いらっしゃいませ!
名前変更所
幼いころ、彼女はやってきた。
名前はあけ。エルフという、ソーディアンなしで唱術が使える特別な種族だという。
しかも彼女は、歳を取らない。
・・・・いや。とらないのではなく、とっていても分からないほど彼女の見た目は変わらないということだ。
「・・・・・」
「よろしくね、リオン!」
あけに出会った時から、何かが変わった気がした。
マリアンとの時間が1番だったはずなのに、あけがしっかり僕の後ろをついてくるのを見ると、自然と心が穏やかになるのを感じた。
彼女は慣れ合うことが嫌いだった僕の心をすんなり包み込み、あっという間に僕の全てを支配した。
今でもあけは、僕の大切な―――――いなくてはならない、存在だ。
そんなこと、絶対本人の目の前では言ってやらないが。
僕は静かにため息を吐くと、まだ寝ているであろう部屋の主を起こすために扉を開けた。
『ちょ、ちょっと!坊ちゃん、さすがに女の子の部屋に無断で入るのはまずいですよ!』
「別に何かするわけじゃないんだ。良いだろう」
『坊ちゃんなら何かし・・・・いたい!いだだだだだだ!』
余計な事を言ったシャルに、力強く爪を立てる。
そして僕はシャルを床に放り投げると、そのままスヤスヤと眠るあけの傍に膝をついた。
・・・・・こいつ、今日が任務だって分かっているのか?
今日はダリルシェイドの近くに大量発生したモンスターを退治する任務が入っていたはずだ。
しかし、幸せそうに眠るあけの顔を見る限り、そんなことは一切頭の中にないと見える。
「・・・・・まったく・・・・・」
さらさらとしたあけの黒色の髪を撫で、それからすぐに手を離すと、良いことを思いついたとばかりに僕はニヤリと笑った。
後ろで放り投げられたシャルが、ぁあああ!と声を上げる。
そんなシャルに構うことなく、僕は笑ったまま眠るあけの上にまたがった。
物音で眠りが浅くなったのか、寝ぼけた瞳が僕の黒い笑みを映し出す。
「は、れ・・・・?」
「起きたか?あけ」
「うん~!起き・・・・・ふぇえぇええええええ!?」
リオンが身体の上に乗っていることに驚いたのか、あけは慌てて身体を起こそうとした。
しかし、リオンはまったくその場から動こうとしない。
『うわー!坊ちゃんがあけを襲ってる!襲ってる!』
「そこ!襲ってるとか言わないの!私が恥ずかしくなるってばー!」
「ふん・・・・そこまで元気に起きれるのなら、もっと早く起きていればよかったんだ」
「うー!だって眠たかったんだもん!」
「ほう?」
ニヤリ、と。
得意な黒い笑みを浮かべると、静まり返る空気。
動揺したあけの頬が真っ赤に染まっていくのが、見ているだけで僕の心を満たした。
好き、とかは伝えていない。
ただお互いに、思っていることは同じだから。
同じだから・・・・気持ちを伝えるのが、今更のような、恥ずかしいようなで。
「お、起きます!おきーますー!」
「最初からそういえばいいんだ」
「むー!」
あけは身体を起こすと、すぐに黒いローブを羽織った。
枕元に置いてあった短剣と小道具も、忘れないようにローブのポケットにいれる。
そして伸びをすると、きょとんとした顔で首をかしげた。
「あれ?今日何かあったっけ?」
「やっぱりか・・・・」
こんな任務開始ぎりぎりの時間まで寝ていたのだ。忘れてると考えるのが当り前だろう。
僕が深くため息をついたのを見て、シャルが優しくあけに教える。
『あけ、今日はモンスター退治の任務だよ!』
「あっ!そうだった~!行こう!ちゃっちゃと行こう!」
「お前・・・・」
「わー!説教なら後で聞くってばー!」
勢いよく部屋を飛び出していったあけを、僕は苦笑いを浮かべながら追いかけた。
任務は僕と、あけの二人の仕事だ。
あけだけを行かせるわけには行かないので、慌ただしく屋敷を出て行くあけにつられるようにして、僕も慌ただしく屋敷をでた。
何故だろう。
彼女といると、何故こんなにも落ち着くのだろう。
一つは分かる。彼女が僕を騙すような頭の持ち主じゃないということだ。
でもそれ以上に、彼女は僕の全てを受け入れてくれる優しさがある。
僕が嫌われるような態度をとっても、どんなに怒っても、馬鹿にしても。
彼女は、あけはずっと僕を見てくれた。
「りーおーんー?」
考え事をしながら歩いていた僕に、あけがゆっくりと声をかけてくる。
僕は彼女の隣に並ぶようにして歩くスピードを下げ、あけの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「んーん!別に!もうちょっとで外だから、ぼけーってしてるリオンが気になっただけだよ!」
「そういうお前の方が、僕は心配だがな」
「ちょっとー!?」
頬を膨らませて怒るあけの前に、ダリルシェイドの出口が見えてきた。
ここからは、完全な任務だ。大量発生したモンスターを、たった二人で全て倒さなければならない。
「・・・・・」
僕が静かになると同時に、あけの表情も真剣なものへと変わった。
ダリルシェイドを出て数歩も行かないところだというのにモンスターの気配を感じる・・・・・相当、異常繁殖しているようだ。
キンッと鋭い音を立ててシャルを抜き、僕は任務開始の合図をした。
そう、それは毎日のように呟く、始まりの合図。
「あけ」
「はーい!」
何をするときでも、彼女の名前を呼ぶのが僕の合図。
僕があけの名前を呼ぶと、あけは何も言わずに僕の背中を守るようにして立つ。
こうして僕たちは毎日を過ごしていた―――――そしてこれからも、これは変わらないと思っていた。
思い、たかった。
だが残酷にも、時は動きだすもの。
僕はこの日常が近々壊されてしまうことを、知る由も無かった。
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