いらっしゃいませ!
名前変更所
攫われたユウヤとその彼女のミユを助けた後、私は桐生から説教を食らっていた。
理由は、ショーパブでの無茶に続き、ユウヤ達を助ける時に無茶したこと。
あんまり心配されたこと無いから、桐生の説教が凄くくすぐったい。
ちょっと前までは冷たい感じだったのに、急にお父さんっぽくなりやがって。
そんな心の愚痴を感じたのか、桐生がギリリと私の頭を掴む。
「ぎゃー!痛いッ!痛い痛いッ!」
「無茶するなっていうのが、お前には分からねぇのか!」
「いたいー!はげるっつってんだろぉ!」
まるで兄弟のようなやり取りに、少し嬉しい気持ちもあった。
情報屋としての繋がり以外、ずっと一人ぼっちだったから。
・・・でも、あんまり長い説教は勘弁だ。
聞き流しても続いている説教に、ハァと深いため息を吐く。
次の目的地であるバッカスまでは、あともう少し。
「お前、お父さんみたいだぞ。お父さん!」
「うるせぇ。てめぇがガキなのがいけないんだろうが」
「ガキっていうな!」
確かに桐生は私より年上だ。それも10歳ほど。
だからって、ガキ扱いされるのは気に食わない。
やっとバッカスについてもガキ扱いは止まらず、私は桐生の背中を睨み付けながら階段を上った。
扉を開けてすぐ、漂ってきたのは血の匂い。
桐生が入口を塞ぐように足を止めたため、私もいったん足を止めた。
中の様子は、まだ見えない。でも何となく嫌な予感は感じている。
血の匂いに桐生の反応。
嫌な予感がしないほうが可笑しい。
「これ、は・・・」
絶句する桐生をようやく押しのけ、血の匂いが漂う部屋の中を見渡した。
つい先ほどまで飲んでいた店が、見るも無残なほど荒れている。
血の匂いに感じる、強い吐き気。
こういうのに慣れているとはいえ、得意なわけでもない。
「けほっ・・・」
「大丈夫か?」
「・・・あぁ」
心配してくれた桐生にお礼を言い、そのまま奥へと進む。
奥にも血が散乱しており、私には表情を歪めることしか出来なかった。
桐生はその中でも表情を崩さず、そして奥に居る何かを見つけてしゃがみ込んだ。
「おい、お前・・・」
「ひっ・・・!」
血だらけの中に座り込む、小学生ぐらいの少女。
そしてその手に握られている――――――銃。
状況を理解できない桐生は少女の手から銃を奪うと、怯えさせないようにゆっくりと口を開いた。
少女は震えながらも、必死に言葉を返そうとする。
「・・・何があった?」
「私がきたら・・・みんな、みんなもう・・・!」
「何しにここに?」
「お母さん探して・・・。私、色んな所で聞いて・・・」
「お前、名前は?」
黙り込んでしまった少女を見て、私は桐生の後頭部を叩いた。
状況を把握したい気持ちは分かるが、動揺している少女を質問責めにするのは可哀そうすぎる。
桐生も私の言いたいことを理解したのだろう。
静かに頷き、しゃがみ込んだ少女を安心させるように言った。
「とにかくここから出るぞ」
少女は特に返事をすることなく、俯いたまま。
こんな怖いところに一人でいたんだ。怖くないわけがない。
出来る限りの優しい笑みを浮かべ、安心させてあげようとする。 だが、少女の瞳に映った私の笑顔は、笑顔と呼ぶにはぎこちなさ過ぎた。
こういう時の自分が1番情けない。しっかりしなくちゃいけないのに。
「あけ・・・大丈夫か?」
「あ?あぁ。私は大丈夫に決まってんだろ」
自分でも顔色が優れていないのは分かっていたことだった。
今は嘘でも、正気を保っていたくて。
見え見えの嘘をついて、自分自身を落ち着ける。
少女はお店を出てすぐの所で足を止めていた。
遅れてしまった私は、急いで少女と桐生の後を追う。
「ん?・・・あれは」
少女と桐生が立ち止まった、その先。
二人の目線を追うと、そこには1匹の子犬がいた。
やけに怯えた様子で・・・しかも、怪我をしている。
すると見えない場所から風を切る音が聞こえ、同時に子犬の悲鳴が上がった。
誰だと問い詰める暇もなく、石が飛んできた方から声が聞こえ始める。
「うわー!今の内臓いったっしょ!」
「残酷だなぁ~。もう早くトドメ刺しちゃえよ!」
「じゃあ、次俺な!」
楽しそうな、声が。
頭の中を一気に駆け巡る、不快感より強い“苛立ち”
それを桐生も感じ取ったのか、「やめて・・・」と呟いている少女の頭を優しく撫でた。
次の男が投げたものだと思われる石が飛んできた瞬間、桐生が一歩前に踏み出して石を手で受け止める。
たった一瞬の出来事。
石を投げていた男たちのヤジも聞かずに、桐生は振り返って私の方を見た。
「あけ」
「・・・任せろ」
カチリと合う、目と目。
それだけで私は桐生が何を望んでいるのか、理解することが出来た。
合図も無しに舞う、桐生が持っていた大きな石。
私はそれを、得意の足蹴りで投げた男の顔面に蹴り返した。
石は見事に男の顔面を捉え、グロテスクな音と共に男が崩れ落ちる。
「さすがだな」
「あたり、まえだろ・・・」
上手くいったのは良いけど、物凄く足が痛いです桐生さん。
さすがに石を足で蹴るのには問題がありすぎた。
ジンジンする足を引きずりながら、桐生と男たちの会話を見守る。
「なに・・・アンタ?」
「俺は今日、大変な一日でなぁ・・・すこぶる機嫌が悪いんだ」
「アァ?」
「運が悪かったんだよ・・・お前等は」
「・・・・そ~う?」
ぞろぞろと近づいてくる、無数の足音に私は拳を構えた。
どうやら、仲間がこれ以外にも居るらしい。
すっかり囲まれてしまった私たちは、背中合わせに立って笑い合った。
もちろん、余裕の笑みで。
こんなの怖いのは数だけだ。私はともかく、桐生がやられるわけない。
「桐生、そっちは任せた」
「お前こそ、こっちに迷惑かけるんじゃねぇぞ」
さぁ、弱い者イジメをしている奴らにお仕置きといこうか?
私と桐生はお互いにあくどい笑みを浮かべると、少女の前だということも忘れて男達を片付けに掛かった。
「私は遥、お前じゃない」
(質問攻めにしていた桐生がその一言に戸惑うのを見て、私は密かに笑っていた)
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