いらっしゃいませ!
名前変更所
ウォーゲーム2日目。
結局あの後、自由行動について遠まわしにファントムから説教を貰ったラングは、大人しくレギンレイヴ城へと訪れていた。
もちろん、あの観衆の中にチェスの駒である自分が入ったら大騒ぎになる。
そのためラングは、観衆達がいる広場から離れた、小さな森の中でウォーゲームを見ることにした。
自然の気持ちいい風が、ラングの白い頬を撫でる。
太陽に映し出されたメルのメンバーは、第2試合の会場である砂漠フィールドへと飛ばされていた。
暑そうだなぁ、と。他人事のように呟く。
だがその目はしっかりと太陽を捉え、メルメンバーの行末が気になってしょうがないようだった。
「スノウ、ナナシ、ドロシー・・・・か」
あの日、レギンレイヴ城で会った時と同じ。
それぞれの強い意志を感じ取ったラングは、肩の力を抜いて寝転がった。
女子供ばかりじゃ、負けると思っていたのが本音。
でもあの様子を見る限りでは、そう簡単にやられることもなさそうだ。
「スノウは氷使いなんだね。ただのお姫様だと思ってたけど・・・」
太陽の中に映るスノウは、お姫様とは思えない力でフーギを圧倒していた。
舞う風を逆に利用して戦うなんて、と。ラングは思わず笑みを浮かべる。
咄嗟の判断。
戦闘においての状況整理。
普通のチェスなんかより、お姫様であるスノウは強い。
そして、その心も。
「行くよ、フーギ!」
「な、なんだ・・・!?何が来る・・・!?」
「もっかい・・・・ゆきちゃん!!」
戦いはスノウの勝利。
ガーディアンアーム、ゆきちゃんを発動させての勝利だった。
ゆきちゃんに潰されたフーギは、痛む身体を押さえながらチェス側へと戻っていく。
可愛い顔して、あのガーディアン―――それなりに強いようだ。
「次はあのナナシってやつか・・・」
チェスのロコという少女に対し、対戦の名乗りを上げたのはナナシという男。
どうやら相当な女好きと見える。
ロコは確かに少女だが、その中身の正体を、ラングは知っていた。
中身は32歳の残酷な女性。
ダークネスアーム使いだということを。
「(ナメてかかれば怪我をする相手・・・ナナシはどうでるのかなぁ・・・)」
冷静にメルメンバーを解析していくラングの表情が、一瞬だけ変わった。
そして後ろを振り返り、ある一か所を睨み付ける。
「・・・誰?」
隠そうとする努力も見られない、一つの気配。
草の中に居るその存在は、私の声を聞き、ピタリと動きを止めた。
一向に動こうとしない気配に、ラングは苛立ちを覚えて手を伸ばす。
「出て来てよ。・・・別に危害を加えようってわけじゃないんだから」
その言葉を聞いてか、気配の正体が姿を現した。
もふもふの尻尾。
ちょっとブサイクめの顔。
首輪。眼鏡。
「なっ・・・!(あ、アランの犬・・・!)」
「おおお、脅かすつもりはなかったのですぞ!ただ私は、水を汲みに・・・!」
「ここの水、美味しいもんね!私なんか気にしないで、汲んじゃって?」
「あ、は、はい・・・」
ラングはコートで顔を隠したまま、川の方向を指差した。
犬は警戒心を持ちつつも、喉が渇いていたのか、持っていたコップに水を入れ始める。
・・・この中に、アランが居るんだ。
犬を見てふとアームのことを思い出したラングは、後ろからそっと犬に近づいた。
コートの中をごそごそと弄り、昨日手に入れたサファイア色のアームを取り出す。
「ねぇ、わんこ」
「うひゃああ!?」
「え、ちょ、危なっ・・・!?」
声を掛けた反動で、犬が川の方へ飛び退いてしまった。
そんなに驚かなくても良いのに、なんて。文句を言っている暇は無い。
川に落ち掛けた犬を、ラングが慌てて陸地の方へ引っ張る。
