いらっしゃいませ!
名前変更所
アランに魔力の回復を施してから数分後、修練の門の扉が開くのを私は見た。
中から出てきたのは、金髪の少年と、見覚えのある黒髪の少女―――スノウ姫。
それにしてもあの少年、懐かしい感じがする。
ダンナさんと似ているような、似ていないような。
そんな私の疑問に答えるかのように、出てきた少年はアランをいたぶっていたチェスの駒を攻撃し始めた。
スノウ姫が金髪の少年を指差し、ギンタという名前を口にしている。
「なるほど、こいつが・・・ギンタ」
アランが自分の身を犠牲にしてまで守り抜いた少年、ギンタ。
その表情も、魔力も、行動も、全てがダンナさんに似ていて私は戸惑う。
そして私が戸惑っている間に、ギンタという少年はすぐにチェスの駒を吹っ飛ばしてしまった。
「(中々やるじゃん!)」
ギンタという少年が何日門の中に居たかは知らないが、結構強い方に感じる。
チェスで例えればルーク・・・いや、ビショップクラスぐらいはあるだろうか。
そんなことを考えている間に、もう一つの門が開き、見たことのない人物がまた姿を現した。
次に現れたのは、小さい少年と、魔女。
なんて変な組み合わせなんだ。
「イアンは下がっていてください!ここは、私が・・・!」
今までチェスの男のイアンに守られていたポーン兵が、やられたイアンを庇って前に出た。
でも、結果は既に目に見えている。
利口に魔力の一番少ない奴を狙おうと思ったらしいが―――それでも、結果は明らかだ。
「うわぁあああああ!!」
魔力の弱い少年から放たれた、土を抉る衝撃派。
その衝撃派にまんまとやられたポーン兵は、苦しそうに地面に横たわった。
普通のチェスの駒なら、ここで役立たずのポーン兵を捨てて戦う。
でもイアンと呼ばれたそのチェスの駒は、ホーリーアームを譲る代わりにポーン兵の子を助けて欲しいという交渉を持ち出してきた。
チェスの駒も、前よりは少し変わった人たちが増えたようだ。
確かゾディアックの一人に、子供が大好きな人とかも居たような気がする。
前のチェスの駒のメンバーは、本当に乱暴者の集まりって感じだったんだけど。
今回は色々と複雑な事情を持ってる人もいるから、一筋縄ではいかない。
「っと・・・・」
考え事をしている内に、イアン達は城へ帰ってしまったようだ。
アラン達も傷を癒しながら、何やら真剣な話をしている。
今の内に私も帰ろう。
そう思ってアンダータを取り出した瞬間、私の頬に軽い衝撃が走った。
「そこに居るのは分かってンだよ」
「ッ・・・!?」
ツー、と流れ出す、生温い血。
木々の陰からアラン達の方を見れば、案の定、私に気づいてしまったアランが拳をこちらへ突き出していた。
なるほど、エアハンマーの衝撃ってことか。
・・・って、冷静に考えてる場合じゃない。
まずはどうやってこの場を切り抜けるか、の方が大事だ。
「・・・・」
まだアランにバレるわけにはいかない。
せめて第一戦争の時と同じ、ウォーゲームが始まる時までは。
私は覚悟を決め、木々の間から一歩ずつアラン達の方へ足を進めた。
ここで逃げれば怪しまれるし、第一、私は何か悪いことをしたわけじゃない。
出来るだけ平然を装うのが一番だと、コートを深く羽織る。
「オッサン!こいつもチェスの・・・!?」
「分からねェ」
「なんだか、不気味な人・・・・」
「おい、お前!」
アランの敵意むき出しの声。
この声を聴いたのは、6年ぶり。
私は顔を見られないよう気を付けながら、静かに息を吐いた。
「・・・なんだ。そんな大声を出さなくとも、聞こえている」
自分自身の声では無い、演技の声。
アランは私をジロリと舐め回すように見つめ、それからドゥネティーラを投げ渡した。
「これ、お前のだろ?」
「・・・」
「・・・何故、俺を助けた」
「え?助けたって?どういうこと?」
疑問を口にするスノウ姫に、魔女が口を開く。
「あのアーム、ホーリーの中でもかなり貴重なものよ」
「どんな効果を持ってるの?」
「あのアームは発動すると注射器みたいになって、魔力を貯めれるわ。そしてぶつけた相手に、それを受け渡すことが出来る魔力を移すアームなの」
「ってことは・・・。アランに魔力を移してあげたって・・・こと?」
皆の視線が、一気に私へと注がれた。
ボロが出ないよう言葉を選び、偽物の私を演じ続ける。
「勘違いするな。私は助けたわけじゃない・・・正々堂々と戦わないアイツが気に食わなかっただけだ」
そう言って私はアームをコートの中にしまい、もう一つ忍ばせて置いたホーリーアームを取り出した。
これは先ほどのイアン達が置いて行ったホーリーアームより数十倍も強い、回復をするためだけのホーリーアーム。
