いらっしゃいませ!
名前変更所
あの後兄さんを倒した桐生は、すぐに風間のおじいちゃんが居るという芝浦に向かった。
埠頭に泊めた船の中に、おじいちゃんは居るらしい。
兄さんをあのまま放置して来たのはちょっと可愛そうだったが、状況が状況なだけに心の中で謝っておく。
まぁ、あの兄さんだし。放置したところで死なないとは思うけど。
「この船に・・・おじいちゃんが?」
「あぁ。アケミの言う通りなら、ここで寺田という男が匿っているはずだ」
シンジが信用していた男とはいえ、本当に信用できるかは実際に見てみないと分からない。
裏の世界っていうのは、そういう奴らばかりだからだ。
利益や自分自身の求めるものの為ならば、自分の魂を売ってまで人を騙す人なんてたくさん居る。
不安の中、私は遥の手を強く握りしめた。
恐る恐る握り返してくる小さな手が、とても心地よい。
「・・・行こうか」
「うん」
指定の場所に止まっていた、大きな船。
私たちは警戒しながらその船に近づき、そこに現れたとある男の姿に大きく目を見開いた。
「あの男・・・」
無言のまま私たちを見つめる、がっしりとした体格の男。
あの男には見覚えがある。
顔はしっかりと覚えていなかったが、間違いないだろう。
遥の方を振り返ると、遥も戸惑ったように私の瞳を見つめ返してきた。
私たちをバッティングセンターで助けてくれた男・・・あの男と、今目の前にいる男はそっくりだったから。
「たぶん・・・バッティングセンターで遥の紐をほどいてくれたやつだ」
「何?」
「私もそうだと思う・・・。ペンダントのこと、教えてくれた人にそっくり」
「そうか・・・」
もしかして、あの男が寺田?
それとも、寺田という男の弟分か何かか?
それだったらまだ、寺田という男が信用できるかもしれない。
少しホッとして胸を撫で下ろした私は、無言で姿を消した男を追うように、急いで船の中へと足を踏み入れた。
「近江連合本部長、5代目」
貫禄のある深い声。
男が姿を消した部屋に入ると、男はすぐに口を開いてそう言った。
「・・・寺田と申します」
近江連合。
同じ近江連合の奴らが前に襲ってきたことを思い出し、私は少しだけ身構えた。
しかし、寺田の瞳は揺らがない。
まっすぐにこちらを見据え、怯える様子すら見せなかった。
さすがは5代目、というべきなのだろうか。
「なぜ、近江連合が風間の親っさんを・・・」
「桐生さんと同じですよ」
「何?」
「俺も風間さんには、返しきれない恩が・・・」
なるほど。それなら近江連合という立場でも理解できる。
この人も私や桐生と同じように、風間のおじいちゃんに助けられた人なんだ。
風間のおじいちゃんは誰にでも優しく、そして自分の大切なものに牙を剥くものが居れば、それを容赦なく切り捨てる。
優しく強い、極道の見本となる存在。
私の最初で最後の、大切な“親”。
「それで?おじいちゃんはどこだ」
「そんなに慌てないでください。風間さんはこちらに居ます」
寺田は慌てる私を宥め、立っていた道の奥にある扉を指差した。
私は確認することなくその扉に駆け寄り、乱暴に扉を開く。
こうやって乱暴に開けたら、いつも怒られてたんだよな。
でも、良いかな。今はそれが聞きたいから。
「こら、いつも静かに入れと言っているだろう」
「おじいちゃんっ!!」
久しぶりに聞こえた説教に、私は笑顔でおじいちゃんに抱き着いた。
ベッドに座っては居たが、顔色は随分良い。
しばらく抱き着いたまま甘えていると、いつまでそうしてるんだと言わんばかりに桐生の拳骨が後頭部に降り注いだ。
ガインッと聞こえてはいけない音が響き、目の前が真っ白になる。
「あぐっ・・・!?」
「すみません、親っさん・・・。ご無事で何よりです・・・!」
「良いんだ。こいつは元からこういうやつだからな。それよりも・・・迷惑をかけてすまなかったな・・・」
おじいちゃんは私の頭を撫でながら、私たちにすまなそうな顔をした。
むしろ私たちが謝らなきゃいけないのに。
あの時守ってあげられなかったことを。
私がそのことを謝ろうとした時、パタンと音を立てて空いていた扉が閉まった。
扉の外に居た寺田が、気を利かして閉めてくれたようだ。
「あの寺田って男は、元々俺と同じ“元・ヒットマン”だ」
「そうだったんですか・・・」
「近江連合本部長の肩書で、東城会に探りを入れてもらってた。特に・・・錦山をな」
それからおじいちゃんは、桐生が追い求めていた<空白の10年間>を語り始めた。
