いらっしゃいませ!
名前変更所
「おい、あけ。本当に行くのか?」
「当たり前だろー?」
これからアケミというシンジの女に会いに行くらしく、私もそれに着いていくことにした。
行き先は桃源郷。アケミはそのソープのトップらしい。
パジャマから黒シャツに着替えると、服が傷痕に触れて痛んだ。
でも我慢しなくちゃ、怒られてまた寝かしつけられてしまう。
「・・・よし。んっと、遥も行くんだっけか?」
「あぁ。皆ここを離れるらしいからな。一人にするわけにはいかない」
「おう。遥、私が守るから安心しろよ?」
「うん!ありがとう、お姉ちゃん!」
あぁもう!遥は本当に可愛いなぁ!
遥の笑みに癒されながら、私は先に行く桐生の後を追いかけた。
それにしても、桃源郷か。
ソープに遥を連れて行くのには抵抗があるが、状況が状況だ。しょうがない。
私は遥が迷子にならないよう手を繋ぎ、人ごみの多い通りを桐生に案内されながら小走りで通り抜けた。
「うーん、相変わらず人通りが多いなぁ」
「人通りが多いところは、俺も嫌いだな」
「お前は絡まれやすいもんなー?」
「・・・」
無言で振り返ってきた桐生の顔を見て、言ったことを後悔する。
そしてすぐさま、遥の後ろにささっと隠れた。
「ひぃぃい!助けて遥!怖いよこのオジサン!」
「てめぇなぁ・・・」
「もう!だめだよ、おじさん。お姉ちゃんのこといじめちゃ」
「・・・あぁ」
後で思いっきりシメられそうな気もするが、今は気にしないでおく。
助けてくれた遥に思いっきりピースサインをすると、遥が少し怒ったように笑った。
「お姉ちゃんも、からかい過ぎは良くないよ!」って。
遥が小声で注意してくるけど、楽しそうに笑ってるせいか説得力が無い。
何だかんだで、遥も楽しんでるように見える。
「さて、と・・・。ここか」
「へー、さすがは選ばれし者の遊び場って感じだなぁ・・・」
そんな会話をしている内に、私たちは桃源郷の前にたどり着いた。
煌びやかな外装。
明らかに一般人は立ち入れないような雰囲気。
これが桃源郷と呼ばれる、No.1のソープだ。
元々男性の遊び場としてあるだけに、入り口の案内人を顔を合わせるのが辛い。
「えっと・・・会員証はお持ちですね。そちらの方も、連れですか?」
入口に立つ案内人の人は、私と遥を交互に見てそう言った。
これが普通の反応だよな。
ソープに女性だけではなく、遥という子供まで居るんだから。
でも、会員証がある時点で追い返すことは出来ない。
案内人は戸惑いながらも私たちを通し、受付へと案内した。
「ほえー、綺麗だなぁ」
「見ている暇はない。行くぞ」
「わーってるって」
「ちょ、ちょっと、お客様・・・!」
あー、やっぱり。すんなり通してはくれないか。
分かってたことだけど、止められると凄く気まずい。
受付の人は、案内人と同じような反応で私達を見た。
そして遥をじっと見つめ、困ったように首を振る。
「あ、あの、お客様。さすがに子供連れの入店は困ります」
「社会見学の一環だ。大目に見てくれ」
「で・・・ですが、他のお客様の迷惑にも・・・」
受付の人の言葉に、桐生が隣にあった銅像に目を移した。
なんか嫌な予感がすると思って桐生に近づけば、その嫌な予感は見事的中。
振り上げられた拳。
桐生の目の前には銅像。
