いらっしゃいませ!
名前変更所
あけを連れて帰ってきた後、俺はシンジと麗奈の死体を花屋に託した。
頼れる場所が、ここしか無かったからだ。
あの男なら、きちんと手厚く葬ってくれるだろう。
俺は一通り二人を見送った後、あけが寝ている部屋へと足を運んだ。
「入るぞ」
「・・・あぁ」
今まで寝ていたであろうあけは、俺が入ってくるのを見てゆっくりと身体を起こした。
ぼんやりと俺を見つめる目は可愛らしく、黙っていれば普通の女の子と変わらない。
黙っていれば、だがな。
じっと見つめていた事が気に食わなかったのか、あけがキッと俺を睨み付ける。
一度口を開けば、可愛い少女はただの悪餓鬼になるだけだ。
「な、なんだよ!じーっと見んな!」
「お前が馬鹿みたいな顔でぼけっとしてるのが悪いんだ」
「ぐ・・・」
子供っぽい表情の裏に、どれだけの過去があるか、それは知っている。
本人から過去の話を聞いたときから、いや――――――それ以前に、俺はこいつのことが気になってしょうがなかった。
コロコロと変わる表情。
馬鹿正直で、無鉄砲。
感情だけで動く、子供のような所。
最初は兄弟のように見ていたが、今ではその感情が違ったことに俺は気づいていた。
正確には、気づいてしまったんだ。
あの時の、口づけで。
「・・・?桐生?座らないのか?」
「あ?あぁ」
俺はあの時、あけが死ぬのを恐れて咄嗟に口移しという手段を取った。
本当にあの時は、それだけが目的だったんだ。
だが、虚ろだったあけの目が光を取り戻していくのを見て、俺は止められない感情を抱いてしまった。
求めたんだ。あけを。
俺のものにしてしまいたいと、思ったんだ。
心の片隅にある、由美への想い。
でもそれとは遥かに違う、あけへの愛しい感情。
守ってやりたい。
離したくない。
そして何よりも、偽りない彼女の表情を、ずっと見ていたい。
誰にも、純粋な彼女を穢されたくない。
強気なあけが崩れる瞬間さえも、全て。俺のものに。
「桐生?おーい、きーりゅーうー?」
「・・・」
「おい!このやろう!人にはぼけっとすんなとか言っておいて、自分はぼけーってしてるってどういうことだよ!」
グイッと近づけられたあけの顔を見て、俺はニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
近づいてきたあけの手を取り、怪我をしないよう優しく押し倒す。
フッ・・・本当に飽きねぇ。
慌てふためくあけを見て、再び俺は笑みを漏らした。
あけは、穢れたふりをして強がっているだけ。
本当は「純粋」な女だ。
それに気づいた時から、俺は自然とあけに惹かれていたんだろうな。
俺に押し倒された状態でジタバタしているあけに、俺はグイッと顔を近づける。
あけは瞬時に顔を真っ赤に染め、ぎゅっと硬く目を瞑った。
「ななななな、なんの冗談だ!こらぁぁぁぁっ!」
「それだけ元気なら、大丈夫そうだな」
「分かった!分かったから離れろって!」
「・・・・」
いけないと知りつつも、一線を越えて意地悪したくなってしまう自分がいる。
何とか自分の理性を保った俺は、暴れるあけからそっと身体を離した。
離れた俺を見て、あからさまにホッとした様子を見せるあけが面白い。
「ったく・・・!からかうのもいい加減にしやがれっての」
「肩の傷とかはどうなんだ?」
「あ?あぁ。全然平気だ」
「そうか」
軽く返事をして、俺は撫でるようにあけの右肩に触れた。
どうせ嘘だ。貫通するほどの傷がたった数時間で良くなるわけがない。
気の強い彼女がしそうな、やせ我慢だ。
俺の勘は的中し、傷に触れられたあけが痛そうに身体を震わせた。
「っだ!?て、てめ・・・!」
「触れただけで痛がるほど痛いなら、まだ平気とは言えないだろう」
「・・・べ、別に痛くても平気だ。だから・・・」
「駄目だ」
「・・・・」
どうせ、着いていきたいとでも言うんだろう。
でも、それは駄目だ。今の彼女は少しでも休ませなきゃならない。
傷が深いのもあるが、元々死にかけていた身体なのだ。
これから俺はシンジの女に会いに行き、シンジから渡された指輪を彼女に渡しにいく。
だがまだその女がどこにいるかなど、情報は分かっていない。
無駄なところに付き合わせれば、あけの体力を無駄に消耗させるだけだ。
せめてジンジの女がどこにいるかまで分かってから、だな。連れて行けるのは。
「うー・・・」
「そういうことだ。しっかり休め」
「えー」
「・・・無理やり休まされるのと、自分で休むの、どっちが好みだ?」
「え、いや、じ、自分で休む・・・!」
ドスの利いた声で言うと、あけは顔を引き攣らせながら布団に戻っていった。
机の上に痛み止めと水を置き、あけがウトウトし始めたのを見届けてから部屋を後にする。
「さて・・・」
俺は今のうちに、花屋から情報をもらいに行くか。
早くしないとあけが目を覚まして、また寝かしつけないといけなくなるからな。
俺は静かに扉の前で微笑むと、伊達さん達がいるであろう、河原のテントへと急いだ。
抑え込まないと、彼女を壊してしまいそうな気がして
(気づいてしまった気持ちを、俺は、抑え込んだ)
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