いらっしゃいませ!
名前変更所
6年前のウォーゲームで俺に掛かった呪いは大きかった。
犬のエドとの合体。
俺が1回寝れば犬が出て、犬が3回寝れば俺が出る。
その呪いは思ったよりも俺の行動を制限し、苛立ちを募らせた。
そして俺が眠る時に見る夢は、決まっている。
あの夢だ。
きっと今日も、この夢を見る。
昔の、夢を。
その夢に出てくるのは、子供の頃の俺と、幼馴染のラングと、パンプ。
忌々しい記憶から、現在までの全てが夢で甦る。
見たくないっていえば、見たくない。
でもこの夢でしか、俺はアイツを見ることができねぇんだ。
大事な存在である、ラングを。
第一メルヘヴン大戦が終わってから姿を消してしまったアイツを、俺は夢の中でしか探せない。
この身体になってしまった以上、行動範囲を広げることができないからな。
ほんと、皮肉なもんだぜ。
夢の中で、あがく事しか出来ないなんて。
「おい、乱暴者のアランだぜ」
夢はいつもここで始まる。
俺が子供の頃、アイツと知り合うきっかけになったところから。
こそこそと、俺の悪口を言うやつらが3人。
聞こえてはいたが、聞こえないフリをして俺はその目の前を通り過ぎる。
その瞬間だった。
俺の運命を変える奴と、出会ったのは。
「ぎゃっ!?」
「ちょっと!今、誰の悪口言ってたの?」
「何するんだよー!痛いじゃないか、ラング!」
悲鳴を上げる3人と、そいつらを殴ったと思われる女の子。
女の子は俺の方をチラリと見た後、満面の笑みを浮かべた。
初めてだった。
相手側から、友好的に笑みを向けられたのは。
いつも恐れられてばっかりだったからだ。
女には、特に。
「アランは私の友達なんだから。また悪口言ったら、次は落とし穴に埋めてやるからね!」
可愛い顔して、言っていることは怖い。
その言葉に悲鳴を上げて逃げる3人を見送り、ラングは俺の方を向いて再び笑った。
「ったく。アイツら、パンプ苛めてるやつらの仲間なんだよね。いっつもああやってアンタの悪口言ってるの!」
「・・・別に良いんだ」
「良くないよ!私、知ってるよ。いつも悪ガキとっちめてくれてるの。だから、お友達になって?」
「・・・良いのか?俺とつるんでると、その・・・」
「はいはい関係なーし!私はアランと友達になりたいの!私はラングって言うんだ。よろしくね!」
ただの女の子とは思えないほど強引な物言いに、俺はほぼ無意識に頷く。
――――そして、場面が変わる。
第一メルヘヴン大戦。
俺らがクロスガードを結成するのと同時に、彼女も離れないとばかりに着いて来た。
「私も、クロスガードに入れてください!」
「駄目だ。てめぇは絶対だめだ!」
「おいおい、どうしてだよアラン。この子、そこらへんの奴らより強・・・」
「駄目だ」
ダンナの言葉も聞かず、否定だけを口にする俺の姿が映る。
俺はラングを戦わせたくなかったんだ。
乱暴者の俺に笑顔を向けてくれた、ラングの笑顔を失いたくなかったから。
戦えば傷つく。
死ぬ可能性だってある。
そんなところに、ラングを放り込むなんて・・・出来ない。
「駄目だけじゃ分からないよ!どうして駄目なの・・・。理由は!?」
「うるせェ!駄目だっつったら駄目なんだよ!」
「ッ・・・私が、私が弱いから・・・!?」
「・・・あぁ、そうだ」
「!!」
嘘を吐いた。
ラングは十分、実力を持っていた。
それはもう、俺さえも驚くほどの魔力を。
だが俺は、ラングを巻き込みたくないという心だけを優先して、嘘を吐いて彼女を怒らせた。
んで結局勝負することになるんだよな。
勝ったらクロスガードとしてウォーゲームに参加させるっていう、条件付きで。
「アランとこうやって戦うのは初めてだね・・・。いっとくけど、本気だから!」
「・・・後悔、するなよ?」
「アランこそ!」
そして視界が、大きく揺らいだ。
次の場面では、ラングはもう俺の隣に居た。
クロスガードの証を背負い、どんな男よりも人一倍働く姿に、俺の視界が奪われる。
水使いのラング。
別名、戦の舞姫。
水と氷のアームを自由自在に扱うその姿を、誰もが目で追い、見惚れていく。
力強い魔力にも、踊るように戦うラングにも。
「・・・ン?アランー?」
「っ!」
彼女は必ず、戦い終わったら真っ先に俺の元へと駆け寄ってくる。
それに少なからず優越感を覚えて居た俺は、周りに見せつけるようにラングの頭を撫でた。
「わ、ちょ!子供扱いしないでよ!」
「んだよ。まだまだ子供だろ」
「アンタとそんな変わらないっての。それよりも・・・アランは怪我してない?」
優しい表情に、俺の心がまた揺れる。
「ねぇ、アラン」
何十年、俺は彼女と一緒だったのだろうか。
それだけずっと一緒だったのに、俺はアイツへ気持ちを伝えるのが随分と遅れちまった。
彼女の笑う声。
俺に何があっても着いて来てくれる、その姿。
その全てが当たり前だと思い過ぎていたんだ。
その事に気づいたのは、アイツが大怪我をして寝込んだ時だったっけか。
「アラン?もう、大丈夫だよ?」
「嘘・・・吐くんじゃねぇ。どれだけ大怪我したと思ってんだ」
「あはは・・・」
弱々しく笑う表情なんて、見たくない。
常に傍で笑ってくれなきゃ、うるさくなきゃ、満たされない。
だから俺は、有名な彫金師に頼んで特殊なアームを作ってもらった。
アイツに気持ちを伝えて、らしくないこのモヤモヤを消し飛ばすために。
そのアームが―――、
「フレイマリィ」
この世に一つしかない、共鳴し合うペアリングアーム。
「ラング」
「ん?」
「好きだ」
「・・・へっ?」
どうして、お前は今、俺の傍にいねぇんだ?
あの時誓ったじゃねぇか。
俺の傍に、これからもずっと居ると。
「好きだ、ラング」
「ほ・・・本気?」
「あぁ。これを、受け取ってくれねェか?」
「・・・え、えっと・・・」
“喜んで。”
そう笑ってくれたお前は、今、俺の傍には居ない。
6年前のウォーゲーム終了後、ラングは突然姿を消した。
俺にも、ガイラさんにも、何も言わずに。
最初はただ、戦争が終わった後の休憩に旅立ったのだと思っていた。
アイツは昔から気まぐれだったからな。
何をするにでもどこか抜けていて、猫のようだった。
「どこに行ったんだ・・・」
いつまで待っても、アイツは帰ってこない。
必死に探した時期もあったが、この身体のせいで、俺はほとんどアイツを探せないでいた。
見つけたい。
いや、見つけなきゃいけねぇんだ。
その焦りが、俺に夢を見させているのだろうか。
俺はまた今日も、この夢を見続ける。
何度も、何度も。
犬の中から目覚めるまで、ずっと。
「ラング・・・」
俺らしくない弱々しい声が、暗闇の中に響き渡った。
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