いらっしゃいませ!
名前変更所
夕日すらもまともに差し込まない薄暗い天気。
そんな天気を切り裂くような悲鳴。
「逃げるな!!!」
「逃げるよ!!そんな恥ずかしいの着れるわけっ・・・・!」
このむさ苦しい巣窟の中、ペローナに懐かれたくろねこは理不尽の極みとも言えるネガティブホロウの直撃を食らい、地面にひれ伏した。
4.丸聞こえの女子トーク
きっかけは、くろねこがペローナから服を借りたことだった。
全ての元凶はそこから始まった。
くろねこに自分の服を好き勝手に着せたペローナは、可愛いものがなければ着せ替え人形で遊べばいいじゃないかという発想に至り、くろねこ'で’遊ぶようになったのだ。
「ね、ねぇ、ペローナ」
「なんだ?」
「私ほら・・・今から皆の御飯作るからさ・・・」
「あぁ、もうそろそろ終わる。このリボンをつけたら完成だ!」
「あの・・・・私こんな格好で二人の前にでれないんだけど・・・・?」
普段、動きやすい事を目的としたスーツやコートといった服を好んで着るくろねこにとって、ゴスロリという服のジャンルは経験したことのないものだった。
ペローナが着る分にはどれもこれも可愛いと思える。
――――のだが、自分が着るとそうでもない。
鏡に映る黒のゴスロリドレスに包まれた自分を見て、くろねこは肩を落とす。
「に、似合ってない・・・」
「そうか?私は似合ってると思うぞ」
何を言っても逃してくれないペローナに諦めたくろねこは、そのままの格好でいつもの部屋を何事もなかったかのような表情で通り過ぎてキッチンに向かった。
「おいくろねこ!せっかく私がコーディネートしたんだぞ!!あいつらに見せていくのが礼儀ってもんだろ!!」
「なんでよ!?恥ずかしいんだからほっとけ!!!」
「今回のは渾身の着せ替えなんだよ!自慢させろ!!」
「無茶苦茶な・・・!あんまり言うとココアとベーグル作らないよ!?」
キッチンからいつもの部屋の距離は近い。
そのため、二人の大きな声は、部屋でくつろぐ剣豪二人にも丸聞こえになっていた。
騒がしい担当の女二人が騒いでいるのはいつものことだ。
そしてこのやり取りも、正直何十回目か数え切れないほど恒例となっていた。
またやってやがるという呆れ顔を浮かべたゾロは、聞こえないふりをして新聞を手に取る。
「大体てめぇ勿体ねーんだよ!スタイル良いのになんたってそんな格好ばっかりしてやがるんだ!?」
「戦いやすいからだよ。ひらひらしてると踏んづけちゃうし・・・・」
「そうか・・・剣士ってのは不憫だな・・・・。でもその格好はあの男共がお前に似合うって言ってたやつだぞ?後で見せてやれよ?」
「ぶっ!?」
くろねこが吹き出すと共に、ゾロとミホークの肩が微かに跳ねた。
「に、似合うって、ゾロとミホークが?なんで???」
「知りてぇか?」
「そりゃ知りたいでしょ・・・・」
「ホロホロホロ!しょうがねぇな、教えてやるよ。昨日、これとこれどっちがくろねこに似合うかって聞いたら、二人して即答でこっちって言ってやがったんだ」
「なんで真面目に答えてんだあいつら・・・!?」
遠くから聞こえてくる声にゾロとミホークはゆっくり顔を上げる。
そして二人共何も言わずに、もう一度自分の手元に視線を落とした。
二人にはその会話に身に覚えが合った。
昨日廊下を通った際、ゴースト娘に聞かれたのだ。その両手にはゴスロリ服が握られており、どちらがくろねこに似合うかと尋ねてきた。
一つは白を基調とした、明るめのゴスロリドレス。
そして二つ目は二人が選んだ黒のドレス。
胸元にワンポイントの薔薇とリボンがあしらわれており、スカートは短めで、活発なくろねこに似合うデザインだった。
「私もおめーにはそれが似合うと思ってたからな!ばっちりだ!」
「ぐっ!じゃないんだよッ!!恥ずかしさが増しただけだよッ!!!!」
調理をする音が乱暴になっていくのは気のせいじゃないだろう。
「いっとくけど料理中だけだからね!」
「駄目だ。見せにいけ!」
「からかって遊んでるでしょ!!」
「まともに相手してくれるのお前だけだからな!」
「楽しそうに言うな!!!!」
