いらっしゃいませ!
名前変更所
レギンレイヴ城にて正午の鐘が鳴り響く。
本当ならレスターヴァ城で見る予定だったんだけど、チェスの人達がいると落ち着けないから、私は単独でレギンレイヴに来ていた。
外から聞こえてくる、賑やかな声。
どうやら、誰も集まらなかった・・・という最悪の結末は防げたようだ。
「あれが、今回のメンバーか・・・」
見た感じ、戦えそうな魔力のメンバーが7人ほど。
異世界の住人らしいギンタ。ピンク髪の魔女。スノウ姫。
昔から見覚えのある、ガイラさんとアルヴィスも居る。
クロスガードの人達も居るが、皆思っていたより魔力は低い。
アランの犬の状態の方も居るけど、アレも戦力にはならないだろう。
「・・・・アルヴィス」
久しぶりに見たアルヴィスは成長していて、凄く男らしくなっていた。
そしてあの呪い―――ゾンビタトゥも、もう猶予が無いところまで成長しているようだ。
遠くから見ただけでも分かる、ゾンビタトゥの進行具合。
袖から覗く赤色のタトゥが、今居る私の状況を更に焦らせる。
私がしっかりしなきゃ。
私が早く、ファントムを倒す方法を探さなきゃいけないんだ。
そのためなら、どれだけ私自身の心を壊すことになっても構わない。
裏切り者といわれ、あのアランに罵られたとしても、私は。
「それでは参加希望者は、そこにあるマジックストーンをお取りください」
レギンレイヴ姫の声に現実へと引き戻された私は、ファントムの言っていたマジックストーンのテストとやらを見て目を細めた。
「なんだろうあれ・・・」
台座の上に、マジックストーンが無数に置かれている。
それらを手に取ったギンタ達も、私と同じように不思議そうな顔をしてそれを眺めていた。
魔力のテスト?
それとも、何?
敵が出てくるとか?
そんな私の疑問に答えるかのように、マジックストーンが輝きだし、その場に居たメンバーが消え去った。
「へぇ・・・ディメンションアームかぁ。ってことはあれかな?」
全員を別空間へ移動させ、敵と戦わせる。
そして勝てば戻って来れる。
といった、簡単な模擬戦闘のテストみたいなものだろうか。
私の予想が当たっていれば、じきに皆戻ってくるはずだ。
テストの段階で、そんなに強い敵を入れ込むとも思えないし。
「あ、やっぱり」
しばらくして現れたメンバーは、ギンタを含む6人のメンバーだった。
皆が口々に余裕だったと言っているが、肝心のガイラさんやクロスガードの人達が帰ってこない。
余裕だったのなら、あのガイラさんぐらいは戻ってくるはず。
お?噂をすれば帰って来たみた・・・・
「ッ・・・!?」
あのガイラさんが、血だらけで倒れていた。
スノウが慌てて、ガイラさんにホーリーアームを掛けに行く姿が目に入る。
どうして?
ギンタ達が戻って来れるような相手だったら、ガイラさんだって。
「誰がポーン兵だけだと言いました?」
突如響いた、聞き覚えの無い声。
窓から乗り出して声のした方を見ると、「ポズン」と名乗る変な紫の生き物がテストの説明をしていた。
このテスト自体は簡単なもので、ポーン兵とやり合うだけのものらしい。
そしてその中に一つだけ、外れが存在する、と。
そのハズレに当たったのが、三番目の男―――ガイラ。
ガイラさんと当たったハズレ役のキメラが、どこか楽しそうにポズンの後ろで袖を揺らしている。
「(ってことは、クロスガードの人達はポーン兵にやられたって・・・ことか)」
ウォーゲームが始まっても居ないのに、もう私の仲間が命を落とした。
仲間が消えていく感覚は、どれだけ味わっても慣れるものじゃない。
今の私が、仲間なんて図々しいのかもしれないけれど。
私はポズンのウォーゲームの説明を聞きながら、目を閉じ、心の奥で小さく祈りを捧げた。
「(世界を救おうとしてくれた皆が、安らかに眠れますように)」
ウォーゲームの開催は明日。
“命あることに感謝してお休みください”と、ポズンが皮肉めいたことを言いながら消える。
どうやらレギンレイヴ城内が、あのメンバーの休憩所となるようだ。
ギンタ達が城内に入ってくるのをボーッと見届けていた私は、しばらくそのまま、6年前のラストバトルの開催地であるこの場所を眺めつづけた。
懐かしい、この戦いの場所。
アランと共に戦った、あの時間。
ダンナさん。
クロスガードの皆。
立場は違えど、今度こそ戦争を終わらせたいという気持ちに嘘は無い。
私は持っていたコートを被りなおし、覚悟を決めてその場を後にしようとした。
その瞬間、
「ぎゃっ!?」
「へぶっ!?」
後ろに誰か居たのか、強い衝撃を受けて私は地面に転がった。
ぶつかった相手も、痛そうに頭を押さえている。
「ごめん!大丈夫か・・・ってあれ?お前・・・あの時おっさんを助けてくれた・・・」
「・・・・ッ」
迂闊だった。
ギンタ達が城に入ってくるのは、さっき見ていたはずだ。
普通の思考なら、直ぐにここから離れようとするのが当たり前。
なのに私は離れなかった。
思い出に浸りすぎて、離れるのを忘れていたんだ。
その結果が招いた、この失態。
私がぶつかってしまった少年・・・ギンタは、黙り込む私を不思議そうに見つめた。
「おい?大丈夫か?」
「ッ・・・!大丈夫だ。心配するな」
顔はバレてしないだろう。
コートをきちんと頭まで被っておいて正解だった。
でも問題はそこじゃない。
魔力だ。
私はアンダータでこの場から立ち去るつもりだったため、魔力を少し放出してしまっていた。
