いらっしゃいませ!
名前変更所
5.それでも俺が良いんだろ?
気まずいながらも、桐生に仕事を頼んだ私。
仕事の内容は、金持ちの家主の護衛。
大体、こんなところまで遊びに来るのに、護衛なんて楽しめなさそうだよな。
慣れない遊女の衣装に身を包んだ私は、桐生と合流して遊郭の中へと入る。
「へぇ・・・見違えたな」
「失礼なやつ」
「冗談だ。綺麗だぜ」
「嬉しくねぇよ」
本当に褒められていたとしても、嬉しくないのは事実だ。
特にこいつは、誰にでも言ってそうだしな。
とりあえず、ちゃっちゃと仕事を終わらせてしまおう。
何もなければ、遊女としてそこに入り込むだけで大金が貰えるんだから。
対象がいる部屋に入る前に、刀を念入りに確かめてから襖を開く。
「先生、よろしゅうおねがいします」
「おお・・・来たか。お前さんも入りなさい」
「失礼します」
桐生は隣の部屋を借りて、何かあったら出て来れるように準備してもらうことにした。
一番暇でつまらない仕事かもしれねぇけど、その分、桐生の飲み代は私が奢るってことで決着をつけたのだ。
だからってあいつ、ガボガボ飲んでなきゃ良いけど。
桐生のことばかり頭に浮かべていた私は、家主に息子さんを紹介され、慌てて意識を引き戻す。
「あ・・・・!」
「あの・・・大丈夫ですか?」
「あっ、はい。すみません。貴方が・・・幸次郎さん?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしゅう。ささ、幸次郎さん。飲んでくだされ」
もっといい遊女が居るってのに、なんでわざわざ私に挨拶を?
ああ、こいつを守って欲しいって言う、そういうことなのか?
色々と仕事的に解釈しながらお酒を注ぐ私に、幸次郎さんから声が掛かる。
他の遊女と話した方が楽しいぞ、とは言えず、私はにこやかに返事を返した。
他愛なく続く会話。
私って護衛だよな?って思ってしまうほど、私にばかり話をする息子さん。
おいおい。太夫だって居るじゃねぇか。
そいつに話しかけろよな、ったく。
「あの・・・僕とお話しするの、楽しくありませんか?」
「いえ・・・。ただ、とても緊張しているのですよ。私、あまりこういう会話はしないもんですから・・・・」
「緊張なさらないでくださいね」
「大丈夫ですよ。ほんま、ありがとうございます」
笑顔が引き攣ってないかと心配になるぐらい、必死に笑顔を浮かべた。
ここで文句を言ったら色々と台無しだ。我慢するしかない。
心の中では文句を言いつつも、表に出す私の行動は完璧そのものだった。
情報屋は偽ってこその仕事だから、こんなのはお手の物。
ただいつもより、やたらと仕事が長く感じられるだけ。
桐生なんて、隣の部屋で私を見て笑ってそうだ。想像出来る。
「幸次郎さん、もっとお飲みになってくださいな」
「ありがとうございます。・・・あ、あの、涼音さん」
「はい?なんでしょう?」
「・・・その、お好きな、男性などはいらっしゃいますか?」
丁寧ながらも、しっかりとした表情で私を見据える男。
ああ、まさか。こんなところにも物好きが居たなんて。
ってことはまさか、最初からこれが目的で私に遊女になれって言ったのか?
護衛任務はそれなりに値が張るってのに、随分と勿体ない金の使い方をしやがる。
「あの、涼音さん?」
「っ・・・ああ、すみません。少し考えてしまいました」
偽名を呼ばれ、意識を仕事に集中させた。
好きな人、ね。
好きな人。好きな男。
昔の私なら、迷わず居ないと答えたはずだ。
だけど今の私は、心のどこかで迷っている。
「・・・いま、す」
「え?」
「いますよ」
「・・・・どんな方なんです?」
突然、目の前の男が纏う空気が変わったような気がした。
優男っていう感じから、心の読めない不気味な男へと。
――――怖い。
こいつ、こっちの方が本性なのか?
