いらっしゃいませ!
名前変更所
今日は事実上、お休みの日。
最近は結構チェスが活発化してたから、私も休みがなくて大変だったんだよね。
チェスが街を壊すたび、私も生き残りを安全な場所へ逃がしに行かなければならない。
それが今日は、ファントム直々の命令で「お休み」となったわけで。
今日だけは街の破壊も、さすがにないだろう。
ファントムが行った場所が気になるが、そこはもう、私に手出し出来る範囲を超えている。
「ふぃー・・・」
さっさと着替えを済ませた私は、いつも通りあまり使われていない小さな通路を使って場内を歩き回った。
ファントムが認めたチェスの駒とはいえ、私自身、チェスと会うのは気まずい。
特にハロウィン。
アイツとは顔を会わせるのも――――
「よォ、どうしたんだァ?」
「(チッ・・・)」
噂をすれば、なんとやら。
ちゃんと人通りの少ない道を選んでいたのにも関わらず会うなんて、相当運が悪いようだ。
もしかすると、相手がわざと狙って来たのかもしれないが。
私がチェスに所属してからというもの、ハロウィンが狙ったように付き纏ってくるのを感じていた。
私に何か、用があるのだろうか?
それとも何?アランの次は私ってこと?
「そんな怖い顔しないでくれ。別に何かするわけじゃねぇんだよ・・・」
「そんなの、信用出来ると思ってるの?」
「少なくとも、お前さんがチェスの間は何もしないつもりだがなァ」
「・・・ならいいけど」
無言で通り過ぎようとしても、ハロウィンがジャラジャラと音を立てて着いてくる。
呆れた私はもう何も言わずに、ただただ着いてくるハロウィンを睨み付けながら歩き続けた。
何もせずに寝るのは、私の性に合わない。
だからといって、ただ散歩するのも性に合わない。
やっぱり、修行でもしようかな。
そう思って来た道を引き返そうとした私は、後ろからハロウィンが着いて来て居る事を忘れ、思いっきりハロウィンに顔面からぶつかった。
「ごふっ!?」
「あ」
ガイン!と、頭の中に冷たい音が響く。
どうやらハロウィンの担いでいる、十字架部分にぶつかったらしい。
あまりの痛さにしゃがみ込めば、ハロウィンが大爆笑しながら転げはじめる。
「ヒャッヒャッヒャッ!相変わらず馬鹿だなァ、お前さんは!」
「むぐ・・・っ。あ、あんた、謝るぐらい、しなさいよ・・・!?」
「やだね」
「んのやろ・・・!」
付き纏うくせに、ロクなことしないんだからこいつ。
殺気を込めて睨み付けても動じないハロウィンに、私は本気のため息を吐いた。
こうなったらいっそ、こいつに修行相手をしてもらおうか。
今の私には力が必要だ。
何をするにでも、力が必要な状況だから。
「ねー。ハロウィン」
「ん?」
「ヒマなの?」
「あァ?ファントムの命令もないしな、暇といえば暇だぜェ?」
「そっか。じゃあ、私の修行に付き合ってよ!」
「修行だァ!?ヒュッヒュッヒュ・・・面白いじゃねぇか・・・死ぬかもしれねェぜ?」
「あ、じゃあ良いです」
まだ死にたくないもん。と無表情で言うと、ハロウィンの雰囲気が少し柔らかくなった。
もしかして、からかわれた?と無言の表情で尋ねる私に、またハロウィンが笑い始める。
「あー、やっぱりお前はからかいがいがあるぜ!」
「む・・・・」
「ほら、こっちだ」
「・・・・ん?」
「修行するんじゃなかったのかァ?別にしなくていいなら、俺はこのまま・・・」
「殺さないって約束するならやる」
「ヒュッヒュッ・・・殺さねェよ・・・お前はなァ・・・」
言い方に何かしら違和感を感じるが、まぁいいだろう。
恰好の修行相手を見つけた私は、とりあえずウォーゲームの予告があるという時間まで、ハロウィンに付き合ってもらうことにした。
「じゃ、よろしくお願いします!」
手加減と言う言葉は、こいつの辞書には存在しないのだろうか。
ホーリーアームであちこちの火傷を治しながら、気に食わないとばかりにハロウィンを睨み付ける。
「修行してやっただろうが」
「・・・修行っていうか、もう、実戦レベルだったよ・・・」
「フッ。ハロウィン相手にその程度の火傷か・・・また強くなったのか、ラング」
「ペタも見てたなら、少し手加減するように言ってよね!」
修行という名の実戦を傍観していたペタが、私の怪我を見て楽しそうな笑みを浮かべた。
ペタもハロウィンと一緒で、必要以上に私に絡んで来るやつの一人だ。
最初は監視だと思っていたけど、そうではないらしい。
私と見てると面白いからとか、何とか。
とりあえず馬鹿にされているってことだけは分かる。
「ふぅ・・・そろそろかなぁ?」
火傷を治し終わった私は、月を見上げてポツリと呟いた。
今日の夜。満月の日。
ファントムの言葉が本当なら、もうそろそろウォーゲームの予告の合図があるはず。
その言葉を聞いて、私を見ていたペタが口元を緩めた。
鏡状のアームを取り出し、見てろとばかりに月を指さす。
『メルヘヴン全土に存在する、我らチェスの兵隊に敵意を抱く、全ての者たちに告ぐ!』
6年前は月で見た光景が、今、目の前で行われている。
ウォーゲームの予告。
チェスが完全復活を果たした宣言。
昔の私なら殴り飛ばしただろうけど、今の私はこれを黙って見ているしかない。
楽しそうな予告宣言を、ファントムもどこかで見ているのだろう。
『場所はメルへヴン中央西部に位置する、レギンレイヴ城!
すでに我等の手中に落ちたこの城に我等との戦いを望む者は集え!
6年前の怨み我等は忘れてはいない・・・!!
1人として集まらぬその時は、我等でメルヘヴン全土を焦土と化す!!』
時間は明日の正午。
今回はクロスガードのメンバーも、そこまで望めないはずだ。
何故分かるかって?
だって強力なメンバーは、ほとんど6年前の大戦でやられてしまったから。
残っている有力なメンバーといえば、アランとガランさんぐらいだろうか。
ガランさんは絶対来る。
でもアランは・・・・参加出来るのかすら危うい。
「(あのギンタって子、どうなったのかな・・・)」
ペタはギンタに来るよう念を押していたが、果たして来るだろうか?
見た感じ、ギンタは14~5歳ぐらいの少年だった。
世界を背負ってまで戦う覚悟を、あの少年が持てれば、きっと来るだろう。
楽しそうに笑うペタとハロウィンを見ていられなくなった私は、静かにその場を後にした。
とりあえず、明日の正午に全てが決まるんだ。
そしてその時、私は敵として・・・皆を・・・。
痛む心を抑えこんで、私は左手の薬指を見つめる。
そこに光っていたのは、昔にアランから貰ったペアリングアーム――――フレイマリィ。
ごめんなさい。
裏切り者になって、ごめんなさい。
世界の敵になって、ごめんなさい。
「アラン・・・」
その全ての懺悔を指輪に込めて、私は誰も居ない空間で指輪に口付けを落とした。
最後の休息を、せめて、彼との思い出を思い出しながら味わおう。
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