いらっしゃいませ!
名前変更所
あれから数日後。
私は伊達さんと一緒に、とある騒ぎの主を待っていた。
外から聞こえてくる、数人の慌ただしい声。
「会長待ってくださいよー!」というかわいそうな声が、車の中にいる私達にも聞こえてくる。
なんつーか、本当にアイツは騒ぎを起こすのが得意っていうかなんというか。
可愛そうだけど、今回ばかりはしょうがない。
必死になって走ってくるとある人物のために扉を開けると、すぐにその人物は車に飛び乗って扉を閉めた。
「伊達さん、頼む」
「分かった」
「お帰りー、“元東城会4代目”」
「・・・あぁ」
騒ぎの主である桐生を連れ、私達は車を走らせる。
この騒ぎの原因は、4代目である桐生が“襲名式”と“引退式”を同時に行ったから。
聞いたことのない無茶苦茶な展開に、思わず私も苦笑を零す。
だって聞いたことねぇしな。襲名式と引退式を同時にやる奴なんて。
「それで、五代目は誰にしたんだ、桐生」
「ん?あぁ。世良会長や親っさんに、恥ずかしくねぇ奴にしたよ」
「ふーん。ま、なんとなく想像つくけど」
「あけは知ってるのか?」
「さー?当たってるかわかんねぇけど、あいつかなーって」
私の頭の中に浮かんでいるのは、私に手助けをしてくれたアイツの顔。
二人に恥ずかしく無い奴っていったら、あいつぐらいしか浮かばない。
「おい、元会長」
「なんだ?」
「つけられてるぞ」
伊達さんの言葉に後ろを見ると、確かに立派な車が後を追いかけてきていた。
でも、心配は無さそうだ。
ゆっくりと近づいてくる車の中を見て、私は五代目がアイツだということを確信した。
世良会長とおじいちゃんの意思を継いでくれたアイツになら、任せられる。
そう、寺田なら、東城会を立て直してくれるだろう。
「おい、もしかして今のが・・・」
「あぁ。あいつならきっと、東城会を立て直してくれるさ」
そのまま、桐生を連れて駅まで車を走らせる。
後ろから身を乗り出すようにして桐生の顔を覗き込むと、何故か鼻を摘ままれた。
いや、これはもう摘まむとかいう優しいものじゃない。
桐生にとっては優しい力なのかもしれないが、私にとっては強烈な力すぎて悲鳴が上がった。
「いだだだだだあぁぁああ!」
「お前がそんなマヌケ顔で覗き込んでくるのが悪い」
「く、くそ、鼻を折る気かお前・・・!」
鼻を押さえ、静かに後部座席に戻る。
なんだよ、ちょっと元気になったからって調子に乗りやがって。
あれから数日間、私たちは遥と一緒に静かな時を過ごした。
そして桐生はその時、決心したらしい。
遥と共に、堅気として生きることを。
遥のためを思うなら、それが正しい選択だ。
ちょっと寂しいって思っちゃったのが本音だけど、私はこれまで通りの生活をするだけ。
もちろん、桐生や遥とはこれからも会い続けるつもりだ。
守れって言われたからには、簡単に傍を離れるわけにはいかない。
個人的な感情で、離れたくないってのも・・・あったけどさ。
「ったくよー。女に対する力の加減がなってねぇよなー」
「フン・・・。お前に力の加減なんていらねぇだろ?」
「んだとこら!もう遊びに行ってやんねーぞ!」
「別に遊びに来いって行ってねぇだろうが」
「じゃあなんで住所渡したんだよ?遥と暮らす場所、別に教える必要なかっただろ?」
「それは遥が教えろって言ったから教えたんだ。いらねぇなら返せ」
「あぁあああ!やめろ!返せって!悪かったからっ!」
「お前ら、俺を無視していちゃつくんじゃねぇ」
「いちゃついてねぇ!」
「そんなんじゃねぇよ、伊達さん」
伊達さんいわく、あの事件の後から私達はもっと仲良くなったように見えるらしい。
別にそんなつもりはないけど、そんな風に言われると照れくさくなる。
私は桐生が遥と暮らす場所をメモった住所の紙を奪い返し、何とかポケットの中に戻した。
桐生と遥は神室町から離れ、別な場所で暮らすらしい。
まぁ、神室町は危ないし、当たり前の判断だ。
「たまに遊びに行ったり、飲みに行こうぜ、桐生」
「あぁ。・・・こっちに来るときに、道に迷うなよ」
馬鹿にされてる。これ絶対馬鹿にされてる。
やっぱり、仲良くなったわけじゃないよ伊達さん。
桐生が単純に、馬鹿にしてくる回数が増えただけだ。
仕返しとばかりに無言で桐生の頬を引っ張り、ぐいーっと伸ばす。
「おらおらっ!」
「お、おい、やめろ、あけ・・・!」
「馬鹿にする罰だ!」
「お前、調子に乗るとっ・・・!」
「おわぁっ!?」
ひょいっと身体を持ち上げられ、何かよく分からないけど助手席に引きずり込まれた。
こいつ、なんて力してやがるんだ!
いくら女だからっていって、後部座席から暴れる女を軽々引きずり込むなんて!
驚く私を尻目に、桐生は私を膝の上に座らせてお腹に手を回した。
え、なにこれ。なにこれ私子供?
「見ろよ伊達さん。親子みたいじゃないか?」
「そうやって見ると、やっぱりあけは小せぇなぁ・・・」
「お、おい、お前らな・・・っ!?」
しばらくの別れなんて関係なし。
さよならなんて言う暇もなく、私たちは最後まで言い合いを続けた。
さよならなんて言う必要、ねぇよな。
だってまたすぐ・・・会えるだろ?
「てめぇ殺す!おらぁっ!」
「っ!?て、てめ、頭突きしてきやがって・・・!」
「ふふーん!ざまぁみ・・・お、おわ、ちょ、ま・・・ぎゃはははははっ!!」
「ほら、どうした?」
「ひぃ、ちょ、あははははは!く、くすぐるの、くすぐるのはっ!は、んそく・・・あははははっ!」
「フッ・・・・」
「ひぃひぃ・・・あ、やめ、もうやめろって、あははははは!」
「そんなんじゃ止められねぇなぁ・・・・」
「こ、この、鬼畜っ・・・あはははははっ!あ、やめ!やめてくださいっ!ごめんなさいすみませんでしたっ!」
「お前等だから、俺を無視していちゃつくんじゃねぇって」
「「そんなんじゃねぇ!!」」
ありがとう、桐生
遥、元気でな
(長いようで短かった戦いが、私の未来を“変えて”終わった)
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