いらっしゃいませ!
名前変更所
あれからまた、数か月後。
私は今まで生きてきた中で、1番難しい問題に立ち向かおうとしていた。
今日は6月17日。
今までの私なら、何も変わりない日を過ごしただろう。
今日が何の日かを――――知らなければ。
「アイツの誕生日・・・」
本日6月17日は、桐生一馬の誕生日。
前々から知っていた事にも関わらず、私は桐生の誕生日プレゼントに頭を悩ませていた。
別に、忘れていたとかそういうわけじゃない。
むしろ覚えすぎていて、今週一週間はこの問題に悩まされていた。
もちろん、今現在も悩んでいる最中だ。
「くそ・・・。男にプレゼントなんて、やったことねぇしな・・・」
男の人への誕生日プレゼント。
そんなもの、やったことないに決まってる。
遥の誕生日なら、まだ好みとかも分かって良かったんだけど。
相手は男。しかも桐生の好みなんて、難しくて思いつかない。
「(だー。悩んでる暇はもうないってのに!)」
一週間悩みきった結果、私はもう後がない状況にまで追い込まれていた。
結局、桐生の好みは聞けずじまい。
遥にそれとなく聞いても、よく分からないという結果になった。
やばい、時間がない。早くしないと昼になっちまう。
私はとにかく神室町を歩き回り、色んなお店を見て回った。
ブランド品のお店。お菓子屋さん。小物屋、花屋。
それから、レストランや高級バーまで。
とにかくプレゼントやお祝いが出来そうな場所は、虱潰しに見て回ったが・・・。
駄目だ、何にも思いつかない。
「とりあえず・・・約束だけは、取り付けておくか・・・?」
プレゼントのことばっかりで忘れてたけど、渡すには呼び出さなきゃいけねぇんだよな。
とりあえずプレゼントは後にするとして、約束だけは取り付けておこう。
最悪、おめでとうだけ言えれば良い。
時間はちょうど昼過ぎ。今なら桐生も電話に出るはずだ。
「(うへえ、ちょっと眠い・・・)」
「・・・もしもし」
「あ、桐生。今いいか?」
「あけか。あぁ、良いぜ」
「今日の夜・・・遥が寝てからで良い。こっちに来れねぇか?」
「夜?」
二人きりになるため、私は夜の時間を指定した。
いやまぁ、遥が一緒でも良いんだけどさ。
遥が一緒だと調子狂うと言うか、恥ずかしいというか。
久しぶりに飲みたかったし、ちょうど良いかもしれない。
高級バーに行って奢るだけでも、誕生日プレゼントだって言い張ることは出来る。
「なら、23時ごろで良いか?」
「あぁ。場所は喫茶アルプスの近くにあるバーな」
「・・・お前、そこ、高いところじゃなかったか?」
「たまにはぱーっとやろうぜ?んじゃ、待ってる」
誕生日だから、とは言わなかった。
色々聞かれる前に携帯を切り、さっさと目の前の問題に戻る。
タイムリミットは今日の23時。
それまでに誕生日プレゼントを見つけなければ。
「つってもなー。あれだけ一緒にいたけど、分かりづらいんだよな・・・」
一緒に戦い、一緒に飲み歩き、何だって一緒に解決してきた。
でも、あまりにも非現実的すぎる日々で、何一つ私はアイツの日常的な面を見ていない。
たとえば好きな色とか。好きな食べ物とか。
そういう面を見れていれば、こんなの問題にならなかったのに。
つーか、アイツ分かりにくいんだよ。
好きな色、好きな食べ物、好きな物。
思い返すたびに喧嘩の思い出しか浮かんでこない。
「もういっそ、武器買って渡してやろうかちくしょう・・・!」
歩き回っても浮かばない案に、苛立ちを感じ始めたその時。
私は小さなお店の前で、とある物に目を奪われて立ち止まった。
ショーウィンドウの中。
並べられているペアのブレスレット。
龍がデザインされているせいか、私はそれに釘付けになった。
何でだろう。迷いなんてなかったかのように身体が勝手に動く。
「いらっしゃいませー」
「すみません。あのショーウィンドウにあるペアブレスレット、売ってくれねぇか?」
「あちらですか?お高いですが、大丈夫でしょうか?」
「あぁ。ある程度なら持ってきてる」
セットで15万というそれなりの値段を提示されたが、私は迷わずそれを購入した。
桐生に渡す大きな方を包装してもらい、自分自身が持つ方は適当に袋に入れる。
やっぱ、龍がデザインされてるものは、アイツのイメージが強いな。
デザインが綺麗ってもあるけど、似合いそうな気がして買っちまった。
似合うだろうな、アイツには。
なんたって堂島の龍だ。
「・・・・決まるときは案外あっさり決まるもんだな」
こんなにあっさり決まると、今まで悩んでたのが馬鹿みたいに感じる。
いや、悩んだ末に見つけたから、無駄では無いのか。
私はしばらく購入したブレスレットを見つめ、自分用に買った方をこっそりと左手首に着けた。
「・・・・っ!」
着けてからペアブレスレットということを思い出し、恥ずかしくなって袖を伸ばす。
別に、これは、ペアが欲しかったからとかじゃねぇよ!