その勢いで被っていたコートが落ち、ラングの姿が露わになった。
「もう!手間かけさせないでよね!」
「す、すみません・・・」
綺麗な漆黒の髪。
大きな瞳。
耳についている、チェスのナイト級イヤリング。
犬の中でその光景を見ていたアランは、やっぱりそうかと意識の中で呟いた。
あのレギンレイヴ城の時に感じた、僅かな量の懐かしい魔力。
自分をチェスから助けてくれた時は、ただの変わり者のチェスだと思っていたが。
―――まさか、こういうことだったとは。
今すぐにでも犬から出て、ラングを殴り飛ばしてやりたい。
6年間も何してたんだと。
何故チェスの駒に居るのかと。
それが出来ない悔しさを、アランはどうすることも出来なかった。
今のアランには、犬の中で、ただ見ていることしか出来ない。
「そ、それで、私に何か用ですかな?」
「ちょっと、試させて欲しいことがあるの」
「へ!?」
「じっとしてて。すぐ終わるから」
目の前に取り出されたアームを見て、犬のエドはガタガタと震えはじめた。
殺される、とでも思ったのだろう。
でもそれは、ただの勘違いで。
アームから光が広がったかと思うと、温かい魔力がエドを包み、そのまま消えた。
何も変化の起こらない身体に、ラングがそのアームを握りしめる。
「ッ・・・駄目・・・まだ弱い・・・」
ある程度の呪いが解けるだけで、強力な呪いはやっぱり無理なようだ。
結局ハロウィンの呪いを解いてあげることが出来なかったラングは、震えているエドの頭を撫でて笑った。
「ごめんね、驚かせて」
「・・・貴方は・・・一体・・・」
「気まぐれ、ってところかな。・・・あ!ドロシー戦が始まっちゃう!」
「・・・・」
左手の薬指。
エドは無意識に、何故か分からないままラングの左手を追いかけた。
中に居る男が、そうさせているのだろうか。
エドの視線の先に映ったラングの手には、不気味な輝きの放つリングがはめられている。
赤い輝き。特殊な彫金。
アランとの絆の証(アーム)――――フレイマリィ。
エドの中でそれを確認したアランは、ニヒルな笑みを浮かべながら呟いた。
まだ俺への気持ちは残ってるって思って、良いんだよな?と。
「じゃあ、私はドロシーの試合見るから!」
そう言ってコートを被り直したラングを、エドは追いかけることなく静かに見送った。
ウォーゲーム、2thバトル。
勝利チームはメル。
ナナシと言う男の勝負は見逃したけど、ドロシーの勝負は全部見ることが出来た。
残酷なまでに強いアーム。
そして甘くない心。
恐怖すら抱く魔女の姿に、ラングは苦笑しながらレスターヴァ城へ戻る。
「よいしょっ・・・と!」
「あ、おかえりなさい!ラングさん!」
「あれ・・・ロラン?どうしたの?」
ラングが城に戻ると、部屋の前にはオドオドした様子のロランが待っていた。
帰ってくるのを見るなり、ロランがにこっと可愛い笑みを浮かべる。
「今凄く落ち着かなくて・・・。ラングさんに会ったら、落ち着くかなって思って来ちゃいました!」
「・・・つ、ツッコミたいところいっぱいあるけど、とりあえず何で落ち着かないの?」
「じ、実はですね・・・。明日の3thバトル、僕も出る事になったんです・・・」
「はぁ!?」
まだ、3thバトルのはずだ。
6年前のバトルに比べれば、まだまだナイト級が出る位置では無い。
驚くラングに対し、ロランは笑顔のままラングの手を握った。
6年前はルークだったこの男が、今はナイトクラス。
―――確かに時は動いているんだと、思い知らされる。
「やっぱり、ラングさんと一緒にいると落ち着きますね」
「なんでよ?」
「何ででしょう?」