私だけが知っていた、由美=美月だという話。
由美が美月として演じ続けていた時間。そして由美が遥のお母さんだということ。
・・・そして、その相手の男まで。
「由美の相手・・・遥の父親は、神宮京平だ」
神宮京平。その名前には聞き覚えがあった。
伊達さんが車の中で話していた、MIAを仕切る男の名だ。
そのままおじいちゃんは話を続け、由美が美月として演じることになった全てを伝えた。
なぜ神宮が由美と繋がることになったのか。
彼女の記憶の行方。彼女の10年前の行動。
神宮の元に舞い込んだ、総理の娘との縁談。
神宮の事を想い、泣く泣く身を引いた由美。
それなのに、スキャンダルを恐れた神宮という男は、野望のために行動し続けたらしい。
由美と遥を殺しまで、神宮は野望を貫くつもりだったんだ。
そこで取り戻された、由美の記憶・・・。
「美月という姿は、俺が由美を神宮から欺くために作った偽りの姿だ。ニンベン師に頼んで偽の顔を作り、戸籍も全て作り上げてもらった」
「・・・親っさん。なら、何で由美は、東城会の100億を盗んだんですか?」
私は桐生の顔を見ることが出来なかった。
おじいちゃんに抱き着いたまま、静かに話を聞き続ける。
「あれは東城会の金じゃない。あれは神宮の100億で・・・」
ドンドンドン。
荒々しいノックが響き、寺田が部屋に飛び込んできた。
話を遮るんじゃねぇよ!とか言って、怒れる雰囲気じゃないことが寺田の表情から感じ取れる。
なんか、嫌な予感がするなぁ。
風間のおじいちゃんに桐生。今ここには敵の欲しいものが全部あるわけだし。
「風間さん、嶋野組の連中が!ここはやばいです!」
「嶋野が・・・っ!?」
「チッ・・・」
言い終わると同時ぐらいに、船全体を大きな揺れが襲った。
ぐらぐらと揺れる視界に耐え切れず、私はぎゅっとおじいちゃんの手を掴む。
遥とはまた違う、大きな大きな手。
ふと安心しちゃったけど、今はそれどころじゃないんだっけ。
「さー、ちゃっちゃと終わらせてくるか。もっとおじいちゃんと話したいし!」
「待つんだ・・・あけ」
先に行ってしまった桐生を追いかけようと立ち上がった私を、おじいちゃんが静かに引き止めた。
「どうしたの、おじいちゃん?」
「お前に渡したいものがあるんだ」
「渡したい・・・もの?」
「あぁ。お前には俺の・・・」
ドォォォン――――――。
俺の?
俺の、なんて言った?
おじいちゃんの言葉は、激しい轟音と外から聞こえてくる喧嘩の音によって掻き消された。
今すぐにでも聞きたいけど、やっぱこの状況終わらせてからじゃねぇと。
「おじいちゃん、周りがうるさいから先に片付けてくるぜ。そのあとに聞くよ」
「・・・まったく。相変わらず落ち着きがないな」
「う・・・。まぁ、心配するなって!」
心配そうな顔をするおじいちゃんにそう伝え、私は扉を蹴り開けるようにして外に飛び出した。
外では桐生一人が、数人の嶋野組の連中を相手に乱闘している。
外に居た味方の連中は、やられっちまったんだろうか?
相手の人数も人数だ。こっちも手加減なしでやらないと。
「おい、あけ!何してるんだ!さっさとやれ!」
「そんな怒るなよな!?今すぐお前の倒した分なんて、軽く追い越してみせるぜ!」
そう言いながら、私は向かってくる敵をなぎ倒し、桐生と素早く合流した。
背中合わせに構え、数の多い敵を睨み付ける。
数は多いけど、強さはそこまでじゃない。
確実に敵を仕留め、冷静に減らしていく。
今までに色んな経験を積んできた私と桐生に、数だけの敵は通用しなかった。
「桐生、しゃがめっ!」
「ッ・・・!」
桐生の後ろに迫ってきていた敵を蹴り上げ、そのまま桐生と立ち位置を交代する。
兄さんと桐生の戦いを超人同士の戦いとか言ってたけど、そんな超人と一言だけで連携できるようになっている私も、超人の領域なのかもしれない。
勝手に動く手足。敵を排除するにはどうすればいいか。
襲いかかる敵に容赦なく、私の本能が反応して攻撃を仕返す。
「く、くそ、このアマ・・・がはっ!?」
「よっと・・・。どいつもこいつも、口が悪い奴ばっかだな」
「誰もお前には言われたくないだろうな、あけ」
「うるせぇ!」
言い争いながら敵を倒している内に、いつの間にか周りの敵はほとんど居なくなっていた。
あるのは倒れた奴らと、生々しい血の跡だけ。
やっと静かになったか・・・。
そう思った矢先、船の外側から大きな声が聞こえてきた。
「おうお前等!どんどん投げ込んだれや!!!」
投げ込む?