騒がしいまま、時間が過ぎていく。
それでも部屋の外からいい香りが漂ってくるところをみると、料理は真面目にしているらしい。
「今日は何作ってんだ?」
「今日はかなり激しい修行してたから、カロリーたっぷりのお肉料理だよ。あと栄養取るためのトマトスープ」
「・・・・・」
「もちろん、ココアとベーグルもね。苺ジャムでいい?」
「あぁ、いいぞ!」
何だかんだ楽しそうに料理を進める二人の会話に、ほんの少しだけミホークの口元が緩んだ。
それに気づいたゾロが奇妙なものを見たといわんばかりに新聞を握りつぶす。
「・・・・何だ?」
「・・・・いや」
今なら、なんとなく聞ける気がする。
ずっと気になってたことを。
こいつは知っていて、俺は知らないことを。
「・・・・アンタはなんで、くろねこを拾ったんだ?」
目線は新聞のままそう尋ねるゾロに、ミホークもまた視線をあげずに答えた。
「暇つぶしだ」
思わぬ回答にさすがのゾロも顔を上げる。
「・・・は?」
「俺の船にあいつが勝手に流れ着いてきた。だから拾った・・・それだけだ」
「修行つけた理由はあんのか?」
「・・・・あいつが剣の稽古をつけろとうるさかったからだ」
「想像出来るな・・・・」
「アイツは俺に修行を頼んできた時点で覇気を習得していた。・・・・そのずば抜けた戦闘力のせいで、海軍に目をつけられ実験体となったというのに、アイツはその力を受け入れていた。暇つぶしに育てるには――――面倒を見すぎたな」
ミホークの遠い目が窓を外に向けられた。
何を考えているか分からないその瞳に浮かぶ情。
それは彼女が邪魔になっただとか、そういう意味合いの言葉じゃない。
彼女の存在が、大きくなりすぎたんだ。
一年以上一緒に暮らしてみて分かった。特別な感情は無いと言っていたが、ミホークは確実にくろねこに対して親子やそれに似た感情を抱いている。それに本人も気づいているが故に選んだ言葉なのだろう。
「フッ・・・お前も分かるんじゃないのか?ロロノア」
「あ?」
「あいつは色んな意味で傍にいる人間を駄目にする」
遠い目線の奥に、知らないくろねこを見ているようで舌打ちしたくなった。
くろねこと言えば、何があっても笑っていて、強くて、真っ直ぐで、嘘が下手で――――そう、傍にいると楽しくてしょうがなくなる。
いつの間にか絆されて、安らいでいく。
その裏に抱えた本人の闇がどれだけ重いかも、彼女は見せない。
それを共に背負いたくとも、彼女は見せてくれない。
涙も。
苦しみも。
「・・・・アイツが泣いてるところ、見たことあるか?」
「ないな」
想像すると、恐ろしくなる。
「アイツは、海軍に実験体にされて、目の前で両親を殺されて・・・・」
それなのに、なんで。
「・・・・・それがアイツの強さだ」
ミホークの視線が窓から部屋の扉へと移る。
しばらくするとその方向から足音が近づいてきて、騒がしさが増した。
「ねぇ!着替えてから行きたいんだってば!!」
「駄目だ!!」
「もー・・・分かったよ・・・・」
扉が開き、ゴスロリに身を包んだくろねこが殺気立った状態で料理を運んでくる。
「おら、野郎ども。料理できたぞ!」
「お前・・・クソコックみたいな運び方してくんじゃねぇよ・・・・」
「アンタらが余計な事言うせいでこんな格好させられてるんですけど!?」
「俺はただ聞かれたことに答えただけだ」
「一番答えなさそうなやつが答えてんじゃないよ馬鹿ミホーク!!」
「・・・・似合ってるぜ」
「褒めんなクソマリモ!!!!」
ペローナとお揃いに近い装いは年相応に見えて可愛らしい。
だがその褒め言葉も通じず、苛立ったままのくろねこは乱暴に食事を並べていった。
「あ、ミホークはコレもね」
「あぁ」
「ゾロはこっち」
「ん?あぁ・・・・」
何だかサンジみたいに細かく割り振るなとメニューを見てみれば、ミホークとゾロで少し内容が違った。何で分けたんだ?と尋ねればくろねこが胸から一枚の紙を取り出す。
