いらっしゃいませ!
名前変更所
まるで手を振るように、冬に咲く奇跡の桜が舞い落ちる。
ドラム王国で一騒動起こした麦わらの一味は、船医としてチョッパーを仲間に引き入れてドラム王国を後にしていた。
落ちる桜をつまみにお酒と料理を楽しむ皆を見ながら、ナミとチョッパーが桜に酔いしれる。
出会いとはいつも不思議なものだ。
いや、不思議で片付けるには簡単すぎる。
この場合、ルフィが魅力的すぎるというべきか。
強引に勧誘したつもりが、いつの間にかチョッパーを引き込んでいた。
チョッパーの傷ついた心を癒やして、外へ導いた。
同じ魅力に導かれた身としては、納得せざるをえない状況にくろねこは苦笑する。
「あ!そういえば・・・・えっと、くろねこ、だったか?」
「うん?」
「宴をする前に、お前の怪我を見ておかないと・・・・」
チョッパーが言っている怪我というのは、雪崩からゾロを助けた際に負ったものだ。
雪崩には木や岩が混ざり込んで危険とは言われているが、まさにその通り。
刀を抜いたはいいが自然災害には勝てず、何とか上半身裸のゾロが傷つかないように庇うので精一杯だったくろねこは、その全身に軽い打撲や傷を負っていた。
隠していたのだがチョッパーは鼻が利くらしく、バレてしまい今に至る。
「かすり傷だし、大丈夫」
「駄目だ!・・・・あ、でも、おれの医療道具忘れてきた・・・!」
「え、嘘?じゃあこのリュックは?」
ナミが差し出したリュックの中を見てみると、医療道具と思われるものがぎっしり詰まっていた。
「・・・・なんで、これ・・・・」
差し出されたリュックを受け取り、中身を確認したチョッパーが瞳を潤ませる。
言われなくても分かった。
それがDr.くれはの優しさの証だということが。
チョッパーも気づいたのだろう。涙を溢す一歩手前で首を大きく横に振ったチョッパーは、男らしくキリッとした表情でくろねこを見上げた。
「まずは治療だ!」
「えぇ~?」
「おれの鼻は誤魔化せないぞ。・・・・くろねこ、その服の中、血の匂いがするぞ?」
「・・・・・」
宴で賑わっていた男たちがチョッパーの言葉に静まり返る。
ゾロは急いで立ち上がると、嫌がるくろねこの体を軽く押さえつけた。
「てめぇ、怪我してねぇって言ってたじゃねーか!」
「こんなの怪我のうちには・・・・!」
「ビビ。やるわよ」
「えぇ」
「え、あ、ちょっ・・・ぎゃーーーー!!!!」
ゾロの代わりにナミがくろねこの体を押さえつける。
さすがに女性相手に本気で暴れることは出来ないのか、くろねこの暴れる力が弱まった。その隙にビビがくろねこのコートを脱がし、ボディスーツのファスナーを下から胸下まで持ち上げる。
月と桜に照らされる、くろねこの体。
ある程度傷だらけなことは予想が出来た。
ゾロと同じ剣士だ。それなりに無茶はしてきているであろう。
それでも、誰しもがその光景に口を閉ざした。
「くろねこ、お前・・・これ・・・・」
かすり傷や打撲痕はさほど大したことなかった。
大したことあったのは、元々の傷跡。
同じような箇所に何個も縫い痕がある異常な光景に、ビビが震えながらくろねこから手を離す。
「・・・・・こ、これって・・・」
「手術痕だ・・・・」
くろねこの体についた、明らかに“怪我ではない“痕。
「それにこの感触・・・・」
ゾロの頭の中に、くろねこの過去の話がフラッシュバックする。
「くろねこ、これ、お前、体・・・・」
「一部を改造されてるの、気にしないで」
「改造・・・?」
「私、海軍の実験体でね。だからその時に受けた実験とか、拷問のあとが残ってるだけ」
―――――なんで、笑ってられるんだ。
「わ、私、知らずに・・・・!」
「いいのいいの。心配してくれてありがとね?そういうわけもあって、血だらけでもこうやってすぐ治る体だから問題ないというか・・・・」
なんで、そんな平気な顔で。
「・・・・話には聞いてたけど、実際見るとくるものがあるわね」
「宴の邪魔しちゃうと思って遠慮してたのにぃ」
ナミの深刻な表情をからかうようにくろねこが笑う。
仕方ないからと大人しくチョッパーの診察を受け始めたくろねこは、しんみりとした雰囲気の中に「あ!」と明るい声を上げてとあるものを放り投げた。
