いらっしゃいませ!
名前変更所
朝起きた瞬間から、そのことに気づいて私は頭を抱えた。
頭が痛い。
吐き気がする。
節々が痛い。
この条件が重なって起こる事と言えば、一つしか思いつかない。
そう・・・風邪だ。
「(まじかよ・・・・)」
昨日まで何ともなかったのに、どうして今になって。
今は子供たちも夏休みに入って、ちょうどあさがおが忙しくなる時期だ。
こんな時期に休みたくない。休んでられない。
痛む身体に鞭を打ち、身体を引きずるようにして立ち上がる。
「ってー・・・!」
今まで軽く風邪を引いたことはあったが、こんなにだるかったのは初めてだ。
何とか表情に出さないよう気を付けながら、朝ごはんの支度をしてるであろう遥達の元へと急ぐ。
台所へ近づくと、良い匂いが既に漂って来ていた。
いつもなら食欲を誘う匂い。でも今の私には正直キツイ匂い。
「遥、おはよう」
「おはようお姉ちゃん!もう少しでご飯出来るから、待っててね」
笑顔で言う遥に、私は申し訳なく重いながらも首を横に振る。
「いや、今日私は朝ごはんいらねぇや」
「え?どうして?」
「んー、昨日食い過ぎたからかな。食欲湧かねェんだよなー」
誤魔化し気味に言うが、遥はあまり気にしてないようだった。
このまま家に居ても誰かに移すかもしれないし、関節の痛みを紛らわせるために何かしよう。
まぁ、何をするかはもう決まっているけど。
遥が料理する横に置いてあった買い物リストを横取りし、さっさと部屋から出ようとする。
もちろん、働き者の遥が止めに来ることも計算済みだ。
「お姉ちゃ「最初はぐー」
「へっ!?」
「じゃんけんぽーん」
突然のじゃんけんに、遥が慌ててぐーを出す。
遥はいつもじゃんけんの時、ぐーを出す癖があるのを私は知っていた。
先読みして出したパーをチラつかせながら、勝利の笑みを浮かべる。
「よし、んじゃ私が勝ったから買い物いってくるな」
「もー・・・。お姉ちゃんったら強引なんだから・・・でも、ありがとう」
「うっせぇなぁ。空いた時間で少しは遊べ。んじゃな」
こういう会話は日常茶飯事。
特に体調不良を悟られることなく、私は家から出ることが出来た。
沖縄の日差しが、私を容赦なく照らしつける。
頭が痛い。割れそうなぐらいに。
思わず眩暈がしてふら付けば、見えていなかった何かにぶつかって尻もちをついてしまう。
「ったー・・・!」
「おいこら!どこみて歩いてんだよこのアマ!」
「・・・」
どうやら、チンピラグループにぶつかってしまったようだ。
いつもなら反撃してボコボコにするところだが、今はそんな体力も無い。
私は痛む頭を押さえながら立ち上がり、私を睨み付けるチンピラ達に頭を下げた。
「わりぃ・・・。少し考え事してて、見えてなかったんだ。許してくれ」
素直に謝ると、しばらくして頭上から笑い声が聞こえてきた。
何かと思って顔を上げた瞬間、グイッと掴まれた胸ぐら。
「姉ちゃん、良く見ると可愛い顔してるなァ・・・」
「俺達とちょーっと、良いところいかねぇ?」
ああもう、なんだってこんな時に限って。
イライラが頂点に達した私は、胸ぐらを掴んできた男の腹部に蹴りを飛ばした。
そのまま蹲る男の顎を掴み、勢いよく膝蹴りを加えてやる。
すると男は舌を噛んだらしく、口を押えながら向こうの方へと転がって行ってしまった。
「はっ・・・ざまぁねぇな」
「てめぇ!!!」
「ぐっ!?」
男の仲間が私の腕を押さえつけ、動きを封じてくる。
逃げられると思って体勢を低くしていた私は、再び襲ってきた眩暈にそのまま体勢を崩した。
熱い。
身体が、熱い。
チンピラ達が笑いながら私の服を掴んでいるが、抵抗の力が出てこない。
どうすればいいかと考える頭も、今の私には・・・。
「おい!何してんだてめぇ!!」
「・・・・!」
突然、聞き覚えのある声と共に、私を掴んでいた男が吹っ飛んだ。
他の男達も声の主に襲い掛かろうとするが、すぐに殴られて逃げ帰って行った。
この声の主を、私は良く知っている。
私はソイツの顔を見ることなく立ち上がると、確信を抱きながらお礼を言った。
「ありがとよ、力也。助かった」
「いやいや、姉貴にそんな・・・。つか姉貴、大丈夫っスか?」
「んあ?あぁ」
「顔色、かなり悪いっスよ・・・?」
「大丈夫だって。気にするな・・・って」
また、視界が揺れる。
思わず目を閉じて踏ん張った私を、力也が咄嗟に抱きかかえた。
え、いや、待て。
ここ、道路だぞ?人通りが多い場所だぞ?こいつ、何してやがる!