これにアランが気づかないわけがない。
たとえ犬の中だとしても、彼は気づいたはずだ。
私の、僅かな、魔力に。
「(とりあえず、アルヴィスは気づいてないみたいだし、ガイラさんも居ない・・・助かった方かな・・・?)」
とりあえず、アランが犬の中にいただけマシとしよう。
気を取り直した私は、コートを深く被り直してギンタの頭を撫でた。
「悪かったな、ギンタという少年」
「あ、こら!子供扱いするなよな!?」
「ちょっとアンタ!私のギンタンに何してんのよ!?」
「(あのテストの合格者はこの6人・・・か)」
女子供ばかりのメンバー。
民衆の人達も不安げにしていたが、私は各個人の強さを見て少しホッとしていた。
こうして近くで見ると、皆良い魔力を持っている。
アルヴィスも6年前とは大違いなほど大きな魔力を持っており、正直驚いた。
あの時アランの修羅の門から出てきた4人と、アルヴィスと、見覚えの無い金髪の青年。
人数は少ないが、それぞれに強い意志を感じる。
皆を舐め回すように見入ってしまった私を、ギンタの声が叩き起こした。
「・・・い?おーい!チェスのお姉さん?」
「っ・・・あ、すまない。少し疲れていたんだ」
直接協力は出来ないけど、私はこの人たちを応援したい。
アンダータで城に帰ることも忘れ、コートの中に手を入れる。
「・・・お前たちに良いものをくれてやろう」
コートの中からホーリーアームを取り出し、それをギンタに投げ渡した。
「え?こ、これ、くれるのか?」
「あぁ。この前のオジサンに渡したのよりは弱いが、傷を回復する程度は出来るホーリーアームだ」
「ギンタン、簡単に信じちゃだめよ。もしかしたら呪いのアームかもしれな「サンキュー!」
「・・・ギンタン!」
疑い深くギンタを注意した魔女を無視して、ギンタは嬉しそうにホーリーアームを握りしめる。
私が所持するホーリーアームは、他のアームよりかなり数が多い。
アランとアルヴィスのために探し回ったアームが、手元に余っているからだ。
それを渡して協力することぐらい、許されるだろう。
皆に見えぬよう微笑んだ私は、ギンタ達が何かを言いだす前に姿を消そうと、アンダータを発動させてその場を後にした。
疑われても良い。
間接的に、協力できればそれでいい。
私は裏切り者。
私は、チェスの駒。
でも、良かった。
こうやってあのメンバーを・・・メルメンバーを見ることが出来ただけでも。
「ぷはっ・・・」
無事にレスターヴァ城へ戻ってきた私は、被っていたコートを取り払った。
取り払った先に人が居るのも、もちろん分かっている。
いつも私の許可なく部屋に上がり込む男、ペタ。
私はペタを見る事もせず、自分の部屋の整頓を始めた。
「いい度胸だな。私を無視するか」
「レディの部屋に勝手にあがりこむ男なんて、無視するのがいちば・・・」
ドンッ。
「ぐっ、あっ・・・!?」
言葉は最後まで出ることなく、消える。
ペタが私の腹部に向かって、思いっきり蹴りを入れたからだ。
苦しくて息が出来ない。
ゼェゼェと音を立てながら息を吸う私に、ペタが恐ろしい笑みを向けながら口を開いた。
「貴様はいずれファントムを裏切ると言ったな」
「けほっ・・・!」
「覚えておけ・・・お前がチェスにいられるのは、ファントムがお前を玩具として認めている間だけだ。もしファントムに直接危害を加えようものなら・・・」
殺す。
その一言が耳元で囁かれた瞬間、私は何故か笑っていた。
突然笑い出した私に、さすがのペタも眉を顰める。
殺す?
元から私は死ぬ覚悟だ。
そんな生温い脅しなんて、私には通用しない。
「馬鹿にしないで。私は確かに玩具かもしれないけど・・・私は私の好きにやらせてもらうよ」
「・・・・」
「でも安心してよ。私は約束したでしょ?チェスに居る間は、チェスを邪魔するようなことはしないから・・・もちろん、不意打ちでファントムに手を出したりもしない」
そう、チェスに居る間は。
ただ向こう側に戻った時は、容赦しないつもりだ。
むしろペタは、その時のことを警戒しているのだろう。
私がクロスガードの方に戻る瞬間のことを。
だから今の内に脅して、潰しちゃおうって魂胆なわけ?
「・・・意外だな」
いつでも反撃できるよう構えていた私は、急に雰囲気が柔らかくなったペタに首を傾げる。
「貴様程度の女、少し脅せば逃げ出すと思っていたが・・・」
「なによ、貴様程度って!馬鹿にしないでくれる?」
「・・・ファントムが気に入ったのも、分かるような気がするな」
「ちょっと!人の話を聞・・・っ」
ペタは叫ぶ私を無視し、耳元で囁いた。
「せいぜい、私たちを楽しませてくれ・・・・お前のその表情がどれだけ歪むか・・・楽しみにしているぞ」
「ッ・・・だから、馬鹿にすんなって言って・・・・!」
私を馬鹿にしたペタの姿は、もう無い。
一瞬にして姿を消したペタに悪態を吐きながら、私は身体をベッドに横たわらせた。
明日からウォーゲームが始まる。
そうすれば、チェスの人間も、ファントムも、そしてその上にいる存在も、少なからずゲームに集中するはずだ。
そう、私はこの時を待っていた。
皆の意識がゲームに移るこの時こそ、私が最大限に動けるチャンス。
「そうと決まれば、ちゃっちゃと寝ますか!」
ペタに馬鹿にされたことなんてすぐに忘れ、私はすぐに眠りの世界へと意識を手放した。
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