「わ、私が聞いてるのに、質問で返されても・・・!」
決して見た目では強いと思えないナイト、ロラン。
でもラングは確かに、この男の魔力の強さをひしひしと感じ取っていた。
今のメルのメンバーは強い。
だがそれは、相手がビショップクラスの中でも下のレベルだったからの話。
ナイトクラスのロランが出てどうなるか、想像もつかない。
「ロランなら大丈夫だよ!応援してるから、ね?」
「そういってもらえると嬉しいです!少し落ち着いたので、お散歩にでも行ってきますね」
「うん!いってらっしゃーい」
ロランがパタパタと走っていくのを見ながら、ラングは真剣な表情で目を閉じた。
「・・・勝ってよね・・・メル・・・」
まだまだメルのメンバーが、ギンタが、成長すると信じている。
そして今自分がしなくちゃいけないことは、また新たなる前進の術を探すこと。
もっと、もっと強力なホーリーアームを探さなければ。
クイーンやファントムのことを怖がっている暇なんて、無い。
ラングは覚悟を決めると、コートを被り直してまたあの場所へと向かった。
クイーンの部屋の近く。
あの倉庫がある場所へ。
「(いっそのこと、クイーンに直接会ってみるっていうのは・・・。いやでもそんなことしたら、嗅ぎまわってるっていうのをファントム言われて、私がまた玩具にされるだけ・・・)」
迂闊な行動はとれない。
だけど大胆な行動に出ないと得られるものは無い。
微かに追い詰められていっているラングは、この前の倉庫の近くまで来て、足を止めた。
「・・・?」
魔力を感じる。
不思議に思って倉庫の方を見てみると、倉庫の扉が開けっ放しで放置されていた。
そのアーム倉庫の奥から、じんわり、嫌な魔力が漂ってくるのを感じる。
まるで誘っているみたいだ。こっちへおいでと言うように。
「・・・・っ」
魔力に逆らえず、吸い込まれるように倉庫の中へと足を踏み入れた。
アーム倉庫はあの時のまま、警備なんてものを感じさせない状態で箱が並んでいる。
でも、ラングが導かれているのは、そこじゃない。
もっと、この奥。
「・・・だれ・・・?」
奥に進み続けると、そこにあったのは大きな壁だった。
ラングが感じ取っている魔力は、まだその奥から漂ってきている。
ラングは意を決して手を伸ばし、その壁に指を這わせた。
するとそれを待っていたかのように壁が消え、ラングに新たなる部屋の姿を見せる。
アーム倉庫の奥にあった、隠し部屋。
そこに並んでいたのは、大量の魔力を放つ怪しい書物の束。
「こ、これ・・・見たことないのばっかり・・・」
禁じられたアームについての書物。
ダークネスアーム製造の書物。
禁忌の術。禁忌のアーム、ゴーストアームの書物。
「もしかして、ここなら・・・ゾンビタトゥのことが分かるんじゃ・・・!」
本能が、見てはいけないと叫んでいる。
それでもラングは恐怖を振り払い、一つ一つを手に取って眺めた。
早く、早くしないと、ここは危険だ。
ゾンビタトゥの正体。仕組み。なんだって良い。
情報になるものが得られれば、それで。
「ッ!あった!」
表紙に邪悪な魔力が宿っている書物を見つけ、ラングは咄嗟にそれを開いた。
中には邪悪な魔法や、呪いについてがたくさん書かれている。
「これは・・・違う。これも・・・」
人の命を蝕む呪い。
次のページに書かれているのは、それと真逆で死んだ人を生き返らせる禁断の魔法について。
そしてその次に書かれているのは――――。
「!!」
ゾンビタトゥ。
宿した者を、永遠の生きる屍とする禁断の術。
使用方法やアームが書かれていないところを見ると、マジックストーンかクイーンの力で作られた物と考えるのが妥当なところか。
それとも、ファントム?