脅しのつもりか、銅像を壊そうとする桐生を、私は慌てて力づくで止めた。
「ちょちょちょ、ちょっとまて!」
「・・・なぜ止める」
「当たり前だろ!いきなり迷惑かけてどうするんだよ!?」
迷惑かけるから嫌って言ってる店員の前で、いきなり迷惑をかける行為は酷すぎる。
不満げに「ならどうするんだ」と目で訴えてくる桐生に、私は小さく微笑んだ。
こういう時こそ、私の出番ってやつだろ。
ニヤリと笑いながら受付の人に近づき、小さく耳打ちする。
「お前・・・この前、レイコとホテル街でいちゃいちゃしてたやつだよなぁ?」
「・・・!?」
「でも可笑しいなぁ?お前って確か既婚し・・・」
「・・・ど、どうぞ!お通りください!」
「話が分かるやつで、助かったぜ」
「ッ・・・・」
私の情報屋としての武器はこれだ。
男が最も油断する場所・・・キャバクラやソープ、キャバレーなどで情報を仕入れることが出来るのが、私の強み。
大体この世界は、男ばっかりだからな。
その世界の女性に紛れ込み、知識も何もない女性に成りきり、相手を持ち上げる。
それだけで情報は私のものだ。
「・・・お前もきたねぇな」
「物を壊して脅そうとしてた奴に、言われたくねぇんだが?」
「・・・・」
「ほら、行こうぜ、遥」
「うん!」
何であろうと騒ぎを起こさず入れたわけだし、これで良い。
私は桐生と遥の手を取り、引きずるようにして急いで階段を駆け上がった。
シンジの女であるアケミは、確かこのソープのトップだったはず。
トップが居る場所はもう決まっている。最上階しかない。
「さてっと。ここか」
長い階段を上り、たどり着いた先の部屋に待っていたのは綺麗な女性だった。
頭をきっちりとこちらに下げ、長い髪は羨ましいほどに艶やかな色に染まっている。
女性って、こういうものなんだなって。
そう思ってしまうほどその人は綺麗で、同時に自分のがさつさを考えさせられてしまったような気がした。
「・・・・」
「いらっしゃいませ、アケミです」
「・・・桐生だ。シンジから、何か聞いてないか?」
「・・・貴方が、桐生さん・・・」
アケミの表情が、切ないものへと変わる。
どうやらシンジから、桐生のことを聞いていたようだ。
「貴方が、桐生さんね。聞いてたわ。シンちゃんに何かあったら、貴方が訪ねてくるかもしれないって」
「・・・」
「そっか・・・シンちゃん、死んじゃったんだ・・・」
それからアケミは、シンジが残したものを全て話してくれた。
シンジがアケミに結婚を申し出ていた事、シンジの覚悟、そして―――――。
「今、風間さんは近江連合の寺田さんという人に預けてあるそうよ」
「近江、連合・・・!?」
風間の、居場所。
近江連合という単語に桐生は警戒を示し、私も眉を顰めた。
いやだって、あの近江連合だぞ?
少し前に林という奴が襲ってきたばかりだ。
それなのに何故、近江連合を信用しているのか。アケミは話を続けた。
「シンちゃんは、その寺田さんって人を信用してた」
「なぜ近江連合を・・・」
「それは私も分からないわ。でも、シンちゃんが信用してた人だもの。だから私も」
あ、やべぇ。痛い。
話を聞いている最中に、傷口が熱を持ち始めるのを感じて唇を噛み締めた。
どうやら、飲んでた痛み止めの効果が切れたみたいだ。
疼くように痛む傷口を押さえ、何とか顔に出ないようにする。
