秋山」
「いやー、相変わらずあけちゃんの寝癖は酷いなぁ」
「うっせぇなー!」
癖毛な上に、短い髪だからな。
秋山に髪を整えて貰っている間、私自身は化粧をすることにした。
今日も一日、これで偽りの自分を纏うのだ。
手慣れた様子でメイクを進めていく私に、秋山が関心したような目を向ける。
そんな興味津々に見られちゃうと、すごくやりにくい。
「・・・・あんま見るなよ」
「あけちゃんが違う姿になるところ、見たいじゃない?ほら、続けて続けて」
「嫌だ嫌だ。お前は髪だけに集中してろ!」
「おっと・・・!」
裏拳を入れようとして、秋山に笑いながら受け止められた。
こいつも中々やる奴だから、桐生同様、力で黙らせることができなくて困る。
受け止められた手が、ふいに強く引かれた。
油断していた私は、そのまま秋山の方へと飛び込んでしまう。
「ごふっ!?」
顔から思いっきり突っ込んでしまい、口から思わぬ声が出た。
金貸しとは思えないほどガタイの良い胸板に、逃げ出せないよう押し付けられる。
息が、出来ない。
強く胸を叩いても、秋山はまったく動こうとしない。
この馬鹿、野郎・・・!
「ん、ぐ、お、おい!!」
「寒いからさ。寝癖を直した代金として、あけちゃんの温もりを貰おうかなーと・・・」
「ふざけんな、このっ!」
「おーおー!危ない危ない」
朝っぱらから、何なんだこいつは。
やっと絡まれたくなったって思ったらこれだ。このざまだ。
油断していたということもあり、全身を伝わる秋山の温もりが、私を混乱の中に引きずり込んでいく。
「はな、せって・・・言ってんだろ・・・!?」
「どうしたの?前までは怪我したあけちゃんを抱えても、こんな反応しなかったよね?」
「ッ・・・」
「もしかして、俺の事、意識し始めてくれた・・・とか?」
私たちの関係上、誰かが怪我したのを抱えたりとかは当たり前だ。
今までの私ならそれを平然と受け入れてたし、逆に秋山や桐生の怪我の手当てをしたこともあった。
相手の裸ぐらい、肌の温もりぐらい、いつものこと。
そう思っていたはずなのに、今は全然違って。
相手の温もりが恥ずかしい。無駄に意識をしてしまう。
どうして?
―――理由なんて、この二人以外考えられない。
「別に、意識なんか、してねぇ・・・!」
意識してない。してない、してない。
言い聞かせても響く、私の胸の音。
「してない?」
「して、ない」
「そうかなぁ。そのわりには・・・随分・・・」
秋山の細い指が、私の顎を掠め取る。
そして上を向かせたかと思うと、得意のニヤリ顔で私に囁きかけた。
“――――顔が真っ赤、だけど?”
渋く、色気を含んだ、男の声。
キャバ嬢の時に色んな人に同じことをされたけど、こんなドキドキしたりはしなかった。
抵抗しても無駄なことを知った私は、大人しく秋山の腕に寄り掛かる。
「はぁ・・・もういいよ」
「あれ?降参してくれるの?俺、好きにしちゃうよ?」
「んなわけねぇだろ!」
腰に回された手を、力の限り引っ叩いた。
パチンッ!と心地よい音が響き、回されていた手が一瞬緩む。
その隙を私が見逃すわけも無く。
「どけっ!」
「おわっ・・・!?」
もう一度、力の限り秋山の身体を押し戻した。
バランスを崩した秋山が倒れるが、気にせずメイクの続きを始める。
「え、あけちゃん。起こしてくれないの?」
「起こすわけねぇだろ。さっさと自分で起きろ馬鹿」
「冷たくなっちゃって・・・」
「誰のせいだと思っ「朝からうるせぇぞ、お前等!」
「うおぐっ!!?」
後頭部に感じた、あり得ないほどの衝撃。
首の骨が嫌な音を立て、一瞬意識が飛びかけたのを感じた。
こんなことをしてくるのは、アイツだけ。
案の定、鏡の奥に映る桐生の姿を見つけ、頭を押さえる。
「痛い・・・。ほんと、首折れるからさ、お前・・・」
「朝っぱらから騒ぐのが悪いんだろう。自業自得だ」
「それなら騒がせた・・・秋山に、言えよ・・・っ」
その一言を放った瞬間、秋山と桐生の間に冷たい空気が漂うのを感じた。
只ならぬ雰囲気というよりは、こう、真っ黒い雰囲気というべきか。
状況的にあまり良くないと判断した私は、そそくさと化粧を終わらせて逃げることにする。
「・・・やだな、桐生さん。そんな怖い顔で見ないでくださいよ」
「抜け駆けとはいい度胸だな」
「そういう桐生さんこそ、初日に手を出したのは桐生さんの方じゃないですか?」
「チッ・・・」
「あ、やっぱり手を出してたんですね」
「これでおあいこ、だな」
「ですね」
な、何の話してやがるんだこいつら。
そういう話を私の目の前でするな。
っていうか、そういう話自体、するな!