「正義感が強いくせに、お金と女に汚い男、ですかね」
でも知ってる。
本心で女やお金に染まってるわけじゃないって。
ねぇ、宮本武蔵。
私は何だって知ってるよ。情報屋だからね。
お前がどうしてお金や女に染まっているか。本当はどんな男か。
知ってるけど、唯一分からないことがある。
それはそう、お前の本心。
お前が私に言ってくれる言葉が本当なのか、それだけは私にも分からない。
「そんな男の人のことが、本当に好きなんですか?」
その質問、自分自身にしてやりたいよ。
なんであんな男が、こんなにも気になるんだって。
あんな意地悪い、女好きの、どこが。
どこが・・・。
「分からないです」
「なら・・・その、僕にあなたを買わせていただけませんか?」
「・・・・はい?」
「身請けさせてください」
「・・・・・・・・は?」
思わず素が出てしまったが、しょうがないだろう。
私はこいつらに、護衛をしてほしいってことで来たんだ。
だったらこいつも、私が護衛という立ち場にいることを知っているはず。
なのに身請けなんて―――そんなの、受けられるわけがない。
大体、店側もそんなことを許せるわけが。
「女将さん、涼音さんはおいくらですか?」
「200両です」
「・・・・っ!」
平然と答えてみせる女将を見て、私は瞬時に自分の立場を理解した。
騙されたんだ。
この任務、本当は護衛じゃない。
私を何かしらの方法で欲しいやつの、汚い罠。
・・・もしかして、アイツか?
この前私を襲ったあの男。
あの男は確かにお金持ちの家系のようだったし、こいつらと繋がっててもおかしくない。
とりあえず私は一旦心を落ち着かせ、深呼吸しながら幸太郎に尋ねた。
「お待ちください。私のようなものを身請けなさらなくても、素晴らしい方がたくさんいらっしゃいます」
「それが貴方なんです」
「・・・・いえ、もう少し他の方々と・・・」
「いえ・・・・僕はあなたが良いんです」
「・・・・」
周りには、敵しかいない。
この場に居る遊女も、女将さんも含めて、皆向こう側の協力者だったんだ。
そのことに気付いた私は、偽るのを止めて笑みを浮かべた。
男と周りの人間を、脅すように。
「もう一度だけ言わせてもらいます。・・・・私には想う人間が居ます。諦めてくださいな」
そう言って席を立とうとした私を、幸太郎が止める。
予想通り、本性を現したようだ。
私の手を掴んでいる力が、折れるんじゃないかってぐらい強くなる。
軋む腕。
だけど私は怯えることなく、その男を睨みつけた。
「離してください」
「お前にとっては良い話だろ?情報屋でちまちまと金を稼ぐよりは」
「・・・関係ないことだろ。私はこの仕事を好きでやってんだ。・・・てめぇには関係ねーよ」
「いや、関係ある。お前には500両掛かってんだよ」
「やっぱりあの男が絡んでんのか。お前みたいなやつの所に行くぐらいなら、死んだ方が良いって伝えとけよ」
それでも、腕の力は緩まない。
苛立ちを覚えて振り払えば、一気に周りの人たちが立ち上がり、女将さんたちは避難を始めた。
やっぱり、考えは正しかったみてぇだな。
懐と袖の部分に忍ばせておいた刀を抜き、幸太郎達を威圧する。
そこまでして私を手に入れたいなんて、頭おかしいぜ?
もっといい女にしろよな、ほんと。
「・・・というより、金で何でも手に入るなんて思ってんじゃねぇよ。そんなんじゃ、良い人間にはなれねぇぜ?」
「良いから来い!」
「断るっつってんだ!!」
「ならば、力づくでも・・・・!」
「元からそのつもりだろうがッ!!」
私と同じように刀を抜いた男達。
じりじりと距離を詰められ、動きにくい服装に、苛立ちを隠せない。
ったく、桐生は何してんだよ?
本当に酔いつぶれたんじゃねぇだろうな?
だったら早く出てこいよ。
お前が好きだって言ってた人間が、襲われてるんだぞ。
結局は嘘なのかよ?