「その寺田という奴が、どこに行ったか分かるか?」
「芝浦よ。埠頭に泊めた船に、連れて行くって言ってたわ」
近江連合の寺田。
それに連れて行かれた風間のおじいちゃん。
すごく心配だけど、痛みのせいで何も頭に入ってこなかった。
このままだと、大事な話が聞くに聞けない。
私は表情を隠しつつ、桐生の肩を叩いて小さく耳打ちした。
「わりぃ、飲み物買ってくるから話聞いといて」
「お前、こんな時に・・・」
「ほんと悪い!じゃ!」
逃げるようにその部屋を後にした私は、持ってきていた痛み止めを取り出し、口の中に放り込んだ。
「ん、くっ・・・」
水無しで、ごくりと飲み込む。
本当に飲み物を買ってきても良かったが、それではあまりにも時間が掛かりすぎると思ったため、止めておいた。
後は、効き目が出るまでそこら辺をブラブラしてれば良い。
静かに階段を降りながら、飾ってある女性の写真にため息を零した。
「綺麗だなぁ・・・」
化粧して、着飾っている女性達。
私なんてほど遠く、手の届かない存在だろう。
どんなに着飾ることをしても、所詮私は穢れた女。
裏の仕事に汚れ、女を玩具と見るような男たちを相手にしてきた。
第一、仕事の時以外は、女らしいことの一つも言えない。
「・・・って、なんで、私こんなこと気にしてるんだろうな・・・」
前まではこんなこと、気にしたこと無かったのに。
一生この裏社会で生きて、男と同じ舞台に立って生きていく。
それが私の生き方であり、逃れられない人生。
だから女らしさなんて気にしないできた。
なのになんで、今になって気にしてしまうんだろうか。
それは私が、桐生のことを気にし始めてしまったからだ。
「・・・・っ。くそっ・・・」
出会ったころは、彼の人間性に惹かれていた。
強い意志と優しさ。そして真っ直ぐな心。
でも気づいたら、その感情は違うものになっていた。
最初に気づかされたのは、由美さんと会ったとき。
「貴方のような人に想われて、彼も幸せね」
その言葉は私を狂わせ、秘めていた気持ちを変化させた。
桐生を見るたび女性としての心が現れ、ドキドキしたり、真っ赤になったり。
そう、好きなんだ。私は。桐生のことが。
一人の人間としてはもちろん。
・・・・男と、して。
「・・・ダメだ。私じゃ・・・ダメなんだ・・・」
抱いてはいけない感情だと分かっていながらも、私はそれに打ち勝つことが出来なかった。
桐生はきっと、由美さんの事を想っている。
由美さんも、桐生のことを想っているはずだ。
想い合っている二人の仲を、乱す権利など。
私にはまったくもって、無い。
「(桐生のことを考えないようにしよう・・・そうすれば自然とこんなの・・・忘れるはずだ。うん)」
自分自身を混乱させる感情を、一生懸命押し込んだ。
ふるふると頭を振り、もう一度目の前の写真に視線を移す。
こんな風に綺麗になれる女性だったなら、諦めなかったかもしれない。
でも私はもう、女と呼べるものじゃないから。
ぎゅっと目を瞑って自分の感情を整理した私は、桐生たちの所に戻ろうとして―――――突如響いた轟音に、目を見開くこととなった。
「な、なんだ・・・!?」
轟音と共に、建物全体が大きく揺れる。
まるで外側から何かが建物を叩いているような衝撃だ。
・・・外側?