「おおお、おい、こら、おろ、おろせっ!!」
「駄目ですよ、姉貴。熱あるじゃないっスか。とりあえずどこか休める場所まで運びますから!」
「これでか!?ふざけんな、私を恥さらしにするつもっ・・・けほっ!!けほっ・・・!!」
「ほらほら、安静に!」
こいつ、やけに楽しそうにしやがってこの野郎。
いつもならぶん殴ってやる所なのに、そんな力さえも今の私には出てくれない。
しょうがなく、私はお姫様抱っこされたまま近くの公園へと運ばれた。
皆の視線が限りなく痛かったが、この際しょうがない。
・・・元気になったら、こいつしばき倒してやろう。
「・・・とりあえず、ありがとな。しばらく休んだら良くなるから、大丈夫だ」
「駄目っスよ!まず飲み物買ってきますから、待っててください!」
「あ、あぁ・・・・」
もうこうなったら止められない。
結局あの桐生を、結局兄貴と呼び続けてる強者だ。
抵抗する気力も失せ、私は全てを力也に任せる。
力也が準備してくれた濡れタオルが頭を冷やし、少し気分を軽くさせた。
「っ・・・はぁ・・・」
「無茶はだめっスよ。兄貴も心配しますよ?」
「心配させねぇために出てきたんだろ・・・」
「姉貴っぽいっていえば、姉貴っぽいっスねぇ・・・」
「どういう意味だそれは・・・。とにかく、心配はいらねぇ。休んだら買い物行くからな」
休むっていうのはどうも苦手だ。
甘えるのと同じような気がして、むずがゆくなる。
そんな私を見た力也が、呆れ気味に買い物リストをふんだくった。
突然の事に、私は反応すら出来ない。
「・・・力也?」
「これなら、俺が買ってきますよ姉貴」
「いいっつってんだろー?お前は琉道一家の方に・・・」
「姉貴」
見上げた先にあった力也の表情は、いつもより真剣そのものだった。
悲しそうにしながら私の方へ顔を近づけ、こつんとおでこをくっつける。
「こんなに熱あるのに、姉貴を無理させることなんて・・・出来ないっスよ」
「力也・・・・」
「大事な姉貴なんすから、無理しないでください」
「あぁもう、姉貴姉貴ってくすぐってぇなぁ・・・。やめろっていってんだろ」
真剣な表情に言い返すことが出来ず、しょうがなく話をずらして抵抗した。
力也は目を見開いたまま、どこか悩んだように私を見つめる。
「やめろって言われても・・・」
姉貴は、姉貴じゃないですか。
それあれだろ。桐生の時も言ってただろお前。
理由になってねぇよと突っ込みを入れかけた私に、力也の手が触れる。
それは桐生が私を撫でる時に似ていた。
優しく、愛おしむように私を撫で、数秒後、ハッとしたように手を離す。
「あ、す、すんません」
「・・・?なんだお前。今日の力也おかしいぞ」
「・・・・姉貴、俺・・・・」
突然ぎゅっと抱きしめられた。
力也の心臓の音が、直に聞こえる。
突然どうしたんだ、こいつ。
顔真っ赤だし、まさかこいつも風邪?
「お、おい、力也、だいじょ・・・」
「俺は、俺は、姉貴のことがっ・・・!」
力也が何か言いかけた瞬間、
「力也!」
「ッ・・・!あ、兄貴・・・」
後ろから桐生の声が聞こえ、力也が慌てて私から身体を離した。
風邪なのを隠したかった私にとって、この状況は最悪としかいえない。
案の定、近づいてきた桐生は、即座に私の方へと顔を近づける。
「熱あるなら、どうして休まないんだ、お前は」
「うっせーなー。このぐらい平気だってことだよ」
「平気なら、力也に看病される必要もないんじゃないのか?」
「それは・・・たまたま、会ったから・・・・」
嫌な威圧感。
有無を言わせない視線。
頭の痛みもあってあっさりと折れた私は、両手を上げて降参のポーズを取った。
怒らせたら後が怖いしな、桐生は。
「わかったよ、桐生。大人しく帰る」
「あ、じゃあ、姉貴、俺がおぶって・・・!」
「いや、良い。俺が連れて帰る」
力也と桐生の空気が一瞬、冷たくなったような気がした。
喧嘩でもしたのかお前等?と聞こうとした私を、桐生が軽々持ち上げる。
恥ずかしがって顔を背ければ、耳元に熱い吐息が掛かった。
思わず上げそうになる声を飲み込み、楽しそうに笑う桐生を睨み付ける。
「て、んめぇ・・・」
「無茶した罰と・・・お前が鈍い罰だ」
「に、ぶい・・・?」
疑問を口にする暇は与えられず、耳を軽く甘噛みされた。
桐生の後ろには力也が着いて来ている。声を出すわけにはいかない。
「っ・・・・!」
「・・・・そうだ。あさがおまで我慢しろ」
その声は、少し怒っているようにも聞こえた。
逆らえないまま耳に息を吹きかけられ、足を手で弄られる。
な、なに?どうして怒ってるんだ?
鈍いって、一体何が?
混乱する私を尻目に、桐生の悪戯は続き、あさがおに帰りつくころには全ての体力を奪われていた。
「っ・・・く、そ・・・」
「大人しく寝ておけ」
「言われなくなって・・・っ!」
桐生から逃げるように離れ、さっさと自分の部屋へ戻る。
その時に聞こえてきた力也と桐生の声は、私の耳には届かなかった。
とりあえず、あれだな。
元気になったら、何が鈍いって意味だったのか聞かないと。
俺からアイツを奪おうなんざ、100年早ぇ。
――――望むところですよ、兄貴。
(キザな笑みを浮かべた桐生に、力也も同じような笑みを返した)
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