「サンジに習ってた料理のやつ。カロリーとか把握して作ってるの。今日ゾロは朝ごはん飛ばしたからカロリー多めになってて、ミホークはお昼のスープ残してたからビタミン多めのメニュー。ペローナはデザートもあるから量少し減らして、デザートのベーグルつきだよ!」
「いい嫁になりそうじゃねぇか、なぁ?ロロノア」
「ぶーーーっ」
「その手はもうくらわねぇぞ!!!」
「お前が毎回余計なこと言うせいだろうがッ!!!」
噴出する、酒。
慣れ始めて避けるペローナ。
どっちもどっちだと呆れ顔で御飯を食べ始めるミホークの隣で、くろねこも両手を合わせた。
◆◆◆
とある日の昼下がり。
廊下を歩いていたゾロは、いつもは使われていない部屋で声が聞こえることに気づいて足を止めた。その部屋に近づけば、ペローナとくろねこの声が聞こえてくる。
「・・・・コーディネートして欲しい?お前からそんなこと言うなんて珍しいじゃねぇか。理由を聞かせるならやってやらなくもないぞ?」
可愛らしくウインクしながらそう答えるペローナに、くろねこが恥ずかしそうに答える。
「今日、ゾロの誕生日で・・・・」
「は?今日!?なるほどな。それで今日は修行入れてなかったのか」
「うん・・・それでデートに誘いたいんだけど、せっかくだし、おしゃれしようかと・・・思って」
あぁ、そういえばそんな時期だったか。
修行に夢中ですっかりと忘れていたゾロは、くろねこの言葉に自分の誕生日を思い出した。
去年は修行に入ったばかりで、それらしいことはあまりしなかった。
とはいえ、豪勢な料理や酒は用意してもらったのだが。
メンバー的にもお祝いをするメンバーでもない。そこに不満はなかったが、船で毎度宴を開いていたくろねことしては、物足りなかったのだろう。
「それで?どんなコーディネートにしてぇんだ?」
「えっと・・・ゾロの服に合う感じが、いいかなって・・・・」
「あいつの?あぁ、最近着物着てたな・・・そうか・・・・」
くろねこの言葉に考え込んだ後、数秒後。
「ならこれはどうだ?」
ペローナは悩むこと無くクローゼットの奥から一つの服を取り出した。
黒を基調としたゴシック風の着物。
少し丈が短いタイプだが、派手すぎずまとまっており、確かにゾロの服と似合うものとなっていた。有無を言わさず手招いたペローナは、手早くくろねこを着替えさせていく。
「ホロホロホロ!さすがは私!」
「・・・・に、似合って、る?」
「似合ってはいるがまだまだだな。ってことで・・・・」
「え?ちょっとまっ・・・」
響く悲鳴と、ホロウが飛び出す音。
ばたりと倒れ込む音から察するに、強制的にネガティブホロウでダウンさせられたらしい。
ぼそぼそとネガティブな言葉を呟くくろねことは真逆に、聞こえてくるペローナの声は楽しそうだ。ドライヤーやスプレーの音が聞こえ、しばらくしてホロウから復活したらしいくろねこが小さな声を上げた。
「ひゃー!なんか首元すーすーするんだけどー!?」
「たまにはアップ型の髪型もいいだろう?元の髪の毛が短いから大変だったぞ!!礼はもちろん買ってくるよな?」
「えっ・・・と、はい・・・何がいいかな・・・?」
「とびっきり美味しいケーキでも買ってこい」
ガン!と音を立てて扉が開かれ、くろねこが飛び出してくる。
突然のことに扉から離れる暇がなかったゾロは、そのままくろねこの下敷きになって倒れ込んだ。
「ってぇ・・・!」
「わー!!ごめん!!!あ、でも探す手間省けた!!」
「あァ・・・?」
「ゾロ、船用意してもらってるんだ。近くの町に・・・その・・・・」
そこまで言って、黙り込むくろねこにゾロは首を傾げる。
「・・・・?出かけるんだろ?」
「え?あ、う、うん。あの、ちょっと、待って」
急にしおらしくなったくろねこが立ち上がり、服装と髪型を整え始める。
よく見ればほんのり化粧もしているのか、いつもと違う大人の雰囲気を感じた。
「・・・・え、えっと、あ、改めて!!」
立ち上がったゾロに、くろねこが手を差し出す。
「デート・・・い、いかない・・・?」
真っ赤な顔で、いつもとは違う雰囲気で。
色づいた頬は化粧のせいか。
控えめな黒の着物も、くろねこの雰囲気とよく合っている。
うなじまで見えるアップ型の髪型はまた新鮮で、見える首筋にごくりと息を呑んだ。