ページを進めていけばいくほど、ゾンビタトゥの解除方法からは遠くなる。
書いてあることが「解く方法」ではなく、「掛ける方法」や「効力」に偏っているからだ。
いやでも、今までで一番、ゾンビタトゥの秘密に近づいているはず。
もう少し探せばきっと見つかる。
「ここにある書物を、全部見ない事には始まらな・・・」
「そうだよね。諦めるのはいけないことだよね、ラング」
「ひっ・・・!!」
全ての書物を探ろうとしたラングの耳元で、一番聞きたくなかった声が響いた。
低く、あざ笑うような声。
背中にゾクリとした何かが走り、正常な思考の全てを奪う。
「ファン・・・トム・・・」
ファントムの瞳は、まるで獲物を見つけた蛇のように鋭く、深い。
一瞬にしてラングの平常心が消え、過呼吸気味にラングが息を吐いた。
「な、ん、なんで・・・・」
「言ったはずだよ、ラング。君は僕の玩具なんだから・・・あんまり自由勝手にされるのも、困るって」
「ッ・・・・」
伸ばされたファントムの手が、温かいラングの頬を撫でる。
そしていつも通りにこっと柔らかい笑みを見せたファントムは、その笑顔のままで、ラングを突き落す一言を放った。
「明日のウォーゲーム、君にも出てもらう」
「え・・・?」
「君はチェスでありチェスではない・・・僕のお気に入りだからここに居るんだ。そんな君がもし負けたら・・・どうなるか、分かるかい?」
玩具である存在価値はあるが、チェスの駒としての存在価値が消える。
分かってたんだ。
ファントムは分かってて、わざとここに、迷い込むよう仕向けた。
仕向けて、ゾンビタトゥの秘密という“餌”をぶら下げて。
「負けられないよね、君は。まぁ別に負けても、それはそれでゲームが面白くなりそうなんだけど・・・」
その餌への道を、一気に遮断する。
餌を得るためには、ラングが勝って、チェスとしての戦闘地位を築かなければならない。
負ければチェスとしての能力が無いと見なされ、玩具としてだけの存在価値となる。
つまりそれは、今までのように「自由行動」が出来なくなるということ。
今見つけた餌が、一瞬にして取り上げられてしまうということ。
「出来るよね?ラング」
「っ・・・勝てば、勝てば、いいんでしょ・・・!?」
「そうだよ。ただ君には・・・少し辛い相手も多いかもしれないけど・・・ね」
辛い相手というのが、アルヴィスやアランを指していることにすぐ気づいた。
戦いに出始めれば、いつかは必ず、目覚めたアランとも当たる可能性が出てくる。
ファントムはそれすらも分かっているんだ。
私がもがき苦しむ様を、楽しむつもりなんだね。
――――上等だ。
「ナメないでよね。私がそんなに簡単に負ける女だと思ってる?」
吹っ切れたラングの瞳に、迷いは無かった。
ファントムは意外そうに目を細め、笑う。
「やっぱり君は最高だよ。ゾンビタトゥを入れてあげたいぐらいに・・・ね」
「ッ!!」
咄嗟に距離を取ったラングを見て、ファントムはまた面白そうに笑った。
そしてそのまま、「明日は頑張ってね」と言い残して消えていく。
「・・・っ。くそ・・・!ほんと、最悪」
弄ばれている。
餌まで用意されて、常にファントムが楽しむためのステージに立たされて。
絶対に勝つ。
勝って、上っ面だけでも良いからチェスの信頼を得る。
そして秘密を探る・・・たとえあれが、用意された餌だとしても。
「・・・アンダータ」
明日までの短い夜の時間で、覚悟を決めよう。
誰が出てきても戦って勝たなくちゃいけないという、覚悟を。
部屋までアンダータを使ったラングは、すぐにベッドに身体を沈めて目を閉じた。
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