せっかくだからついでに私も着けようと思っただけだ!
と、誰にも聞かれていないのにそう言い聞かせ、また携帯を開く。
「うあー・・・3時過ぎ、か」
とりあえず、23時まで時間はまだあるみてぇだ。
適当に何かして潰したいが・・・なんか落ち着かない。
ゲーセンにでも言って、適当に遊んどけば気も紛れて――――。
「あけちゃ~ん!」
「おあっ!?に、兄さん・・・?」
突然後ろから声を掛けてきたのは、真島の兄さんだった。
兄さんは相変わらずの恰好で、ニタニタと笑みを浮かべている。
「なんだよ兄さん、どうしたんだ?」
「なんや、つれない反応やな~。あけちゃん見つけたから、こうやって追いかけてきたんやないかい!」
「へ?そうなのか?」
「久しぶりに会ったんや。少し遊ぼうや、あけちゃん。な?ええやろ?」
兄さんと会ったのも、あの事件以来だ。
突然殴られて拉致られたり。勝手に奪い合いされたり。
あの時は散々な目にあった記憶しかないが、兄さんは兄さんで良い人だから恨めない。
私は大げさにため息を吐くと、しょうがないとばかりに兄さんの隣に立った。
23時まで暇だし、兄さんと居れば退屈しないだろう。
「んじゃ、暇にならないように頼む!」
「よっしゃあ!やっぱ分かっとるな~、あけちゃんは!たっぷり楽しませたる!」
「どうせ、あれだろ?バッティングセンターだろ?」
「違うでぇ。今回はゲーセンや!面白いゲーム見つけたんや、一緒にやりにいくで!」
「おわわ、分かった!分かったから引っ張るなって!」
引きずられるようにしてゲーセンに拉致られた私は、最初の予想通り、退屈しない時間を22時まで過ごすことになった。
疲れた。
マジで疲れたよ。
あれからずっとゲーセンで兄さんに付き合っていた私は、格ゲーのしすぎで目の前が真っ暗状態だった。
あんまりぶっ続けでやるもんじゃねぇな。
兄さんは相変わらず元気だけど。
「うあー・・・もうすぐで23時か・・・」
「・・・楽しかったなぁ、あけちゃん」
「あぁ」
「さて、ほな、次はどこ行こか?」
兄さんの言葉に、私はもう一度携帯を確認した。
もうすぐで23時。そろそろ約束の場所に行かなくちゃ行けない。
「あ、兄さんわりぃ、私そろそろ行かなくちゃ行けない場所が・・・」
トン。
普通にさよならを言うはずだった私は、兄さんの腕に言葉を遮られた。
暗い裏路地で腕を掴まれ、状況が分からないまま壁に押さえ付けられる。
ちょ、ちょっと待て。
今の今まで楽しく遊んでたはずだ。
なのになんで、急に私は襲われてるんだ!?
「に、い・・・さん・・・?」
「馬鹿やなぁ・・・あけちゃん。行かせるわけ、ないやろ?」
今までの兄さんとは、明らかに雰囲気が違った。
拉致ってきたあの時や、私を冗談で取り合ってた時とは、まるで違う。
どっちかって言うと、時々見せてた本気の雰囲気に近い。
「暴れたら可愛い顔に傷つけてしまうやろ?」とか、あんなこと言ってた時の雰囲気に。
ここは暗い裏路地。
逃げ場所なんてなければ、私に逃げる力もない。
「兄さん・・・?」
「知ってるで、あけちゃん。なんか大事なことあるんやろ?」
「え・・・」
「気づいてなかったんか?遊んでる最中、ずっとしきりに時計見とったで」
「あ、それは・・・」
ギリギリと手首が締め付けられる。
壁に押さえ付けられた両腕。密着した身体。
怖いのと、ドキドキしてしまうのと。
兄さんの顔が徐々に近づいてくるのを感じて、私は必死に目を瞑った。
「なぁ、あけちゃん。いつになったら俺を見てくれるんや」
「兄さん・・・わ、私は・・・・」
「いっつもそうや。俺と居る時は他の誰か、何かを見とる」
耳元を、兄さんの低い声がくすぐる。
聞いたことのないような低音で囁かれた私は、背中にゾクリとした感覚が走るのを感じて身を捩った。
「あけちゃん・・・今、誰をおもっとるんや?誰を見とるんや?」
兄さんの長い指が、私の頬をそっと撫でていく。
「俺を見てくれへんか・・・あけちゃん。俺はあけちゃんのその強い瞳が好きなんやで?」
「兄さん、まって、待ってくれ・・・!」
「やっと誰にも邪魔されないような場所で二人きりになったんや・・・待つわけないやろが」
「兄さん・・・っ!」
「イライラしてしょうがないねん!俺は欲しい物を必ず手に入れる・・・あけちゃんが何を見てても、俺はあけちゃんを手に入れたくてしょうがないんや・・・だから」
降りた指はそのまま私の顎を掴み、そして。
「な・・・!?」
「無理やりにでもなってもらうで――――あけ」
殺気が籠った声で名前を呼ばれるのと同時に、私は唇を塞がれた。
狂気染みた雰囲気が、口付けが、力が、声が・・・・・
(私を捕えて、逃がさない)
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