聞こえてきた言葉に嫌な予感を感じとった私は、咄嗟に桐生の手を引いてその場から走りだした。
全力で逃げる私の後を追う、大きな爆音。
やっぱり、嫌な予感は的中していた。
外に居るやつらが私たちを狙い、手榴弾か何かを投げ込んできているんだ。
「ひぃぃ!やばいやばい。当たったら死ぬって!」
「うるせぇ!黙って走れ!」
「走れってどこに!?つか逃げ道は!?どうすんの!」
この様子だと、船の周りは囲まれていると思って間違いない。
爆弾に追われて船の外に出れば、今爆弾を投げてるやつらに捕まることになる。
と、なれば。道は一つ。
桐生の視線の先にある逃げ道に気づき、叫びながら首を振った。
「タンマ。お前まさか、海に飛び込もうとか考えてねぇよな!?」
確認するまでもなく、桐生はそのつもりだ。
外から投げ込まれる爆弾から逃げるには、もうそこには逃げ場はない。
外に逃げれば敵の真ん中に。
このままここに居れば敵の餌食に。
でも、私は・・・泳げない!
「桐生!私を抱えていけ!」
「邪魔になるだろうが」
「私を殺す気なのかよてめぇ!」
「・・・つかまれ!」
海に飛び込む直前、私は伸ばされた桐生の手を掴んで海にダイブした。
冷たい海水が全身を覆い、着ている服が重くなっていく。
「ぷわっは・・・!」
少し船から離れたところで、私は勢いよく岸にしがみ付いた。
桐生が先に上がり、その後で私を上から引っ張り上げる。
た、助かった。なんつう状況だよこれ。
ヒヤッとした程度じゃすまないぐらいの恐怖を短い間で体験しすぎて、私の頭の中はパンク寸前にまで混乱していた。
「おじさん!お姉ちゃん!・・・大丈夫・・・?」
「あぁ。大丈夫だ」
「遥・・・寺田も、おじいちゃんも・・・大丈夫だったんだな」
爆発に巻き込まれた船を遠目に見て、遥たちが無事だったことにとりあえず安心する。
どうやら、寺田が皆をここまで誘導してくれたみたいだ。
でも、まだ、助かったわけじゃない。
遠目とは言え船は見える距離だし、あいつらもすぐ私たちを追いかけてくるだろう。
どうにかして、先におじいちゃん達だけでも逃がせないだろうか?
そんな私達を逃がさないとばかりに、大量の車が取り囲み始める。
「・・・やっと会えたなぁ~」
取り囲んだ車の中から出てきたのは、間違いなく嶋野だった。
背中に背負っている虎の刺青が、彼である何よりの証拠。
ドスを構えてきてるんだ。きっともう、戦いは避けられない。
私はそっと拳を構え、何を仕掛けられてもすぐに反応出来るように身構えた。
嶋野はニヤニヤと笑いながら、私たちを狂気染みた瞳で睨む。
「風間・・・ほんまに、コソコソしやがって!」
「嶋野・・・!」
「寺田はん」
「・・・」
「あんた、錦山裏切ってワシにつく振り見せてたけどなぁ。そんなん、裏の裏まで全部お見通しや!ずっと、見張らしてもろうてましたわ・・・」
やっぱり、極道の世界ってのはこんなもんだ。
誰かが裏をかけば、きっと誰かはその裏の裏を掻く。
「お前等と言い、錦山と言い、ほんまに脇が甘いわ・・・。ガキは、もらってくでぇ」
嶋野のその一言に、私は遥を後ろに庇った。
こんな奴に遥を取られるわけにはいかない。
由美さんの言っていた“時”とやらが、ようやく見えてきたんだ。
ムカついて反撃に出ようと口を開きかけた瞬間、私よりも先におじいちゃんが先に口を開いた。
その表情は、妙な自信に満ち溢れている。
「嶋野」
「あぁ?」
「・・・お前さんも相当、脇が甘いぜ」
おじいちゃんの言葉に首を傾げていると、また別な車が私たちを取り囲んだ。
でも今度は、見覚えのある車。
それに、見覚えのある男。
降りてきた男に自然と口元が緩み、身構えていた拳を下す。
「おせぇぞ、柏木」
「柏木さん!」
「お?なんだ。あけもいたのか。遅れて悪かったな・・・。親父、クリスマスプレゼントお持ちしましたよ」
プレゼントと表され車から降りてきたのは、大量の風間組員。
クリスマスプレゼントが大量の兵なんて、趣味が良いんだか悪いんだか。
少なくとも、この状況では最高のプレゼントになるだろう。
私たちは全員身構え、嶋野組の方に向き直った。
嶋野は私たちの方を見ながら、尚、笑っている。
それは余裕や自信とも違う・・・極道としてのこの戦いを楽しんでいるようにも見えた。
「なんや・・・風間組はやる気みたいやな?」
「当たり前だろ!てめぇなんかに負けねーよ」
「女がよう言うなぁ・・・よっしゃ!血の雨降らしたるわぁ!」
「そっくりそのまま、返してやるぜ!!」
嶋野の叫び声と共に、全員が動き出す。
風間組と嶋野組――――――全面戦争が、幕を開けた。
奪わせない。必ず、勝てる
(皆を守るんだ。皆を・・・絶対に・・・)
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