アランの呪いを解くため、アームを探し回っていた時に見つけたものだ。
それを手に取り、何のためらいもなくアランに渡す。
「・・・なんのマネだ」
警戒心剥きだしのアランに、私は耳元にあるチェスのピアスを見せつけた。
一瞬にして、場の空気が凍る。
「伝説の男、アラン。私はお前と戦ってみたいんだ。いずれ始まるであろう、ウォーゲームの時に・・・・」
「・・・っ」
「それまで、身体は大事にしておくんだな。伝説の男がそんな傷だらけじゃ、戦う気も失せる。それは私と戦うまで取っておけ、アラン」
なるべく、私と言う存在だと思わせないようにするためには。
そのためには、本物の私とかけ離れた存在に見せることが大切。
本物の私は戦いが嫌いだから、逆に好戦的に見せれば良い。
すっかり演技に拍車が掛かった私は、不気味な笑い声を出し、コートを翻した。
「フハハハッ・・・。じゃあな、アラン。そして餓鬼共。会うのを楽しみにしてるよ・・・」
後ろから、「とんだ変わり者だな」という声が聞こえ、私は思わず微笑んだ。
変わり者と思われたのなら、一応演技は成功したと言えるだろう。
「あいつ、ラングにそっくりだ」という言葉が聞こえなかっただけ、マシだ。
私はアンダータですぐさま城に戻ると、一旦気持ちを落ち着かせるために自分の部屋を目指した。
が、しかし。
自由行動をしまくっていた私を、そう簡単に戻してくれるようなチェスはいない。
「お帰り、ラング。遅かったね?」
「・・・ファントム」
しかもこういう時に限って、お出迎えがファントムなのは何かの呪いだろうか。
いや、明らかに呪いだ。ファントムの楽しみという名の。
「その様子だと、何かあったみたいだね」
「・・・・」
「ロコやハロウィンから聞いたよ。・・・アランと異世界の住人が、スノウを助けたって」
「・・・・・・」
異世界の住人?
ダンナさんと似てるなとは思っていたけど、あのギンタって少年・・・・そんな、まさか。
頭の中でギンタとダンナさんを照らし合わせていた私に、ファントムがグイッと顔を近づけた。
いきなりのことに反応が出来ず、ばさりと羽織っていたコートが脱げる。
「うわ!」
「本当に君は、見ていて飽きないね」
「ど、どういうことよ・・・。馬鹿にしてる?」
「君はどんなことがあっても表情を表に出すからね。面白いんだ」
「やっぱ馬鹿にしてるじゃんか・・・」
ファントムと話をすると、すぐに振り回されてしまって駄目だ。
私は気を取り直すためにファントムと距離を取り、ファントムをシッシッと追い払った。
「・・・君は、僕が怖くないのかい?」
「もっと怖いものあるし」
「フフッ。怒ったアラン、かい?」
「ッ!?ち、違うっての!」
調子が狂う。
何でも見透かされているようで、気持ちが悪くなる。
ゾクゾクと走る、寒気。
私はファントムが怖い。
怖いけどそれ以上に、アラン達を失うことが私は怖かった。
だからファントムなんて怖くない。
そう言い聞かせて強がった私の瞳に、またファントムの見透かしたような瞳が映る。
「まぁ、いいよ。君がそうやって色々頑張ってるのを見るのは、僕の楽しみだから」
ファントムは分かってるんだ。
私が何か企んでいることも、何かを探そうとしていることも。
だからこそ、楽しむための材料として私を泳がしている。
玩具になってるってのが気に食わない所だけど、泳がされているのを利用しない手は無い。
私はこのまま、自分がしたいことをする。
たとえ玩具扱いだとしても。
「明日の夜、ウォーゲームの予告をする予定なんだ」
「ッ・・・。本当に、始めるの・・・」
「本当は今すぐにでも予告したいんだけど、あいにく僕は明日、やることがあってね」
「・・・それで?私は何をすればいいの?」
「好きに休んでて。君を連れていくとうるさいから」
ファントムがこういう時は、大概「殺し」に行く時だ。
私が一度ファントムの邪魔をした時のことを、まだファントムは怒っているのだろう。
それからというもの、ファントムは私を殺しに連れて行かなくなった。
文句は言えない。
言ってどうこう出来る問題じゃないから。
「分かった!じゃあ、ゲームまで休んでおくね」
「君にもゲームに参加してもらうから、もっと強くなって僕を楽しませる試合を見せてよ」
「言われなくてもっ!!」
そう、私は玩具だ。
この戦争を面白くするための、一つの駒に過ぎない。
だからこそ、私はあがいて見せる。
全てにおいての結末を、変えるために。
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