いらっしゃいませ!
名前変更所
朝の光が枕元を照らし、自然と私の目を覚まさせる。
ゆっくりと目を覚ました私は、いつも通りに身体を起こそうとして・・・・異様な腰の痛みに叫び声を上げた。
「ぐあっ!?こ、腰が、いだだだだ・・・・!」
昨日の夜の事を、“嘘じゃないぞ”と主張するかのような痛み。
私はあの後、桐生と繋がり、女としての1歩を歩んだ。
・・・って、そんなことはどうでも良い。
そんなことよりも、歩けないぐらい痛い腰の方が問題だ。
何度か立ち上がろうとチャレンジするが、鈍い痛みが邪魔をしてすぐに座り込む。
「っだぁ・・・・」
「ん?起きたのか、あけ」
「てめぇよぉ・・・!こっちは初めてだってのに、無茶苦茶しやがって!」
裸の状態でベッドに座り、煙草を吹かす桐生を私は鋭く睨み付けた。
お前のせいで、私は激痛に悩まされてるっていうのに。
何度頑張っても立てないと感じた私は、諦めてゴロンとベッドに横たわった。
それを見ていた桐生が、意地悪い笑みを浮かべて私に覆いかぶさる。
「お、おおおい・・・!?」
「・・・無茶させて、悪かった」
「・・・くっそ・・・そんな顔されたら、怒る気にもなれねぇよ・・・」
「フッ・・・お前にも、惚れた弱みってのがあるんだな」
「お前こそな」
相変わらず、桐生は卑怯だ。
そんな風に謝られたら、私が怒れないって知っててやってやがるんだ、こいつは。
「あけ」
「ん・・・」
怒る気を無くした私はため息を吐き、段々と近づいてくる桐生の顔に目を閉じた。
予想通り、唇を塞がれ、容赦なく荒々しい口付けを受ける。
舌を絡め取られた私は、身体が勝手に震えてしまうのを感じてシーツを掴んだ。
やっぱり、こういうのはしばらく慣れそうにない。
今まで経験してこなかったことだし、しょうがないっていえばしょうがないんだが。
「っは・・・!」
「そんな顔してると、襲うぞ?」
「な、も、もう無理だって!さすがに蹴るぞ!」
身の危険を感じて、桐生から逃げるように後ずさる。
それを見た桐生は肩を震わせ、笑い始めた。
だー!こいつ、性格わりぃ!むかつく!
元から意地悪い性格だってことは知ってたけど、ここまでとは思わなかった。
まぁ、今更勝てないのも、分かってるけどさ。
「冗談だ。これ以上したら、さすがにお前の身体が壊れるだろうからな」
「そうしてくれ・・・。ってか今何時だ?」
窓の外はすっかり明るい。昼が近いのは確かだ。
昨日無茶させられたせいで、かなり寝てしまった気がする。
とりあえず、時間を確認しねぇと。
私はゴロゴロと転がるようにベッドを移動し、ベッドの下に落ちていた自分の携帯を拾った。
携帯の画面を開くと、そこには“15時”の表示がチカチカと光っている。
「うへぇ・・・寝すぎた・・・」
15時っておいおい。
いくらなんでも寝すぎの領域だ。
って、あれ?
私は一度目を擦り、携帯の画面を見直した。
「ん・・・?メール来てる・・・?」
新着メールのお知らせは無いのに、何故か受信履歴が更新されている。
不思議に思った私は受信ボックスを開き、メールの中身を確認した。
「へ・・・?」
受信ボックスに入っていたメール。
それは真島の兄さんからのもので、私が見てもいないのに既読のマークが付いていた。
しかも、既読のマークだけじゃない。
返信のマークも付いている。
嫌な予感がしてメールの内容を見れば、そこに書かれていたのは予想以上の内容だった。
【題名: 本文:
よぉ、桐生ちゃん。これ見とるんやろ?
桐生ちゃんにどうしても、言っておきたいことがあってやな。
俺はまだまだ諦めへんで・・・?
せいぜい俺にあけちゃんを奪われんよう、気を付けるんやな!
あとあれや、桐生ちゃん。あんまりあけちゃんを苛めんようにな。
桐生ちゃん性格悪いからのぉ~!ほな!】
何だこれ。
こんなメール私にするなよ。桐生の方のメールにしろよ。
それともワザとか?