「お、お前等・・・わざとなのか?わざとなのかお前等はっ!」
「朝から騒ぐなって言ってるだろ、あけ」
「むぐ、むぐぐぐぐ・・・!!」
桐生の大きな手に、口が塞がれる。
秋山に助けを求めるも、頑張ってとだけ言われて見捨てられた。
部屋を出てく秋山を睨み付けながら、桐生の手を何とか引き剥がそうとする。
だが、言うまでも無く、その手は一切びくともしなかった。
「ん、んんー!」
「お前、秋山のこと・・・気になってんのか?」
口を塞がれたまま、右耳に声を吹き込まれる。
思わずビクッと肩が跳ねてしまい、その反応がまた桐生を楽しませることになってしまった。
意地悪く笑う桐生を、最後の抵抗として睨み付ける。
「んんぐ、んんんんっ!!」
離せよいい加減!
馬鹿力だし、手も大きいしで息がしにくいったらありゃしねぇ!
段々呼吸がしづらくなってきた私は、慌ててもう一度桐生の手を叩く。
すると意外にもすんなり手が外された――――
―――かと、思ったのが大間違いだった。
「てめ、息が出来ないじゃねぇかこの・・・んぅっ!?」
手が外されたと思って口を開いた私は、突然の事に反応が出来なかった。
「んぅ!?んぁ、ふ、んんん・・・!!!」
「可愛い反応するじゃねぇか。そんな反応を、アイツにも見せたのか?」
「んん、んんうー!」
口に入れられているのは指。
桐生の長くてゴツイ指が、私の口の中に入れられている。
しかも桐生はそのまま、無理やり指を動かし始めた。
舌を指で弄ばれ、閉じれない口からはだらしなく涎が垂れはじめる。
それでも桐生は、離してくれない。
「んぅ、んん、んぐ、っは・・・」
「ほんと、隙だらけなんだよ・・・お前は」
「ふぅ、ぅぅ・・・!ぅ、んんっ!!」
「もう誰にも隙を見せられねぇように、お前を・・・」
「っは、ぁ」
苦しくて、涙が零れた。
指を噛んでるはずなのに、桐生はまったく反応を示さないまま指を動かし続ける。
「っ、ん、ぐ」
「・・・・」
「んんん!は、な・・・ひぇ・・・っ!」
「・・・・俺以外に、そんな表情見せるなよ」
「わひゃ、った、んっ・・・・けほっ!!けほっ・・・はぁ・・・っ!」
からかってる様な、意地悪い感じは一切ない。
その代わりに感じられるのは、本気の視線だけ。
どうすれば、良いんだよ・・・こんなの。
だらしなく垂らした涎を拭きとりながら、私はめいいっぱい酸素を吸い込んだ。
私の涎で濡れた手を、わざとらしく見せつける桐生がとても憎い。
「っ・・・」
「良い表情、するじゃねぇか。そういうお前は女らしいぜ」
「・・・うっせ・・・」
「・・・もう一度、やってやろうか?」
「っ!!やめろよ!どれだけ苦しいと思ってんだ!」
伸ばされた手を勢いよく払い、そのまま部屋を飛び出した。
気分転換に缶コーヒーでも買おうと、部屋を飛び出したついでに玄関へと向かう。
すると私の声を聞きつけたのか、着替えた秋山が慌てて追いかけてきた。
私が1人で出かけてしまうと思ったのだろう。でも、出かけるわけじゃ無い。
「待ってよ、あけちゃん。一人は危ないから俺も・・・」
「違う。飲み物買ってくるだけだ」
「あ、そうなの?」
「あぁ。お前たちのせいなんだから、ついてくんな」
「それはあけちゃんのせいだよ。俺達を異性として見てくれない、あけちゃんのせいだ」
異性として。
その言葉に、前に言われた秋山の言葉が甦った。
私のことが好きなんだ、と。
しかも、二人とも。