「正直、連れて行きたくねぇな」
返事もそこそこにじっとくろねこのことを見つめていたゾロは、くろねこが恥ずかしさからぷるぷる震え始めたのを見てそう吐き捨てた。
「え、なんでよ!?」
「・・・・他のやつに見せたくねぇからに決まってんだろうが」
「で、でも、せっかくコーデしてもらったし・・・・」
「・・・・そうだな」
残念そうにするくろねこの手を引いて、城の出口へと向かう。
だが、すぐにくろねこが足を止めた。
「・・・・そっちじゃないよ?」
「あァ!?」
くろねこが笑いながらゾロの手を引き、逆方向へと歩き出す。
「どうやら私がエスコートしてあげないと駄目みたいだね」
「っせえ・・・・」
「ほらほら、いくよー!」
不満げな表情のゾロの手を引いて城を出る。
それでも手を振りほどく気にはなれなくて、ゾロは大人しくその手に引かれることにした。
◆◆◆
「お前・・・それどうしたんだ!?」
いつも通り、キッチンから二人の騒がしい声が聞こえてくる。
「え?どれ?」
「左手のそれだ!!おめーそんなの昨日してなかっただろ!?」
「あ、あぁ、これ?昨日ゾロにもらった」
その言葉に、意外にも反応したのはミホークの方だった。
左手のそれという単語に思い当たるものはそう多くない。
ミホークの視線に気づいたゾロが、鼻を鳴らすように笑って視線を新聞に戻す。
「どういう風の吹き回しだ?」
「・・・・・あァ?」
「お前がそういう気が利いたことを出来るような器用なやつには思えんからな」
「てめぇ失礼なやつだな・・・・」
実際、大剣豪の夢が叶うまで、そういったことをするつもりはなかった。
彼女との出会いがそれを狂わせただけに過ぎず、それを後悔したこともない。
実際くろねこはゾロの夢に向かう後押しになっている。大切なものを守るためという源動力、そして彼女自身がつけてくれる稽古、彼女が見せる強さ―――――何も、自分の夢に邪魔になるところがない。
また、くろねこもゾロの夢を邪魔するような女じゃない。
もし自分が邪魔になると分かれば自然と身を引くだろう。
そんな、関係。
好き同士なのに、どこか淡白な。
それに改めて気づいたのは、昨日のデートの時のこと。
デートという当たり前のことをしたのはほとんど初めてのことで。とても楽しそうなくろねこを見て不安になったのだ。自分の夢のためとはいえ、自分はくろねこのことを何も聞かなさすぎじゃないか?と。
俺に不満はねぇのか?と尋ねた時、くろねこは笑った。
「私は・・・・夢を追いかけるゾロの傍にいられれば、それで満足!」
――――わがまま言うなら、死ぬまでゾロのものでいさせて欲しいな。
そんな可愛らしい事を言われて、何もしないほど腐った男じゃない。
左手の薬指に贈った、ゾロのものという証。
緑色の宝石があしらわれた指輪。
「・・・・あいつが、欲しがったんだ」
そういうことにしておこうと呟けば、ミホークはそれ以上何も追求しなかった。
「あのファンタジスタにもいいところあるじゃねぇか」
「あはは、まさかこんなの貰えるとは思って無くて恥ずかしいんだけどね」
「戦闘ですぐ壊しちまいそうだな・・・大丈夫なのか?」
「大丈夫。守るものが一つ増えただけだから」
命よりも大切な宝物だから、と。
平然と言ってのけるくろねこの声が聞こえてくる部屋は、とても気まずい。
「今日は何にすんだ?」
「今日は昨日の宴の残り。いっぱい作りすぎちゃったからね」
「は~、本当にアイツは幸せものだな」
「・・・・そうだと、いいけど」
その言葉にがたんと音を立てて席を立ったゾロは、ずかずかとキッチンへ向かった。
ペローナの言葉に、不安そうに返したくろねこの返事が気に食わなかったのだろう。
分かりやすいやつだと、苛ついて出ていく背中を見届けてミホークは笑う。
しばらくして、聞こえてくる声の騒がしさが増したのは、言うまでもないことだ。
丸聞こえの女子トーク
(そこで不安そうにしてんじゃねぇ!)
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