「ッ・・・近づくな!!」
「ハッ・・・そんな動きじゃ、止められねぇよ!」
「っ・・・・!!」
袖が重たくてうまく刀が振るえない。
その隙を突かれて手首を掴まれるが、何とか振りほどいて刀を構えた。
だが、相手も相手。
私の話を聞いて来たのなら、そんな簡単にやられるやつじゃないだろう。
そんな私の考えを読んだかのように、幸太郎があくどい笑みを浮かべる。
「大人しくしてれば、痛い思いしなくて済んだってのに」
「商品を傷つけんのか?」
「・・・傷つけても構わないっていわれたんでな」
「アイツらしいじゃねぇか。私が痛がるのを喜んでた、あの変態野郎にはな」
「そういうことだから、覚悟しろよ」
「・・・触ん、な・・・!?」
風を切るような音。
そしてパラパラと落ちた、着物の袖。
見えない太刀で切られたことに、私は恐怖も何も抱かなかった。
ただ抱いたのは、控えているであろう男への苛立ち。
何してるんだよ、桐生。
分かってるんだろ、てめぇ・・・。
「ほら、大人しくしろよ」
「かはっ・・・・!つ・・・!」
袖を引っ張られ、勢いよく押し倒される。
卑しい笑みを浮かべるこの男が心底気持ち悪くて、思わずぺっと唾を吐いた。
その行動に表情を変えた幸太郎が、手加減無しに私の服を引き裂く。
「お前がその気なら、お楽しみをしてから売ってやるよ!!」
「それでいいのか?お金、減っちまうかもしれねぇぞ?」
「関係ねぇよ。これだけ俺を侮辱したんだ、それ以上の屈辱をお前に味あわせてやる・・・・!!」
幸太郎の手が私の肌を滑った。
気持ち悪い。本当に、気持ち悪い。
ああ、こんなにも違うのか。
桐生に触られたり、囁かれたりするだけで、心臓が飛び出そうなほど苦しくなるっていうのに。
この男に同じことをされても、何も感じなかった。
それどころか、嫌な気持ちしか抱けなくて。
「(負けだよ、桐生)」
私はお前が好きだ。
触られるのも、馬鹿にされるのも、こんなことをされるのも。
お前だけが良い、桐生。
「触るな・・・!!」
「まだ抵抗する気か?」
「私に触って、いいのは・・・私に触っていいのは・・・・!!」
―――ドクン。
「桐生だけだ!!」
“良く言えたな”、と。暖かく優しい声が聞こえて。
恥ずかしさと苦しさに目を閉じれば、嗅ぎ慣れた臭いが鼻をくすぐる。
「言うのが遅ぇぞ、あけ」
「ふざけ、んな・・・これを言わせるために見て見ぬふりか・・・?」
「そうだ・・・って言ったら?」
「・・・・ほんっと、性格悪い」
「・・・それでも俺が良いんだろ?」
的確に言葉を返された私は、降参とばかりに桐生の胸に顔を埋めた。
桐生はそんな私を腕に抱え込み、勢いよく部屋を飛び出す。
後ろから聞こえる怒声。
襖を蹴り破る、大きな音。
そのなにもかもを無視して、桐生が外へと続く場所に足を掛ける。
「んじゃ、こいつは俺が貰っていくぜ」
「待ちやがれ!!そいつには500両が・・・」
―――一瞬だった。
お金のことを口にした男のすぐ横に、私が持っていた小刀が突き刺さった。
桐生の表情を見ようとして顔を上げると、そこには見たこともないような冷たい表情を浮かべる桐生が居た。
「俺の女に、500両なんて安っぽい金かけるんじゃねぇ」
耳を擽る、強い風。
桐生が飛び降りたということを理解すると、私はぎゅっと桐生の首元に手を絡めた。
着地したのは、いつもの見慣れた屋根の上。
そこに私を降ろした桐生は、即座に私の腕を引き、乱暴に口づけた。
「んっ、ぅ・・・・」
何度かされたことのある口づけ。
もちろん、相手は桐生だけだ。
あの男にされかけた時は、何とも思わなかったのに。
こいつになると胸が苦しくなって、息が出来なくなる。
「っ・・・は、ぁ・・・!」
「そんな余裕のない表情はやめろ」
「は・・・?」
「襲うぞ」
「い、意味わかんねぇよ」
いちいち意地悪いことしか言わないよな、こいつ。
・・・なんでこんな意地悪い奴を好きになっちまったんだろう。
「行くぜ」
「ん?・・・あぁ」
「やけに素直だな。そっちの方が女らしいと思うぜ」
「女らしさをお求めなのでしたら、遊女と戯れてはいかがです?」
強気な私。弱みを見せることを知らない私。
そんな私の強気な部分を見抜き、崩そうとする桐生。
ある意味、お似合いなのかもしれねぇな。
笑いながらそんなことを考えていた私に、桐生の甘い声が降り注ぐ。
「フッ・・・お前しかいらねぇよ、あけ。俺の傍から離れるなよ」
もう逃げられはしない。
(捕まったら、そう・・・最後)
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