そんなの信じられるかって、笑っていたのに・・・こんな。
「顔、真っ赤だよ?あけちゃん」
「っ・・・・」
「これで俺達のこと、気になりはじめただろ?」
後ろから掛かった、桐生の声。
今まで険悪そうにしていた桐生と秋山が、今度は仲良さそうに黒い笑みを浮かべている。
確かに、そうだ。
私は今まで、二人の事を同業者としてしか見ていなかった。
異性だから、なんて。危機感も何も感じていなかった。
感じる必要が、ないと思っていたから。
それなのにこいつらは、私を未知なる感情の世界へと連れ去ろうとする。
「だーもう、馬鹿野郎!とにかく飲み物買ってくる!」
二人のことを忘れるためにも、ここは意地でも一人で行かねぇと。
逃げ出すように玄関を飛び出した私は、近くにある自動販売機を目指して走った。
ああもう。おとり捜査だけでも頭がいっぱいだっていうのに。
「とりあえず、コーヒー飲もっと・・・」
ホテルの外に自販機を見つけた。
無かったら少し遠出をしようと思っていたが、その必要は無かったようだ。
「甘いもんでもいいなぁ・・・。さてと、どれにしようかな」
自販機に並ぶ、飲み物の数々。
その中から甘いものを選ぼうとしていると、ふいに背後に気配を感じた。
まさか、あいつらが着いて来たとか?
そう思って咄嗟に振り返った私を、怯えた表情で見つめる男が1人。
「・・・・?」
誰だ、あいつ。
マスクを着けてて、いかにも怪しいって感じの男だ。
でも、襲ってくるような男には見えない。
どちらかといえば、襲われそうな弱々しい方。
いくら私が見つめても居なくならず、それどころか、私の方へと近づいてきた。
「あ、あの・・・っ」
「・・・どうしたの?私に、何か用かしら?」
声も女の子らしい、可愛い声をしている。
話しかけられた私はお嬢様としての声を作り、警戒されないよう笑みを浮かべた。
「え、えっと・・・あの・・・」
「怖がらないでください。話しかけたぐらいじゃ、私は何もしませんよ?」
「・・・し、失礼じゃ、ないですか・・・?」
「失礼なんてとんでもない。それで・・・私に、何か用かしら?」
「え、えっと・・・・」
普段の私だったら、ぶん殴ってるレベルのどもりっぷり。
弱々しい雰囲気にすっかり警戒心を解いていた私は、急に手を上げた男に反応が遅れてしまった。
目の前にかざされた、見覚えのある紫色の瓶。
咄嗟に口を塞ごうとしても遅く、私はまともにその瓶の液体を吸い込んでしまった。
しばらくして、予想通りの痺れが、身体を襲う。
「ふふっ・・・ごめんねぇ、お姉さん」
「ぐっ・・・こ、の・・・っ」
この強力な痺れ。間違いない。 あの瓶には、私が作った薬が入っている。
かなり前のことだが、強力な痺れ薬を作って売ったことがあった。
その時に使った瓶の色が特殊で、依頼された薬の内容を覚えていたのだ。
確か、それを売ったやつは・・・。
「て、め・・・ぇ」
「やだなぁ、お嬢様がそんな言葉・・・使っちゃだめだよ?まぁ、別にいいけどね」
「・・・・?」
「俺を楽しませてくれれば、それでいいよ。じゃ、次目が覚める時まで・・・おやすみ」
「が・・・ぁっ!?」
腹に走った衝撃。飛んでいく意識。
悔し紛れに伸ばした腕は、犯人の男に届く事無く力尽きた。
ああ、ほんと。ロクなことねぇなぁ・・・。
(次目覚める場所がどこなのか、私には一切分からない)
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