いや、わざとだろうな・・・兄さんのことだから。
ということは、この返信履歴はまさか。
【題名:Re 本文:
分かっている。
俺だって簡単に奪われるようなことはしねぇ。
性格悪いのは、お互い様だろ、兄さん。
だが・・・手加減できるようにはするさ。】
送信履歴に目を通した私は、乱暴に携帯を桐生に投げつけた。
一発食わらしてやろうと思ったのに、簡単に受け止められて失敗に終わる。
「勝手に人の携帯でなんつー会話してるんだよお前等はっ!」
「しょうがないだろ、兄さんから仕掛けてきたんだ」
「ったくもう・・・」
色んな意味で起きる気力を失い、私は再び転がるようにして桐生の元まで移動した。
桐生の背中にコツンと頭を当て、温もりを感じながら微かに笑う。
凄く振り回されてる気がするけど、桐生にならしょうがないな。
描かれた龍の刺青。立派なその刺青を指でなぞろうとして手を止める。
伸ばした手に、ペアとして着けていたブレスレットが見えたからだ。
「あぁああぁあああ!」
「っ!?な、なんだ!いきなり耳元で騒ぐんじゃねぇ!」
「あだっ!悪い!大事なこと思い出したんだよ」
「大事なこと?」
せっかく誕生日プレゼントを渡すつもりだったのに。
今日はもう、6月18日。しかもお昼過ぎだ。
随分と過ぎてしまったが、お祝いはお祝い。
私は地面に散らばっていた自分のズボンから箱を取り出し、しっかりと中身を確認した。
中には、私が着けているブレスレットと同じものが入っている。
「おい、桐生」
「ん?」
「これ」
「・・・・これは?」
1日遅れの誕生日プレゼント。
私はそのブレスレットを桐生の手首に着け、お祝いの言葉を囁いた。
「誕生日おめでとう・・・かず、ま」
「そうか・・・昨日・・・」
「あんなことがあって言えなかったからな・・・1日遅れたけど、受け取ってくれ」
あの時は、一目惚れで買ったものだったんだけど。
特に意味は無かったのに、今では本当の恋人同士としてのペアブレスレットとなった。
勇ましい龍が刻まれた、綺麗な銀色をしたブレスレット。
桐生も気に入ってくれたのか、嬉しそうに私を抱きしめてくる。
「・・・ありがとうな、あけ。嬉しいぜ。大事にするよ」
「あ、あぁ。わ・・・分かったから・・・えっと・・・」
「・・・・どうした?」
「いやあの・・・服・・・とってくれねぇか?」
抱きしめられるのは嬉しい。
温もりを感じれるし、安心できる。
でも今、私は裸なわけで。
急に恥ずかしくなった私は、桐生に服を取ってくれるよう頼んだ。
今更ながら、慌てて布団の中に潜り込み、身体を隠す。
「は、はやく服をよこせ!」
「今更隠したって意味ねぇだろ」
「うっせぇな!意味あるんだよ!早くよこせっ」
恥ずかしいと思い始めたらそれが最後。
私は桐生から服を奪い取ると、急いでいつも通りの服に着替えはじめた。
さっさと着替えたいが、腰が痛くてうまく着替えられない。
腰を庇うように何とか着替えた私は、そのままベッドに倒れ込んだ。
「・・・そんなにいてぇのか?」
「当たり前だろ・・・腰も痛いし、喉も少し痛い」
「そうか。じゃあ今日は、俺の家に泊まって行け」
「はぁ!?」
「どうせ、俺が送らないと帰れないんだろう?だったら、もうこのまま俺と一緒に帰ればいい」
「え、いやでも・・・」
桐生の家に行ったら必ず居るであろう彼女の姿を思い出し、ヒクヒクと顔を引き攣らせた。
「いや・・・ほら、さ。お前これ、遥、放置状態だろ?」
「ん?あぁ・・・遥なら大丈夫だ。ちゃんと連絡しておいた」
「いやそうじゃなくて、遥だとさ・・・こ、こういうの、見抜いてきそう・・・じゃん」
私の気持ちにいち早く気づき、動揺させてきた子だ。
油断ならない。というか絶対気づかれる。
そんな私の心配をよそに、桐生は勝手に私の荷物をまとめ始めた。
連れて帰る気満々の桐生を止めようとするが、まったく聞く耳を持とうとしない。
それどころか私に携帯を投げつけ、遥に送ったであろうメール履歴を見せつけてきた。
「・・・・おい、ちょっと待て」
「なんだ?分かったらさっさと行くぞ」
「いや・・・て、てめぇこれ・・・まじで送ったんじゃないよな・・・!?」
見せつけられたメール内容。
私の携帯から、桐生の携帯電話へと送信されたもの。
それは、真島の兄さんとのやり取りよりも、衝撃的な内容だった。
【題名: 本文:
遥、起きてるか?
悪い・・・昼過ぎまで、帰れそうにない。
夕方には戻るから、一緒にご飯でも食べよう。
たぶんあけも来るからな。何か作ってもらうか?】
勘付きやすい遥に対し、私の携帯からメール送信なんて、そんな。
いくら遥に携帯を持たせてたからって、こんなの気づいてくださいって言ってる様なもんだ。
苛立ちに任せ、桐生に対してもう一度携帯を投げつける。
「てめぇ!遥が気づいたらどうするんだ!」
「もう気づいてたんだ、いいだろ別に」
「・・・さ、さすが遥・・・じゃなくて!さすがに恥ずかしい!恥ずかしいから!」
「良いから行くぞ、あけ」
「おいこら抱えるなっ・・・!やめろー!この誘拐犯ー!」
抵抗も虚しく、米俵のように軽々と担がれた私は、家まで桐生に連れ去られた。
変わった関係、変わらない会話
(遥が凄く嬉しそうな表情で出迎えてくれるまで、あと少し)
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