「お、なんだこれぇ!?」
「乾燥肉。お酒に合うらしくて追加で買っといたんだよね~!」
「へぇ~?こりゃまたいい肉だな。俺もいただいていいかい?」
「もちろん!」
「よっしゃーー!!!いつかお前をそんな風にしたやつをぶっ飛ばすためにも・・・まずは肉を食うぞ肉を!!」
「あははは!!」
「ったく、男共は・・・」
くろねこの笑みと態度に強がりなんて感じない。
それがまた、恐ろしくもある。
誰にも傷ついたことを見せないまま、いつの間にか消えてしまいそうで。
「アンタはもうちょっと私達を頼りなさいよ」
軽くげんこつを落としたナミを見上げ、それでもくろねこは笑う。
「うん、ありがと!」
「・・・・分かってるのかしらこれ?」
ナミの大げさなため息に、ビビとゾロも重ねてため息を吐く。
くろねこの後から合流したビビは、くろねこの過去を知らなかった。
それでも今目の前で聞いた話だけで、そう簡単に笑って流せるような過去じゃないことは分かった。
それなのに、くろねこはやっぱり笑っている。
ナミが心配するのも無理はない。
「まだー?チョッパー船医~!」
「もう少し・・・・うん、大丈夫そうだ」
「やっほー!!私もお肉食べるーー!!!」
チョッパーに異常なしと判断されたくろねこは、手綱を離された狂犬のように肉に向かっていった。
残されたチョッパーはゾロやナミ、ビビが硬い表情をしているのを見て、医療道具を鞄に仕舞い込みながら口を開く。
「・・・・くろねこって、強いんだな」
「強すぎて怖くなるぐらいよ、色んな意味で」
「何だか、ルフィみたい」
「そりゃ言えてるぜ。ちょっと頭が良くなったルフィってとこだな、あいつは」
四人がそんな話をしてるとも知らず、宴会に混ざりにいったくろねこはウソップやサンジから酒を奪うと、豪快に肉を食べながら後方に咲く桜を見上げた。
「・・・・なんだかくろねこさん。急にいなくなってしまいそうで、怖い」
そよぐ風に揺られ、くろねこの短髪が舞う。
「ほんとよ。ルフィもそうだけど、普段が強いだけに私達に分からないまま背負い込んで壊れちゃいそうなのよね・・・・」
くろねこは恐ろしいほど強い。
その強さは、剣を合わせる回数が多いゾロが良く知っていた。
剣の強さだけじゃない。
悩むことに意味がないとすら言いたげな真っ直ぐな太刀筋は、過去を聞いた後に剣を合わせたゾロを戸惑わせるほどだった。
剣士の魂は太刀筋に宿る。
その時の思いや過去、考え、性格―――――全てが何かしら太刀筋にのって相手に伝わる。
ゾロが剣を交えた相手で迷いのない太刀筋は、殆どなかった。
あのくいなですら性別の事を悩んでいた時期は太刀筋が変わったほとだ。
それなのに、くろねこはいつでも同じ太刀筋を振るい続ける。
「・・・・ゾロ、アンタさ」
「あ?」
「くろねこのこと・・・ちゃんと捕まえておきなさいよ」
「なんで俺なんだよ」
「あら、いいのかしら?捕まえるのがサンジくんやルフィやウソップでも」
ナミの言葉にゾロは言い返さなかった。
「嫌なんでしょ」
「っせぇ」
くろねこが加わってから、それに気づかないふりをしてきた。
ナミやビビのように一般的に華がある女性なわけでもない。
態度も行動もどこか男らしく、口を開けば言い合いばかりだった。
大剣豪を目指すゾロからすれば、くろねこは越えるべき壁の一つ。
それを分かっているからこそゾロはくろねこを船に誘った。
壁は近ければ近いほど夢にも近くなる。とっとと踏み越えてやろうと毎日毎日剣を合わせるよう付き合わせた。
必然的に関わる時間も長くなる。
――――気づいてはいけない感情にも、気づいてしまう。
「アンタ脳筋だから、その気持ちの意味を教えてあげてもいいわよ?特別に、タダで」
「っせぇよ・・・・分かってる」
いつからだろうか。
剣を合わせることよりも、彼女の笑顔を真っ先に見たいと思うようになったのは。
「分かってんだよ、んなことは・・・・」
その笑顔が他人を向いていることに気づくと、モヤモヤした。
誰も見たこと無い表情を暴きたいと思うようになった。
そう、まるで、恋をしているみたいに。
「だが、俺には・・・・」
夢がある。
大剣豪になるという夢が。
その夢のために、その感情は必要か?