嫌な予感がして外を見てみれば、見覚えのあるド派手なトラックが建物に突っ込んでいた。
慌てて桐生たちに知らせに行こうとするものの、轟音と建物の揺れに足を取られる。
「う、わ!くそっ!あぶねぇな!」
桐生たちがいる部屋側の廊下が、一部崩れ始めていた。
よく確認せずに渡ろうとしていた私は、崩れていた廊下に舌打ちする。
なんて無茶苦茶なことをしやがるんだ。トラックで建物に突っ込んでくるなんて。
頭を抱えたくなるような行動だけど、やってる人が人だけに、普通にやりそうだから怒る気も起きない。
そう思っていた矢先、後ろから聞き覚えのある声に引き留められた。
声だけで人物が特定できた私は、振り返ることなく首を振る。
「やーっと会えたなぁ、あけちゃん!」
「・・・やっぱり・・・兄さんだったか」
「なんや?俺が来ること分かっとったんかいな!ええの~!そのまま、俺の女になればええ!」
「なるわけないだ・・・うおっ!?」
声が近づいてきたかと思うと、一気に首根っこを掴まれて抱きしめられた。
目の前で笑う兄さんの顔は、悔しいけどカッコよくて、直視出来ない。
「ッ・・・!」
「暴れんなや。間違って可愛い顔、傷付けてしまうかもしれへんやろ?」
「なっ・・・!」
囁かれるように響く、威圧感のある声。
それは私の身体から力を奪い、一瞬にして抵抗出来なくした。
こうなったらもう、武器を持たない私に勝ち目はない。
大人しく身体を緊張を解き、桐生たちが来るのを待つ。
「そや、あけちゃん。桐生ちゃんはどこや?」
「この上だと思うけど?どうせ止めたって、喧嘩しにいくんだろ?」
「そらそうや。あけちゃんを貰わなアカンからなぁ」
「わ、私を貰うのと、桐生とじゃれるのと、どう関係があるんだよ!」
「そら・・・」
私たちが言い合っていた所に、険しい表情をした桐生が姿を現した。
それを見た兄さんは、嬉しそうにニタニタと笑う。
腰に回された腕はがっしりと力が込められており、今の私に抜け出す術はまったくと言っていいほど見つからなかった。
「あけちゃんを力尽くで貰わんといかんからなぁ?桐生ちゃん!」
「真島の兄さん・・・アンタ・・・生きていたのか・・・」
「当たり前やろ?それよりも桐生ちゃん、はよ殺ろうや・・・。そやないと、あけちゃんのこと好き勝手にしてしまうで?」
「何・・・!?あけを離せ!」
兄さんの挑発に、桐生の目の色が変わる。
そんな桐生を見てしまうだけで、自分の心が嫌なほど揺らぐのが分かった。
もしも。
もしも、桐生が私の事を想ってくれてたら、とか。
嗚呼。どうでも良い夢物語だ。
「桐生ちゃん、手ェ抜くんやないでぇ!俺を満足させてくれや・・・!俺が勝ったら、あけちゃん貰うで」
「おいまてこら!だからなんで、私が勝負の商品になってるんだよ!っていうか私は物じゃねぇっていってんだろ!」
「悪いが、あけは返してもらう」
「お前らこら!やる気モード全開で私の話をスルーするんじゃねぇーーー!」
怒鳴る私を無視して始まる、喧嘩慣れ二人の人間離れした喧嘩。
その光景にあっさりと私の夢物語は壊され、我に返った私は慌ててその場から遥の元へと走って逃げた。
叶わなくても、想うだけなら
(少なくとも今だけは、夢を見させて)
PR
この記事にコメントする
サイト紹介
※転載禁止
公式とは無関係
晒し迷惑行為等あり次第閉鎖
検索避け済
◆管理人 きつつき ◆サイト傾向 ギャグ甘 裏系グロ系は注意書放置 ◆取り扱い 夢小説 ・龍如(桐生・峯・オール) ・海賊(ゾロ) ・DB(ベジータ・ピッコロ) ・テイルズ ・気まぐれ ◆Thanks! 見に来てくださってありがとうございます。拍手、コメント読ませていただいております。現在お熱なジャンルに関しては、リクエスト等あれば優先的に反映することが多いのでよろしければ拍手コメント等いただけるとやる気出ます。(龍如/オール・海賊/剣豪)
簡易ページリンク
【サイト内リンクリスト】 ★TOPページ 【如く】 ★龍如 2ページ目 維新
★龍如(峯短編集)
★龍如(連載/桐生落ち逆ハー)
【海賊】 ★海賊 さよならは言わない
★海賊 ハート泥棒
【DB】 ★DB 永遠の忠誠(原作・アニメ沿い連載) ★DB 愛知らぬが故に(原作・アニメ沿い連載) ★DB プラスマイナスゼロ(短編繋ぎ形式の中編) ★DB(短編)