いらっしゃいませ!
名前変更所
目が覚めると、そこには何故かあけが寝転がっていた。
昨日より身体が楽だ。もしかして、こいつが看病してくれてたのか?
「おじさん、起きた?」
「遥・・・これは・・・」
「ごめんね、あまりにも昨日の夜、おじさんが苦しそうだったから・・・私が呼んだの。はい、これ」
遥は申し訳なさそうにしつつ、俺に気味の悪い色の薬を運んできた。
いかにも毒としか思えないようなそれを、俺に飲めと進めてくる。
まぁ、気味の悪い色だが、作った本人がここにいるから大丈夫だろう。
それがあけの薬だと確信した俺は、呼吸を止めて一気に薬を飲みほした。
「っ・・・・」
ドロドロとした感触。
のどごしは決して良いものとは言えず、俺は軽い吐き気に襲われた。
「う・・・ぐ・・・」
ったく、作るならもっと薬っぽくしやがれってんだ。
心の中であけに対する悪態を吐き、飲み干したカップを乱暴に置く。
遥はそれを受け取ると、昨日より熱が引いた俺の額に手を当てた。
「良かった。昨日より全然熱くない!」
「ずっと・・・あけが、看病してくれてたのか?」
「うん。お薬も、ご飯の材料も、大急ぎで持ってきてくれたんだよ!」
地べたに寝ているあけを抱き起し、座らせてから頬を撫でる。
それから静かにベッドを空け、俺はあけをベッドに寝かせた。
相当急いで来てくれたんだろうな。
こいつ、仕事の化粧をしたまんまだ。
身体が楽になったわけじゃないが、あけが起きるまではベッドから退くことにする。
「おじさん、大丈夫?」
「あぁ。しばらくは起きてても大丈夫そうだ。こいつが起きるまで、寝かせててやろう」
あけの寝顔は綺麗で、いつものやんちゃを感じさせないほど穏やかだった。
可愛らしい、といえば良いのだろうか。見ていると無性に壊したくなる。
この前と同じ感情を目の前に、俺は静かにため息を吐いた。
言い聞かせただろ?この感情は、母性感情と同じようなもんだって。
言い聞かせたはずなのに、言うことを聞いてくれない感情が、心をかき乱す。
「・・・・」
遥が居ることも忘れ、俺はあけの寝顔をじっと見つめていた。
このあどけない姿を誰にも見られたくないと、謎の独占欲を抑えこみつつ。
「人の気も、しらねぇで・・・」
「・・・おじさん」
「ん?」
「もしかして、お姉ちゃんのこと、好きなの?」
「な・・・・」
時が止まった。
どこか見透かしたような遥の瞳に、俺の心が動揺する。
いや、まて、落ち着くんだ。
確かに遥は大人っぽいところがある。
でもそれは、子供なりに他人の気持ちを気にしやすいってだけの話だ。
動揺しないで、違うと否定すれば良い。
なのに何故、出来ない?
「・・・私ね、おじさんに幸せになってほしいんだ」
「遥・・・」
「お母さんのことをずっと好きで居てくれるのも嬉しいけど・・・でもね、私は、おじさんが心を許せる人と、一緒に居てくれる方が嬉しい」
「それは・・・遥が・・・・」
「私だけじゃなくて、色んな人と居てほしいの。お姉ちゃんは、おじさんのそんな存在の一人なんじゃないかなって」
自分自身で偽ってきた感情を、遥は見抜いてたんだな。
それが恥ずかしくて、俺は遥から顔を逸らした。
母性感情や、兄弟のような感情として偽ってきたこの気持ちに、素直になったとして。
だとしたら――――それがどうした?
あけは純粋だ。俺みたいなのより、もっといい男が必ず居る。
俺はそれなりに“夜の遊び”を経験し、この泥沼の人生を歩んできた男だ。
今はまだ抑えこんでいるが、この感情が吹っ切れたらどうなるか分からない。
手に入れたいものを、選ぶ道を、暴力で解決してきた俺が。
今抱いている感情に素直になれば、俺はあけを壊すだろう。
「俺はな、汚ねぇ男なんだよ」
「・・・・」
「あけを手に入れたいっていう感情に素直になっちまったら・・・俺はあけを無茶苦茶にしちまう」
独占欲。支配欲。
欲に塗れた世界で生きてきたからこそ、俺はそれに気づいていた。
自分に素直になるな。
だから感情を偽り、気づかないフリをしろと。
「俺はあけの事が・・・好きだ。愛してるんだ」
「おじさん・・・」
「でもな、遥。俺はあけの人生を・・・これ以上、壊したくねぇんだ」
そうだ。俺は口移しでアイツを助けた時から、この感情の本当の意味を知っていた。
そして同時に封じ込めてきた。偽ってきた。
これからもそうやって、あけを見守っていけば良い。
俺は遥の頭を強く撫でると、弱々しい笑みを浮かべてあけに視線を戻した。
「んう・・・?」
「あけ?起きたのか?」
「んー・・・?・・・・んん!?」
俺の視線に気が付いたのか、あけがゆっくりと身体を起こす。
そして何度か目を擦った後、何かを思い出したかのように勢いよく立ち上がった。
「どうした?」
「どうした、じゃねぇよ!お前昨日凄い熱だったんだぞ!?私なんかに譲らないで、さっさと寝ろ!」
「お、おい、分かったから引っ張・・・っ!?」
あけの力が思った以上に強く、俺はバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。
もちろん、俺を引っ張っていたあけはその下敷きになる。
「お、おい、大丈夫か?」
「・・・・っ」
熱のせいで受身が取れなかったこともあり、俺は慌てて上半身をあけから離した。
俺に押し倒される形になったあけは、顔を真っ赤にして目を瞑っている。
一瞬頭を過った、あの時の口付け。
あけの唇の感触。初々しい反応。
駄目だ。このままだと理性が持たない。
「ッ・・・さっさと退け」
「お、おまえ!これでも看病してやったんだぞ!お礼どころか退けってなんだよ退けって!っていうかお前が退けよ!」
「お礼なら退いてからでもいいだろ?それとも、ずっとこのままで居たいのか?」
「・・・そ、それは、困る・・・!退くから待ってろ!」
あけがベッドから退いたのを確認した俺は、あけに背を向けたまま口を開いた。
「ありがとな、あけ」
「・・・おう。良いから休めよ。今日までは泊まって看病してやるから」
「・・・・あぁ」
どこか微妙で、もどかしい、この関係。
でも、この関係のままで俺は十分だ。
こいつが傍に居てくれる、それだけで。
無理やり手に入れて、今のあけを壊すよりは、ずっと。
(俺が好きな、あけのままで居てもらうために)
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