邪魔だけだ。
“そんなもの“に現を抜かす暇はない。
最後のギリギリで繋ぎ止めていたゾロの感情を、ナミの冷たい表情がぶち壊す。
「アンタ・・・・好きな女も抱え込めないで大剣豪名乗るつもりなの?」
ウイスキピークで「約束も守れないの?」と言われたときと、同じ表情。
好き勝手に言われることへの怒りと同時に、それもそうだと納得する自分がいた。
お金のときとは違い、ナミは理不尽なことを言っているわけではない。
確かにそうだ。
大剣豪を名乗る男が女一人も抱えられない?
そんなので何が大剣豪だ。
「・・・・・くろねこ」
名前を呼んだら、自分だけにその笑顔を向けて欲しい。
「なぁに?」
そう、無邪気な笑顔を。
それからムカつくぐらいに言い合いをして。
恐ろしいほど強く、真っ直ぐな太刀筋をぶつけ合って。
傍にいるだけで不思議と幸せな気分になれる。
楽しく、心地よく――――言葉では言い表せられない感情。
戦いとは違う高揚感。
「なァ」
その瞳に映る桜と月明かりの美しさの中に、俺を、捉えて欲しい。
「うん?」
「俺の傍にいてくれねぇか?」
宴すら消し飛ばす、静かで、真っ直ぐな声。
船の後方で一人桜を眺めていたくろねこは、その言葉に目を丸くする。
「え?あ、うん・・・?傍に、いればいいの?」
「あぁ」
意味が分かっていないくろねこは、船の端に乗り上げていた体を下ろし、ゾロの隣に並ぶ。
「これでいい?」
「・・・・ちげぇ」
「え?違う?」
「あァ。俺が死ぬまでって意味だ」
ゾロを見上げるくろねこの顔に、桜が落ちる。
その桜の色が負けてしまうほど、くろねこの頬が色づいていく。
珍しく、真っ先に騒ぎそうなサンジが黙ってその光景を見つめていた。
ウソップとルフィも目を輝かせながら、それでも肉を頬張る手は止めずに二人を見守る。
正直、一番動揺していたのはナミだった。
けしかけたとはいえ、まさかこの場で、そんな大胆なことを言い出すとは思わなかったからだ。
「・・・・それだけ本気だったってことかしら?」
聞こえないように呟いた声を拾って、ビビが頷く。
「Mr.ブシドーと彼女は、とてもお似合いだわ」
「脳筋同士だもの」
祝福するように一層強く吹き荒れた風が船に桜を運んだ。
その風にふらついたくろねこを自然と抱き寄せるゾロは、見たこともないほど優しい顔をしている。
「・・・・酔ってる?」
「酔ってると思うか?」
「思わないから聞いてる」
「・・・・で?」
「うん、いいよ」
剣士同士にしか分からないことがある。
くろねこもまた、ゾロの太刀筋に自分が惹かれていることに気づいていた。
迷いのない、強く、真っ直ぐな太刀筋。
毎日自分に挑んでくる剣士を過去の自分と重ねて楽しむ以上に、今日もまた自分を見てほしいと思うようになっていることは、きっと気の所為じゃなかった。
ゾロから言われた言葉が、素直に嬉しかった。
戸惑いを越えて自然と頷く自分に、くろねこ自身が驚いた表情を浮かべる。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言で、お互いに桜を見上げた。
「あのクソマリモ・・・・」
聞こえないように恨み言を呟くサンジは、それでも二人の邪魔をする気にはなれなかったのか、仕方なくもう一本煙草を吸い始めた。そんなサンジの様子を見て、ナミとビビが呆れ顔を浮かべる。
「サンジくんも、素直じゃないわね」
彼の苛立ちの表情が嫉妬ではなく――――優しさに包まれていたから。
「・・・・くろねこちゃん泣かせたら粉微塵に卸してやる」
先程の悪口よりも小さく小さく呟いた言葉に、恐ろしいほど真剣なゾロの瞳が答えを返した。
(当たり前だろ)
この日見た桜の色は、きっと忘れない。
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